七曲目『真紅郎の提案』
エイブラ邸に住むようになって二週間。
その間俺たちは屋敷の敷地外に出ることを禁じられ、ずっと閉じこもっていた。
依頼を受けることも禁止、外出も禁止、そして何よりーーライブが禁止というのが一番キツい。
そんな中、俺たちは思い思いにこの二週間を過ごしていた。
「ーーはぁぁ!」
「ーーおらぁぁ!」
俺とウォレスは体が鈍らないようストレス発散を兼ねて庭で組み手し、用意して貰った木剣をぶつけ合う。
「いい機会だし、新しい曲でも作ってみようかな?」
「……ぼくも、手伝う」
やよいとサクヤは新曲の作詞作曲している。
そして、真紅郎は……ずっと屋敷の蔵書を読んで過ごしていた。
「あぁ……ライブしてぇなぁ」
組み手が終わり、休憩している時にウォレスが空を見上げながら呟く。
せっかく俺たちの音楽が受け入れて貰えたのに、ライブが出来ないのはもったいないよな。
だけど、俺たちはライブを禁止されている。王国に俺たちの居場所がバレないように。身の安全を守るために。
だけど、さすがにフラストレーションが溜まっていくなぁ。
「ねぇねぇ! タケルたち、暇なら曲作り手伝って!」
俺たちが休憩していると、やよいが声をかけてきた。
まぁ、暇だしいいか。庭で俺、ウォレス、やよい、サクヤが集まって曲作りを始める。
「で、どんな感じの曲にするのかイメージは出来てるのか?」
新曲のことを聞いてみると、やよいは困ったように首を横に振っていた。
「全然。ただ、花をイメージした曲を作りたいかな?」
「
「えぇ……あたし、出来れば落ち着いたバラード系にしたいんだけど」
「バラード? ロックバラードでもやるのか?」
ロックバンドと言えば激しいものが大半だけど、もちろんバ
ラードのような落ち着いた曲もある。
でも、俺たちRealizeではロックバラードの曲はない。新しい試みだな。
するとやよいは身を乗り出してコクコクと頷く。
「そう! ロックバラード! せっかくキーボードが増えたんだから、イントロでピアノの切ない音色から始まるような、落ち着いた曲がやりたいの!」
「……こんな感じ?」
そう言ってサクヤは魔装である魔導書を展開すると、そこから魔力で出来た紫色のキーボードを作り出す。
そして、サクヤはキーボードでピアノの音色を奏でた。落ち着いてて、切なさを感じさせるメロディーラインにやよいは親指を立てる。
「そんな感じ! さすがサクヤ!」
即興で作曲したサクヤの頭をやよいが撫でる。撫でられているサクヤは照れ臭そうに視線を逸らしていた。
ちょっと前まで素人だったのに、もう作曲出来るレベルまで成長したのか。本当、天才的だな。
「これで歌が上手かったら、ダブルボーカルとかも面白そうなのになぁ」
「……ぼくは、音痴じゃない。ちょっとリズムが外れるだけ」
「それを音痴って言うんだよ」
ふてくされたように頬を膨らませるサクヤに苦笑する。
さて、ロックバラードで花をイメージした曲か。花のことはさっぱりなんだよなぁ。
すると腕を組んで考え込んでいたウォレスが口を開く。
「てかよぉ、そもそもこの異世界にオレたちの世界の
「うん! ほら、あれ見てみて」
やよいが指さしたのは、庭にある花壇だった。
そこに咲いている綺麗な花々をやよいは順番に指さしていく。
「あれはラベンダーでしょ。バラに、ルピナス、パンジー……」
「ちょ、ちょっと待て! やよい、そんなに花に詳しかったのか?」
どんどん花壇に咲いている花の名前を言っていくやよいを止め、問いかける。
やよいは自慢げに胸を張って答えた。
「ふふん、知らなかった? 花の名前とか花言葉って、曲のテーマに使いやすいから結構勉強したんだ」
初めて聞いた。俺だけじゃなくてウォレスも驚いている様子だった。
Realizeに俺が加入して三年。結構長いこと一緒にいるけど、まだまだ知らない一面があったんだな。
「メイドさんに聞いたけど、花の名前もあたしたちの世界と同じだったよ」
「異世界でも同じ花があるなら、花をイメージした曲はありだな」
「ハッハッハ! だったら話が早い! やよい、どんな
「それなんだけど……いい感じの花が見つからなくて。今はとりあえず、作曲を先にやろうかな?」
「……だったら、続ける」
曲名と作詞は置いといて、先に作曲から始めることにした俺たち。
サクヤが中心となって曲を作り上げていく。
するとやよいはギターを持ち、ウォレスもスティックを握ってドラムセットを模した魔法陣を展開させた。
「イントロはピアノだけ?」
「最初はピアノにして、徐々にドラムを入れるのはどうだ?」
「そうなるとリズムは8分の12拍子だな!」
「うん! ゆったりとしてて、それでいて力強くかな?」
「……最初は、弱めでいいと思う」
「てことは、こんな感じだな」
ウォレスがゆったりとしたリズムでハイハットを静かに叩き、スネア、バスドラムの音を混ぜていく。
そこにサクヤがピアノの音を入れると、やよいは満足げに頷いていた。
「いいよ、そんな感じ!」
「ーーなぁ、やよい」
俺はちょっと思うところがあって口を開いた。
「この曲は、俺が歌うでいいんだよな?」
「はぁ? 他に誰が歌うの?」
「いや……やよいが歌うとか、さ」
元々、俺が加入する前はやよいはギターボーカルだったけど、俺が奪い取るような形でボーカルになった。
バラード系の曲調なら、やよいの方が映えるような気がしたんだけど、やよいは呆れたようにため息を吐いた。
「何言ってんの? Realizeのボーカルはタケルでしょ! それに、あたしがボーカルになったらタケルは何するの!?」
「いや、まぁ、そうなんだけどさ……」
目をつらせながら迫ってくるやよいに、俺は頬を掻きながら目を逸らす。
正直、俺はやよいからボーカルの座を奪ってしまったことが引け目に思っている。やよいは気にしてない様子だけど……どうにも心の奥底に小さい棘が刺さっているような気分だった。
どう返したらいいか困っていると、屋敷からエイブラさんが出てきて俺たちのところに大股で近づいてきた。
「ーー何をしている! らいぶは禁止だと言っただろう!?」
来るなり俺たちに怒鳴るエイブラさん。ライブじゃなくて曲作りをしているだけなんだけど、そこまで怒ることなのか?
「いや、これはライブをしてる訳じゃなくて……」
「言い訳はいらん! 王国の者に居場所がバレたらどうするんだ!? 敷地内でおんがくをすることは禁止だ!」
「えぇぇ!?」
ライブ禁止どころか、音楽自体禁止!?
それはあんまりだ、と反論しようとしたけどエイブラさんが視線だけで黙らせてくる。
ここで逆らったら追い出されるかもしれない。それは避けたい。
俺たちは黙って頷くと、エイブラさんはホッと胸を撫で下ろした。
「すまない、感情的になってしまった。私は心配なのだ、分かってくれ」
冷静になったエイブラさんは俺たちに謝ると、屋敷に戻っていった。
あまり心配かけないようにしないといけないし、とりあえず今は曲作りを中断するか。
やよいたちが渋々魔装をアクセサリー形態に戻していると、エイブラさんと入れ替わるように真紅郎がこっちに向かってきた。
「真紅郎? どうしたんだ?」
真紅郎の様子がおかしい。無言で俺たちのところに来ると、睨みつけるようにエイブラさんの背中を見つめていた。
顔は険しく、拳を握りしめている。本当にどうしたんだ?
そして、真紅郎は俺たちに向かって言い放った。
「ーーねぇ、ライブしない?」
真紅郎は禁止されているライブをやることを提案してきた。
いきなりのことに呆気に取られていると、ウォレスが困ったように口を開く。
「ヘイ、真紅郎。分かって言ってるんだろうな?」
「もちろんだよ」
「で、でもエイブラさんが……」
「気にすることないよ」
心配そうに言うやよいに強い口調で返す真紅郎。いつもと違い過ぎる。冷静とは思えない。
そこでサクヤが立ち上がった。
「……賛成。ぼく、ライブしたい」
「賛成一人。さて、みんなは?」
サクヤはライブをすることに賛成してしまった。残された俺たちは顔を見合わせる。
ライブはしたいけど……ここで禁止されているライブをやったら本当に追い出されてしまうかもしれない。
そんな心配をよそに、真紅郎はニヤリと笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。何か言われたらボクが対応する。だからーーライブ、しようよ」
真紅郎がここまで自分の意見を押し通そうとするのは、初めてだ。
まぁ、真紅郎のことだし何か策があるんだろう。
元々ライブはしたかったし、俺たちは真紅郎の提案に乗ることにした。
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