六曲目『エイブラ邸とライブ禁止令』

「ご苦労! 最高のらいぶだったぞ!」


 ステージを降りた俺たちを出迎えたのは、興奮した面もちのライトさんだった。

 額から流れる汗を腕で拭いながら、俺たちは笑顔で答える。


「ーーありがとうございます!」

「あたし、こんな綺麗なところでライブするの夢だった! もう、最高!」

「ハッハッハ! オレはまだライブし足りねぇぜ!」

「とりあえず、音楽が受け入れて貰えてよかった」

「……お腹空いた」

「きゅー! きゅきゅー!」


 お礼を言った俺に続いて、嬉しそうに目を輝かせているやよい。まだやる気が有り余っていてウズウズしているウォレス。音楽が受け入れて貰えてホッと一安心している真紅郎。いつも通り腹を空かせるサクヤと、頭の上で尻尾をブンブンと振るキュウちゃん。

 各々が違う反応を見せていると、ライトさんは口元に手を当てて笑いを堪えていた。


「ククッ……本当にキミたちは面白いな。私はすっかりキミたちのおんがくにハマってしまった。また機会を設けてらいぶして貰うぞ。さて、そろそろ昼時。今からキミたちがこの国で生活して貰うところに案内しよう。そこで昼食にしようではないか」


 そう言えば、サクヤじゃないけど腹が空いている。ライブ直後だからな。


「生活って……宿屋ですか?」


 生活するところと聞いて気になった俺が問いかけると、ライトさんは白い歯を見せながらニッと笑みを浮かべて答えた。


「案内するのは私の住んでいるところーーエイブラ邸だ」


 そう言って案内されたところはーーまさに、大豪邸だった。

 圧倒される大きな門構え。真ん中に噴水がある、綺麗に整えられた芝生と手入れされた花壇がある広い庭。そして、他の家とは一線を画す白を基調とした清潔感のある西洋風の大きな屋敷。

 エイブラ邸を目の前にした俺たちは立ち尽くしていた。


「……やべぇな」

「……あたし、一度でいいからこんな豪邸に住んでみたかったんだぁ」

「ハッハッハ……デカ過ぎないか?」

「……凄い」

「……きゅー」


 想像以上の大豪邸に唖然としている中、一人だけ違う反応を見せる人物がいた。


「ほら、ライトさんを待たせちゃダメだよ。早く入ろう」


 それは、真紅郎だった。

 真紅郎は特に驚かず、慣れた様子でエイブラ邸に入っていった。

 真紅郎の父親はかなり有名な政治家。その息子である真紅郎には、これぐらいの豪邸は慣れっこなんだろう。

 俺たちが慌ててエイブラ邸に入ると、そこには外装に負けず劣らずな内装が広がっていた。

 埃一つない綺麗な玄関。正面には俺たち全員が横並びになって歩いても余裕な階段。絶対に壊したらダメな類の豪華な調度品。まるでスーパースターになった気分になるフカフカの真っ赤な絨毯が広がる廊下。

 そして、極めつけはーー。


「ーーようこそいらっしゃいました、Realizeの皆様」


 老執事と見目麗しいメイドたち使用人が頭を下げて俺たちを出迎えている光景だった。

 ライトさんは演劇に出てくる登場人物のように大げさな動きで両腕を広げ、俺たちに爽やかな笑みを向ける。


「ようこそ、エイブラ邸へ。今日からキミたちはここで暮らして貰う。遠慮はいらない、ゆっくりと羽を広げてくれて構わないぞ」

「は、はぁ……」


 あまりのスケールのでかさに思わず気の抜けた返事で返す。場違い感が凄過ぎてゆっくりと休める気がしなかった。

 そのまま俺たちはライトさんに連れられて食堂に来た。ここもまた広くて落ち着いて食事が取れる気がしない。

 ちょっと前までマーゼナル王国の城で過ごしていたけど、そことはまた違った緊張感があるな。

 俺たちが席に座ると、サンドイッチなどの軽食が運ばれてきた。


「さぁ、存分に食べてくれ。私が選び抜いたこの国最高のシェフが作った料理だ」

「い、いただきます……」


 恐る恐るサンドイッチに手を伸ばして食べてみると、今まで食べてきたサンドイッチとは違う美味さに目を見開く。

 舌触りのいいフワフワの白いパンに挟まれた瑞々しい野菜、じゅわっとあふれる肉の味、滑らかな触感の卵。口に広がる調和の取れた味に手が止まらなくなる。


「俺、サンドイッチでこんなに感動したことない」

「あたしも」

「うめぇ……うめぇよ……」

「うん、美味しいね」

「……おかわり」

「きゅきゅきゅー!」


 感動に打ちひしがれながらサンドイッチを口に運んでいると、ライトさんは微笑ましそうに優しい笑みを浮かべていた。


「どんどん食べてくれ。ささやかだが、らいぶという最高の文化を見せてくれたキミたちへの感謝の気持ちだ。もちろん、夕食も期待してくれて構わないぞ?」


 夕食。これ以上の料理。サンドイッチを食べているのに腹の虫が鳴りそうになった。期待しない訳がない。

 俺たちがサンドイッチに舌鼓を打っていると、食堂に一人の男性が入ってきた。


「ーーふむ、キミたちが噂の者たちか」


 六十代ぐらいだろうか。白髪を綺麗にオールバックにした、老年の男性はキリッとした視線で俺たちを見つめていた。

 男性に気付いたライトさんが驚いたように立ち上がる。


「ーー父上。戻っていらしたのですか?」


 父上、と呼ばれた男性はライトさんの方に顔を向けてニッと笑みを浮かべて答えた。


「あぁ、ついさっきな。紹介が遅れたなーー私はライト・エイブラ一世。そこのジュニアの父親だ」


 ライトさんをジュニアと呼ぶ、父親のライト・エイブラ一世は俺たちに自己紹介してくれた。

 俺たちは慌てて立ち上がり、頭を下げる。


「お、俺は……私はタケルと申します! こ、今回はお招き頂き……」

「ハハハ、そんなにかしこまらなくてもいい。この屋敷の主はもうジュニアだ。私のことはそうだな、エイブラと気軽に呼んでくれたまえ」


 エイブラさんはカラカラと笑いながら言う。背筋がピシッとした、ダンディーで親しみやすそうな人だ。年を取ったらこんな風になりたいな。

 するとエイブラさんは咳払いしてから話題を変える。


「キミたちのことはジュニアから聞いている。この国に来た経緯もな。それと先ほどのらいぶ、見させて貰ったよ。年甲斐もなく興奮したものだ」

「あ、ありがとうござ……」

「ーーだが同時に、危険だと判断した」


 俺がお礼を言い終わる前にエイブラさんがジッと俺たちを見据えながら言い放つ。

 危険って、どういうことだ?


「らいぶは最高の文化だ。私だけじゃなく、この国に住む全ての者が魅了され、人気になることだろう。だが、それは同時に他の国にも広がる。そうなれば……マーゼナル王国の者にキミたちがここにいることが知れ渡ってしまうだろう」


 俺の疑問に答えるようにエイブラさんが説明してくれた。

 たしかに、有名になればなるほど俺たちの居場所を教えることになる。

 そして、エイブラさんははっきりと言った。


「だからーーこの国でらいぶをすることは禁止とする」

「ーーえ!?」


 ライブ禁止? つまり、もうこの国でライブが出来ないのか?

 突然のことに思考が停止している中、エイブラさんは話を続けた。

  

「ジュニアよ。引退した私が口出すことではないのかもしれないが……この国の安全のため、キミたちの身の安全のために言わせて貰う。まず、キミたちにはユニオンの依頼を受けることを禁じる。少しでも情報が漏洩しないためだ。次に、許可なくこの屋敷から出ないこと。出る場合はジュニアが同行するんだ。必要な物は全てこちらで用意しよう。そしてーー知っている情報は誰にも口外してはならない」


 どんどん出される意見をどうにか理解しようと情報をまとめると……。

 依頼禁止、外出禁止、箝口令、それとーーライブ禁止令。

 つまり、何もせず、何も言わず、この屋敷に閉じこもってろってことか。

 あんまりに横暴な意見にライトさんを含めて俺たち全員は黙り込んでしまった。

 するとエイブラさんは額に手を当てながらため息を吐いた。


「私もらいぶが見られないのは辛いことだ。だが、マーゼナル王国の追っ手がどこに潜んでいるのか分からない今、キミたちの居場所がバレないためにも仕方がないこと。キミたちを守るためだ……納得してくれると嬉しい」


 エイブラさんが言っていることは正しい。

 俺たちはこの国に保護して貰うために来たんだ。身の安全を考えたら、反対出来ない。

 だけど……ここまで厳重に縛られるのもちょっとな。

 返答に迷っていると、真紅郎が手を挙げて口を開いた。


「少しお聞きしたいんですが……本当に・・・ボクたちの安全を考えてのことですよね?」


 真紅郎の言い方は、どこか棘のあるものだった。それに、エイブラさんを見つめる目は険しく、いつもの真紅郎らしくない。

 どうしたんだ、と疑問に思っていると真紅郎の問いかけにエイブラさんが答えた。


「もちろんだ。私はキミたちの身の安全を考えて……」

「ーーそこに嘘偽りはありませんか?」


 エイブラさんの話を遮って、真紅郎は再度問いかける。

 エイブラさんと真紅郎が見つめ合い、数秒の時間が空いた。まるで永遠とも言えるような視線の応酬に、俺たちは何も口出し出来ない。


「ーー何を疑っているのかは知らないが、嘘をつく必要があるかな?」

「ーーいえ。それならいいんです」


 真紅郎はそのまま目を閉じ、何も言わなかった。

 様子のおかしい真紅郎に首を傾げつつ、俺たちはエイブラさんの言うことを聞くことになった。

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