一曲目『レンヴィランス神聖国』
雄大な海を渡る木造の大型船。
風を受ける大きな帆と広がる青い空にはカモメに似た鳥型モンスターが飛び交っていた。
その船に俺たちは乗せて貰っている。目的地はーー水の神様を祀っている美と芸術の国<レンヴィランス神聖国>だ。
俺たちはレンヴィランスがどんな国なのか、期待に胸を躍らせている……一人を除いて。
「う、お、えぇぇぇ……
船酔いで真っ青な顔で吐きそうになっているのは俺たちのバンド<Realize>の白人ドラマー、ウォレス。
ウォレスは甲板の柵に体を預けながら海に向かって吐き気を堪えていた。
「ウォレス、大丈夫?」
そんな吐きそうになっているウォレスの背中をさすっているのは、ベース担当のぱっと見女性だけど歴とした男ーー簡単に言えば男の娘、真紅郎。
「はぁ……ウォレス、もうすぐ着くんだからしっかりしてよ」
その二人を見て額に手を当てながら呆れているのはギター担当の紅一点、女子高生ギタリストのやよい。
「……海、綺麗」
「きゅ!」
自分は関係ないとばかりに船首に座って海を眺めているのは、キーボード担当のダークエルフ、サクヤ。
その頭に上に乗っているのは俺たちのバンドのマスコットキャラに認定された、額に蒼い楕円型の宝石が付いている白い子狐のようなモンスターのキュウちゃん。
そして、俺ーー<Realize>のボーカル担当のタケルを含めた五人と一匹で元の世界に戻るために、音楽のないこの異世界をライブをしながら旅している。
「ーーレンヴィランスが見えてきたぞぉ!」
そこでマストの上にある見張り台にいた船員が大声を張り上げる。
慌ただしく動き出した船員を後目に、ウォレスを除いた俺たちは船首の方に走った。
「ーーうわぁぁぁぁ、綺麗!」
目を輝かせたやよいが身を乗り出して叫ぶ。目の前に広がる白レンガと大理石で出来た白を基調とした街並みが広がる綺麗な光景に、俺たちは目を奪われた。
レンヴィランス神聖国。
水の属性神である<ディーネ>を信仰する宗教国家であり、標高九千メートルはある山から流れる川で街を二つに分けられた美と芸術の国だ。
街を二分する川を水路として使い、街の住人は移動手段として街の至る所に張り巡らされた水路を船で渡っている。
俺たちの世界で言う、ヴェネツィアみたいな国だな。
街の港に停船して船員たちが積み荷を運んでいる中、俺たちも街に降り立った。
「よ、ようやく着いた……陸、最高……」
ヨロヨロと歩くウォレスは地面に抱きつくように倒れ、頬ずりしている。だから、到着していきなり変な行動するんじゃない。
「ほら、立てってウォレス」
「ぐぇ……」
倒れているウォレスを軽く蹴っ飛ばして起き上がらせる。
俺は呆れてため息を吐きながら、改めて周りを見渡した。
「なんか凄い盛り上がってるな」
水路には派手に飾り付けされた船が行き交い、街では出店が並んで賑やかだった。
何か祭りなのか、と疑問に思っていると一人の船員が話しかけてくる。
「よぉ、兄ちゃんたち観光かい? 運がいいねぇ、今日は水の属性神ディーネ様を讃えるお祭りだ! 楽しむんだな!」
「お祭り! 楽しそう!」
「……祭り、出店、ご飯、お腹空いた」
「ハッハッハ!
「きゅー!」
祭りと聞いてテンションが上がったやよい、サクヤ、ウォレス、キュウちゃん。
俺も祭りには参加したいけど……。
「待った待った。その前にユニオンに行かないとだろ?」
「そうだよ。ボクたちの目的は祭りじゃないよ」
俺と真紅郎が窘めるとやよいたちは残念そうにしながら返事をする。
ま、用事が終わったら参加出来るだろうし、それまで我慢だな。
とりあえず俺たちは街を歩き、ユニオンに向かった。
「それにしても綺麗な街だね」
「うんうん! あたし、ここに住みたい!」
街の外観を見ながら呟いた真紅郎に、テンションが上がっているやよいが賛同する。たしかに綺麗な街並みだ。
そんな綺麗な街を歩き、ようやくユニオンにたどり着いた俺たちは受付にいる職員に声をかけた。
「すいません、ユニオンマスターのライトさんはいますか?」
「マスターですか? えっと、どなた様でしょうか?」
「あ、この手紙を見て頂ければ分かると思うんですけど」
俺は職員に手紙を見せる。
すると職員は困ったように頬を掻いた。
「申し訳ありません、今マスターは不在でして……祭りに参加しているんです。多分、もう少しで戻ってくるとは思うんですが」
残念ながらいないようだ。
ここで待っているのもいいけど……折角だし、祭りを見てくるか!
「じゃあ、祭りを見てから時間を置いてまた来ます」
「よっしゃぁぁぁ! 行こうぜ!」
「やった! あたしも行く!」
「……ご飯」
「はぁ。まぁ、仕方がないか。ボクも行くよ」
「きゅきゅー!」
俺の言葉にウォレス、やよい、サクヤ、キュウちゃんが一目散にユニオンから出て行った。その後を俺と真紅郎が苦笑しながら追いかける。
改めて祭りの光景を見ていると、目に付くのは様々な像だった。
多分、水の属性神ディーネ様を象った物なんだろうけど……その形は様々だ。清楚な女神や筋骨隆々の男神、龍や果てはただの水晶のような物まであった。
「容姿が分かんないから、好きなようにやってるのかもね?」
「あぁ、そういうことか」
真紅郎が言ったことに納得する。それにしても色々あるなぁ……作った人の個性が出てる。さすがは美と芸術の国だ。
祭りを見て回っていた俺たちは屋台で買った物をベンチに座って食べていると、街の真ん中を流れる大きな川に多くの船が並んでいた。
パレードみたいなのかな? それぞれ色んな形をしたディーネ様を乗せた派手な船たちが進む中、一際大きくて派手な船に目を留める。
金で装飾されたド派手な船には大きなディーネ様を象った女神像。
その前にはーーこれまたド派手で絢爛豪華な鎧を身に纏った男が立っていた。
ウェーブのかかった金髪、ルビーのような赤い瞳、白い歯をキラリと見せた爽やかな美形の男だった。
その男は竜に剣が突き刺さっている黒いマークーーユニオンのエンブレムが刺繍された大きな旗をブンブンと振り回している。
「我らディーネ様の敬虔な信徒なり! ディーネ様に祈りを捧げ、存分に祭りを盛り上げるのだ! さぁ、私にーーライト・エイブラ二世に続くのだぁ!」
その叫びにギャラリーが大盛り上がりして歓声を上げた。
って、ライト・エイブラ……?
「あ、あれがレンヴィランスのユニオンマスターか!?」
ここで見つけるとは思ってなかった俺たちが唖然としていると、船の上にいるライトさんがこっちに顔を向ける。
俺とライトさんは一瞬、目が合った。
その視線は鋭く、まるで値踏みするようなものだった。
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