二十四曲目『激凍の幕引きと、警鐘』

「ーーくっ!?」


 迫り来る氷の龍を俺は側転することで避ける。

 冷気を纏った龍はそのまま俺を通り過ぎていくと、アスワドが右手を横に振った。

 すると龍はその長い体を捻らせて空に向かっていく。


「ーー食らえ!」


 叫びと共にアスワドが右手を振り下ろすと、その動作に合わせて龍は口を大きく広げ、俺に向かって上から襲ってきた。


「あぶねぇ!?」


 すぐにその場から離れると龍は地面に着弾し、そこから一気に地面が凍り付く。

 広範囲に地面を凍らせ、龍は姿を消した。


「終わった、のか……?」


 周りを見渡しても龍の姿はない。これで終わったのかと思っていると、アスワドはニヤリと笑みを浮かべていた。


「ーー終わりだと思ってんのか?」


 その言葉が聞こえると、俺の足下が揺れて徐々に凍り付き始める。危険を感じた俺は飛び込むようにそこから離れた。

 そして、さっきまで俺がいたところから氷の龍が飛び出してきた。


「クソッ、しつこい!」


 地面を転がりながら悪態を吐き、剣を構える。

 この氷の龍……<ブリザード・ファフナー>は多分、アスワドの魔力が尽きるまで動き続けることが出来るだろう。

 魔力が続く限り動き、しかも本人の意思で動かすことが出来る。これはやっかいな魔法だ。

 だけど、逆に言えばそれだけ強力な魔法なら魔力を大幅に食うはず。

 つまり、俺がこの魔法を突破出来れば、アスワドに勝つことが出来るーー!


「ふぅぅ……」


 ゆっくり息を吐き、集中する。

 あの魔法はきっと、アスワドの切り札だ。なら、俺も切り札を使おう。

 全力で、あの魔法を打ち破ってやるーー!


「ーー<ア・カペラ!>」


 俺の切り札。Realizeの中で俺だけが使える専用魔法ーーア・カペラを使う。

 ふわりと体が軽くなり、みなぎってくる力で柄を強く握りしめて剣を構える。

 すると、アスワドは俺を見て楽しそうに口角を歪ませていた。


「どうやらそれがてめぇの本気みてぇだな……」


 アスワドが右手を挙げると、氷の龍が身を捻らせて口から冷気を吐き出しながら俺を睨みつけてくる。


「ーー俺の最強魔法、打ち破れるもんならやってみやがれぇぇぇぇ!」


 叫びと共に右手が振り下ろされる。

 猛スピードで向かってくる龍に、俺も負けじと飛び込んだ。


「ーーはぁぁぁぁ!」


 気合いと共に龍を避けるように右斜め前に踏み込み、剣を横に薙ぎ払う。ア・カペラの効果で一撃を超強化した攻撃は、龍の口から体の側面をガリガリと氷を砕いていく。

 そのまま剣を振り切ると龍の体に大きな傷跡を残して体のほぼ半分がまっぷたつになっていた。


「まだだぁぁぁ!」


 アスワドの叫びに龍が冷気を纏い、すぐに傷跡が消えて元通りになっていた。

 やっぱり一撃だけじゃダメだ。やるなら元通りにならないぐらい連続で攻撃しないと。

 そう判断した俺は、覚悟を決めて居合いのように剣を左腰に置いて構える。

 剣身に魔力を纏わせ、正面にいるアスワドを睨みつけた。


「ーー真っ正面から、打ち破る」

「ーーはんっ、そうかい。いいぜ……やってみろぉぉぉ!」


 氷の鋭い牙を剥きながら龍が俺に向かってくる。

 俺は避けずに前に踏み込んだ。


「ーーレイ・スラッシュ!!」


 魔力を纏った一撃を龍に向かって放つ。剣と龍がぶつかり合い、氷が砕けて宙に舞った。

 だけどこの龍は一撃だけじゃ打ち破れない。だから俺はーー剣に魔力を纏わせたまま二撃、三撃、四撃と連続で剣を振った。

 ア・カペラの効果は素早さを上げ、超強化した一撃を連続で放つ魔法。

 その魔法を使った状態で、レイ・スラッシュを継続したままの連続攻撃。

 それが俺がこの魔法を打ち破るためのたった一つの道だ。


「ーーアァァァァァァァァァッ!!」


 がむしゃらに、とにかく連続で剣を振りまくる。

 暴風のような剣戟に龍は徐々に圧され始めていた。

 氷を砕き、冷気を斬り裂き、寒さで手がかじかみながら俺は剣を振って振って振りまくる。

 徐々に龍の体が削れていっている。アスワドは必死に魔力を送り続けているけど、再生速度が間に合っていないようだ。

 だけど、俺もそろそろ限界が近い。ア・カペラは使うと肉体への負担が凄まじい魔法だ。筋肉が悲鳴を上げて、骨がきしみ始めているのを感じる。

 それでもーー剣を振れ!


「ーーてあぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 最後の力を振り絞り、思い切り剣を薙ぎ払う。

 その一撃で龍の体は砕け散り、氷の破片がキラキラと舞い散った。

 剣を地面に突き刺して杖にしながら、体中の痛みを堪えてアスワドにニヤリと笑ってみせる。


「どう、だ……打ち破って、やったぜ」

「く、はは、や、やるじゃ、ねぇか……」


 アスワドも魔力が尽き欠けているのかフラフラとしていた。

 あっちは魔力の欠乏で、こっちは全身の痛みと疲れで限界。

 それでも、俺たちはまだ立っている。まだ戦うつもりでいる。戦いはまだ、終わっていない。

 地面から剣を抜いて構えると、アスワドもシャムシールを構えていた。


「ーー勝つのは、俺だ」

「ーー負けるのは、てめぇだ」


 二人同時に呟き、ボロボロのまま俺たちは走り出す。

 凍った地面を踏み砕き、俺とアスワドは剣とシャムシールをぶつけ合う。高い金属音が鳴り響き、俺たちはそのまま鍔迫り合った。


「ぐ、ぬ、おぉぉ……ッ!」

「が、あ、あぁぁ……ッ!」


 限界を迎えている俺たちの力は、完全に拮抗していた。

 なら、意志の強さで勝ちが決まる。

 心が折れた方が、負けだーー!

 ギリギリと剣とシャムシールがぶつけ合いながら力一杯押す。するとアスワドが歯を食いしばりながら押し返してくる。

 俺もアスワドも、一切諦める気はなかった。こうなったら意地と意地のぶつかり合いだ。

 一分か、それとも十分か。どのぐらい経ったか分からないけど、俺たちは鍔迫り合いを続けていた。


 そんな時、突然シエンが叫び声を上げた。


「あ、兄貴! あれ見るッス!」


 シエンが指さす方に俺たちが顔を向ける。

 その向こう……遠くの空が徐々に真っ赤に染まっているのが見えた。


「なんだ、あれ……」


 俺とアスワドは示し合わせたように力を抜き、明らかに異常な真っ赤に染まる空を呆然と見つめる。

 何かが来ようとしている。何かが近づいてきている。

 あれは……砂嵐、か?


「おい。あれ、なんだよ?」

「……知らねぇ。俺もあんなの、初めて見たぜ」


 遠くの方から近づいてくるのは、赤い砂嵐だ。

 血のように赤く、肌が粟立つような威圧感のある砂嵐は、ゆっくりと確実にこっちに向かってきている。


 あれは、危険だ。


 俺の頭で警鐘が鳴り響いていた。

 

 


 

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