二十五曲目『クリムゾンサーブル』

「ーー全員、逃げるぞ!」

「ーーてめぇら、こっから離れるぞ!」


 俺とアスワドは同時にここから逃げることを選択する。

 あの砂嵐はとにかくやばい気がする。頭の中で警鐘が鳴り響いている。

 今すぐにここから離れないと、死ぬかもしれないという説明出来ない恐怖を感じていた。

 俺とアスワドの指示に全員が一斉に動き出す。


「ウォレス! ウォレスしっかり! 逃げるよ!」

「ん、んん? な、なんだ……?」

「説明は後! とにかく起きて!」


 気絶していたウォレスを真紅郎が必死に叩き起こす。


「シエン! すぐにアランを起こせ! てめぇら、怪我している奴は引きずってても街まで連れて行け! おいロク! 起きろ!」

「分かったッス!」


 慌ただしくアスワドは指示を出し、シエンはアランをビンタして無理矢理起こしていた。他の黒豹団たちもサクヤにやられた仲間を引きずってここから逃げていく。

 俺は動けないでいるやよいのところに急いで走った。


「おい、やよい! 動けるか!?」

「ちょっと、無理、かも……」


 シエンとの戦いで麻痺煙を吸ってしまったやよいは、どうにか体を動かそうとしているけど力が入らないようだ。

 仕方ない。


「悪い、やよい!」

「きゃ!?」


 一言謝ってからやよいを横抱きで持ち上げると、顔を真っ赤にして暴れ出した。


「ちょ、タケル、降ろしてよ! は、恥ずかしいから!」

「いいから暴れんな! 今はそういうこと言ってる場合じゃないんだよ! 少し黙ってろ!」

「う、うぅ……」


 諦めたのかやよいは頭から煙が出そうなほど顔を赤く染め、静かになった。

 俺はそのままやよいを抱き上げたまま走り出す。


「真紅郎! ウォレスは起きたか!?」

「うん、起きたよ!」

「おい、タケル! いったい何事なんだよ!?」

「あれ見ろ、あれ!」


 俺が赤い砂嵐の方を指さすと、ウォレスは数秒唖然としてからすぐに走り出した。ウォレスもあの赤い砂嵐がやばいと判断したんだろう。

 全員揃ったし、早く街に……と、思ったけどよく見ると黒豹団たちが気絶している仲間を運ぼうと四苦八苦しているのに気付いた。

 あのままだと間に合わないかもしれない。

 

「ーーあぁ、もう! 真紅郎、ウォレス、サクヤ! 気絶している黒豹団を運んでやれ!」

「ふふ……了解!」

「ハッハッハ! オッケー、分かった!」

「……うん」


 例え敵同士だとしても、今ここで見捨てる訳にはいかない。

 俺の言葉に三人は笑みを浮かべながら気絶している黒豹団の奴らを背負い、走り出す。

 俺たちの行動に他の黒豹団たちは目を丸くしていたけど、すぐに「すまん、感謝する!」と謝ってから一緒に運び始めていた。

 それを見たロクに肩を貸して歩いていたアスワドが苦々しい表情で声をかけてくる。


「……すまねぇ」

「別に」


 謝ってくるアスワドに素っ気なく返す。

 黒豹団は盗みをするし女を誘拐するような悪い集団だ。こいつらがしてきたことは許されることじゃない。

 だけどーー見殺しにしていい理由にはならない。

 それにここで死なれても困るからな。こいつらは俺たちの力で捕まえて、然るべきところできっちり反省して貰わないと。

 

「って、そんなことより走るぞ!」


 気付けば赤い砂嵐がどんどんこっちに近づいてきている。まだ距離があるとはいえ、迫り来る恐怖は尋常じゃなかった。

 俺たちは黒豹団と一緒に街まで逃げ出した。

 走り辛い砂の大地を蹴り、息を荒げながら必死に街まで走る。

 すると、街の方から鬼気迫るような甲高い警鐘の音が聞こえてきた。どうやら街の人たちもあの赤い砂嵐に気付いたみたいだ。

 そのまま街に入ると、その場は騒然としていた。

 住人たちは混乱し、一目散に逃げている。老若男女、貴族やスラムの人など世代や立場も関係なく、とにかく逃げまどっていた。


「ーー東に避難所がある! ユニオンメンバーの指示に従って落ち着いて逃げな! 親はガキの手を離すんじゃないよ! スラムの奴らも同様に避難所に行きな!」


 そこで避難誘導をしているアレヴィさんの姿を見つけた。

 アレヴィさんも俺たちに気付いたのか急いで近づいてくる。


「あんたたち、無事だったのかい! ん、そっちのは……」


 アレヴィさんはアスワドや黒豹団たちに鋭い眼差しを向けてくる。

 だけど、今はそんな場合じゃない。俺は麻痺が解けて動けるようになったやよいを降ろしてからアレヴィさんに詰め寄った。


「こいつらのことは今は気にしないで下さい! それより、あれはなんですか!?」


 遠くの方からこっちに向かってくる赤い砂嵐を指さしてアレヴィさんに問いかける。

 すると、アレヴィさんは静かにあの赤い砂嵐について話し始めた。


「あの砂嵐の名前はーー<クリムゾンサーブル>。別名、飢えた死神・・・・・って呼ばれている大災害さ」


 クリムゾンサーブル?

 首を傾げると、アレヴィさんはそのまま説明を続ける。


「数百年に一度発生すると言われている死の砂嵐。赤い壁が迫ってくるようなその砂嵐は砂の一粒一粒が高温の熱を発していて、巻き込まれた生物は骨すら残らない……大昔にこの国のほとんどを壊滅に追いやったことがある災厄だよ」


 そう言うとアレヴィさんは苛立たしげに頭を掻く。


「最近の砂嵐の発生頻度が多かったのは、あれが来る前の前兆だったみたいだ。一応、嫌な予感がしてたから避難所を事前に用意してたけど……これはもう、この街から逃げないとダメみたいさね。完全に進路がこの街だ」

「そんな……な、何かあの砂嵐をどうにかする方法はないの!?」


 話を聞いていたやよいが青ざめた顔でアレヴィさんに問いかけるも、アレヴィさんは力なく首を横に振った。


「どうにも出来ないんだよ……あれは災害だ。私たち人間は砂嵐が去るのを待つしかない。ま、砂漠に住んでいる以上、こういう時もあるさね」


 諦めたように苦笑するアレヴィさん。

 今回のは国のほとんどを壊滅に追いやるほどの大災害。そんなものに太刀打ち出来る人間なんて、いるはずがない。

 自然の脅威には、人間は無力だ。ただ時が過ぎるのを待つか、逃げるしか方法はないんだ。


「あんたたちもいいから逃げな! 私は逃げ遅れがないか確認して来なきゃいけないからね!」


 そう言ってアレヴィさんが走り去っていった。

 普段の活気溢れる楽しくも騒がしい街が嘘のように静かになっている。

 空気が乾燥し、クリムゾンサーブルが近づいてきているのが肌で感じた。

 取り残された俺たちに、アスワドが深いため息を吐いた。


「ま、仕方ねぇな。おい、てめぇら。荷物まとめてこの国から出るぞ。違う国に拠点を移す」

「わ、分かったッス! みんな、急いで動くッスよ!」


 シエンを筆頭に黒豹団たちが動き出す。

 すると、アスワドは立ち止まった俺たちに声をかけてきた。


「てめぇらも早いとこ逃げるんだな。この国はお終いだ。助けて貰った恩義はあるが、もうてめぇらとは会うことはねぇだろうよ。決着つけられなかったのは残念だけどな」


 アスワドの言葉に、俺たちは誰も返そうとしなかった。

 無視されたアスワドがイラッとしながら俺の肩を掴んでくる。


「おい聞いてんのか!? 返事ぐらいしたらどうなんだよ!」


 俺はアスワドに肩を捕まれたまま、ぼんやりと街を眺めていた。

 この国には色んな思い出が詰まっている。

 マーゼナル王国から逃げてきた俺たちを受け入れてくれたアレヴィさん。やよいが優勝した大食い大会。サクヤの防具服を見繕ってくれたコルド防具服店。初めてのRealize専用ライブハウス。そこでやったライブは楽しかった。

 そして、ここの人たちはライブをーー音楽を楽しんでくれていた。その笑顔を、盛り上がりを、熱気を……俺たちは忘れられない。


「ーーなぁ、みんな。俺、今からバカなこと言おうと思うんだけど、いいか?」


 不意に俺が口を開くと、みんな示し合わせたように小さく笑い始めた。


「タケルはいつもバカだから、言わなくても分かるよ」

「そうだね。ボクたちはそれにいつも巻き込まれてるね」

「ハッハッハ! タケルはたまにオレよりバカになるからな!」

「……まだ付き合い浅くても、タケルがバカだって、知ってる」


 やよいが、真紅郎が、ウォレスが、サクヤが。全員が俺をバカ呼ばわりしてきた。

 好き勝手言いやがって。そんなに俺、バカか?

 俺も思わず笑みをこぼして、みんなの顔を見つめる。


「ーーじゃ、言わなくても分かるよな?」


 全員が同時に頷いた。

 俺だってバカだと思うけど……話に乗ってくるお前たちも充分バカじゃないか。

 俺は肩を掴んでいるアスワドの手を払い、振り向く。


「ーーやるぞ」


 全員が「おう!」と力強く返事をした。

 見つめる先は……こっちに向かってきているクリムゾンサーブル。


 そう、俺たちは今からーーあの大災害をぶっ飛ばしに行くんだ。




 

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