二十曲目『銃と弓矢』

 俺とアスワドの剣同士がぶつかり合うのと同時に、真紅郎とアランの戦いが始まった。

 弓矢と銃。中距離での撃ち合いだ。

 アランが放った矢と、真紅郎が撃ち出した魔力弾がぶつかり合う。


「やるねぇ! 強くて可愛い子は大歓迎だ!」

「だから、ボクは……ッ!」


 真紅郎の話を遮るように三本の矢が同時に放たれる。慌てて真紅郎は指で弦を弾き、魔力弾を三個放った。

 撃ち落とされた矢を見たアランは「ヒュー!」と口笛を吹く。


「本当、やるね。俺っちの矢を撃ち落とすなんて……じゃあさ、これならどう?」


 そう言ってアランは空に向かって一気に五本の矢を、次に一直線に二本の矢を放つ。

 真紅郎はすぐに後ろに下がりながらボディ部分にあるコントロールノブをいじり、上に向かって一個、正面から来る矢に二個の魔力弾を撃ち出した。

 上に向かった魔力弾は螺旋を描きながら矢を巻き込むように撃ち落とし、真っ直ぐに飛んでいた魔力弾で矢を防ぐ。


「……なるほど、ね」


 アランはそれを見てニヤリと笑みを浮かべた。


「これは面白いなぁ。俺っちの矢をそんな風に防ぐなんてね。でも、これは難しいよ? 防いでごらん?」


 ヘラヘラとした表情を引き締め、アランは背中の矢筒から十本の矢を引き抜く。

 十本の矢全部を弓に番がえ、ギリギリと弦を引き絞った。


「ーーフッ!」


 短く息を吐いてアランは矢を放つ。

 三本の矢が真っ直ぐに、上に放った三本の矢が弧を描いて真紅郎に向かっていく。

 そして、最後の四本を放つ前に、アランはチラッと岩場を見た。


「ーーここだな」


 一言呟き、矢が放たれる。だけど、その矢は真紅郎じゃなくてゆっくりとしたスピードで岩場に向かっていった。

 真紅郎は上から降ってくる鏃の雨を後ろに下がることで避け、真っ直ぐに向かってくる矢は撃ち落とす。

 ふと気付くと、岩場に向かっていた矢の軌道が突然変わり、急カーブしてそのまま真紅郎の背後から強襲した。


「ーーぐっ!?」


 後ろからの攻撃は読めなかったのか矢は真紅郎の背中に突き刺さり、ガクッと膝を着く。


「ーー真紅郎!? がっ!?」

「おいおい、よそ見とは余裕じゃねぇか!?」


 思わずアスワドから目を離してしまった。

 その隙を逃さず、アスワドがシャムシールを振り下ろしてくる。ギリギリ剣で防ぎ、強引に剣を払って距離を取った。


「真紅郎、大丈夫か!?」

「う、うん。防具服で助かったよ……」


 矢は防具服を貫くことは出来ず、ポトッと地面に落ちる。ダメージはあまりないみたいだ。

 その様子を見ていたアランが、笑みをこぼした。


「それが防具服だってことは知ってたよ? そうじゃないと傷になっちゃうからね。傷だらけの女を抱くのは、趣味じゃないんだ」

「……その割には、容赦ないね?」

「まぁね。これ、戦いだから。少し痛いけど、我慢してちょうだい! 大丈夫、戦いが終わったらお姫様のように扱うからさ!」

「……悪いけど、それは勘弁だね」


 ゆっくりと息を吐いた真紅郎は、改めてベースを構える。


「風の動きを読んで、矢を曲げたのかな?」

「ご名答! 風を読むのは俺っちの得意技でね。風の動きに合わせて矢の軌道を変化させるのは、俺っちにとっては難しくないのさ!」


 黒豹団ってのは曲芸師の集まりなのか?

 風の動きを読んで変幻自在に矢の軌道を操れる弓使い。それが、アランか。

 一筋縄ではいかないみたいだな。


「そっか、なるほどね。じゃあ、これはお返しだから……ありがたく受け取るといいよ」


 真紅郎はニヤリと笑みを深めると足を開き、半身になりながら銃口をアランに向ける。

 そして、スリーフィンガーによる速弾きで弦をかき鳴らしまくった。

 もう数え切れないほどの魔力弾がアランを襲う。そのあまりの数に目を丸くしたアランは、一目散にその場から逃げ出した。


「うおぉぉぉぉぉ!? ちょ、ちょっとやんちゃが過ぎるんじゃない!?」


 マシンガンのように連続で撃ち込まれる魔力弾から必死に逃げるアラン。真紅郎は速弾きしながら時折コントロールノブをいじり、軌道を変える。

 一直線に連続で放たれる魔力弾と、上、左右から弧を描く魔力弾。あらゆる方向から連続で向かってくる魔力弾に、アランは逃げるばかりーーという訳でもなかった。


「ーー上等!」


 矢筒から素早い動きで矢を抜き放ち、目にも止まらない速度で矢を放つアラン。真紅郎の魔力弾ほどではなくても、早打ちで対抗してきた。

 飛び交う矢と魔力弾。アランと真紅郎は動き回りながら撃ち合いを始めた。

 時々矢が頬を掠めたり、魔力弾が腹部に当たる。怯みながら、痛みを堪えながら両者は撃ち合いを続けていた。


「……やるな、あいつ」

「……やるじゃねぇか」


 俺とアスワドは自然と足を止め、戦いを中断して真紅郎とアランの戦いを見ながら同時に呟く。

 我に返り、慌てて俺とアスワドは剣をぶつけ合った。


「なんだよあの弓使い! ありえねぇだろ!」

「こっちの台詞だバカ野郎! なんだあの魔装!?」

「銃型のベースだよ!」 

「べーすってなんだバカ! 分かるように言え!」

「バカに何言ってもどうせ理解出来ないだろ!」

「はぁぁぁ!? んだとこのバカ!」

「バカはお前だ!」


 醜い口喧嘩をしながら剣をぶつけ合う。

 どうにも真紅郎とアランの戦いが気になってしまい、ちょくちょくちら見してしまうな。

 だけど、アスワドも同じようで戦いに集中し切れてないみたいだ。


「……おいバカ。提案があるんだが?」

「……奇遇だなぁバカ。俺も提案があるんだよ」


 俺とアスワドは睨み合い、同時にその場で座り込んだ。


「一時休戦する!」

「あぁ、いいぜ! 一時休戦だ!」


 同意を得て、俺たちは真紅郎とアランの戦いを見守ることにした。

 その間にも真紅郎とアランは撃ち合いを続けていたが……その拮抗した状況は突然打ち破られた。


「うわっ!?」


 バランスを崩した真紅郎がその場で倒れてしまった。

 そこをアランは狙いを澄まして矢を番がえる。


「そこだぶふぇ?!」


 だけど、その前に横から突然魔力弾が向かってきて、頬に直撃した。

 話してる最中にいきなりの奇襲。すると真紅郎は「くく、あははは……」と笑いながらゆっくりと立ち上がった。


「油断したね? 今ならボクを倒せると油断したね? あはは、残念でした。転んだのはわざとだよ?」


 黒い微笑でアランを挑発する真紅郎。

 倒れたアランは頬を痛そうに手で押さえながら膝を着く。


「わ、わざと? というか、なんか、性格黒くない? 俺っち、腹黒はちょっと勘弁して欲しいなぁ、なんて……」

「腹黒? ふふっ、失礼だなぁ。ボク、傷ついちゃったよ……」


 真紅郎はまるで少女のように、花が咲いたような優しい微笑みを浮かべていた。だけど、その花には毒がある。ジワジワと相手を苦しませる、毒が。

 真紅郎は指を銃のようにして、人差し指をアランに向けた。

 すると、岩場の陰からフワフワと魔力弾が顔を出す。


「こ、これ、いつの間に……?」

「ボクが考えなしに魔力弾を撃ってたと? あり得ないよ。ボク、これでもRealizeの頭脳担当なんだーーそんな無策で戦うなんて、するはずないじゃない」


 ふよふよと漂うかなりの数の魔力弾が徐々にアランを取り囲んでいく。

 逃げ場を失ったアランは、顔を引きつらせながら弓を背負って両手を挙げた。


「ま、まいった。降参! 俺っちの負けでいいよ!」

「へぇ?」

「ほ、ほら、女の子なんだから、おしとやかにしないと! 優しい子って、モテるよ! 俺っち、そういう子が好きだなぁ……なんて」

「なるほどね。うん、分かったよ」

「は、はは! 話が早くて助かる! じゃ、この魔力弾を……」

「あ、そうそう。一つだけ、言い忘れてたことがあるんだ」


 真紅郎は三日月のように口角をつり上げて、笑った。


「ーーボク、女の子じゃなくて男なんだ。だから、おしとやかじゃなくていいんだよね」


 真紅郎の告白に、アランは目を丸くして口をあんぐりと開けた。

 そして、真紅郎は銃のようにしていた手を上に挙げる。


「と、いう訳で……バイバイ」

「だ、騙したなぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 アランの慟哭を無視して、真紅郎はパチンと指を鳴らす。

 それを合図に、取り囲んでいた魔力弾が一気に動き出した。

 魔力弾の雨に晒されたアランはボコボコにされ、力なく地面に倒れ込んだ。


「ーー話を聞かないからだよ。いい教訓になったね」


 最後にそう言い残して、真紅郎は背中を向けた。

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