十九曲目『祭りの始まり』

「うわぁぁぁぁ! く、黒豹団だぁぁぁぁ!?」


 平和な昼下がりに突然、住人の大声がこだました。

 黒豹団。この国を困らせている盗賊集団の名だ。その黒豹団、黒いローブを来た奴らが暴れ出した。

 住人たちは店を壊し、暴れ回る黒豹団を恐れて慌てて逃げ出している。

 そんな中、一人の男が声を上げた。


「おいおいおい、どこのどいつだぁ? 俺はここで暴れろなんて命令は出してねぇぞ?」


 同じように黒いローブを身に纏い、フードを目深に被った男ーー黒豹団のリーダー、アスワド・ナミルだった。

 アスワドは暴れ回る自分の仲間を黄色い瞳をした鋭い眼差しでギロリと睨む。


「てめぇら、仲間じゃねぇな? 黒豹団の名前を使って暴れ回るとは……いい度胸してんじゃねぇか、おい?」


 アスワドに睨まれた黒豹団は何も答えず、踵を返して逃げ出した。


「あ、おい待ちやがれ! てめぇら、追うぞ!」

「あ! 兄貴、待ってッス!」


 逃げた偽黒豹団をアスワドとシエン、そしてもう二人が追いかける。

 住人を押しのけ、一目散に逃げる偽黒豹団をアスワドたちが追い続ける。

 そして、偽黒豹団は街から出て少ししたところにある、周りが岩だらけの荒地で立ち止まった。


「ーーはんっ、もう終わりか? 随分と面白れぇことしてくれるじゃねぇか……覚悟は出来てんだろうな?」


 いつの間にか出したナイフを構えて口角を上げるアスワドに対し、偽黒豹団は黒いローブを脱ぎ捨てて顔を見せた。


「ーーなっ!? て、てめぇらは……」


 その顔を見たアスワドは、目を丸くして驚く。

 そして、姿を現した偽黒豹団は、ニヤリと笑みを浮かべた。


「ーーよう、アスワド。リベンジしに来たぜ?」


 偽黒豹団の正体。それは、俺だった。

 同じようにやよい、ウォレス、真紅郎、サクヤが黒ローブを脱ぎ捨てる。

 そう、これが俺たちの作戦。

 御者や商人ではなく、黒豹団になりすまして本物の黒豹団をおびき出すことだ。

 作戦は成功して黒豹団の、しかもリーダーであるアスワドをまんまとおびき出すことが出来た。

 アスワドは全てを察して小さく「ククッ」と笑う。


「クハハハハハッ! そうかそうか、なるほどなぁ。わざわざ俺を呼ぶために一芝居打ったってことか」

「そういうことだ。で、アスワド……ここでお前をボコボコにして捕まえてやるよ」

「ククッ、出来んのか? てめぇ、一度俺に負けて尻尾巻いて逃げてんじゃねぇか」

「あの時のことは言い訳しねぇよ。完全に俺の油断が招いた敗走だった……だけど、今回は違うぞ? 最初から本気でやる」


 魔装を展開し、剣を構える。

 対してアスワドも黒ローブに手をかけ、一気に引っ張りながら魔装であるシャムシールに変えて構えた。


「あぁ、そいつはいいな。燃えてくるぜ。さぁ、やろうぜ?」

「その前に一つ聞きたいことがある。お前が

誘拐したシェラという女の子がいるはずだ。その子はどこにいる?」

「あん? シェラ?」


 聞き覚えのないような様子のアスワドだけど、隣にいるシエンがビクッと肩を震わせていた。

 その様子からすると、少なくともシエンはシェラを知ってるみたいだな。

 そして、アスワドはチラッとシエンを見てから鼻を鳴らした。


「さぁな。俺はシェラなんて女は知らねぇ・・・・・・

「しらばっくれるのか?」

「別に、そういう訳じゃねぇさ……ま、嘘だと思うなら俺を倒して聞き出してみろよ」

「ーーそうだな。そっちの方が手っ取り早い」


 答える気はなさそうだし、とっとと捕まえて聞けばいいだけの話だ。

 アスワドはおもむろに息を吸うと、声を張り上げた。


「ーーてめぇら、祭りの時間だ! 気合い入れてけよ!!」


 アスワドの叫びに呼応するように、岩場から男たちの声が響いた。

 岩場の陰からぞろぞろと男たちが現れる。まさかーー!


「誘い込まれたのは、ボクたちみたいだったね」

「そういうこった。残念だったな……罠にハマったのはてめぇらの方だよ」


 悔しそうにしている真紅郎にアスワドはしてやったりと言わんばかりに口元を歪ませる。

 逃げながら仲間たちとやり取りしてこの場に潜ませてたんだろう。

 黒豹団のリーダーは伊達じゃないってことか。


「俺はタケルと決着をつける。てめぇらは勝手にやれ」

「兄貴兄貴! 俺っち、あの子とやりたいんだけど、いい!?」


 一人の男がアスワドに灰色の髪をしたヘラヘラと笑っている軽薄そうな男がテンション高めに声をかけた。

 その男にアスワドは呆れたようにため息を吐く。


「アラン、てめぇまたか……女となるとすぐに興奮しやがって」

「だってだって、あんなに可愛い子なんだよ!? 俺っちみたいな黒豹団随一のイケメン、アラン様が相手した方が嬉しいに決まってるよ! だから、お願い!」


 軽薄そうな男、アランが手を合わせて頭を下げる。

 アスワドは仕方ねぇなと言わんばかりにシッシと手を払って了承した。

 アランは「よっしゃ!」と叫んで俺たちに指を向けた。


「ヘイ、そこの彼女? 俺っちと戦おうぜ?」

「えっと、あたし?」

「あー、違う違う。キミはまだ若いからダメー。もう少し大人になってから相手するよ! 俺っちが戦いたいのはそこの彼女! 茶髪のキミだよ!」

「……え? ボク?」


 真紅郎が自分を指さして聞くと、アランはコクコクと力強く頷いた。

 こいつ、この様子だと真紅郎を女だと勘違いしてるみたいだなぁ。


「あの、言い辛いんだけど、ボク……」

「細かいことは言いっこなしで! いいからキミは俺っちと戦うの! はい決定! んで、勝ったら俺っちと一晩語り明かそうよ。楽しい夜にしてあげるよ?」


 真紅郎の話を聞かずにヘラヘラと笑いながら勝手に決めたアランは、背負っていた武器ーー弓を構えて矢を番がえた。

 はぁ、と真紅郎は諦めたのかため息を吐いて魔装、銃型ベースを構える。

 そんな中、ウォレスがおもむろに一歩前に出た。


「ヘイ、オレはあんたと戦うぜ?」


 ウォレスが指名したのは、アスワドたちの中でも一際大柄なスキンヘッドで目つきの悪い男だった。

 大男は何も言わずにチラッとアスワドを見やる。


「……そういうこった。相手してやりな、ロク」


 ロクと呼ばれた男は無言で頷き、前に出ながら背負っていた二つの大きな盾を腕に装備する。そして、装備した盾を打ち合わせて鈍い音を立てた。

 ウォレスも魔装、両手に持ったスティックを構えて魔力刃を展開する。

 次にアスワドはシエンの肩をポンッと叩いた。


「シエン、てめぇはあの女だ」

「えぇ!? お、オレもやるんッスか!?」

「当然だろ。まぁ、女相手だったら大丈夫だろ」

「えぇぇ……あんまりやりたくないんッスけどぉ」


 憂鬱そうにため息を吐きながらシエンはチラッとやよいを見る。

 やよいはニコッと笑いながら魔装、斧型ギターを地面にズンッと突き刺した。


「いやいやいや、無理ッス! あの子、めちゃくちゃ怖いッス! オレには荷が重いッス!!」

「うるせぇ、やれ」


 バッサリと切り捨てるアスワドにシエンはがっくりとうなだれ、渋々腰からナイフを引き抜いて構える。

 最後は、サクヤだけど……。


「……分かってる。ぼくは、あいつら下っ端を相手する」

「いいのか? お前、アスワドと戦いたかったんじゃ……」

「……いい。譲る。その代わり、捕まえたら一発ぶん殴る。いい?」

「ははっ、あぁいいぜ。俺が許す」


 俺の言葉にほのかに笑みを浮かべたサクヤは、十五人はいる黒豹団の下っ端たちに向かって拳を構えた。

 さて、これで全員相手が決まったな。


「ーーじゃあ、始めようか?」

「ーーあぁ、始めようぜ?」


 俺たちは黒豹団と睨み合い、合図もなく走り出した。

 アスワドの言葉を借りるならーー祭りの始まりだ!

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