十四曲目『屋敷のモンスター討伐依頼』

「やっぱり、ライブハウスみたいなのが必要だよな」


 ヤークトでの初ライブを終えて次の日。

 俺は昨日の夜にやった反省会の続きとして、ライブハウスの必要性をみんなに話していた。

 昨日のライブでは多くの観客が集まった。ありがたいことだけど、そのせいで色んな人に迷惑をかけることになってしまった。

 音楽で盛り上がるのはいいけど、それで誰かの迷惑になるのは容認出来ない。だから、ライブハウスみたいな<ハコ>があればいいと思ったけど……。


「たしかにそうかもしれないけど……そんな場所、都合よくあるかな?」


 最初に意見を話したのは真紅郎だった。そこが一番の問題だよな。


「それと、昨日の観客を見た感じあまり狭いところだと人があぶれちゃうよね?」


 次にやよいが手を挙げてから口を開く。

 それもあるな。それなりに広くて他の人に迷惑にならないハコ……都合よくあるはずないよな。


「ハッハッハ! でもよ、そんなハコがあれば入場券を売って、それなりに稼げるよな!」


 ウォレスが笑いながら金の話を始める。

 まぁ、正直な話し俺たちはこれから先も旅をしていく訳で。そうなるとやっぱり資金が必要になる。

 依頼をこなすのもいいけど、危ない橋を渡らずに稼げるならそれに越したことはないよなぁ。


「……ぼくは、ライブやれればどこでもいい」


 最後にサクヤがボソッと呟く。

 初ライブを終えてからというもの、サクヤは次のライブのことしか頭にないようだった。

 どうしたものか。

 悩みながら俺たちがユニオンに入ると、待ち構えるようにアレヴィさんが立っていた。


「おぉ、あんたたち! 待ってたよ!」

「アレヴィさん? どうしたんですか?」


 ニヤリと笑みを浮かべたアレヴィさんが、一枚の羊皮紙を俺に差し出してきた。

 これは、依頼?


「屋敷に住み着いたモンスターの討伐依頼?」

「さっき舞い込んできた依頼だよ。この国でもかなりの大商人が所有している屋敷で、立派だがどうにもその大商人は潔癖な奴でねぇ。モンスターがいた屋敷なんていらない、討伐してくれたらそのままその屋敷を報酬にする、って話だ」


 はぁ。で、それがどうしたんだろう?

 首を傾げる俺にアレヴィさんが呆れたようにため息を吐いた。


「まだ分からないのかい? その屋敷ってのは本当にでかいんだ。それこそ、結構な数の観客が入る・・・・・ぐらいに」

「……あぁ!」


 なるほど、そういうことか。

 ようやく理解した俺に、アレヴィさんは笑みを深める。


「そういうことさ。あんたたちがその依頼を完遂すれば、らいぶをやる場所が確保出来るだろう? そうすれば他の奴らの迷惑にもならない。で、やるかい?」


 渡りに船とはこのことだな。

 俺たちは顔を見合わせ、頷いた。みんなやる気みたいだな。


「その依頼、受けます!」

「話が早くて助かるよ。んじゃ、任せたよ。場所は……」


 俺たちはアレヴィさんに屋敷の場所を聞き、準備に動き出す。

 っと、その前に。


「その住み着いたモンスターって、なんですか?」


 俺の問いかけに、アレヴィさんはサラッと答えた。


「ん? あれだよ、シャンゴーツだ。知ってるかい?」


 シャンゴーツ。その単語を聞いたやよいがピタッと動きを止めた。

 そして、錆び付いたロボットのように首を動かし、冷や汗を流しながらアレヴィさんに聞く。


「しゃ、シャンゴーツってたしか……」

「知ってるなら話が早いね。そうだよ、あのシャンゴーツだ。そこまで強いモンスターじゃないし、大丈夫だろう?」

「や、やっぱりぃぃぃぃぃぃ!?」


 やよいが頭を抱えて絶望の叫び声を上げる。

 <シャンゴーツ>は端的に言うなら……虫型のモンスター。

 そう、虫だ。やよいが嫌いな、虫のモンスターだ。


「あたし、行かない! 絶対に行かない!」


 子供のように駄々をこねるやよいに、俺たちはため息を吐く。

 そして、引きずるようにやよいを連れて俺たちは屋敷に向かった。その間やよいはずっと抵抗してきたけど、関係ない。

 これから先、虫型のモンスターなんていくらでも戦う機会があるはずだ。だから今の内に慣れさせたいのと、その屋敷は俺たちがライブをする場所になるんだ。だったら、俺たち全員で協力しないと。

 心を鬼にしてやよいを連れ、俺たちは町外れにある屋敷の前に到着した。

 薄汚く所々ボロボロではあるけど、立派でかなりでかい屋敷だった。これぐらいの大きさなら、五百人ぐらいは余裕で入りそうだな。

 屋敷からは時折何かが這うような音、振動した羽の音、キシキシと耳障りな鳴き声が聞こえてくる。こいつは結構いそうだ。


「やだぁ、おうちかえるぅ……」

「きゅう……」


 幼児退行しているやよいはうずくまり、キュウちゃんを抱きしめながら泣き言を漏らしている。

 結構強い力で抱きしめてるせいか、キュウちゃんが苦しそうにうめき声を上げていた。


「やよい、キュウちゃんが死んじゃうから離しなさい」

「いや!」

「ほら、やよい。ボクたちがフォローするから、頑張ろうよ」

「いや!」

「ハッハッハ! 虫ぐらいなんてことないだろ? オレたちはクリムフォーレルと戦って勝ってるんだぜ? あれに比べれば簡単イージーだろ?」

「いや!」

「……お腹空いた」

「いや!」

「きゅうぅぅ……」

「いや!」


 もはや何を言っても「いや」の一点張りだ。

 というか、本当にキュウちゃんが死にそうになってる。どうにかやよいの手からキュウちゃんを無理矢理助け出すと、やよいは涙目でキュウちゃんに手を伸ばしていた。


「きゅうちゃぁぁぁん……かえしてよぉぉぉ……たけるのばかぁぁぁ……ヘタレぇ……」

「えぇい、誰がヘタレだ! ヘタレてんのはお前だろ!」


 まったく、虫が嫌いなのは分かるけど嫌がり過ぎだろ。

 さて、どうしたもんかなぁ。

 悩んでいると真紅郎が何かを思いついたのか、コソコソとやよいに耳打ちする。


「……ほんとう?」

「もちろん!」

「……じゃあ、少しだけ頑張ってみる」


 何を話したのかは分からないけど、真紅郎の言葉でやよいがどうにかやる気になってくれた。

 いったい何を言ったんだ?


「……タケル、ごめんね?」

「いや、お前本当に何を言ったんだ!?」


 どうしていきなり俺に謝ったんだよ!? 絶対俺が何かしなきゃいけない感じじゃん!?

 ……まぁ、いいか。せっかくやよいがやる気になったんだし。終わった後に何をしなきゃいけないのか分からないから不安だけど、考えるのはやめとこ。

 気合いを入れ直して俺たちは屋敷の中に足を踏み入れた。

 大きな入り口を開くと、埃が舞い上がる。薄暗い屋敷の中は、まさしく虫の巣窟だった。

 地面を這い回る白いうねうねとした芋虫。シャンゴーツの幼虫だ。

 そして、空を飛び回って巡回しているシャンゴーツ。カブトムシのような黒い甲殻を纏った小型犬ぐらいの大きさの体と、半円形の羽。

 黒光りする毛が生えた十本の足を絶え間なく動かし、ハエのような赤い大きな複眼をある顔を俺たちに向け、威嚇するように口をカチカチと鳴らしていた。


「うわ、キモ」


 虫嫌いじゃなくても、こいつは素直にキモいな。

 やよいは白目を剥いて今にも気絶しそうになっている。だから、女の子がそんな顔するんじゃありません。

 とりあえず、早いとこ片づけないとな。魔装を展開し、右手に剣を持って構える。

 俺に続いて真紅郎、ウォレス、サクヤも魔装を展開した。やよいは……一応魔装を展開したけどカタカタと震えている。あれだな、戦力外だ。


「キュウちゃん、何かあったらすぐに教えてくれよ?」

「きゅ!」


 やよいの頭の上にいるキュウちゃんが返事をする。

 じゃ、始めるか。


「ーー戦闘開始!」


 俺たちはシャンゴーツに向かって走り出した。



 

 

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