十五曲目『シャンゴーツの巣窟』

 シャンゴーツは数えるのが馬鹿らしくなるぐらいかなりの数がいた。

 広いはずの屋敷の中を所狭しと飛び回るシャンゴーツを、俺たちは一匹ずつ討伐していく。


「ーーはぁ!」


 横一閃して三匹を一気に斬り裂く。シャンゴーツはそこままで強くないけど、気をつけなきゃいけないのはその数の多さ。数の暴力は洒落にならない。

 両手のスティック型魔装に展開した魔力刃でシャンゴーツを斬りながら、ウォレスは舌打ち混じりに叫んだ。


「あぁぁぁ! 斬っても斬ってもキリがねぇ!」

「たしかに、凄い数だね」


 ウォレスに同意しながら真紅郎は銃型魔装のベースを構え、弦を鳴らして銃口から魔力弾を放つ。

 ボディ部分のコントロールノブを操作し、縦横無尽に弾道を操りながら一気に五匹のシャンゴーツを撃ち抜いた。


「……<アレグロ>保存。<フォルテ>保存」


 そして、サクヤはシャンゴーツに向かって飛び蹴りを放ちながら、魔導書型魔装にどんどん魔法を保存していく。

 それを十回繰り返し、ストック上限まで保存し終えたサクヤはゆっくりと深呼吸して構えた。


「……解放」


 サクヤの言葉に魔導書が光り出す。最初に保存していた素早さ強化の魔法がサクヤに施された。

 魔導書を手放して一気に走り出すと、魔導書はプカプカと浮きながらついて行く。両手が空いたサクヤはシャンゴーツの群に突っ込むと、ジャンプしながらアッパーを繰り出した。


「……解放」


 拳が当たる直前に保存していた一撃強化の魔法が解放され、振り上げた拳は堅い甲殻を貫いた。

 着地と同時にまた保存していた魔法を解放し、スピードを落とさないまま走り回る。

 壁を蹴り、天井を蹴り、三次元の動きでシャンゴーツを翻弄しながら一撃強化の施された拳や蹴りでどんどん倒していく。


「ーーレイ・ブロー」


 最後は右拳に紫色の魔力を纏わせ、拳と共に突き出した。

 音属性の魔力の奔流が十体のシャンゴーツを飲み込み、一気に片づける。

 やるな、サクヤ。でも、俺も負けてられない!


「ーーレイ・スラッシュ!」


 剣を居合いのように左腰に置き、剣身に魔力を纏わせて薙ぎ払う。

 魔力を纏った一撃で俺も十体のシャンゴーツを斬り裂いた。


「ひ、ひぃ! こ、来ないでぇぇぇ!」


 最後にやよいだけど……床を這い回って近寄ってくるシャンゴーツの幼虫におののき、がむしゃらに魔装であるギター型の斧を振り回していた。

 振り回された斧は上手い具合に幼虫を薙ぎ払い、吹き飛ばしている。でも目を閉じながらやってるから、めちゃくちゃ怖い。近づきたくないな。

 さて、と。見た感じ目に見える範囲ではシャンゴーツはいなくなったな。だけどまだまだいそうだし、巣の大本を叩かないと本当にキリがなさそうだな。


「真紅郎」

「うん、分かってるよ。ちょっとみんな静かにしてね」


 真紅郎に声をかけると、真紅郎は静かに目を閉じて意識を集中する。


「<マルカート>」


 聴覚強化の魔法を使った真紅郎は、屋敷中の音に耳を澄ませた。

 そして、ゆっくりとある方向を指さした。


「あっちの方に一際大きい羽の音が聞こえたよ。多分、この巣のボスだね」

「あっちだな。よし、行くか」


 真紅郎が指さした方に向かう……前に、やよいに声をかける。


「やよい、行くぞ?」

「う、うぅ……分かったよぉ……」


 もう限界寸前のやよいはビクビクとしながら後ろを歩く。無理矢理連れてきてなんだけど、こんな調子で大丈夫か?

 ま、何かあったら助ければいいか。やよいの頭の上にはキュウちゃんがいるし、何かあったらすぐに知らせてくれるしな。

 やよいの心配をしつつ、俺たちはボスがいるであろう場所に向かった。

 そこは屋敷の中でもかなりの広さがある部屋……多分、食堂だった。ここならライブするのに良さそうだな。

 食堂はシャンゴーツの白い繭のような卵がぎっしりと並べられていた。

 その光景にやよいは失神寸前。いや、これはやよいじゃなくても非常に気持ち悪く思う。

 そして、食堂の奥に一匹の通常に比べて二周りぐらい大きいシャンゴーツがいた。

 こいつがボス……女王か。

 女王を守るようにシャンゴーツたちが飛び回り、俺たちに向かって口をカチカチと鳴らしている。


「……俺とウォレス、サクヤが前衛。真紅郎は離れたところから援護射撃と観察、やよいは後ろで待機だ」


 俺の指示に全員が頷く。

 よし、じゃあやりますか!


「ーー行くぞ!」


 俺、ウォレス、サクヤが一気に飛び込む。同時にシャンゴーツたちが群がってきた。

 そこに真紅郎の魔力弾が撃ち込まれ、何匹かのシャンゴーツが落下する。それを俺たち前衛組がどんどん倒していく。

 斬り裂き、殴り、蹴りながら前に前に。女王に向かって突き進む。


「数が多い!」


 思わず悪態を吐いてしまうほど、シャンゴーツの数が多すぎる。

 すると、女王が動き出した。

 太い尻尾を俺たちに向け、そこから気色の悪い色をした液を飛ばしてきた。

 俺たちは散開してそれを避けたが……飛び散った液がジュウジュウと音を立てて床を溶かしている。


「それ、溶解液だよ! 気を付けて!」


 後ろから真紅郎が声を張り上げる。

 溶解液か。魔装は溶けないだろうし、防具服ならある程度は防げるけど……素肌に当たればヤバそうだ。

 これはそう簡単に近付けないし、どうするか。


「……全部、吹き飛ばす」


 そう言うとサクヤは腰だめに握り込んだ右拳を構え、軽く開いた左手を前に突き出し、ゆっくりと深呼吸した。

 右拳に紫色の魔力が集まっていく。高威力の一撃を放とうとしているから、準備に時間がかかりそうだ。


「ウォレス、サクヤの援護だ!」

「オーライ!」


 俺とウォレスでシャンゴーツを引きつけ、サクヤの邪魔をさせないように動く。

 飛びかかってくる溶解液は真紅郎が狙撃し、こっちまで来る前に撃ち落としていた。

 そして、右拳にかなりの魔力を集めたサクヤが俺たちに向かって頷いた。


「……解放」


 サクヤの言葉に魔導書が光り、保存していた素早さ強化の魔法が施される。

 サクヤは床を踏み砕き、弾丸のように女王に向かって飛び出した。


「ーーレイ・ブロー」


 左足を力強く踏み込み、右拳を突き出す。

 拳から放たれた音属性の魔力がシャンゴーツを巻き込みながら女王に向かって突き進んでいく。

 向かってくる魔力の奔流に、女王は羽を動かして飛び上がった。


「ーーキィィィィィィィィィィ!!」


 耳をつんざく高周波のような叫び声を上げた女王は、その音を魔力にぶつけて相殺させる。

 まさか、そんな方法で相殺させるなんてな。


「ーーそこだね」


 隙を見つけた真紅郎は静かに呟くと、魔力弾を四つ放った。

 放たれた魔力弾は左右に分かれ、曲がりながら女王の羽に着弾。女王は短い悲鳴を上げてから地面に落下した。


「今の音は羽から出てた! それを潰せばもうあの高周波は出せないはずだよ!」

「ナイス真紅郎!」


 真紅郎の見事な観察力と分析力により、どう戦えばいいのか分かった。

 今、女王は地面に落下してもがいている。チャンスだ!

 と、思って走り出そうとした瞬間、女王は倒れたまま尻尾をこっちに向けてきた。

 そして、そこから溶解液が放たれる。


「ーー回避!」


 俺、ウォレス、サクヤがすぐに回避行動を取る。真紅郎はその溶解液に魔力弾を放ってたけど、全部は相殺出来なくて慌てて避けた。

 溶解液はそのままやよいに向かっていく。


「ーーやよい! 危ない!」


 俺の声にやよいは咄嗟に動いてどうにか溶解液を避けることが出来た。

 溶解液は食堂に並んである卵に直撃する。溶けた卵の中から、まだ成長しきっていない幼虫がドロリと床に流れていた。


「う、わ……」


 その光景を間近で見てしまったやよいは、青ざめた顔で白目を剥く。今にも吐きそうな雰囲気の中、ブチッと何かがキレたような音がした気が……。


「……飛ばす」


 それは多分、やよいからだ。

 ゆらりと動き出したやよいは、手に持った斧をギリッと握りしめる。

 あぁ……あまりのキモさにとうとうキレちゃったみたいだ。


「ーーぶっ飛ばぁぁぁす! <アレグロ><ブレス><フォルテ!>」


 察したキュウちゃんが慌ててやよいの頭から飛び降りる。恐怖が限界突破したやよいは、一気に魔法を唱えて走り出した。

 弾丸というより、ミサイルのような速度でやよいが真紅郎、サクヤ、ウォレス、俺を通り過ぎていく。

 そのまま女王に向かっていったやよいは、斧を思い切り振り上げた。


「ーーてあぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 向かってくるやよいに女王は溶解液を放つが、やよいはジグザグに動き回って避けながら突進し続ける。

 そして、女王に肉薄したやよいが飛び上がった。


「ーーよっこいしょぉぉぉぉぉぉ!!」


 全体重を乗せ、斧を振り下ろすやよい。

 斧は女王の脳天に直撃し、そのまま床に押し潰した。

 頭を砕き、床を砕き、屋敷がビリビリと揺れる。潰された頭から吹き出した緑色の体液がやよいの体に降りかかった。


「あ、あ……」


 正気に戻ったやよいは体中を体液で濡らし、プルプルと震える。


「……きゅう」


 とうとう限界が来たやよいは、フラッと気絶して床に倒れ込んだ。

 と、とりあえず女王……大本を倒せたのはでかいな。お疲れさま、やよい。

 んでもって、ドンマイ。

 その後、俺たちは残りのシャンゴーツを討伐し、体液まみれのやよいをおんぶしながらユニオンに戻って依頼完遂の報告をした。

 ユニオンに行くまでの道中、道行く人の視線が痛かった。


 まぁ、そんなことがありながらも、とにかく俺たちは念願のライブハウスを手に入れることが出来た。

 

 

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