エピローグ『漂流ロックバンドの旅立ち』

「クソッ! 離せ! 私は大貴族、モ……」

「うるさい」


 縄で縛られてどうにか外そうと暴れている貴族に、やよいがギロリと睨みを利かせる。それだけで貴族は押し黙ってしまった。

 さっきのやよいが怖かったからだろう。本当に怖かった。

 斧を振り回し、取り巻きの男たちが宙を舞う。地面に振り下ろした斧が地面を揺らし、貴族が落馬する。ついでに逃げ出した馬に蹴られていた。

 そこからやよいが大暴れし、貴族も取り巻きの男たちも全員捕らえることが出来た。

 ちなみに、俺たちは何もしてません。全部やよいがやりました。


「ハッハッハ……絶対にやよいを怒らせないようにしよ」

「なんか、女性に間違えられたこと、どうでもよくなっちゃった」

「……怖い」

「きゅう……」


 やよいを本気でキレさせないようにしよう。俺たちの意見が一致した瞬間だった。


「クソォ……う、ぐっ!?」


 突然、うなだれていた貴族が呻き出した。

 いきなりのことに驚いていると、貴族は苦しそうに悶える。


 そして、貴族の体から黒いモヤが吹き出した。


「な、なんだ!?」


 貴族の体から吹き出したモヤはそのまま霧散していく。モヤが消えると貴族はガックリと力なく俯いた。


「……ん? ここは、どこだ?」


 目を覚ました貴族は、周りをキョロキョロと見渡して狼狽えていた。

 話を聞いてみると、どうやらここ数年の記憶がないらしい。記憶喪失、なのか?

 よく分からないけど貴族は何も覚えていない様子で、気付いたら縄で縛られていた、とのことだ。

 真紅郎の判断では、嘘は吐いていないみたいだ。てことは、本当に覚えていないのか。

 その後、村人たちは貴族に今までされてきたことを話すと、話を聞いていた貴族は徐々に顔を青ざめていく。


「まさか、私が……そんな……」


 ショックを受けていた貴族は覚えていなくても自分がやらかしたこと、犯した罪を認めて村人たちに頭を下げる。

 そして、貴族は村人たちにこの村の復興を約束し、今回の事件は解決した。

 本当はいい人だったんだな。だけど、そんないい人がどうしてこんなことを?

 原因はあの黒いモヤなのか? あのモヤはなんなんだ?

 分からないまま、俺たちは村で一泊することにした。

 村で一泊した俺たちは改めてヤークト商業国に向かって旅立つ。


「ねぇ真紅郎。こっからヤークトまでどれぐらい?」

「えっとね……まぁ、大体四日ぐらいかな?」

「うへぇ。しかもヤークトって砂漠デザートだろ? キッツいぜ」

「……砂漠、初めて」

「きゅ?」


 前を歩くやよいたちは、これから向かうヤークトのことを話している。

 その後ろを歩きながら、俺はやっぱりあの貴族から吹き出したモヤが気になっていた。

 あのモヤから……何か、意志のようなものを感じた。何かが見ているような視線を感じた。

 それがどうにも気がかりだった。


「もう! どうして手配書を貰い忘れるんッスか! あれがないと誰を捕まえたらいいか分からないッスよ! ねぇ、アニキ! 聞いてるんッスか!?」

「あー、あー、うるせぇなぁ。忘れちまったもんは仕方ねぇだろ? そんなにギャーギャー言うなっての」


 ふと黒いローブを身に纏い、フードを目深に被った男と、同じような格好をした小柄な少年の二人が俺たちとすれ違った。

 目深に被ったフードで顔はあまり見えなかったけど、そこから覗く鋭いーーまるで豹のような黄眼と一瞬目が合う。

 

「ちょっと! アニキ!」

「分かった、分かったよ。悪かったから少し口を閉じてろ。ったく、口うるせぇ奴だな」


 そして、そのままその二人組は通り過ぎていった。


「タケル! 遅いよ!」


 そこで前を歩いていたやよいが声をかけてくる。

 いつの間にか立ち止まっていた俺を、みんなが呼んでいた。


「分かった! 今行く!」


 急いで俺もやよいたちのところへ走る。

 こうして、俺たちはヤークト商業国に向かって旅を続けるのだった。


 

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