三十一曲目『爆誕』

 セルト大森林を旅立ち、歩き続けてもう空が夕暮れ色に染まる頃、俺たちは小さな村にたどり着いた。

 もうすぐ夜になるし、この村で一泊しようと宿屋を探していると……。


「ん? なんだこれ?」


 ふと、ウォレスが何かに気付く。視線の先には、宿屋の壁に貼られている紙があった。

 俺たちもそれを見てみると、どうやら手配書のようだ。


「って、これ俺らじゃないか!?」


 そこに書かれていた名前は、タケル、やよい、ウォレス、真紅郎。まさしく、俺たちの名前だった。


「お、お尋ね者にされてるね」

「ハッハッハ! まさか指名手配ウォンテッドされるなんてな! こいつは貴重な体験だぜ!」

「笑い事じゃねぇだろ……」


 内容はマーゼナル王国の紋章と一緒に「この四人を捕まえた者に褒美を与える」と書かれていて、しかも懸賞金がかけられていた。

 その値段は俺たちの世界で言うと、都会のタワーマンションのワンフロア丸々買えて、その上贅沢三昧出来るぐらい。

 つまり、目玉が飛び出るぐらいの懸賞金だった。


「むぅぅ! でも、これはないと思う!」


 やよいが手配書を見つめ、頬を膨らませて不満げにしている。

 たしかに、俺たちには莫大な懸賞金がかけられてるけど、多分そう簡単にはバレないだろう。

 手配書に描かれている俺たちの似顔絵が全然似てないからだ。

 もはや誰? と言いたくなるぐらい美化されているウォレス。

 もはやモンスターなんじゃないかと言いたくなるぐらい悪人面の俺。

 もはや男性じゃなくて女性として扱われている真紅郎。

 やよいに関しては……なんというか、地味? 目が点に近いぐらい小さいし、もはや子供が描いた方が上手いんじゃないかと思うぐらい特徴のない似顔絵だった。


「ボク、男なのに……」

「ハッハッハ! よく描けてるじゃねぇか! オレのイケメンフェイスがばっちりとよ!」

「……あたし、そんなに地味かな?」

「いいじゃん。俺なんかなんだよこれ? モンスターじゃん」


 ウォレスを除いて俺たち三人はショックを受けていた。もう精神的にダメージを与える作戦なんじゃないかと思うぐらいだ。

 で、ここであることが引っかかる。

 

「サクヤのはないんだな」


 その手配書の中には、サクヤのはなかった。

 俺たちと行動している以上、お尋ね者にされてもおかしくないはずなのに……。

 そう思ってサクヤの方を見てみると堪えるように肩を震わせ、目を逸らしていた。

 サクヤの頭の上にいるキュウちゃんは、隠そうともせずに笑っている。


「……おい、サクヤ?」

「……何?」

「お前、笑ってるだろ? 俺たちの似顔絵を見て、笑ってるだろ?」

「……笑って、ない……っぷふ」


 堪えきれずに吹き出してるじゃねぇか!

 この野郎、俺たちがショックを受けてると言うのに。ムカついたから手配書をはぎ取ってサクヤの顔の前に突き出す。

 するとサクヤはまたサッとそっぽを向く。また顔の前に突き出し、そっぽを向かれる。

 そこでサクヤの後ろから真紅郎とやよいが肩をガシッと掴み、顔を真っ直ぐに向かせる。そして、俺はサクヤの顔に手配書を近づけていった。


「……やめ、て」

「どうしたの? ほら、しっかり見てみてよ。ボク、女性になってるよ?」

「そうだよサクヤ。あたしなんてこんなに地味な顔になってる」

「どうだサクヤ? 似てるか? 俺の顔、似てるか?」

「……ぷふっ……やめ……」


 いつも表情が変わらないサクヤの顔が崩れ始めている。そんなに面白いのかちくしょう。

 俺たちがくだらない争いをしているとーーどこかで大きな音が鳴った。


「なんだ?」

「あっちから音がしたよ」


 真紅郎が指さした方向に目を向けてみると、そこには六人の悪人面をした男と、ゴテゴテに装飾された白い馬に乗った、これまたゴテゴテとした趣味の悪い鎧を身に纏った壮年の男がいた。

 その集団の前では一人のボロボロの服を着た男が倒れている。


「税金が払えないとはどういうことなのだ?」

「も、申し訳ございません! ですが、私たちにはもう払えるほどの金がないのです!」


 多分、税金の取り立てなんだろう。倒れている人はこの村の住人のようだ。

 村人の懇願を聞いた馬に乗った男は、立派な顎髭を撫でながらふてぶてしくため息を吐く。


「払えないのなら、お前のところの娘を寄越すがいい。そうすれば、三日だけ待ってやろうではないか」

「そ、そんな! どうか娘は! 娘だけは勘弁して頂きたい!」


 税金の代わりに娘を寄越せと言われ、村人が必死に馬にすがりつこうとする。だけどその前に、取り巻きの男が村人を蹴り飛ばした。


「触るんじゃねぇ! ったく、どうします?」

「ふんっ、無理矢理にでも連れてこい」

「へっへっへ! 分かりやした!」

「や、やめて下さい!」


 命令された男たちは下卑た笑みを浮かべながら、一人の女性を連れて行こうとしていた。

 なんか、絵に描いたようなクズな奴らだな。


「……あれ、多分王国の貴族だよ」


 様子を伺っていた真紅郎がこっそりと伝えてくる。よく見ると馬に乗っている奴の鎧には、獅子をモチーフにしたマーゼナル王国の紋章が刻まれていた。


「今あの人を助けたら……多分、ボクたちのことバレるよ?」


 真紅郎の言う通り、今俺があの女性を助けたら王国に俺たちがいるところがバレてしまう。

 それは避けたいところだ。


「……だけど、見過ごせる訳ねぇだろ」


 例えそうだとしても、女性を助けない理由にはならない。

 すると、真紅郎はクスッと小さく笑った。


「だよね。タケルならそう言うと思ってたよ」

「しゃあ! やるぞ!」

「うん、あたしも許せない!」

「……ぼくも、やる」

「きゅ!」


 全員が俺と同じように女性を助けようとしている。

 やる気に満ち溢れているみんなに、ニヤリと笑みがこぼれた。


「行くぞ!」


 俺のかけ声に全員が走り出し、貴族と取り巻きの男たちの前に躍り出る。


「な、なんだ!?」


 貴族はいきなり出てきた俺たちに狼狽え、取り巻きの男たちは武器を構える。村人たちもざわつき始めていた。

 俺は貴族に人差し指を向け、はっきりと言い放つ。


「お前らみたいなクズに名乗る名前はない!」

「なっ!? く、クズだと!? 貴様! 私を誰だと思っている! 私はマーゼナル王国の中でも五本の指に入る大貴族! マ……」

「うるさい! その女性を離せ!」


 貴族の話を遮って叫ぶと、貴族は顔を真っ赤にして怒りだした。


「私に対してなんたる態度! おい、お前たち! あいつらを……む?」


 そこで貴族は俺たちを見て突然冷静になり、顎髭を撫で始める。

 そして、なめ回すようにいやらしい視線を向けてきた。


「ほう……そこの女、私好みだ。ふむ、お前たち。あの女は生きて捕らえろ。他は殺せ」

「ヘッヘッヘ! 分かりやした!」


 女……やよいのことか!

 こいつ、やよいだけを捕らえて連れて行く気だな!


「やらせるかよ……ッ!」


 あいつらから守るようにやよいの前に出る。やよいは絶対に守らないといけないんだ。

 魔装を展開して剣を握り、構える。すると、取り巻きの男たちはニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「へへっ、大人しくしておけよ?」

「そうだぜぇ。大丈夫だ、優しく捕まえてやるからよぉ」


 そして男たちは捕らえるべき対象を見て、叫んだ。


「ーー大人しく捕まれや! そこの女!」


 そう、俺たちの仲間……真紅郎に。


「…………は?」


 って、真紅郎? え? やよいじゃなくて?

 明らかに男たちは真紅郎を狙っている。男であるはずの、真紅郎を。


「え? ボク?」

「あん? それ以外に誰がいるって言うんだ?」

「いや、こっちじゃないの?」


 呆気に取られていた真紅郎がやよいを指さすと、男たちは一瞬黙り込み、そして大爆笑した。


「がっはっはっは! そんなガキ、いらねぇよ!」

「そうだそうだ! どうしてそんなガキを捕まえなきゃいけねぇんだよ!」

「十年早い! もっと大人になってからにするんだな!」


 ゲラゲラと笑う男たち。俺たちは冷や汗を流しながら、足が震え出していた。

 後ろからの重苦しい怒気の気配を感じて。


「……真紅郎? あたしじゃなくて、真紅郎?」

「あん?」

「……女のあたしじゃなくて、男の真紅郎を、狙ったの?」

「男? がっはっは! 嘘を言うんじゃねぇ! そんな可愛い男がいる訳ねぇだろ!」

「相手にされないからって、嘘を吐くなよガキ!」


 その時、俺たちは聞こえてしまった。

 ブチッ、と何かが切れる音を。


「…………タケル」

「はいッ!」

「どいて」

「分かりました!」


 ザッと素早く道を開ける。

 顔を俯かせたやよいが、ゆっくりとした足取りで俺を横切っていく。

 怖い。かなり怖い。めちゃくちゃ怖い。

 やよいは男たちに向かって歩き、魔装を展開させる。ギター型の斧を掴み、ボディ部分をズルズルと引きずりながら男たちに近づいていく。


「…………<フォルテ>」


 小さな声で一撃強化の魔法を唱える。

 やよいの雰囲気を感じ取ったのか、男たちが後ずさる。貴族が乗っていた馬も本能がそうさせるのか暴れ出していた。


「ーーぶっ飛ばす」


 この時、俺たちは目撃したんだ。

 憤怒のやよいの爆誕をーー。


 それから五分もかからず、やよいの手によって貴族と男たちを捕縛することが出来た。

  


 



 

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