三十曲目『旅立ちの朝』

「本当によかったのか?」

「構わん。我らは少しの肉を分けてくれればそれでいい」

「そうですよ。タケルさんたちの方が活躍されてましたし、持って行って下さい」


 宴会を終え、朝になった。

 今日、俺たちはこのセルト大森林から旅立つ。

 旅立つ前にケンタウロス族とエルフ族は、倒したクリムフォーレルを解体していた。

 そして、クリムフォーレルの素材のほとんどを俺たちにくれるようだ。


「でもなぁ……」


 だけど、さすがにほとんど貰ってしまうのは申し訳ない。

 そう思って顔をしかめていると、ケンさんが小さく笑みをこぼした。


「持って行ってくれ。旅には色々と入り用だろう?」

「そうそう。僕たちが持っていてもそこまで必要じゃないですし、それならタケルさんたちの旅に役立った方がいいですよ」

「そういうことだ。クリムフォーレルの素材は高く売れるだろうからな」


 二人に説得され、渋々従うことにする。

 たしかに旅には金が必要だ。そこまで金を持っていない俺たちにはありがたいことだ。


「じゃあ、貰っていくよ」

「解体終わったぞぉ!」


 二人と話していると、ナイフを片手に持ったエルフ族が声をかけてきた。

 クリムフォーレルの巨体は綺麗に解体され、素材ごとに分けられていた。いい仕事だ。


「よし、じゃあ魔装に収納するか」

「そうだね。でも、これだけの量、収納出来るかな?」


 魔装の収納機能を使おうとすると、真紅郎が心配そうに言う。素材は山のようにあるし本当に全部を仕舞えるのか不安だ。

 まぁ、でもやってみるしかないか。


「……お?」


 俺がやってみると素材の山の半分が収納された。しかも、まだ余裕がある気がする……って、おいおい。


「ほ、ほとんど収納出来たんだけど……」


 顔をひきつらせながらみんなに伝える。

 山のようにあった素材が、残ったのは手に持てるぐらいの量だけだった。

 するとリフが目を輝かせて口を開いた。


「す、凄いですよ! 魔装の収納機能ってたしか、持ち主の魔力量によって決められているはずです! あれだけの量を収納出来たってことは、タケルさんの魔力量は桁外れなんですね!」


 魔力量が多いとは知っていたけど、ここまでの量を収納出来るぐらいだとは思わなかった。

 自分のことながらどん引きしていると、残った素材はやよいが魔装に収納する。


「ま、いいんじゃない? 便利なことには変わりないし」

「まぁな……これで商売出来そうだな」

「そうだね。あ、そう言えば魔装って商人からすると喉から手が出るほど欲しがられてるらしいね」

「そりゃそうだろ! まぁ、だからと言って魔装をやる訳にはいかないけどな! ハッハッハ!」


 魔装の収納機能を使えば、物が腐ることもないしな。そりゃ、欲しがる訳だ。

 そんな話をしていると、サクヤがジッと魔装を見つめているのに気付いた。


「……ぼくも、欲しい」

「あぁ、そうだよな。サクヤにも魔装が必要だな」

「うん、そうだね。いつまでも素手って訳にもいかないし」


 サクヤの右拳には包帯が巻かれている。クリムフォーレルの堅い外殻を殴りすぎて傷ついてしまったからだ。

 サクヤの魔装か……どんなのがいいんだろう。思ったことが口から出てしまい、それを聞いた全員が頭を悩ませる。


「うーん、あたしたちの魔装って楽器だから、どうせなら合わせたいよね?」

「そうなると、キーボードかな?」

「お! いいな! オレたちのバンドにキーボードが入れば、もっと色々出来そうだしな!」


 キーボードか、たしかにいいな。

 サクヤは聞き慣れない単語に首を傾げる。


「……きーぼーどって、何?」

「分かんないよね。今度教えるよ」

「そうだね、音楽のこと全然分かんないだろうし、一から教えなきゃ!」

「ハッハッハ! サクヤもとうとうバンドデビューか!」

「いや、まだだから」


 でも、サクヤが俺たちRealizeの仲間入りか。こいつは楽しみだな。

 そんなことを話していると、ユグドさんとケロさんが近づいてきた。


「準備は出来たか?」

「あ、はい! ありがとうございます!」

「ホッホ、いいんじゃよ。そうじゃ、これも持って行くといい」


 ユグドさんは手に持っていた物を俺に渡してくる。

 これは……葉っぱ?


「これは何ですか?」

「ホッホ。お主たちこんな疑問は持たなかったかのう? あれだけ燃えていた森が、いつの間にか消火されていることに」


 言われてみればそうだ。

 クリムフォーレルの襲撃によって、森中が燃えさかっていた。そのままだと火が広がり、この森全体が火事になっているはずだ。だけど、気付けば火は鎮火し、火事になっていない。

 でもそれとこの葉っぱがどう関係してるんだ?


「この葉っぱは面白いものでのう。火に強く、熱を与えると自身の力で水を作り出すんじゃ」

「熱を与えると、水を作り出す?」

「そうじゃ。この葉っぱの木はこの森中に生えておる。じゃから、もし火事が起きても水を出して消火するんじゃよ」


 へぇ、そんな不思議な葉っぱがあるのか。ってあれ、もしかして……。

 ユグドさんは俺が察したことを読んだのか「ホッホ」と笑った。


「そういうことじゃ。この葉っぱと火があれば、水問題は解決する。お主たちは今からヤークト商業国に向かうのじゃろう? あそこは砂漠地帯じゃ、水がないと困るじゃろう」


 ヤークト商業国って、砂漠にあるのか。知らなかった。

 でも、これがあれば水の心配をする必要はなくなる。かなりありがたいな。


「この葉っぱ一枚でコップ一杯分の水が作れる。とりあえず、袋一つに目一杯詰め込んだから、これを持って行くといいわい」


 ユグドさんはエルフ族の男性に目配せする。エルフ族の男性は一つの袋を手渡してきた。


「じゃあこれはボクが収納しておくよ」


 そう言って真紅郎は袋を魔装に収納する。この中だったら真紅郎が管理した方がいいだろう。適切なタイミングで水を出してくれるはずだ。

 するとエルフ族の女性陣とセントール族が保存食を持ってきてくれた。それもやよいたちが収納している中、俺はユグドさんとケロさんに声をかける。


「色々とありがとうございます」

「よいのじゃ。これぐらいでは恩を返し切れてないがのう」

「そうだな。もしも困ったことがあれば、いつでもここに来るといい。いついかなる時も、我らはお前たちの味方だ」


 心強いな。もし何かあった時は、助けて貰おう。

 と、そう言えば聞きたいことがあったんだ。


「聞こうと思って忘れてたんですけど、この森は魔族の被害は受けてないんですね?」


 魔族。俺たちが元の世界に帰るために倒さなきゃいけない相手だ。

 その魔族の被害はこの森にはなさそうだったから気になってたんだけど、クリムフォーレルの襲撃や両種族の問題解決に忙しかったから聞けなかったんだよな。

 だけど、何故かユグドさんとケロさんは首を傾げていた。


「はて、魔族……?」

「聞いたことがない種族だな」

「え?」


 二人の様子を見るに、魔族を知らないらしい。

 誰もが知っていることだと思っていたから予想外だ。


「少なくとも、この森には魔族とやらは来ておらんのう」

「我らの方もだ。森の外では、魔族というのが暴れているのか?」

「そうらしいです。まぁ、俺たちもまだ会ったことがないですけど」


 本当に魔族っているのか?

 俺もまだ会ったことないし、ユグドさんたちも知らないなんてこと、あるのか?


「ふむ、まぁとりあえず警戒はしておくわい」

「そうだな。我らもそういておこう」


 まぁ、いたとしてもエルフ族とケンタウロス族が協力すれば大丈夫だろう。あのクリムフォーレルすら倒すことが出来たんだからな。

 俺たちがそんな話をしていると、やよいたちが貰った物を全部収納し終えたようだ。

 これで、旅立ちの準備は出来たな。


「さて、ではワシらで森の外まで護衛するかのう」

「そうだな。我が同族たちよ! 我らの英雄が旅立つぞ!」 


 ケロさんの呼びかけにケンタウロス族が声を上げ、俺たちを背中に乗せてくれた。

 そして、俺たちはケンタウロス族とセントール族、エルフ族たちに護衛されながら森を進む。道中、モンスターが現れることはなかった。

 それから少し歩き続け、とうとう森の外が見えてくる。俺たちはケンタウロス族から降りて、みんなに向き直った。


「みんな、ありがとう!」


 俺たちを見送るケンタウロス族とエルフ族たちに礼を言う。すると、ケンさんとリフが一歩前に出てきた。


「本当に感謝する。タケル殿たちの旅の無事を、この森から祈っているぞ」

「本当にありがとうございました! タケルさん、皆さん! 気を付けて旅を続けて下さい!」


 そう言って笑みを浮かべる未来の両種族のトップの二人。その後ろに今のトップであるユグドさんとケロさん。そして、ケ

ンタウロス族、セントール族、エルフ族たち。

 王国から出た時は、見送りなんてなくてただ逃げるだけだった。

 だけど、今は違う。俺たちの無事を祈り、笑顔で見送ってくれる。それがどれだけ嬉しいことか。


「ありがとう! みんなも元気でな!」

「本当にありがとう! また会おうね! 子供たちにも伝えておいて!」

「女性陣の方もありがとうございました。でも、ボクは男なんで女物の服は勘弁して下さい……」

「ハッハッハ! また飲もうぜ!」

「……ごちそうさまでした」

「きゅきゅ!」


 俺たちが口々に言うと、おもむろにケンさんが剣を抜き、空に向かって掲げる。


「ーー我らが英雄たちよ! 我らはいつでもお前たちをこの森で待っている! もしもお前たちが危機に瀕している時は、どこにいたとしても我らは助けに往こう!」


 ケンさんの高らかな誓いに、全員が雄叫びを上げた。

 ビリビリと背中を押してくれるように響く声に、心が熱くなる。


「ーーありがとう! じゃ、行ってきます!」


 俺たちは両種族たちに見送られながら、セルト大森林を後にした。

 

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