二十九曲目『セルト大森林ライブ』
クリムフォーレルを討伐したその夜、討伐を祝してエルフ族の集落で宴会が執り行われた。
そこには俺たちとエルフ族、そしてケンタウロス族とセントール族……この森に住む全ての者が集まっている。
大きなキャンプファイアーを中心に輪になった俺たちは、種族の垣根を越えて楽しく酒を飲み交わし、豪華な食事を食べ、大いに盛り上がっていた。
「プッハァァ! ハッハッハ!
一際騒がしいウォレスはケンタウロス族とエルフ族の男性と酒の一気飲み対決をして、一番に飲み終わり叫びながら木のコップを掲げている。それを見た周りの男たちが歓声を上げていた。
「ねぇねぇ! お姉ちゃん! またらいぶやってよ!」
「私も! 私もまた聞きたい!」
「あはは! うん、いいよ!」
やよいはエルフ族の少女やセントール族の少女に囲まれている。テンションが高い少女たちに群がられ、戸惑いながらも笑顔で対応していた。
「あ、そうだ……お姉ちゃん、誰か好きな人いるの?」
「えぇっ!?」
「私はウォレスがカッコいいと思う!」
「えぇ……私は真紅郎がいいなぁ。女の子みたいで可愛いし!」
「ちょ、ちょっと! あ、あたしは別に!」
「分かった! タケルでしょ!」
「あ。顔、赤くなった!」
「図星だ図星だぁ!」
「ち、違うってばぁぁぁぁぁぁ!?」
少女と言えどやっぱり女の子。恋の話には敏感で興味津々のようだ。やよいが慌てている中、少女たちはやよいを無視して盛り上がっている。
うん、ご愁傷様。
「真紅郎殿、どう思われる?」
「うーん、やっぱり狩り場を共有した方がいいかもしれないね」
「やはりそうですか。エルフ族の領域の方が獲物が減っていますからね」
「うむ。ならば我らの領域も解放しよう」
「助かるよ、ケンタウロス族」
真紅郎はロスさん、タウさん、そしてエルフ族数名と何か話し合いをしていた。楽しい宴会の時に何をやってるんだか。
まぁ、でも大事なことみたいだし、細かいことは言いっこなしか。
「ねぇ、真紅郎様。私たちも話に入れて下さい」
「そうですよ。ほら、私たちのところにいらっしゃいな」
「え? え、ちょ、えぇ!?」
「ほらほら、むさ苦しい男どもに構ってないで、私たちとお話ししましょう?」
そんな時、エルフ族の女性陣とセントール族たちに真紅郎が連れてかれていった。
女性たちに囲まれた真紅郎は酒を注がれ、逃げられないように捕まっている。顔が真っ赤なのは、酒のせいじゃないだろうな。
「そうそう、真紅郎様。私たち、こんな服を作ったんですよ。着てみませんか?」
「それ、女物じゃ……」
「いいからいいから、きっと似合いますよ?」
「嬉しくない!? ちょ、待って! ボク、男だからぁぁぁぁ!?」
うん、合掌。頑張れ、真紅郎。俺は見守ることしか出来ない。巻き込まれてたくないし。
「ホッホ。タケル殿、楽しんでおられるかな?」
「うむ。主役が一人でいるなど、我が許さぬぞ?」
周りを見ていると、ユグドさんとケロさんが声をかけてきた。
ほんのりと頬が赤いから、酒が入ってるんだろうな。
「楽しんでますよ」
「ホッホ、ならばよいのじゃ」
俺を挟むように腰をかけた両種族のトップはグビグビと酒を飲む。俺も果実ジュースを飲んでいると、おもむろにケロさんが口を開いた。
「タケルよ、本当に感謝する」
「え? いきなりどうしたんですか?」
「まさか生きている間に、我らとエルフ族が笑い合っている光景が見られるとは思ってもみなかった」
「うむ、そうじゃのう。ワシからも礼を言わせて欲しいわい。タケル殿、本当にありがとう」
ユグドさんとケロさんが俺に頭を下げてくる。
「ちょ、頭を上げて下さい! そんな礼なんて……」
「我はこの時が来るのをずっと待っていたのだ。本当に、ありがとう」
「ワシもじゃ。長生きするもんじゃのう。長年の望みが叶った……ホッホッホ」
二人は感慨深そうに宴の光景を見つめている。
一瞬だけ、見たことがないはずの二人の若い姿が今の姿と重なって見えた気がした。
「……二人は、昔から仲がよかったんですか?」
ふと気になって聞いてみると、二人は顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「あぁ。我とユグドが若かりし頃、お互いに種族の長になって日が浅かった頃からの付き合いだ」
「そうじゃのう。ホッホ、あの時は若かったのう。切磋琢磨し、時に酒を飲み交わしながら将来について熱く語ったもんじゃわい」
「だが……あの争いが起きてからはあまり顔を合わせられなくなってしまった。我も若く、争いを止めることが出来なかった」
「じゃからワシらは決めたのじゃ。不可侵を結び、争わないようにしようと。同族たちが血を流し、傷つけ合うことがないようにのう」
そうなのか。道理で仲がいいなと思った。
エルフ族とケンタウロス族が仲違いしたあの日からずっと、二人は頭を悩ませ、心を痛ませていたんだろう。
それが、長い年月の果てにこうして仲良くなれた。うん、よかった。本当によかった。
「む。タケル殿、ここにいたのか」
「探しましたよ、タケルさん!」
俺たちが話をしていると、ケンさんとリフが近づいて声をかけてきた。どうやら俺を探していたらしい。
二人を見たユグドさんとケロさんは、ニヤリと笑みを浮かべる。
「ケンさんよ。我が同族の誇りよ。よくぞ厳しい戦いをくぐり抜けたな」
「はっ! ありがたき言葉!」
「うむ。リフもよく戦ったのう。お主の活躍、見ておったぞ」
「あ、ありがとうございます!」
二人を誉めたケロさんとユグドさんは、優しく微笑む。嬉しそうに、誇りに思うように。
「だがケンさんよ、まだまだ未熟だ。あれで満足してはいないだろうな?」
「え?」
「リフもじゃ。あれではまだ一人前とは言えないのう」
「え?」
「今度、我が直々に修行をつけてやる。覚悟しておけ」
「ふむ、ワシも参加しようかのう。ホッホ、年甲斐もなく心が躍るわい」
一転して状況が悪くなったケンさんとリフは、どんどん顔が青ざめていく。それにしてもこの年寄りたち、楽しそうである。
「ククッ、今は宴を楽しむがいい」
「ホッホ、今の内に楽しんでおくといい」
「明日から修行を始めるぞ」
「大丈夫じゃ……存分に鍛えてやるからのう」
黒い笑みを浮かべる二人に、ケンさんとリフは絶望の表情を浮かべていた。うん、ドンマイ。
死刑宣告を受けたような顔の二人は、重い足取りで宴会の輪に入っていった。
「ケンさんはいずれ我が種族の長となる者。厳しく鍛えないとな」
「ホッホ、リフも未来の族長じゃ。あの二人は両種族の架け橋となって貰わんとな」
未来のトップを見つめ、楽しそうに笑う二人。これはかなりしごかれそうだな。でも、頑張って欲しいな。
いずれ来る世代交代の時を思い浮かべ、俺も二人と一緒に笑った。
「……タケル」
「きゅ!」
そこに頭にキュウちゃんを乗せたサクヤが、手に食事が乗せられた
皿を持ってモグモグと咀嚼しながら話しかけてきた。行儀が悪いからやめなさい。
「サクヤ、楽しんでるか?」
「……うん。美味しい」
「そっか。キュウちゃんも楽しんでるみたいだな」
「きゅ! きゅきゅ!」
表情があまり変わらないサクヤはぱっと見は分からないけど、楽しそうにしているみたいだな。キュウちゃんも尻尾をフリフリと揺らして喜んでいる。
サクヤと話していると、ユグドさんが小さく笑みを浮かべて口を開いた。
「サクヤよ。お主に謝らないといけないのう」
「……なんで?」
「我らエルフ族は、お主がダークエルフ族故に酷い扱いをしてしまった。本当に、すまなかった」
首を傾げるサクヤにユグドさんが頭を下げる。そう言えば、サクヤとエルフ族の問題が解決してなかったな。
だけど、多分大丈夫だろう。
「……気にしてない。ご飯くれたから、大丈夫」
「ホッホ、そうかそうか。存分に食べるのじゃ。遠慮はいらんぞ?」
「……やった」
小さくガッツポーズをするサクヤ。
ユグドさんはそんなサクヤを見て微笑むと、遠くにいるエルフ族に向かって叫んだ。
「ほれ、そこの若いの! サクヤにたっぷりと食事を振る舞うのじゃ!」
「はい! ほら、こっちに来いよ!」
「……いってくる」
サクヤは足早にエルフ族の輪に加わると、豪華な食事を振る舞われてモグモグと嬉しそうに食べまくっている。
エルフ族はサクヤに対し、悪い感情を見せることなく楽しそうにしていた。
「ありがとうございます、ユグドさん」
「ホッホ。礼を言うのはワシの方じゃ。ダークエルフ族だとしても、助けてくれた恩義がある。ならば、ワシらは恩を返すだけのこと。種族など関係ないわい」
ユグドさんはそう言うとグビッと酒を飲む。
「古い慣習や古くさい諍い、因縁など……酒と一緒に飲み干してしまえばいい。ワシらは変わったーー変われたのじゃ、お主のおかげでのう」
そう言ってくれるユグドさんに照れ臭くなり、頬を掻く。
すると誰かが<壁の中の世界>を歌い始めた。音が外れてるから、エルフ族だな。
誰かが歌うと、また違う誰かが同じように歌い出す。それはどんどん広がっていき、最後には全員で大合唱を始めた。
意外だったのは、ケンタウロス族がめちゃくちゃ上手かったことだ。てことは、エルフ族だけが音痴なのか……あぁ、あと
俺がみんなの合唱を聴いていると、一人のエルフ族の女の子がトテトテと近寄ってきた。たしか、クリムフォーレルが襲ってきた時に助けた子だ。
女の子はモジモジとしながら俺に声をかけてくる。
「あ、あの……タケルさん」
「どうしたんだ?」
「えと、えっと……らいぶ、してくれませんか?」
ライブ、か。
うん、いいな。両種族が仲良くなり、クリムフォーレルを討伐した記念にライブをするのは、かなり盛り上がりそうだ。
俺が頷くと、女の子は花が咲いたような笑みを浮かべる。
「やった! ありがとう、タケルさん! あ、そうだ。そ、その……あの時、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
嬉しそうにはしゃいでいた女の子がお礼を言ってきたから、笑って答える。すると女の子は顔を真っ赤にして逃げるように去っていった。
女の子の様子に首を傾げていると、ユグドさんが大笑いする。
「タケル殿、罪な男じゃのう?」
「え? それってどういう……」
「ーータケルぅぅぅぅぅ!」
ユグドさんが言っている意味が分からないでいると、遠くからやよいが走ってきた。
そして、走った勢いのまま拳を突き出して俺の腹部を殴ってくる。
「ーーごほぉ!?」
貫通したんじゃないかと思うぐらいの衝撃に、がっくりと膝を着いた。
やよいは俺の前で仁王立ちし、腕を組む。
「ーーこのロリコン! ていうか、なんで助けてくれなかったの!?」
ろ、ロリコンじゃねぇ。助けてくれなかったって、もしかして女の子たちに絡まれた時のことか?
り、理不尽だ……。
「ホッホ、やはりタケル殿は罪な男じゃわい」
「ククッ、英雄とはそういうものだろう」
何か話しているユグドさんとケロさんを無視してヨロヨロと立ち上がる。いつの間にかやよいだけじゃなくてウォレスと真紅郎も集まっていた。
「ヘイ、タケル! ライブするか? いや、しようぜ!」
「ぼ、ボクもライブしたいな……はぁ、疲れた」
「ほら、早くやるよ! 変態!」
「だ、誰が変態だ! お前のせいで立てないんだよ!」
ふんっ、とそっぽを向くやよい。ちくしょう……。
さて、気を取り直してーー。
「ーーライブするか!」
俺のかけ声にやよいたちは「おぉぉ!」と叫ぶ。
ケンタウロス族とセントール族、エルフ族を前に俺たちは定位置に立つ。
魔装を展開し、剣を地面に突き立ててマイクを口に向けた。
「ーーハロー、セルト大森林に住む全ての種族たち! 俺たちRealizeのライブ、楽しんでくれ!」
俺の声にここにいる全員が歓声を上げる。
種族も、年齢も、性別も関係なく、盛り上がるみんなにニヤリと笑みを浮かべる。
そして、俺たちRealizeはセルト大森林でライブをした。
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