二十三曲目『激闘の間奏曲』

 俺たちは分散し、火球を避ける。目標を失った火球は地面にぶつかり爆発し、周囲の木々を燃やした。

 その間にもエルフ族が魔法を放つが、クリムフォーレルは意にも介さず飛び続けている。


「クソッ、降りてこいよ!」


 クリムフォーレルに向かって文句を言ってみるけど、言葉が通じるはずもない。それでも、言わずにはいられなかった。


「どうにかして引きずり下ろせないの!?」

「ハッハッハ! そいつは難しいディフィカルトだな!」

「……厄介」


 やよいの悔しそうな叫びにウォレスはひきつった笑みで返し、サクヤは面倒くさそうに上空にいるクリムフォーレルを睨みつける。

 俺、やよい、ウォレス、サクヤは近距離でしか戦えない。今、この場であの空にいるクリムフォーレルに攻撃出来るのはエルフ族と……。


「ーーボクがどうにかしてみる!」


 真紅郎だけだ。

 銃口をクリムフォーレルに向けた真紅郎は、ベースのボディ部分にあるコントロールノブをいじり、弦を弾き鳴らす。

 放たれた魔力弾は五発。真っ直ぐに飛ぶ魔力弾が二つと、左右から挟み込むように曲げられた魔力弾が二つ。そして、最後の一つは途中で空中にフヨフヨと留まっていた。

 クリムフォーレルは真っ直ぐに飛んできた二つをヒラリと躱し、左右からの二つをバレルロールで避ける。


「グルゥオォォォォ!」


 そして、魔力弾を放った真紅郎に向かって雄叫びを上げると、息を思い切り吸い込んで火球を放とうとしていた。

 マズい、と真紅郎を助けようと動き出した瞬間、真紅郎がニヤリと笑みを浮かべているのに気付いた。


「ーーうるさいよ?」


 そう呟くと、真紅郎は弦を押さえていた指をスライドさせた。すると、空中に留まっていた魔力弾が火球を放とうとしているクリムフォーレルの前にギュンッと移動する。


「<フォルテ!>」


 そして、真紅郎は一撃強化の魔法を唱えると、弦を力強く弾き鳴らした。

 強化された魔力弾が火球を放とうと口を開いたクリムフォーレルに放たれ、口の中に入り込む。


「ーーグプゥオゥ!?」


 口の中で魔力弾と火球がぶつかり合い、爆発した。クリムフォーレルは口から黒煙を吐きながらグラリと態勢を崩す。

 その姿を見た真紅郎は「フフッ」と小さく笑みをこぼした。


「聞くに耐えないよ。少し、黙って?」


 こ、怖っ!?

 し、真紅郎……やることがえげつないな。

 それより、チャンスだ。


「やよい! あいつを重く・・するぞ!」

「ーー分かった!」


 俺が指示を出すと、察したやよいは俺から少し距離を取って魔装をアクセサリー状態に戻す。

 無手になったやよいは一気に俺に向かって走り出した。俺はやよいに向かって手を組み、態勢を低くする。


「<アレグロ!>」

「<エネルジコ!>」


 やよいは素早さを上げる魔法を、俺は筋力強化の魔法を唱える。

 一気に加速したやよいはそのまま俺の手に足をかけた。


「いっけぇぇぇぇぇぇ!」


 気合いとともに手に足を乗せたやよいを思い切り持ち上げ、その反動でやよいをクリムフォーレルに向けて飛ばす。

 俺を足台にして宙を跳んだやよいは、クリムフォーレルに向かって手を伸ばした。


「<ペザンテ!>」


 音楽用語で<重々しく>という意味の魔法、<ペザンテ>。その効果は、対象物の重量を増加させること。

 その魔法をかけられたクリムフォーレルは、ガクンッといきなり高度を下げた。


「グゥゥ!?」


 口から黒煙を漏らしながら驚いた様子のクリムフォーレルは、必死に翼を動かして飛ぼうとしている。

 もう少しだ。


「ーーサクヤ!」


 地面に向かって落下しながら、やよいがサクヤの名前を呼ぶ。その声に反応したサクヤは、木を蹴って跳び上がった。

 跳んだサクヤに向かってやよいが手を伸ばす。サクヤも手を伸ばし、手を繋ぐとやよいは空中で体を捻った。


「ーーえいやぁぁぁぁ!」


 そのままやよいがサクヤを投げ飛ばす。

 弾丸のように真っ直ぐにクリムフォーレルに……いや、その少し上に向かったサクヤは、クリムフォーレルの頭上に来た辺りでクルリと一回転し、スピードを弱めた。


「……<フォルテ><ブレス><エネルジコ>」


 ボソボソと呟きながら音属性魔法・・・・・を使うサクヤ。一撃強化に接続して筋力強化の魔法も使ったサクヤは、右足を思い切り振り上げる。


「…………落ちて」


 サクヤはその右足を勢いよく振り下ろし、クリムフォーレルの頭部にかかと落としを食らわせた。

 重く鈍い音が響き、クリムフォーレルは一瞬だけ白目をむく。また一段と高度が下がった。

 この高さなら、俺でも届くーー!


「ウォレス!」

任せろリーブイットトゥミー!」


 俺とウォレスが同時に木を蹴って跳び上がる。

 俺は剣を振りかぶり、ウォレスはスティック型の魔装に魔力刃を展開させて両手を交差させる。


「ーーはぁぁッ!」

「ーー落ちろゴーダウン!」


 クリムフォーレルの右翼を剣で斬り下ろし、ウォレスは左翼を十字に斬りつけた。

 空を飛ぶために重要な部位である翼を両方傷つけられたクリムフォーレルは、悲痛の叫びを上げながらようやく地面に落下した。


「ようやく落ちたな!」


 スタッと着地した俺たちはすぐに地面でもがいてるクリムフォーレルに近づく。

 ここからは俺たちのターンだ!


「<アレグロ><ブレス><フォルテ!>」


 速度を上げ、接続して一撃強化の魔法を使いながら剣を翼に向かって振り下ろす。また空を飛ばれたら困るからな。

 だけど、クリムフォーレルの外殻は堅く、剣が通らない。


「狙うなら翼膜だよ!」


 真紅郎が俺に向かって叫ぶ。そうか、外殻よりも薄い翼膜の方が剣が通るか。

 真紅郎の指示を聞いたウォレスは、右手のスティックを斜め上から振り下ろした。


「ーーフンッ!」


 魔力刃が翼膜を斬り裂き、返す刃で左手のスティックを斜め下から振り上げる。


「てあぁぁぁぁぁ!」


 次にギター型の斧を思い切り振り上げたやよいが、同じように翼膜に向かって振り下ろそうとした瞬間ーー。


「ーーグオォォォォォォォォォォン!!」


 跳ね上がるように起き上がったクリムフォーレルが、咆哮した。

 まるで音の壁がぶつかってくるかのような大音量の雄叫びに、小柄なやよいがバランスを崩して後ろに転がった。

 その隙をクリムフォーレルは狙ったのかその場でグルリと回り、やよいに向かって太く長い尻尾を薙ぎ払う。

 地面に倒れているやよいに避ける術がないーーヤバい!?


「やらせねぇぞ、おらぁぁぁぁ!」


 やよいの近くにいたウォレスがすぐに立つ塞がり、魔力刃を交差させて尻尾を防いだ。

 だけど、そもそも体重差がありすぎてこのままだったらウォレス諸共、やよいも吹き飛ばされてしまう。


「<ピアノ!>」


 そこで音楽用語で<弱く>を意味する魔法<ピアノ>を真紅郎が使う。その効果は相手の一撃の威力を下げるものだ。

 威力が下がった尻尾の薙ぎ払いをどうにかウォレスが防ぎ、その場に留まることに成功した。


「ーーグゥゥオォォォォン!」


 それで終わるクリムフォーレルじゃなかった。

 クリムフォーレルは止められても関係なく、渾身の力を込めて尻尾を振り切ろうとしている。

 ウォレスは歯を食いしばって耐えようとしているけど、徐々に押し切られそうになっていた。


「ーーんんんん、パワーぁぁぁぁぁ!!」


 負けじと叫び、力強く踏み込んで耐えようとしているウォレス。

 ようやく追いついた俺はウォレスの背後に回り、その背中を押した。


「負けるなよ、ウォレス! 自慢の馬鹿力、見せてやれ!」

「バカって、言うなぁぁぁぁ!」

「そういう意味じゃねぇよ、バカ!」


 口喧嘩をしながら耐える。だけど、これ以上は無理だ。


「……そのまま、抑えてて」


 ふと、後ろからサクヤの声が聞こえた。

 チラッと振り返ると、サクヤが後ろから俺たちに向かって走ってきているのが見えた。

 そして、サクヤは軽い足取りで俺の肩、ウォレスの頭を足台にして跳んだ。


「お、オレの頭を踏み台にしたぁ!?」


 何か言ってるウォレスを無視して、宙を舞ったサクヤは右拳を握りしめる。


「……あっち、行け」


 サクヤは拳に魔力を纏わせると、クリムフォーレルの横っ腹に向かって拳を突き出した。

 堅い同士がぶつかり合ったような鈍い音が響き渡ると、音の衝撃波を腹部に食らわされたクリムフォーレルは声にならない悲鳴を上げ、口から胃液を吐きながら吹き飛んだ。


「やるな、サクヤ!」


 素手であのデカいクリムフォーレルを吹き飛ばすなんてな。

 サクヤに親指を立てて声をかけると、着地したサクヤが突然膝を着いた。


「どうした!?」

「…………痛い」


 サクヤが左手で右手を抑えているのに気付く。サクヤの右手から血が流れていた。

 魔装である剣ですら斬れないような堅い外殻を思い切り殴ったんだ、無事で済むはずがない。素手で何度も殴れるようなものじゃないんだ。

 痛みを我慢し、サクヤは立ち上がる。


「……大丈夫。まだ、やれる」

「……そうか、だけど無理するなよ」


 これは、サクヤの意地だ。サクヤは一生懸命、意地を貫こうとしてる。

 なら、男として……それを止めるつもりはない。

 俺も負けてられないな。


「ーーグ、ルルル……」


 吹き飛ばされたクリムフォーレルは、喉を鳴らしながら俺たちを睨みつける。

 そして、両足で地面を思い切り踏み砕くと、また咆哮する。


 そこから、クリムフォーレルの雰囲気が変わったのを感じた。


「ーーッ!?」


 ゾクリッと寒気を感じる。

 背中に氷を入れられたような、寒気が。

 怒りが頂点に達したのだろう。多分、ここからが本番だ。

 モンスターの中でも上位に位置する、ドラゴン種がとうとう本気を出そうとしているのを、肌で感じた。


「ーーグルオォォォォォォォン!」


 叫び、翼を広げたクリムフォーレルは火球ではなく、広範囲に及ぶ火炎を口から放射してきた。

 距離があるから俺たちにまでは届かなかったけど、炎にまかれた木々が焼け焦げるのではなく……どろりと溶け出していた。


「……あれは、マズいな」


 あの火炎に少しでも当たったら……と、イヤな想像をしてしまった。

 一頻り火炎を吐き終えたクリムフォーレルは、翼を羽ばたかせてまた空を飛んだ。

 せっかく地面に落としたのに、また一からやり直しだ。

 ……いや、一からじゃない。本気になったクリムフォーレルを引きずり下ろすのは、さっきよりも難しくなった。


 まだ、この激闘は終わりそうにない。




 

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