二十四曲目『激闘の狂想曲』

 クリムフォーレルの猛攻が始まった。

 木が溶けるほどの高温の炎を吐き、太い尻尾を振り回して木々を薙ぎ倒す。大きな両翼を羽ばたかせて風を巻き起こし、音の壁がぶつかってくるような大音量の雄叫びを上げていた。

 もはや手がつけられないほど、クリムフォーレルは暴れ回っていた。


「ぐあぁぁッ!?」


 一人のエルフ族に振り回された尻尾が直撃し、まるで交通事故の現場のように吹き飛ばされていく。

 地面を転がったエルフ族は、口から血を流して気絶していた。


「真紅郎! その人を頼む!」

「分かった!」


 すぐに真紅郎に気絶したエルフ族を運ぶように指示する。暴れ回るクリムフォーレルの攻撃に巻き込まれでもしたら、命の保証がない。

 本当なら俺が助けたかったけど、俺が前線から離れたら一緒に戦っているやよいやウォレス、サクヤが危なくなってしまう。


「ち、近づけない!」

クソッダム! 暴れてんじゃねぇぞ!」


 どうにかして攻撃をしたくても、暴れるクリムフォーレルに俺たちは近づくことが出来なかった。

 状況は最悪だ。

 本気を出したクリムフォーレルに攻撃どころか近づくことも出来ず、エルフ族の魔法も通じていない。それどころか徐々に戦えるエルフ族が少なくなってきている。

 周りを見渡すと広範囲に木々や草花が燃え、むせかえるような熱気に包まれていた。

 熱さで汗が滴り落ちてくる。体力的にこの状況は厳しいな。

 だけど、ここで逃げる訳にはいかない。もう退けないところまで来ている……いや、最初から退くつもりなんかない!


「動きを止めるには、足か翼を狙うしかない……か」


 空を飛ぶのに使う翼を攻撃して地面に落とし、足を攻撃して機動力を下げる。そのためには、まるで台風のように暴れるクリムフォーレルに自分から突っ込まなくちゃいけない。

 一瞬の油断が命取りだ。


「でも、やるしかないか……ッ!」


 覚悟を決め、剣の柄を握りしめる。

 やよいたちに目配せすると、頷いて答えてくれた。


「ーー行くぞ!」


 剣を構え、両足に力を込める。そして、左足を蹴り出してクリムフォーレルに突撃した。

 俺とウォレス、サクヤが前に出て、その後ろにやよいが走る。俺たちが近づいていることに気付いたクリムフォーレルは喉を鳴らし、空中でホバリングして待ち受けていた。


「散開ッ!」


 クリムフォーレルの狙いを分散させるために俺とサクヤが右、ウォレスとやよいが左に分かれる。

 どちらを狙うか様子を見ると、クリムフォーレルは俺とサクヤの方に顔を向けてきた。


「サクヤ、注意しろよ!」

「……分かってる」


 スゥッと息を吸って仰け反ったクリムフォーレルは、口を大きく開いて火球を吐き出す。今までよりも大きな火球は、木を燃やしながら俺とサクヤに向かってきた。

 防ぐことは不可能、避けるしかない。だけど、大きく避けたらクリムフォーレルに隙を見せることになる。

 避けるなら、最小限にーー!


「ーー南無三!」


 サクヤが火球から逃れるために大きく横に避けたのに対して、俺はそのまま火球に向かって走り続ける。

 止まらない。足を止める訳にはいかない。

 狙いはーー火球と地面との間。

 両膝を曲げて正座するように地面を滑り、そのまま上半身を後ろに倒す。

 後頭部が地面に着くぐらいまで倒れたまま、火球と地面との僅かな空間を滑り抜ける。

 熱気で顔が焼かれそうになりながら、火球は俺の鼻先ギリギリを通り抜けていった。

 すぐに腹筋に力を入れて上体を起こし、反動で前に倒れ込むように立ち上がった俺は、その勢いのまま走り出した。


「ーーはぁぁぁぁ!」


 体を捻り、剣を突き出す。

 堅い外殻に包まれたクリムフォーレルを斬るのは難しくても、外殻の隙間を突き刺すことは出来るはず。

 だけど、その考えをあざ笑うようにクリムフォーレルは上空に飛んでいった。


「ウォレス!」


 そこでやよいがウォレスに声をかけながら、ギター型の斧を薙ぎ払って木を斬っていた。

 そして、ウォレスはやよいが斬った木に抱きつき、グルリとコマのように一回転する。


「<エネルジコ!>ーー吹っ飛べブラストオフ!」


 筋力強化を使ったウォレスは上空にいるクリムフォーレルに向かって、その木を投げ飛ばす。

 グルングルンと横回転して飛んでくる木に、なんとクリムフォーレルは両足を使って蹴り返してきた。


「えぇ!?」

「うおぉぉぉ!? やべぇぇぇ!?」


 まさか蹴り返されると思っていなかったのか、やよいとウォレスは口をあんぐりさせて驚く。

 猛スピードで落下してくる木を、やよいとウォレスは一目散に逃げ出した。

 木が地面に落下すると重い衝撃が地面を揺らし、砂煙とともに木片が巻き上がった。


「ま、マズい、視界がーーッ!」


 広範囲に広がった砂煙でクリムフォーレルの姿を見失う。

 この状態で襲われたら、危険だ。

 すると、いきなり風が吹き荒れて砂煙が一瞬で晴れた。

 風を起こしたのは、クリムフォーレルだった。

 翼を羽ばたかせたクリムフォーレルは、息を思い切り吸い込んで大きく仰け反る。

 あれはーー火炎を吐き出す前の動作だ。


「やばーーッ!」


 逃げようとした時、気付いてしまった。

 俺の後ろにはサクヤ、やよい、ウォレスの三人。その後ろには真紅郎が、さらに後ろにはエルフ族がいた。


 ーー火炎の範囲内に、俺たち全員が入っていた。


 まさか、クリムフォーレルはそれを狙ったのか? 怒り狂い、暴れ回っているように見えて本当は冷静にこの状況を作り出したのか?

 そんな疑念が頭を過ぎっていると、クリムフォーレルは口から炎を漏らして俺たちを睨みつけていた。

 間に合わない。このままじゃ、全員やられる。


「ーーさせるかよぉぉ!」


 叫び、剣を左の腰元に置く。居合いのような構えで俺は、剣身に魔力を纏わせ始める。

 間に合うかは微妙。成功するかも分からない。それでも、今はそれしか生き残る方法がない。

 剣と魔力を一体化させるように。焦りながらも集中して、正確な魔力コントロールで。

 剣身に魔力が纏い終えたのと同時に、クリムフォーレルは火炎を吐き出してきた。

 視界いっぱいに広がる火炎に対して俺は右足を前に踏み込み、腰を半回転させて遠心力を使い、左から右に剣を薙ぎ払った。


「ーーレイ・スラッシュ!!」


 魔力を込めた一撃が、火炎とぶつかり合う。

 薙ぎ払った剣の軌道を追うように真っ白な魔力の光が放たれ、火炎と接触する。

 そしてーーレイ・スラッシュは火炎を横一文字に斬り裂いた。


「あっちぃぃぃぃ!?」


 弾けるように火炎が霧散し、その残り火が襲ってくる。防具服が燃えることはなかったけど、顔や手に火の粉が当たってもの凄く熱かった。

 だけど、どうにか火炎からみんなを守ることが出来た。


「タケルのバカ! さっきから無理しすぎ!」


 やよいが貶しながら俺の体についている火の粉を手で払う。

 さっきからって言うのは多分、火球を避けた時のことも言ってるんだろうな。


「わ、悪いな、やよい」

「悪いって思ってるなら、あんまり無理しないで!」


 ごもっともです。

 反省しつつクリムフォーレルの方に顔を向けると、今にも舌打ちしそうな顔で喉を鳴らしていた。

 今の攻撃で終わらせる気だったんだろう。ざまぁみろ。


「でも……」


 チラッと後ろを振り返ると、満身創痍のエルフ族たち。サクヤは右拳から血を流し、ウォレスや真紅郎、やよいの顔には疲労の色が見えていた。

 それに比べてクリムフォーレルにはほとんどダメージはなく、疲れている雰囲気はない。それどころか、すぐにでも俺たちに襲いかかろうとしている。

 はっきり言って、勝てるビジョンが見えない。


「どうする……ッ!」


 頭をフル回転させても、糸口が見えない。どうすれば倒せる? 俺たちは、どうしたらいい?

 答えが出ないまま、クリムフォーレルは雄叫びを上げて俺たちに向かって飛んできた。考えている暇はない。


「やるしかないんだ!」


 気合いを入れ直し、剣を構える。

 クリムフォーレルは口を開けて牙を剥き、食らいつこうとしていた。


「ーーグルゥオン!?」


 その瞬間、俺の後ろからビュンッと矢とフレイム・ランスが一緒に通り過ぎていき、クリムフォーレルの顔面に直撃した。


「な、なんだ!?」


 突然の攻撃に驚いたのはクリムフォーレルだけじゃなく、俺たちもだった。

 落下して地面を転がるクリムフォーレルを尻目に振り返る。


 ーーそこには怪我をして集落にいたはずのエルフ族と、弓を構えたケンタウロス族・・・・・・・の姿があった。


 

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