八曲目『異文化交流』

 空はすっかり暗くなり、夜になった。

 広場には集落にいるエルフ族が集まり、宴会が始まる。エルフ族に囲まれながら俺たちは、振る舞われた豪華な食事に舌鼓を打っていた。

 俺とやよいの前には分厚い肉や新鮮な野菜、フルーツの盛り合わせが並んでいる。王国にいた時、城で出された食事に比べれば素朴な味付けだけど、俺からすればこっちの方が口に合うな。


「どうですか、お口に合いますか?」

「うん、美味しい!」


 エルフ族の女性に声をかけられ、やよいは口いっぱいに食べ物を頬張りながら笑顔で答える。俺も同じように頷いて返すと、その女性は微笑ましそうに優しい笑みを浮かべていた。

 エルフ族は美男美女が多い。そんなエルフ族の女性が微笑む姿は絵になるなぁ。

 そんなことを思いながらチラッとウォレスたちを見ると……。


「……納得いかねぇアイドントゲットイット

「まぁまぁ」


 ブスッとした表情のウォレスを宥める真紅郎。二人の前に出された食事は薄い肉にちょっとした野菜、フルーツはリンゴに似た果実が丸ごと一個という、俺とやよいが出された食事よりランクが下だった。

 まぁ、俺たちはエルフ族を助けたっていう恩があるからな。食事が出されただけでも喜ぶべきだろう。

 それに比べ、サクヤが出されたものは……。


「…………」


 無言のままジッと目の前にある食事を見つめるサクヤ。そこには大きな皿とは不釣り合いな小さいドングリが一つ。これがサクヤに出された食事だった。

 いや、もう食事とは言えないだろ。


「……タケル。干し肉、ちょうだい」

「あ、あぁ」


 サクヤに言われるがまま、魔装の収納機能を使って干し肉を取り出して渡す。サクヤは静かにその場から離れ、木に背中を預けながら干し肉をかじっていた。

 さすがに不憫だな。これ、エルフ族を攻撃したからだけじゃなくてサクヤがダークエルフだからっていうのもあるだろ。

 どうにかしてあげたいな、と思っているとリフが近づいてきて声をかけてきた。


「そう言えば皆さんはどうしてこの森に来たんですか?」


 首を傾げながら不思議そうな表情で問われ、ドラゴンに追われていたことを思い出す。あれは本当に死ぬかと思ったな、と乾いた笑い声を上げながら答えた。


「赤いドラゴンから逃げてきたんだよ」

「赤い、ドラゴン……? この森の近くでですか?」


 頷くとリフは顎に手を当てて考え込む。何か変なこと言ったか?

 すると、俺たちの話を聞いていた他のエルフがざわつき始めた。


「タケル殿。失礼ですが、その話は本当ですか?」

「え? はい、本当です」

「それは……ちょっとおかしいですね」

「何がおかしいの?」


 やよいがそう聞くと、エルフの男性が説明してくれた。


「ドラゴンはこの辺にはいないはずなんです。ちなみにそのドラゴンはどんな姿でした?」

「えっと、ワイバーンです。前足と翼が一緒で、真っ赤な鱗の」

「……赤いワイバーン。多分、クリムフォーレルですね。ますますここにいるのはおかしい。あいつは火山地帯に生息しているモンスターですから」


 クリムフォーレル? どこかで聞いたことがあるような……。

 聞き覚えのある名前に首を傾げていると、やよいが「あっ!」と声を上げた。


「それってタケルの防具服に使ってる素材のモンスターじゃない?」

「……あぁ!」


 やよいの言葉で思い出した。

 防具服を買ったコルド防具服店で、コルドさんが説明してくれたこと。俺が来ている防具服の赤いワイシャツは、クリムフォーレルの翼膜を使っているって言ってた。


「え? てことはマジで俺のせい?」


 この付近で生息していないはずのクリムフォーレルにしつこく追いかけ回されていた原因が、もしかしたら俺のせいかもしれない。

 顔を青くさせていると、エルフの男性が首を横に振った。


「それは違うと思います。それだけでわざわざ火山地帯から向かってくることはないでしょう」

「他に理由があるでしょう。それにしても、ドラゴンか……これは警戒する必要があるな」


 エルフたちは集まり、話し合いを始めた。危険なモンスターが近くにいるんだ、そりゃ警戒するだろう。

 自分たちが原因じゃないけど、なんか申し訳なくなってきたな。もしもの時は俺たちも協力しよう。

 そう考えていると、一人のエルフの子供が恐る恐る近づいてきているのを見つけた。


「あの……」

「ん? どうしたの?」


 話しかけてきたエルフの女の子にやよいが優しく返事をすると、その子はモジモジしながら口を開く。


「お姉ちゃんたちは、何をしてる人なの?」

「あたしたちはロックバンド……音楽をしてる人だよ。今は色々あって旅をしてるんだけどね」

「ろっくばんど? おんがく?」

「あ、そっか。分かんないんだよね。音楽っていうのはね……」


 やよいが女の子に音楽のことを教えてい

ると、徐々に子供の人数が増えてきた。興味津々な子供たちに囲まれ、あたふたしているやよいを見て笑みがこぼれる。

 そんな微笑ましい光景を見ていると、一人のエルフの男の子が俺に話しかけてきた。


「なぁ兄ちゃん! 兄ちゃんって強いのか?」

「どうだろうなぁ。少なくとも、この辺りのモンスターには負けないぞ?」

「すげぇ! じゃあさ、ドラゴンも倒せるの?」

「いや……どうだろうな。一人だと厳しいかな」

「ねぇねぇ! 兄ちゃんもおんがくって奴、出来るの!?」

「私、おんがく見てみたい!」

「ちょ、待て待て」


 なんか、俺の方にも子供たちが集まってきた。

 チラッとやよいを見てみると、ニヤリと笑みを浮かべている。お前の差し金か。

 目をキラキラさせながら音楽について聞いてくる子供たちに囲まれ、収拾がつかなくなってきた。

 しょうがない……。


「分かった! 今から音楽って奴を実際に見せてやるから! ちょっと落ち着け!」


 そう言うと子供たちが一気に盛り上がった。こうなったら全員まとめて音楽って奴を教えてやる。


「やよい! ウォレス! 真紅郎! 今からライブするぞ!」

「うん、分かった!」

「っしゃあ! オレもちょうどやりたかったところだ!」

「そうだね。ずっと戦ったり逃げたりだったし、今回は普通に楽しもう」


 俺の呼びかけに三人が集まってくる。

 真紅郎の言う通り、異世界に来てから純粋

にライブをしてなかったからな。今夜は、楽しもうか!

 子供たちを並べて座らせ、定位置に立つ。ステージがないのはちょっと残念だけど、それでもライブが出来るなら十分だ。

 俺たちが何か始めようとしているのを知ったエルフたちも、子供たちの後ろに集まり始める。


「タケル殿、何をするつもりじゃ?」


 そこでユグドさんが問いかけてくる。俺は、ニッと笑って答えた。


「ーー音楽です!」


 俺の答えにユグドさんはポカンとしている。いきなり言われても意味が分かんないだろう。だけど、聴けば分かる。

 ドラムスティック型の魔装を持ったウォレスが紫色の魔法陣に腰掛けると、目の前にいくつもの同色の魔法陣ーードラムセットが展開する。

 真紅郎はネックの先端に銃口がある木目調の四弦ベースを構える。

 やよいは真っ赤な斧型のエレキギターの弦をジャランと鳴らす。

 そして俺は……ロイドさんから託された剣を地面に突き刺し、柄の先にあるマイクを自分の口元に向けた。

 これで準備は完了だ。


「ーーハロー、エルフ族の皆様! 俺たちRealizeの特別ライブにようこそ! 今から俺たちが音楽って奴を教えていくぜ!」


 マイクを通した俺の声が集落中に、森中に響き渡る。

 いきなりのことでびっくりしているエルフ族たちに、口角を上げながら指を向ける。


「慣れない内はうるさいかもしれない! 意味が分からないかもしれない! それでも、最後まで聴いてくれ! 行くぜーー<壁の中の世界>!」


 さぁ、異世界ライブを始めよう。


 


 

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