九曲目『音楽ブーム』

 やよいのギターソロから<壁の中の世界>は始まる。イントロから爆発するようなディストーションに、ウォレスの野性的なドラムのリズムと真紅郎のベースが加わっていく。

 縦ノリの激しいリズムに合わせ、マイクを握りしめてぶつけるように歌う。


「君に届いているだろうか あの日の地の温もりは 君に聞こえているだろうか あの日君に伝えたかった言葉は」


 エルフ族たちは大音量で始まった演奏に顔を強ばらせ、子供たちは耳を塞いでいた。だけど、徐々に慣れてきたのか未知の文化に目を輝かせ始める。


「遠く離れた見知らぬ土地で 君は同じ空を見て何を思う?」


 激しさが増していく演奏。やよいは小柄な体を大きく揺らして弦を弾き、ウォレスは雄叫びを上げながら力強くそれでいて正確なリズムでドラムを叩く。追従する真紅郎はスリーフィンガーで速く、流れるようにピッキングしていた。

 エルフ族たちのボルテージも上がっていき、子供たちは立ち上がってリズムに合わせて手を挙げている。


「金魚鉢を買った 部屋の小窓に置いた 水も砂も 魚も入れずに」


 Cメロを歌い上げると一瞬、演奏が止まる。サビに入る前のこの一瞬の静けさは、爆発する前の前兆。

 静寂を打ち破るやよいの演奏に合わせ、サビに入った。


「夜になると 君が見ているだろう星を入れるために 僕の声はこの小さな部屋でしか響かない 音は 広がる 世界を越えて 音は繋がる 君にどうか」


 歌詞通り、俺たちの奏でる音は森中に広がり、音楽を知らない異世界の住人にも届いていた。

 熱気にあふれたエルフ族たちは、子供に混じって腕を振り上げて盛り上がっている。

 この瞬間、俺たちとエルフ族は繋がった。

 音楽の楽しさも、音楽の熱さも、全部が音で繋がる。演奏している俺たちも、エルフ族たちも、全てが一体となってグルーヴが生まれていた。

 そこから二番に入ってもエルフ族たちのテンションは上がったままだった。これだよ。やっぱり、音楽って最高だ。

 さぁ、名残惜しいけどラストのサビを歌い上げよう。最後まで、盛り上がったままで。


「夜になると 君が見ているだろう星を入れるために 僕の声はこの小さな部屋でしか響かない 音は 広がる 世界を越えて 音は 繋がる 君にどうか」


 アップテンポの演奏は徐々にフェードアウトしていき、やよいのギターが静かに奏でられる。


「音は広がる 世界を越えて 音は繋がる 君にどうかーー」


 囁くように歌い上げた最後のフレーズとともに、やよいが開放弦でジャランとダウンピッキングし、終わる。

 肩で息をしながら目の前にいるエルフ族に目を向けると、歓声と拍手が音の壁になってぶつかってきた。


「わぁぁぁぁ! お兄ちゃんたち、凄い!」

「いいぞぉ!」

「これがおんがく、って奴なのか! こんな感覚初めてだ!」


 鳴り止まない拍手の波に、思わず笑み

がこぼれた。

 やよいは群がってきた子供たちに微笑み、テンションが上がったウォレスが雄叫びを上げる。エルフ族に話しかけられた真紅郎は、額の汗を拭いながら笑って対応していた。

 これでウォレスと真紅郎もエルフ族に認められ、待遇も変わるだろう。

 そんなことを思っていると、近づいてきたユグドさんが声をかけてきた。


「いやぁ、素晴らしかった。年甲斐もなくはしゃいでしまったわい」

「ありがとうございます!」

「お礼を言うのはワシの方じゃ。これが、おんがく……なんじゃな?」


 頷いて返すとユグドさんは顔をくしゃっとさせて笑い、両手を広げた。


「さぁ、我が同士たちよ! こんなにも素晴らしいものを披露してくれたタケル殿たちに、もう一度拍手を送ろうではないか!」


 その呼びかけに一層拍手が沸き起こった。

 大盛り上がりしているエルフ族たちに、テンションが最高潮に達したウォレスが声をかけてくる。


「タケル! 今日はもっとやろうぜ!」

「そうだな。よし、もう一曲やるぞ!」


 音楽を知らない人たちに理解して貰えたんだ。ウォレスじゃなくても、これはテンション上がるだろ。

 次は……そうだ、あれにしよう。


「次の曲はーー<リグレット>!」


 俺が曲を決めると全員が定位置に戻り、楽器を構える。

 エルフ族たちも今か今かと待ちわびていた。


 輪の中に入れないサクヤも、離れたところで目をキラキラとさせていた。


「ーー行くぜ!」


 俺の呼びかけで曲が始まる。

 その夜は他に二曲演奏し、幕を閉じた。

 そして、朝を迎える。

 ユグドさんが用意してくれた部屋で一泊した俺たちに待ち受けていたのは……。


「おとは つながる きみにどうかー!」


 子供たちが俺たちの曲を歌っている光景だった。

 楽しそうに、嬉しそうに。舌足らずな歌声が集落中に響いていた。

 それに釣られて大人のエルフ族も鼻歌交じりに歩いている。エルフ族の集落に音楽ブームが訪れてた。


「まさか、ここまでハマるなんてね……」


 真紅郎が苦笑混じりに言う。俺もこんなにハマってくれるとは思ってなかった。

 だけど、一つだけ問題がある。


「でも……音程、ズレてる」


 やよいが言ったように、どのエルフ族も音程がズレていた。

 端的に言うと……凄く、音痴だった。


「美男美女ばかりなのに音痴トーンディフなのか」

「まぁ、ちょっと残念な気持ちになるよな」


 渋い顔をしているウォレスに同意する。イメージしていたエルフ像が壊された気分だ。

 いや、でも音楽の良さが分かってくれただけでも嬉しいことだ。うん、そういうことにしておこう。

 で、ふと思ったことがある。


「なぁ、サクヤ。もしかしてお前も音痴だったりするのか?」


 気になってサクヤに聞いてみると、どこかムッとした表情で答えた。


「そんなこと、ない。ぼくは、ダークエルフ。エルフとは違う」

「じゃあ歌ってみてよ?」


 やよいに促され、サクヤは渋々歌った。その歌声は……うん。


「これってエルフやダークエルフに限らず、異世界の人は全員音痴なのかもな」

「…………」


 俺がそう結論づけると、サクヤはプイッとそっぽを向いた。

 やよいがふてくされているサクヤの頭を撫でていると、リフが俺たちの方に走ってくるのが見えた。


「よう、リフ。おはよう」

「おはようございます! あの、タケル様たちにお願いがあるんですが」

「どうした? あと、様付けはやめてくれってば」

「じゃあ、タケルさんで! それでですね、そのお願いって言うのが……」


 リフのお願いとは、狩りを手伝って欲しいということだった。

 最近、モンスターの動きが活発になり、エルフ族の大人たちはそっちの対処であまり狩りに行けないでいるらしい。

 備蓄はまだあるものの、そこまで長くは持たないのでどうしようか、と考えていた時に、俺たちに目を付けたようだ。


「客人であるタケルさんたちにこんなことをお願いするのは失礼だとは思うんですが……どうか、僕たちを助けてはくれませんか?」

「いいぞ」

「もちろん、お礼は……え? い、いいんですか?」

「うん、あたしもいいよ」

「オレもいいぜ! 体動かさないと鈍っちまうからな!」

「ボクもいいよ」


 俺が即答するとリフは目を丸くして驚いていた。俺に続いてやよい、ウォレス、真紅郎も賛同する。一人だけ何も言わないサクヤに声をかけた。


「サクヤもいいよな?」

「……いいよ。でも、ぼくにもご飯、ちょうだい」

「という訳だ。サクヤにも食事を用意してくれたら、俺たちは狩りの手伝いをするぞ?」

「……分かりました。ありがとうございます!」


 リフはサクヤをチラッと見て、何か言いたげにしながらも頭を下げる。

 よし、じゃあ狩りに行くか、と動こうとする前に真紅郎が待ったをかける。


「二手に別れたほうが効率がいいんじゃないかな?」

「それもそうだな。じゃあ、俺とやよい。真紅郎とウォレス、サクヤで分けよう」


 真紅郎の提案に乗って俺たちは分かれて狩りをすることにした。

 この振り分けには理由があった。それは、真紅郎たち三人の評価を上げるためだ。

 真紅郎たちは、今はライブのおかげで認めて貰ってるけど、エルフ族を攻撃した事実は変わらない。やよいや俺と一緒じゃなく、真紅郎たち三人で狩りを手伝えば、少しはいい印象を受けやすくなるだろう。

 さて、これで準備は出来たな。


「んじゃ、行くか」


 俺たちは狩りのために森の中に入っていった。

 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る