エピローグ『漂流ロックバンド』
「こ、ここまで来れば、だ、大丈夫か?」
あれから三時間ぐらい走り続け、城下町からかなり離れることが出来た。追っ手の姿はなく、疲労がピークを迎えていた俺たちは息を荒くさせながら倒れ込むと、爽やかな風が柔らかに流れてきた。
夜はすっかり明け、太陽の光を浴びながら晴れ渡った青空を見上げていると、真紅郎は魔装の収納機能で地図とコンパスを取り出して口を開く。
「今は大体この辺りかな……うん、だいぶ離れられたね。少しぐらいペースを落としても大丈夫そう」
「てことは、とりあえず逃げ切れたってこと?」
ようやく話せるぐらいに回復したやよいが聞くと、真紅郎は柔和な笑みを浮かべて頷いた。危機から脱したことに緊張の糸が切れた俺たちは示し合わせたように安堵の息を吐く。
「はぁぁ……マジ、疲れた。ちょっとここで休憩しようぜ?」
「賛成……あたし、もう走れそうにない」
「ボクも限界だよ」
「何だよお前ら、情けねぇな! オレはまだまだ元気だぜ!?」
ヘトヘトの俺たちに比べてウォレスは元気そうだけど、そんなことを言いながらうつ伏せになって原っぱに顔を埋めたままだった。一番疲れてるのお前じゃねぇか。せめて起き上がってから言えよ。
満身創痍の俺たちよりまだ余裕そうなナンバー398は、首を傾げながら口を開く。
「……これからどこ、行く?」
「どこだっけ? えっと……」
「ヤークト商業国、だよ」
真紅郎はやれやれと首を横に振りながら呆れられてしまった。疲れで頭が回らなかったからだ、と心の中で言い訳しているとやよいが手を挙げてから発言する。
「質問なんだけど、ヤークト商業国までどれぐらいかかるの?」
やよいの質問に真紅郎は地図を確認してから答えた。
「ざっと計算して約三百キロぐらいの距離だから、歩きだと早くて一週間ぐらいかな?」
「い、一週間……三百キロ……」
元の世界なら車を使えば一日もあれば着く距離だけど、この異世界ではそんな便利なものはない。あってもリドラが引く竜車ぐらいだけど、今の俺たちは歩いて行くしか方法がなかった。
予想以上に遠い道のりにやよいは絶望しながらがっくりと肩を落としていると、倒れたままのウォレスがもぞもぞと動き出した。虫かお前は。
「ハッハッハ! オレがおんぶしてやろうか? ただし運賃は高いぜ?」
「うっさいウォレス! それセクハラだから! あといい加減起きろ!」
うつ伏せのまま気持ち悪い動きを見せるウォレスにやよいは一喝する。その光景を笑いながら見ていると、ふとナンバー398が呟いた。
「ヤークト商業国……って、どこ?」
「え? 知らないのか?」
「うん。ぼく、マーゼナル王国から出たことない、から」
ナンバー398は特に気にすることなく答える。つまり、物心つく前からずっとあの国で研究材料にされていた、ってことか。幼いながら苦労してるんだな、と少しだけ気持ちが暗くなっていると、突然やよいが「そうだ!」と叫んだ。
「名前! 名前を決めようよ!」
「名前って、何のだよ?」
「この子の名前だよ! いつまでもナンバー398って呼ぶの、あたし嫌だし。何か違う名前を考えようよ」
やよいの提案にナンバー398は意味が分かってないのか首を傾げているけど、たしかにいい考えだ。正直、ナンバー398ってずっと呼び続けるのは俺もよくないと思ってたからな。
こいつはもう実験体じゃない、一人の人間なんだ。だったら、人間らしい新しい名前を俺たちで考えるのは賛成だ。
「ぼくは、別に気にしない」
「あたしたちは気にするの。大丈夫、いい名前を考えるから」
「オレはもう思いついているぜ!」
ガバッとようやく起き上がったウォレスが手を挙げる。どうにも嫌な予感しかないけど……とりあえず、聞いてみるか。
「はい、ウォレスくん」
「ゴン三郎!」
「却下。てか、どうして三郎なんだよ」
速攻で却下するとウォレスはぶつくさと文句を言いながら手を下げる。次に真紅郎が手を挙げた。別に挙手制じゃないんだけど……まぁ、いいか。
「はい、真紅郎くん」
「音也、なんてどう?」
「んん……保留」
別に変な名前じゃないし、いいとは思うけど……どうにもしっくりこない。だから保留にしておこう。
今度はやよいが手を挙げた。
「はい、やよいくん」
「ナンちゃん!」
「えっと、どうしてナンちゃん?」
「ナンバー398だから」
「だったらせめて398の方から取れよ!? 却下だ却下!」
独特なネーミングセンスを見せるやよいの意見を却下すると、頬を膨らませながら不満げにブーイングしてきた。そんな顔しても却下です。
「だったらタケルはいい名前を思いつくの?」
「そうだぜ! オレたちの意見を却下するぐらいなんだから、お前も何か言えよ!」
やよいとウォレスにそう言われ、思わず言葉を詰まらせる。パッとは思いつかないけど、お前ら二人よりはマシな案を出せるっての。
さて、どうするかな。ナンバー398の顔を見つめながら考える……ん? 398?
「ーーサクヤ、なんてどうだ?」
単純な語呂合わせだけど、意外といいんじゃないか?
俺の答えにやよいとウォレスは何度かその名前を呟くと、悔しそうな表情をしていた。
「いいと思う……けど、タケルのくせに生意気」
「クッ、やるじゃねぇかタケル! 負けてられねぇ! だったら源二郎はどうだ!」
「だから二郎はどこから……うん、言うだけ無駄か。ボクは賛成だよ」
生意気って何だよ、とため息を吐きつつ「サクヤって名前はどうだ?」と聞くと、ナンバー398は目を閉じて考える。
「サクヤ。ぼくの、名前はサクヤ。いい、と思う」
ナンバー398……改め、サクヤはその名
前が気に入ったのかほんのりと笑みを浮かべて頷いた。これで決まりだな。
「じゃあ今度からお前のことはサクヤって呼ぶからな」
「……分かった」
「大五郎! 大五郎はどうだ!?」
諦めないウォレスを無視してサクヤに向かって手を差し出す。
「ようこそRealizeへ。よろしくな、サクヤ」
笑みを浮かべて言うと、サクヤも恐る恐る手を差し出してきた。その手をギュッと握り締めて、握手をする。
「うん。よろしく」
これでようやくサクヤは俺たちの仲間入りだ。
そこからやよい、真紅郎、ウォレスとも挨拶を交わしているサクヤを見てから俺はグッと背伸びをする。
気持ちのいい風が吹き、高原の草花が静かに揺れ動く。遠く、まだ見ぬ地に想いを馳せながら、俺はみんなに声をかけた。
「そろそろ行くか。もう少し歩いて野営出来そうなところを探して、今日は早めに休もうぜ?」
「賛成。あたし、早く寝たい」
「ボクも賛成。この先ある森の近くに湖があるみたいだから、その近くでいいんじゃないかな?」
「そいつはいいな! そこで釣りでもするか!」
「……お腹、空いた」
とりあえず向かう先が決まったな。さっそく真紅郎が言う湖に向かおう。
湖に向かって歩き出そうとする前に、ふと気になったことがあったからサクヤに声をかける。
「そう言えばサクヤ。お前って何歳なんだ?」
俺の問いに、サクヤはサラッと答えた。
「ーー今年で、六十歳」
最初は何を言ってるのか分からなかった。頭の中で何度も反復し、ようやく理解が追いつく。
六十歳。その見た目で、俺たちよりも……年上!?
「え、えぇぇぇぇぇぇぇーーッ!?」
ーーこうして俺たちRealizeは新しくサクヤを仲間に加え、異世界を漂流することになる。この先、何が起きるかは予想も出来ないけど、それでも前に進むしかない。
俺たちは次の目的地、ヤークト商業国に向かって旅を始めるのだった。
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