四十三曲目 『壁の中の世界』
俺たちがしようとしていることはライブ魔法。一度ロイドさんの前でライブをしようとして暴発したものだ。今の俺たちなら暴発することなく使いこなすことが出来る自信があった。
目の前に広がるのは数多の兵士たち。俺たちはさっきの戦いのせいで疲労困憊状態。危機的状況なのに、何故か高揚感が沸き起こっていく。
「ーーははっ」
そりゃそうか、と思わず笑みがこぼれる。異世界に来て半年間、ずっと修行や勉強でライブを、音楽をする暇がなかった。元の世界だったら考えられないことだ。
だけど、ようやくライブが出来る。こんな状況でもそれが嬉しくて笑いが止まらなかった。観客は音楽という文化を知らない異世界の兵士たちと、俺たちを殺そうとしている王様。
「いいぜ、やってやるよ……」
やよいたちを見ると、いつもの位置に立って笑みを浮かべていた。考えてることは一緒みたいだ。
「タケル、曲はどうする?」
俺の右後ろに立つやよいがギターを構えながら聞いてくる。異世界に来て一発目の曲、それにふさわしいのは……。
「ガンガン激しい奴がいいんじゃないか?」
「だったら<壁の中の世界>は? ロイドさんの前で一回やろうとして出来なかったし」
「そうだな。リベンジもかねてそれにするか」
俺の左後ろに立ってベースの音を調整していた真紅郎の提案で、演奏する曲が決まった。
俺、真紅郎、やよいの後ろに立っていたウォレスはスティック型の魔装をクルリと回すと空中に展開された紫色の魔法陣に腰掛け、興奮が抑えきれないのか腹の底から笑う。
「ハッハッハ! テンション上がってきたぜぇ! 早くやろうぜタケル!」
「あのさ、テンション上がってるところ悪いんだけど、一曲フルじゃなくて一番終わったら二番なしでそのままラストのサビに入らないか?」
「おいおい、何でだよ! せっかくなんだから三曲ぐらいやろうぜ!?」
「そうしたいんだけど、体力がなぁ……それに終わったらすぐに逃げないといけないし、少しでも余力を残した方がいいんじゃないか?」
「むぅ、たしかに……オッケー! それでいいから早く始めようぜ!
待ちきれずにまるで子供が駄々をこねるように地団駄を踏むウォレス。分かってるよ、俺も同じ気持ちなんだから。
だけど始める前にとりあえず、今から俺たちが何をするのか理解出来ていないナンバー398に声をかけた。
「悪いけど、お前も今回は観客側な」
「……よく分からないけど、分かった。で、何をするつもり?」
「何って、音楽だよ。俺たちにとって最高に楽しくて最高に熱くなれる奴だ」
意味が分かっていない様子のナンバー398に向かってニッと笑いながら指を指す。
「今からお前に、あそこにいる奴ら全員にーーこの世界に、音楽って奴を教えてやるよ」
そして俺は王様に向かって、この半年間で積もりに積もった鬱憤を爆発させるように叫んだ。
「ーーもううんざりだ! ただのインディーズバンドの俺たちをあんたらの都合で呼び出して! 死ぬかと思うほどの修行をさせて! 最後には殺そうとする! こっちの気も知らねぇで好き勝手やりやがって、ふざけんじゃねぇぞ! 俺たちはあんたらのオモチャじゃねぇ!」
俺の叫びがマイクを通し、ビリビリと空気を振るわせる。一度叫ぶと栓が抜けたように文句が止まらなくなってきた。
いや、もう止める必要はない。全部、ぶつけてやる。
俺の想いに呼応するようにウォレスが目の前に展開した魔法陣をスティックで叩き、ビートを刻んでいく。
「命を賭けた戦い? 魔法? 魔族? 国? 異世界? しかも、音楽を知らねぇときたもんだ。はんっ、つまんねぇ世界だな。くっだらねぇよ」
右手を真っ直ぐに伸ばし、王様に人差し指を向ける。
「だったら俺たちRealizeが教えてやるよ。血生臭ぇ戦いばっかりのこのくだらない世界にーー音楽って奴を」
はっきりと言ってやると、王様はあざ笑うように鼻を鳴らした。
「何を言うかと思えば、訳の分からないことをーーあの者どもを捕らえよ!」
王様の命令に兵士たちは雄叫びを上げながら勢いよく丘を下り始める。おいおい、盛り上がるのはいいけどあんまり激しいモッシュはやめてくれよ? ダイブも勘弁してくれ。ステージに上がるなんて以ての外だ。
ライブは楽しくいかなきゃな!
「ーーハロー、異世界! Realize異世界ライブツアー、記念すべき一曲目! テンション上げて行くぞぉぉぉぉ!」
激しく魔法陣を叩いていたウォレスが、ピタリと叩くのをやめる。空気が張りつめたようにしん、と静かになってから俺はマイクを掴んでーー言い放つ。
「ーー<壁の中の世界>」
曲名を言うとやよいはエレキギターをかき鳴らし、
初っぱなからガンガンと激しいこの曲をウォレス、真紅郎がリズムを作っていき、曲を彩る。
やよい、ウォレス、真紅郎の三人が奏でるイントロを聴きながらゆっくりと息を吸い、イントロが終わったのと同時にマイクに向かってぶつけるように歌い出した。
「君に届いているだろうか あの日の地の温もりは 君に聞こえているだろうか あの日君に伝えたかった言葉は」
俺がAメロの歌詞を歌い上げると、俺たちの周りを取り囲むように紫色の魔法陣が無数に展開される。その異様な光景に兵士たちは戸惑い、足を止めていた。
「遠く離れた見知らぬ土地で 君は同じ空を見て何を思う?」
Bメロに入ってから曲はどんどん盛り上がっていき、激しさを増していく。それに合わせるように展開された魔法陣が魔力を帯びて激しく発光していき、足を止めた兵士たちに狙いを定めた。
「金魚鉢を買った 部屋の小窓に置いた 水も砂も 魚も入れずに」
Cメロが終わると一瞬だけ演奏が止まり、俺はマイクを右手で握ったまま左手を銃の形にして兵士たちを指さした。
静けさをぶち破るように弾き鳴らされたやよいのギターに合わせ、左手で銃を撃つ動作をしながら一番盛り上がるサビを歌う。
「夜になると 君が見ているだろう星を入れるために 僕の声はこの小さな部屋でしか響かない 音は 広がる 世界を越えて 音は 繋がる 君にどうか」
その動作を引き金に魔法陣から紫色の光線が放たれた。光線は兵士たちの足下に着弾すると、爆発し兵士たちが吹き飛ばされた。悲鳴を上げる兵士たちにどんどん紫色の光線を放っていく。だけど別に殺すつもりはない、戦闘不能になって貰うだけだ。
サビを歌い終わって二番に入らずにそのままラストのサビに向かっていく。
ウォレスがスティックで魔法陣を激しく叩いてビートを刻み、真紅郎は三本の指を使ってアップテンポに弦を速弾きする。
やよいも華奢な体には似つかわしくないほどの力強いストロークでギターを弾き、ラストのサビに向かって曲を盛り上げていった。
全員の演奏が合わさってグルーヴが生まれ、それに合わせて魔法陣から光線が次々に放たれ続けた。阿鼻叫喚になっている兵士たちを尻目に、マイクをギュッと握りしめると後ろから光が射し込んだ。
夜明けだ。地平線から太陽が顔を出し、眩い光が俺たちの背中を暖かく照らしていく。
まるで、俺たちの背中を押すように。俺たちを祝福するように。
「ーー夜になると 君が見ているだろう星を入れるために 僕の声はこの小さな部屋でしか響かない 音は 広がる 世界を越えて 音は 繋がる 君にどうか」
ラストのサビは一番のサビと同じフレーズだけど、燃え尽きる前のロウソクが激しく燃えるようにさっきの比じゃないほど盛り上がりを見せていた。
肺の中の空気を全部吐き出し、歌声を響かせていく。
ずっとアップテンポのまま突き進んでいた演奏はラストのサビが終わると徐々にフェードアウトしていき、最後はやよいのギターが終わりを告げるように奏でられていく。
「音は 広がる 世界を越えて 音は繋がる 君にどうかーー」
静かに、囁くように最後のフレーズを歌い、演奏が終わる。
俺たちの周りを取り囲んでいた魔法陣が溶けるように消えていき、光線を受け続けていた兵士たちはうめき声を上げながら倒れ伏していた。
立っているのは丘の上に立ったままの王様と、数人の兵士のみ。他の兵士たちは俺たちまで近づくことも出来ずに身動きが取れないでいる。
そんな悲惨な光景を目にした王様は、恨めしそうに俺たちを睨みながら舌打ちをした。
「音楽、と言ったか? 私はそんなもの知らないはずなのに、何故か知っている気がするぞ……それは
ブツブツと独り言を呟いていた王様は突然杖を地面に突き立てると、倒れている兵士たちに向かって檄を飛ばした。
「いつまで倒れているのだ、情けない! 早くあいつらを捕まえろ!」
倒れていた兵士たちは満身創痍のまま立ち上がり、戦おうとしている。正直、今のライブ魔法で魔力も体力も尽きかけているからこれ以上は無理だ。
逃げるしかない、と俺たちはアイコンタクトでタイミングを見計らい、走りだそうとした瞬間ーー俺たちと兵士たちの間に誰かが割り込んできた。
「よう、ガーディ。随分とお怒りのようだな」
「……ロイドか」
それは、ロイドさんだった。
予想外の登場に俺たちが驚きで言葉を失っていると、ロイドさんは俺たちに背を向けたまま王様と話し始めていた。
「丁度いい。ロイド、そいつらを捕まえろ」
「あいよ、って言いたいところだがーー断る」
ロイドさんがきっぱりと断ると、王様は目尻をピクリと動かしながらロイドさんを睨みつける。
「ほう、いいのか? 断ると言うなら、あ奴を生き返らせる約束はなかったことになるが?」
「あぁ、いいぜ」
「それはつまり、諦めたのか?」
王様の言葉にロイドさんは鼻で笑って見せた。
「悪いがもう何十年も引きずってるんだ、そう簡単に諦められる訳ねぇだろ。諦めたんじゃねぇ、お前に頼らなくてもよくなったんだ」
「……どういう意味だ?」
「俺はお前じゃなく、こいつらに希望が見えたんだよ」
そう言ってロイドさんはチラッと俺たちの方を見るとニヤリと笑みを浮かべる。
「こいつらを見て、俺は一つ確信したことがある。あいつは死んでねぇかもしれない、ってな」
「何をバカなことを。あいつは確実に死んで……」
「ーーガーディ、それは本当に真実か?」
王様の言葉を遮り、ロイドさんは問いかける。その問いに王様はそれ以上、何も言わなかった。
「やっぱりな。お前は何かを隠してるな? 俺に、嘘をついている」
「……だとしたら、どうするんだ?」
「はんっ、決まってんだろ」
そう言ってロイドさんは腰に差していた剣を鞘から抜き放ち、剣身に魔力を込める。そして、地面に向かって振り下ろした。
俺たちと兵士たちの間に一本の横線を刻み、ロイドさんは剣の切っ先を兵士たちに向ける。
「ーーこれ以上入ってきた奴は、問答無用で斬り捨てる。死にてぇ奴からかかってきな」
ブワッと殺気を放ちながら宣言すると、兵士たちは足が竦み動けないでいた。
ロイドさんは剣を構えると俺たちに向かって叫んだ。
「ここは俺が食い止める! お前たちは早くこっから逃げろ!」
「で、でもロイドさん……」
ライブ魔法で負傷しているとは言え、兵士たちの数は多い。それに、ロイドさん自身も俺との戦いでそう長く動けないはずだ。
だけど、ロイドさんはケラケラと余裕そうに笑っていた。
「心配すんな! こんな雑兵相手、俺の敵じゃねぇよ。いいから行け。進むんだろーー前に」
それを言われてしまったら、何も言えなかった。
ここはロイドさんに任せて、俺たちは前に進もう。やよいたちの顔を見ながら頷き合い、ロイドさんに背中を向けて走り出す。
「ロイドさん! また会いましょう!」
「ーーあぁ。お前たちがどんだけ成長してくるのか、楽しみに待ってるぜ」
最後に言葉を交わし、俺たちはこの場を後にする。
後ろから剣戟の音や魔法が放たれる音が聞こえてきたけど、振り返らずに走り続けた。
俺たちはロイドさんのおかげで、王様の手から逃れることが出来たのだった。
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