三十一曲目 『魔闘大会決勝戦』
魔闘大会二日目。今日はいよいよロイドさんとの試合、決勝戦だ。
正直、勝てるとは思っていない。ロイドさんの強さを、俺はよく知っている。剣の腕前は勿論、魔法の扱いも戦闘技術も身体能力も完全に上の相手。半年の修行で打ち合えることは出来るようになったけど、最後にはボロボロにされて終わっている。
それでも今日の試合はやれるところまでやろう、せめて一本取れるぐらい。
「ーーよし!」
気合いを入れて舞台に立つ。ふと闘技場の上の方、王様や他国のお偉いさんがいる席に目を向ける。すると、そこにいたリリアが俺に向かって笑みを浮かべながら手を振っているのが見えた。
応援してくれてるみたいだな。手を振り返すと、いきなりゾクッと背筋が凍った。誰かが、俺を睨んでる気がする。
恐る恐る視線を感じる方を見てみると、それは観客席。そこにいるやよいだった。
ジッと俺を冷たい眼差しで睨んでいる。なんか、怒ってる? 意味が分からずに引きつった笑みで手を振ってみると、そっぽを向かれた。代わりにやよいの隣にいる真紅郎が苦笑いを浮かべながら手を振る。ウォレスは何も知らないまま俺を応援してくれていた。
どうしてやよいが機嫌悪いのか分からないまま、正面にいるロイドさんを見据える。ロイドさんはすでに鞘から剣を抜き、俺を見るとニヤリと笑みを浮かべていた。
「観客席に向かって手を振るなんて、余裕だな。今日の試合、お前がどれほど成長したのか見させて貰うぞ」
「別に余裕はないですよ。お手柔らかにお願いします」
「ほう? 手加減して欲しいのか? お前が望むならしてやってもいいが?」
「……俺がそれを望むと思いますか?」
「……ふん、思わねぇよ」
半年間も一緒に稽古してきたんだ、俺が試合で手加減されて喜ぶはずがないことを知っていて当然だ。
それ以上話すことなく、俺とロイドさんは同時に剣を構える。審判は俺たちの顔を見てから、右手を振り上げた。
「ーー決勝戦! 始め!」
最初から、全力だ!
「<アレグロ><ブレス><フォルテ!>」
一気に魔法を使い、自分から飛び込んでいく。ロイドさん相手に後手に回るのは悪手でしかない。
速度と威力を上げた一撃をロイドさんに向かって振り下ろす。対してロイドさんは魔法で速度を上げた俺よりも速く剣を振り、剣と剣がぶつかり合った。
いや、ぶつかるのと同時にロイドさんは剣をクルリと回して俺の剣を受け流す。
「ーー甘いっ!」
受け流されて体勢が崩れた俺にロイドさんは剣を振ってきた。首もとを狙ってきた一撃をしゃがむことで回避し、そのまま足払いをするように剣で薙ぎ払う。
その攻撃も軽くジャンプすることで避けられ、跳びながら放たれた回し蹴りを腕でガードする。骨が折れるんじゃないかと思うほどの重い蹴りに、自分から後ろに跳ぶことで衝撃を逃がしつつ距離を取った。
やっぱり強い。それにしてもいきなり首を狙ってくるとか、殺意高すぎないか?
「今の、下手したら死んでましたよ?」
「これぐらい避けれるだろ? 現に躱してるじゃねぇか」
まぁ、そうだけどさ。何か、釈然としないな。
軽口を叩きつつ、果敢に攻めていく。アレグロで素早さを上げつつ、縦横斜めと連続で剣戟を放つが全て防がれ、避けられ、受け流される。
「おら、どうした? こんなもんか?」
余裕そうに笑いながら挑発された。いつも人を小馬鹿にしたような口調で稽古をつけられてきたから慣れてはいるけど、さすがに腹が立つな。
そのにやけ面、今日こそぶっ飛ばしてやる。
「<レント!>」
「お? おぉ?」
魔法を唱えるとロイドさんの速度が少し下がった。突然のことにロイドさんは戸惑っている。チャンスだ。
「<フォルテ!>」
一撃強化を施して剣を振り下ろすと、動きが遅くなったロイドさんは剣を横にして防ごうとしていた。ぶつかる直前、俺はさらに魔法を唱える。
「ーー<ブレス><スピリトーゾ!>」
剣と剣がぶつかり合うと一際大きな衝突音が轟き、衝撃によりロイドさんが吹き飛ばされた。
いや、あれは自分から跳んだな。ロイドさんは床に片手を着いてバク転し、綺麗に着地を決めていた。
「なるほど。最初に使ったレント……だったか? それが相手の速度を低下させる魔法。んでもって次のスピリトーゾって奴は魔法の強化か」
あの攻防だけですぐに俺の使った魔法を看破された。さすがは歴戦の剣士だ。
ロイドさんが言った通り、遅くの意味を持つ<レント>は相手や物体の速度を低下させる魔法で、精神を込めての意味を持つ<スピリトーゾ>は自分が使っている魔法の強化だ。
音属性魔法には自分の強化だけでなく、相手に対する弱体化の効果を持つ魔法も多い。音属性に対してそこまで造詣の深くないロイドさんの不意をつけたかと思ったけど、やっぱりそんなに甘くはないか。
ロイドさんは後頭部をポリポリと掻きながら鼻で笑う。
「ま、今のはいい感じだったが、決めきれなかったのはお前が未熟だからだな。もう同じ手は通じないぞ?」
そう言ってロイドさんは剣を構えると上体を低くさせた。
「ーー次は、こっちから行くぞ? 気合い入れろよ」
その言葉を最後にロイドさんの姿が消える。正確には消えたかと思うほどの速度でいつの間にか俺の近くまで移動していた。
「速っ!?」
驚く暇もなくロイドさんはもう剣を振りかぶっている。このままじゃマズい。
「<ピアノ><ブレス><エネルジコ!>」
すぐにブレスを挟んで二つの魔法を使う。そして剣でロイドさんの攻撃を防いだ。
弱くを意味する相手の一撃の威力を下げる魔法<ピアノ>でロイドさんの攻撃を弱体化させ、力強くを意味する<エネルジコ>で自分の筋力を強化する。
それでもロイドさんの攻撃は強く、ビリビリと剣を持った腕に痺れが走った。威力を下げ、筋力を強化してもこの衝撃。魔法を使ってなかったらこれで終わっていた。
「ちっ、小癪な」
この一撃で終わらせるつもりだったのか、面倒臭そうに舌打ちをしたロイドさんは続けて横薙ぎに剣を振るう。このままだと魔法の効果が切れてしまう。その前に急いで魔法を唱えた。
「<ソステヌート!>」
吹き飛ばされるはずの俺の体は、魔法の効果により持ちこたえることが出来た。そのまま筋力を上げた腕でロイドさんを払いのける。
<ソステヌート>は音を保持してという意味の音楽用語で、その効果は魔法効果の持続。切れるはずだったレントとエネルジコの効果を持続させたことで何とかなった。
攻撃を防がれたロイドさんは距離を取ってから深くため息を吐く。
「味方なら心強いが敵に回ると本当に面倒だな、音属性魔法は」
「だったら負けを認めますか?」
「はっ、言うじゃねぇか小僧」
俺の挑発を軽く流したロイドさんは剣を構える。すると、剣身が光り輝き始めた。
「ちょっとだけ本気を出してやるよ」
あれは本家本元のレイ・スラッシュだ。あの一撃を防ぐ手段はただ一つ。こっちもレイ・スラッシュを放つしかない。
剣を腰元に構えて集中し、鞘を作るようなイメージで剣身に魔力を覆っていく。
「遅い」
まだレイ・スラッシュを放てる状態になってないのに、ロイドさんは走り寄ってきた。その剣にはもう魔力が覆いきっている。
「ーーレイ・スラッシュ」
洗練された一撃が放たれる。クソッ、と悪態を吐きつつまだ未完成のまま俺もレイ・スラッシュを放った。
「ーーレイ・スラッシュ!」
ぶつかり合う魔力が込められた二本の剣。重い金属音と共に魔力同士が反発し衝撃波が波紋のように広がった。
「ぐ、あ、あぁぁ……ッ!」
ジリジリと剣が押し戻される。踏ん張っている足が徐々に後ろに押されている。威力、魔力の洗練さ、完成度……全てが段違いだ。
苦しい表情を浮かべている俺に対してロイドさんは汗一つかいていない。そしてロイドさんは一歩足を踏み出すと一気に剣を振り抜いた。
「ーーふんっ!」
「うあぁぁぁぁぁ!?」
剣に込められていた魔力が爆発し、押し負けた俺は吹き飛ばされてゴロゴロと床を転がった。
何とか剣を地面に突き立てて無理矢理ブレーキをかけ、膝を着いて俯く。体はビキビキと痛み、一気に体力が持って行かれて肩で息をする。満身創痍の俺とは違い、ロイドさんはカラカラと笑っていた。
「よく剣を離さなかったな。俺の教えをしっかり守っているようで結構!」
死んでも剣を離すなと稽古の時に口を酸っぱくして言われていたから、無意識に剣だけは離さないようにしていたのを褒められる。剣を手放すともっとボコボコにされてきたからなぁ。
一頻り笑ったロイドさんはすぐに笑みを消して真剣な表情で口を開いた。
「だがレイ・スラッシュはまだまだだな。あれじゃあ隙が多すぎるし、動作も大きいから避けられるぞ」
指摘された通り、俺のレイ・スラッシュは隙だらけだ。緻密な魔力操作が必要で、かなりの集中力が必要なこの技を使いこなすのは容易じゃない。
ぐうの音も出ずに黙り込む俺にロイドさんは話を続けた。
「そもそもお前、レイ・スラッシュそのものをはき違えてるんだよ。これは剣技であって魔法じゃねぇぞ?」
「剣技であって、魔法じゃない?」
「あぁ。お前は魔法を使うように魔力を操作して、そっちに集中し過ぎている。たしかに緻密な魔力操作は必要だが、考えるべきはそこじゃねぇ」
おもむろにロイドさんは俺に剣先を向ける。すると先から根本に向かうように魔力が覆われていき、剣身が光り輝き始めた。
「魔力じゃなくて剣に集中しろ。剣に魔力を込めるのではなく、魔力も剣の一部と考えろ。そうすりゃあ……」
剣先を後ろに下げ、上体を低くして構える。そして、ロイドさんは剣で床を斬りつけるように下から上に振り上げた。
魔力で出来た斬撃が真っ直ぐに俺の横を通り過ぎていき、床に一本の線が引かれる。その線の深さはかなり深く、切断面は寒気がするほど綺麗だった。
思わずゴクリと息を呑むと、ロイドさんはどうだと言わんばかりにニヤリと口角を上げた。
「これぐらい簡単に出来る」
簡単に言ってくれるが、普通無理だから。
乾いた笑い声を上げてるとロイドさんは「あぁ、それと」と言葉を付け足した。
「お前はレイ・スラッシュを完成させることと、技の種類も増やせ。ただのレイ・スラッシュだけだとすぐに対応されるからな」
完成度の他にバリエーションも増やせ、か。本当、簡単に言ってくれるよ。
少なくとも今はレイ・スラッシュを完成させることが優先か。深呼吸をしてからゆっくりと立ち上がり、剣を構える。勝負はまだ、終わってない。
「じゃあ……もう一回だ」
小さく頷いてから剣を腰元に構え、さっきロイドさんが言っていたことを頭の中で反復する。
ロイドさんも剣を構えると、剣身に魔力を覆って早くも準備を終わらせている。
「魔力も、剣の一部に……」
今までの剣の上に魔力で出来た鞘を作るイメージじゃなく、魔力と剣を合わせるように。魔力操作に集中するのではなく、剣に集中する。
そうするといつもよりも自然な動きで魔力が剣に込められているのを感じた。なるほど、こういうことか。
感覚は何となく掴んだけど、まだ慣れてないせいか完成度は低い。だけど、いつもよりも速く魔力操作が出来るようになっていた。
「<フォルテッシモ>」
魔法を使って一撃をもっと強化させる。このままだとロイドさんのレイ・スラッシュを越えることは出来ないからだ。
ロイドさんを真っ直ぐに見据え、すぐに飛び出せるように足に力を込める。
そして、俺とロイドさんは同時に走り出した。
「ーーはぁぁぁぁぁ!」
舞台中央まで走り、気合いと共に剣を振りかぶる。
「ーーレイ・スラッシュ」
「ーーレイ・スラッシュ!」
同時に同じ技を放つ。俺が放つ強化された一撃よりもロイドさんの一撃の方がまだ上だった。
ぶつかり合う剣と剣。魔力と魔力。渾身の力を込めたレイ・スラッシュは一瞬の拮抗を見せた後、すぐに俺が押し負けた。
舞台中央で魔力が爆発した。その衝撃は波紋が広がるように闘技場に大きな振動を与える。
砂埃が舞う中、俺はぼんやりと空を見上げていた。
青く、どこまでも広がる空を見つめていると、空を遮るようにヌッとロイドさんが顔を覗かせてくる。
「まだやるか?」
ニヤニヤとしたその笑みを殴ってやりたいと思ったけど、体がピクリとも動かない。仕方なく、深いため息を吐いて答えた。
「やりませんよ。俺の負けです」
魔闘大会初めての出場で俺は準優勝。
そして、ロイドさんの優勝で魔闘大会が閉幕した。
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