三十曲目『決着』

「ーー<フォルテ>」


 魔法を使い、少年に走り寄って剣を全力で振り下ろす。しかし、側転で躱され、目標を失った剣は轟音を響かせながら床を叩き砕いた。

 音属性魔法<フォルテ>は音の強弱の変化、対比による音楽表現ーー強弱法と呼ばれる物の強弱記号の一つ、<強く>という意味を持つフォルテから取った魔法。

 その効果は<一撃の強化>。その威力は、見ての通りだ。

 本来、魔法はーー例えば<我放つは戦神の一撃>と唱えてから<ライトニング・ショック>が放たれるように、詠唱をしないと絶対に魔法は発動出来ない。

 詠唱は魔法を使う為の鍵みたいな物で、詠唱の意味を理解し、言葉にすることで初めて真価が発揮されるそうだ。

 だけど音属性魔法は他の属性魔法と大きく違って、詠唱する必要がない。

 いや、正確には詠唱する必要がないというより強弱記号の意味が詠唱となり、読み方が魔法名になっているから、詠唱と魔法名を同時に唱えているって言った方がいいか。これが音属性魔法の利点だ。


「<フォルテ!>」


 また魔法を使い、威力を上げた一撃で少年に攻撃をしたけどヒラリと避けられてしまった。

 音属性魔法は長い詠唱がいらないのが利点の反面、弱点もある。それは、効果の持続時間が短い・・・・・・・・・・ことだ。

 フォルテは一撃の強化。つまり、一撃にしか強化が施されないから、一度攻撃をしたらまた魔法を使わなければならなくなる。しかもある魔法を使わないと重ねがけや、他の魔法との併用が出来ない。

 ちょっと使いづらいけど、使いこなせれば強力な魔法だ。


「ーーフッ!」


 攻撃の合間を縫って少年は近づき、左足で床を踏み抜きながら右拳を突き出してきた。これは音属性魔法を付与した一撃だ。少年の攻撃は速く、今の俺では躱し切れない。

 咄嗟にそう判断した俺は、魔法を唱えた。


「<アレグロ!>」


 魔法の効果はすぐに発揮され、躱し切れないはずの攻撃を素早く避けて少年の後ろに回り込む。そのまま剣を振り下ろすも少年は右腕で防いできた。

 剣とローブの下に隠されていた防具がぶつかり合い、甲高い金属音が響く。返す刃で少年が放った右の後ろ回し蹴りをバックステップで避けて距離を取った。

 アレグロは強弱記号で<速く>を意味し、魔法の効果は<素早さの上昇>だ。これもフォルテと同じく持続時間が短く、すぐに切れてしまう。


「これでもダメか」


 音属性魔法を解禁してからは善戦はしてるけど、まだ少年を倒すには至らない。半年の修行である程度魔法を使うのは慣れてきたけど、使いこなせてはいないからか。

 それでなくても少年は、強い。その外見からじゃあ想像も出来ないほどに。


「でも、面白くなってきた」


 思わぬ強敵に自然と笑みがこぼれる。その姿を見た少年はどことなく訝しげな表情で俺を睨んでいた。


「……どうして、笑う?」

「ん?」

「……今は戦闘中。笑う意味が、分からない。余裕?」


 喋るのが苦手なのか、少年の話し方はどこかたとたどしい。無口で無表情だからどこか機械的な印象だったけど、よく見ればどう思ってるのか表情に出てて分かりやすいし、感情もしっかりとある。感情表現が苦手なだけなのか?

 そう分析していると、何も答えない俺に苛立ったのかムッとした表情で話を続ける。


「……答えて」

「あぁ、悪い。別に余裕はないぞ? むしろピンチだ」

「……じゃあ、何故?」

「そうだな……楽しいから、かな?」

「たの、しい?」


 意味が分からないと言わんばかりに少年は首を傾げる。どう説明したものかと考えつつ、思っていることを口に出す。


「別に戦い自体が好きな訳じゃないけどさ。自分が成長してるとか、強くなったっていう実感がわくし、そう言うのって、楽しくなるだろ?」

「……理解出来ない。戦闘、命のやり取りに楽しさを求める。異常者?」

「いや、さすがに命のやり取りを楽しいとは思わないぞ。ほら、今は試合だろ? 命の危険はあるかもしれないけどあくまでイベント、催しだ。なら、楽しまないと損じゃないか?」


 それにしたって異常者はないだろ、と思いながら少年の疑問に答える。少年はやっぱり理解出来ないのか首を横に振った。


「……ぼくには、分からない。楽しむ? 損? 戦いは負けたら終わり、死んだら終わり。そんなことを思うのは、理解不能」

「ま、分かんないなら仕方ないか。というか、そんなに肩肘張って疲れないか? もっと楽に生きろよ」


 そう言うと、少年の雰囲気が変わった。表情から感情が抜け落ち、ただ一つの感情だけが残されていた。

 それは、怒りだ。


「楽に? お前に、ぼくの何が分かる? 何も知らないお前が……ッ!」


 感情に呼応するように体から魔力が溢れ出し、少年のフードが取れる。銀髪の髪が揺れ、真っ直ぐに俺を睨む目には怒りで満ち溢れていた。

 何か地雷を踏んでしまったらしい。そんなつもりはなかったけど、これはさすがに謝らないといけないか?

 いや、謝る必要はないか。


「ははっ、いいじゃん。ようやく人間らしくなってきたな。さっきのロボットみたいなのよりも、俺はそっちの方がいいと思うぞ?」

「……黙れ」

「喋るようにもなったし、そろそろお前の名前を教えてくれるか?」

「ーー黙れ! お前に教える必要はない!」

「そうか。じゃあ、俺が勝った後に教えて貰うか」

「お前がぼくの名前を知ることはない。勝つのは、ぼく」

「違うな。勝つのは、俺だ」


 その言葉に少年の体から吹き出していた魔力は一層強くなり、少年は床を踏み砕きながら俺に突進してくる。

 それに対して俺は剣を構え、同じように走り出しながら魔法を唱えた。


「<アレグロ>、<ブレス>、<フォルテ>」


 アレグロ、フォルテの間に唱えた<ブレス>。

 息継ぎを意味するその魔法の効果は、音属性魔法同士の接続だ。通常、音属性魔法は重ねがけが出来ない。だけど、魔法同士の繋ぎになるブレスを唱えることでそれが可能になる。

 アレグロで素早さを上昇させ、フォルテで一撃の強化を施す。その素早さのまま剣を振ると同時に少年は右拳を振り上げた。


「ーーシッ!」

「ーーてあぁぁ!」


 少年の拳と俺の剣がぶつかり合う。音の衝撃波で守られた拳は剣と拮抗していた。少年は自身の魔力の全てを使って攻撃してるんだろう。このままだと負けてしまう。

 なら、あえて負けてしまおう。


「ーーえ?」


 少年の呆気に取られた声が聞こえる。それもそうだろう。さっきまで歯を食いしばりながら耐えていた俺の力がいきなり抜けたんだから。

 俺はあえて力を抜いて自分から後ろに跳ぶことでダメージを逃がし、音の衝撃波を体に受けながら空中を舞った。


「い、く、ぞぉぉぉぉぉ!」


 完全にダメージを殺しきれずにビキビキと痛む体を根性で我慢しながら、床に着地するのと同時に魔法を唱える。


「<アレグロ>」


 素早さを上昇させて走り寄る。上体を低くし、弾丸のように真っ直ぐに。


「<ブレス>」


 走ったまま繋ぎになるブレスを唱え、剣を左腰に持ってきて構える。少年は魔力をほとんど使い果たしたのか、動きが遅くなっていた。

 今しかない。剣の柄を強く握りしめ、最後の魔法を唱える。


「ーー<フォルテッシモ!>」


 フォルテの上位互換魔法<フォルテッシモ>。さらに強くを意味するその魔法は、フォルテよりもさらに強い効果で一撃を強化する魔法だ。

 フォルテと違って魔力消費が激しく、アレグロを使った状態でも剣を振る速度が遅くなってしまうけど、それでも今の少年なら避けることは出来ないはずだ。


「ーーはぁぁぁぁぁぁぁ!」


 気合一声。剣を左から横に薙ぎ払う。少年は両腕を盾にして剣を防ぐが、ローブの下に隠されていた防具が砕かれる。

 右足で踏み込み、そのまま剣を振り抜いた。


「ーーせいやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 剣を振り抜くと少年の体が吹っ飛んでいく。防具の破片を舞わせながら吹き飛んだ少年は闘技場の壁にぶつかった。

 地震が起きたのかと思うほどの振動が闘技場を揺らし、土煙で見えなくなった少年を息を荒くしたままジッと見つめた。

 そして、土煙が晴れた先には、両手をぶらりと下げて俯いたままの少年が立っていた。


「はぁ、はぁ……すげぇな」


 あの一撃を受けてまだ立てるとは思ってなかったから、素直に賞賛の一言が口から出た。

 少年は俯いていた顔を上げ、虚ろな目で俺を見つめている。


「ま、だ……ぼく、は……」


 一歩、二歩とゆっくりとした足取りで歩き、舞台に向かっている。まだやるつもりのようだ。どこにそんな力が残っているのか、その執念はどこから来ているのか、俺には分からない。

 それでも、少年の心にはまだ戦う意志が残っていた。


「まけ、たら……ぼくの、い、居場所、が……」


 だけど、体は限界を迎えていたようだ。

 少年は糸が切れた人形のようにガックリと膝を着くと、静かに倒れる。


「ゆるし、て……くだ、さい……お、う……」


 手をどこかに伸ばし、誰かに謝っていた少年はそこで力つき、気絶した。

 それを見た審判は、俺に向かって手を挙げる。


「ーー勝者! タケル!」


 勝負が決まると観客が大歓声を上げた。歓声の渦の中、緊張の糸が切れたのか一気に脱力感が襲い、尻餅を着く。


「はぁぁ……か、勝った」


 苦しい戦いだったけど、どうにか勝つことが出来た。

 これで魔闘大会一日目の試合が全て終わり、二日目の決勝戦のカードが決まった。

 ロイドさんとの戦いは、これよりももっと厳しい戦いになるんだろうな、と不安に思いつつガッツポーズを取りながら勝利の雄叫びを上げる。

 とりあえず今は、勝ったことを喜んでおこう。 

 

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