三十二曲目『不穏な影』

「準優勝かぁ。おしかったね、タケル」

「ロイドさん相手によく頑張ったと思うよ? お疲れ様、タケル」

「ま、タケルにしては頑張ったんじゃないか? ナイスファイトだったぜ!」


 閉会式を終えて俺たちは帰路に就いていた。みんなは労ってくれるけど、俺からすれば反省点の多い試合だったと思っている。もっと強くならないとな、と思っているとやよいが「あ、そういえば」と思い出したように口を開いた。


「ロイドさんが貰った物って何だったんだろう?」


 やよいが言っているのは王様が一つだけ願いを叶えてくれる優勝者の特典のことだろう。その特典でロイドさんは表彰式の時に王様から細長い木箱を渡されていた。

 その中身は俺も知らないけど、渡された時のロイドさんは大事そうにその木箱を撫でて懐かしそうな顔をしていた気がする。


「何だろうな。俺も気になってたけど、教えてくれなかったんだよ」

「そうなんだ。でも王様に叶えて貰うほどの物なんだから、よっぽどいい物なのかな?」

「……金の延べ棒ブリオンか!」

「いや、ロイドさんはそんな欲深な人じゃないと思うよ?」


 色々と予想を言い合っているとふと路地裏に目が止まり、薄暗く狭いその路地裏に誰かが座り込んでいるのに気づいた。

 ボロボロの汚れたローブに、小柄な体格。目深に被ったフードから見え隠れする銀色の髪を見て、それが誰なのかすぐに分かった。


「あれって……」


 やよいもその姿に気づいたらしく、俺に目配せしてくる。その視線に頷きで答えてから路地裏に近づき、その人物に声をかけた。


「お前、こんなところでどうしたんだ?」


 俺の声に気づいたそいつはゆっくりと顔を上げる。路地裏にいたのは俺と試合をしたフードの少年だった。

 少年はぼんやりとした虚ろな目で俺を見つめたかと思うと、返事の代わりにグー、と大きな腹の虫を鳴らす。


「もしかして、腹減ってるのか?」


 少年は顔を俯かせると小さく頷く。仕方ない、とため息を吐いてからウォレスに声をかけた。


「なぁウォレス、悪いんだけど何か食い物を買ってきてくれないか?」

「あん? いきなりどうした……って、そいつたしかタケルと試合した子供か?」

「あぁ。どうやら腹減ってるらしくてな」

「オッケー! ちょっと待ってな!」


 そう言ってすぐにウォレスは屋台に向かっていった。こういう時にすぐに行動に移せるのがウォレスのいいところだよな。

 さて、と少年の方に目を向ける。少年は試合後と同じでローブはボロボロだし傷も治療していないのかそのままだった。もしかして、あれからずっとここにいたのか?

 何か事情がありそうだし、試合をした仲だからこのまま放っておくのも薄情だろう。少し話を聞いてみるか。


「お前、もしかして俺の試合が終わってからずっとここにいるのか?」


 少年はコクリと小さく頷く。マジでここにずっといたのか。

 そこで様子を見ていたやよいが少年の前でしゃがみ、目線を合わせながら声をかける。


「お父さんやお母さんは? 家はどこ?」


 その問いかけに少年はギュッと拳を握りしめ、何も答えようとしない少年にやよいは困ったように俺を見上げてくる。どうしたものかと気まずくなり後頭部を掻いていると、買い物を終えたウォレスが満面の笑顔で走ってきた。


「買ってきたぜ! いやぁ、めっちゃ混んでて中々買えなかった! でも屋台の中でもこれが一番美味そうだったからどうしても欲しくてな! しかも買う時にいい筋肉だったぜって褒めてくれてよ、安くしてくれたんだ! オレの活躍を見てくれてたらしいぜ!」


 ハッハッハ、と笑いながら話すウォレスのおかげで暗い雰囲気が一掃されたな。さすがはムードブレイカー。

 ウォレスは買ってきた肉の串焼きを少年に手渡すと、ハグハグと夢中になってかぶりついてた。よっぽど腹が減ってたんだな。

 少年は食べ終わると小さく「あり、がとう」と呟き、フードを取る。虚ろだった目には光が戻っていた。

 とりあえず話が出来そうな雰囲気になったので、本題に入るとしよう。


「で、どうしてここにいるんだ?」

「ちょっとタケル。その前に聞くことがあるでしょ」


 聞くことって、と首を傾げるとやよいは少年と目を合わせながら笑みを浮かべて問いかけた。


「キミの名前を教えてくれる?」


 なるほど、たしかに名前を知らなかったな。少年はやよいを見つめながら静かに、はっきりと、答えた。


「ーー実験体ナンバー398。それがぼくの名前」


 少年のあまりに衝撃的な言葉に俺たちは何も言わずに呆然としていた。

 実験体? ナンバー398? 頭の中で何回反復しても理解が追いつかない。

 笑顔だったやよいの顔は見る見るうちに青ざめていき、愕然としながら口を開いた。


「なに、それ……どういうこと?」

「名前を聞かれたから、答えた。みんなは、398って呼んでる」

「違う! そうじゃなくて、実験体って……」

「英雄アスカ・イチジョウと同じ音属性魔法使いを作り出す実験、<人造英雄計画>は人工的に作った音属性の<魔臓器>を移植させ、第二の英雄を造るもの。ぼくは、その実験体」


 少年は計画の説明をしながら、魔臓器の部分で頭をトントンと指さしていた。つまり魔臓器って言うのは頭に移植している、ってことなのか?

 やよいは頭を抱えて「意味分かんない……」とブツブツ呟いている。正直、俺も頭を抱えたくなった。ウォレスもさすがに険しい顔をしている。

 そんな中、真紅郎だけは顎に手を当てながら黙り込み、思考を巡らせていた。そして、パッと顔を上げると少年に問いかける。


「その計画は公表されてるの?」

「していない」

「じゃあキミはどうしてその計画のことを話したのかな?」

「聞かれたから」

「……そっか。じゃあもう一つ聞きたいんだけど」


 そこで言葉を切り、真紅郎はどこか確信を持っているような眼差しで少年を見つめながら言い放った。


「ーーその実験、誰が主導で行ってるの?」


 真紅郎の質問に少年は答えようと口を開こうとした瞬間、「見つけたぞ、398」と男性の声が遮った。

 路地裏の奥から聞こえたその声の主が、カツカツと靴音を鳴らしながら近づいてくる。線の細い、左目にモノクルを付けた白衣の男は少年を睨みながら鼻で笑った。


「いつまでも戻ってこないと思ったら、こんなところにいるとはな」

「あ、あの、誰ですか?」


 見慣れない白衣の男にやよいが声をかけると、男は今俺たちに気づいたのか訝しげに顔をしかめる。だけどすぐに思い至ったのかニヤリと口角を上げた。


「これはこれは、あなた方は純粋な音属性魔法の適正者にして勇者の皆様ではございませんか。どうやら私の可愛い実験体がお世話になったようですね」

「だ、だから誰なんですか?」

「いやいや、私のことなんて知る必要がありませんよ。ここで会ったのは何かの偶然。もう二度と会うことはないでしょうから。行くぞ、398」


 自分のことは一切説明せずに少年の腕を掴むと無理矢理立たせ、そしてそのまま連れ出して行った。俺たちはそれを止めることが出来ずにその背中を見ることしか出来ない。

 二人は人混みの中に消えていく。その向かっている先は……俺たちが帰る場所の方向だった。


「なぁ、真紅郎……まさかとは思うけどさ」


 さすがの俺も察して真紅郎に聞くと、真紅郎は黙ったまま静かに首を横に振る。


「分からない。でも……可能性は、あるかもね」


 真紅郎の言葉に俺は、俺たちは何も言えなかった。

 心の中に一つの不信感を残しつつ、俺たちは少年と男が向かったのと同じ方向……マーゼナル城に戻ることにした。

 


 

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