二十六曲目 『タケルVSリック』

「これより三戦目を執り行う! 両者、前へ!」


 閉じていた瞼を開き、ゆっくりと前を向く。

 正面に立つのは対戦相手、同じユニオンメンバーの……たしか、リックって名前だ。戦闘スタイルは魔法主体の後衛タイプだったはず。

 ローブ姿で背丈ほどある長い杖を持ち、魔法使いらしい格好をしたリックは俺を真っ直ぐ見つめて始まりの合図を待っている。


「ふぅぅ……」


 深く息を吐いて気持ちを落ち着かせてから魔装を展開して剣を握ると、リックは目を丸くさせて驚いていた。俺が魔装を持っていることを知らなかったのか。


「構え!」


 審判の声に我に返ったリックはクルリと杖を回し、左手を俺に向けた。

 それに対して俺は右足を前に出して半身になり、右手で持った剣の切っ先をリックに向けた。そして上体を少し低くしてすぐにでも動けるように膝を軽く曲げ、左腕を少し曲げて腰元に置く。

 この構え方が俺にとって一番動きやすく、剣が振りやすい自然な構えだ。

 睨み合う俺たちを見た審判は右手を挙げ、勢いよく振り下ろす。


「ーー始め!」

 

 始まりの合図と共に走り出す。相手は後衛タイプの魔法使い、今の距離だと狙い撃ちにされるだけだ。だから詠唱を終えるまでに少しでも距離を縮めないといけない。

 リックもそれは分かっているはずだ。その証拠に俺から離れるように素早く後退しながら呪文の詠唱を始めていた。


「『我放つは鬼神の一撃』ーー『フレイム・スフィア!』」


 左手から放たれた炎の塊が俺に向かって真っ直ぐ飛んでくる。ロイドさんなら剣で斬り伏せるだろうけど、俺にそこまでの技量はない。右に切り返して魔法の射線上から逃げながら前に進む。

 リックは向かってくる俺から逃げながら魔法を放ち、俺は避けながら前に突き進んでいく。接近戦をしたい俺と、接近戦をしたくない彼との追いかけっこになっていた。


「『フレイム・スフィア!』」


 追いかけている途中で放たれた炎の塊が腹部に直撃してしまった。炎の熱さと衝撃で顔をしかめながらたたらを踏んだ。


「……お、意外と痛くない」


 少しだけ痛みを感じたけど、思ったよりもダメージはなかった。防具服のおかげか。服には傷一つなく、焦げてもいない。さすが、ドラゴンの素材を使ってるだけのことはあるな。

 これなら少し位魔法が当たっても大丈夫そうだ。そのまま追いかけっこを再開させる。

 だけどこのままじゃ埒が明かない。本来なら相手の魔法に対して俺も魔法を使い、隙をついて近づくのがセオリーだろうけど……少なくとも初戦から音属性魔法を使う訳にはいかない。数少ない俺の切り札を簡単に披露するのはあまり得策とは言えないからな。

 もちろん、隠したまま負けたくないから、ピンチの時は使うけど……今はまだ、その時じゃない。

 だから魔法は使わず、今は剣術だけで勝負をすると決めていた。じゃあどうすれば相手に近づけるのか。


「やりようは、いくらでもあるさ」


 そう呟き、笑みを浮かべながら不意に足を止める。

 突然動きを止めた俺にリックは警戒している様子で、杖を握りしめながら俺の一挙手一投足を見逃さないよう睨みつけている。

 そんなリックに対して俺は左手を向け、指をクイックイッと折り曲げて「来いよ」と挑発する。さて、どう動く?

 

「この……ッ! 『我貫くは鬼神の長槍』ーー『フレイム・スピア!』」


 挑発に乗ったリックは槍状の炎を出現させると、左手を振り下ろして俺に向かって射出してきた。貫通力とスピードに優れた魔法だけど、攻撃範囲が狭いから避けるのは難しくない。

 だけど俺は、あえて避けない・・・・・・・

 野球のバッターみたいに剣を構え、タイミングを見計らって腰を回した綺麗なスイングで剣を振り回すと、真っ直ぐ飛んでくる炎の槍を捉えた。


「よいしょぉぉぉぉ!」


 そして、気合いと共に魔法をリックに向かって打ち返した。

 俺はロイドさんみたいに魔法を斬ることは出来ないけど、魔法に剣を当てることは出来る。だけど普通の武器だったら魔法にぶつかった瞬間、リックが放った火属性魔法ならその場で爆発して俺は炎に巻かれていた。

 しかし、俺が持っているのは魔装。魔装には……というよりその材料になっている魔鉱石には、ある特性があった。

 それは、魔力反射・・・・。魔法をぶつけると反射する特性を持っているからこそ、俺は今みたいにリックの魔法を打ち返すことが出来る。


「嘘だろ!? うわぁ!!」


 打ち返した魔法はリックの手前で地面にぶつかり、爆発する。打ち返したと同時に走り出していた俺は立ちこめる煙幕の中を突っ切り、一気にリックに近づいた。

 俺が待ち望んでいた接近戦だ。剣を右から横薙ぎに振ったけど、ギリギリで杖を盾にしたリックに防がれる。

 そのまま剣を縦、横、斜めにと振って息つく暇を与えないように攻撃を重ねていく。リックは苦々しそうに顔を歪めながら杖で防ぎ続けていた。


「このっ! 『我覆うは鬼神の護り』ーー『フレイム・サークル!』」

「やばっ!? くっ!」


 リックの魔法が発動する前に後退する。その瞬間、リックの周りを覆うように下から炎の壁が吹き上がった。

 間一髪避けることが出来たけど、かなり危なかったな。魔装は直射魔法は反射出来るけど、今みたいな範囲魔法を反射することは出来ない。

 攻防一体の魔法にどう立ち向かうか考える。


「……やるしかないか」


 手札を一枚切ることを決めた。ただ問題はあれをやるには少し時間がかかること、相手に隙を見せてしまうことが問題だ。

 それでも、あの魔法を打ち破るためにはやるしかない。覚悟を決めて、行動に移す。

 

「ーーせぇぇのぉぉ!!」


 怒声と共に剣で地面を思い切り叩きつける。何度も何度も叩きつけると砕けた地面から砂埃が巻き起こり、俺の姿を隠していく。


「ど、どこに行った!」


 砂埃で見えなくなった俺を探しているリックの声を聞きながら、俺は少しだけ場所を移動して準備を始める。

 姿勢を低くし、剣を左腰に持ってきて居合いのような構えを取り、目を閉じて集中しながら魔力を剣に込めていく。

 今求められているのは緻密な魔力操作。剣の上に魔力で出来た鞘を作るようなイメージで刃に魔力を覆っていくと、剣は真っ白な光を放ち始めた。

 これで準備は完了。後は近づくだけ。集中力を切らさないように深呼吸をしながらゆっくりと瞼を開いてリックを見据える。

 砂埃が晴れそうになっているのを確認してから、俺は居合いの体勢のまま走り出した。

 ただ真っ直ぐに、敵に向かって突き進む。まるで弾丸のように一直線に向かってくる俺を見つけたリックは慌ててフレイム・サークルを展開させた。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 そんなことお構いなしに炎の壁に向かっていく。気合一閃。右足を思い切り踏み出し、腰の回転と共に鞘から剣を抜き放つイメージで左から横薙ぎに剣を振った。


「ーーレイ・スラッシュ!!」


 ロイドさんが教えてくれた剣技、レイ・スラッシュ。武器に魔力を纏わせて攻撃する技……簡単に言えば魔法剣だ。

 武器に魔力を纏わせるのに集中力と緻密な魔力操作が必要なこの技はかなり難しく、戦闘中にそんな暇はないので実行しようとする人はいなかった。

 それを可能にし、必殺技にまで昇華させたのがロイドさんただ一人だ。

 ロイドさんは攻撃しながらでもレイ・スラッシュが使えるけど、さすがに俺はそこまで行き着いていない。使うには前動作が長く、隙だらけになってしまう弱点がある。

 だけど使えばまさに必殺。魔力により強化された一撃は、魔法だろうが強固な守りだろうが斬ることが出来る。


「ぐっ、あぁぁぁぁぁぁ!」


 俺が放ったレイ・スラッシュは炎の壁を斬り払い、防御の為に構えていた杖を斬り捨て、リックの体を捉えた。

 あまりの衝撃にリックの体は吹っ飛び、闘技場の壁に激突。衝突音が響き渡り、砂埃が舞う。砂埃が晴れると、リックは体をピクピクと震わせながら気絶していた。


「ーー勝者! タケル!」


 戦闘不能と判断した審判が俺の名前を叫ぶ。勝者が決まったことに観客は大歓声を上げて盛り上がっていた。


「ふぅ……なんとか勝てた」


 剣を指輪に戻して胸をなで下ろす。必死すぎて手加減出来なかったけど、担架で運ばれているリックは生きているようだ。

 本当ならレイ・スラッシュもまだ出す気はなかったけど、やっぱり実力者が集う魔闘大会。そう簡単には行かないな。

 ま、とりあえず勝ちは勝ちだ。観客席にいるやよいたちに目を向け、ガッツポーズを見せる。

 苦戦したけど、俺はどうにか二回戦目に上がることが出来たのだった。



 

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