二十七曲目『謎の少年VS兵士』

「あ、タケルおかえり。お疲れ様」


 試合を終え、観客席に戻ってきた俺をやよいが出迎える。真紅郎とウォレス、ロイドさんも俺に気づいて声をかけてくれた。


「お疲れ様、タケル。怪我はしてない?」

「おう、タケル! いい試合だったぜ! ま、オレの方がよかっただろうけどな!」

「お前はふざけすぎだっての。それからタケル、お前は強引すぎだ。どうして魔法を使わなかった……って、聞くのは野暮か」


 ロイドさんには俺の考えが分かっていたようだ。返事の代わりに苦笑いで答える。

 それより次の試合はたしか城の兵士と、あのフードを被った小柄な奴だったな。その前に俺の試合で壊れた舞台の修復作業があるようだけど……まさか、また現れるのか?


「あたし、もう見たくないんだけど」

「ボクも同感」

「俺もだ。まぁ、でもこの大会の恒例みたいだし、諦めようぜ……って、あれ? ウォレスはどこ行った?」


 ふと気づくとさっきまでいたウォレスがいなくなっていた。トイレか?

 ウォレスを探していると舞台の方で爆発音が聞こえた。出たか、またあの五人組。というかあの演出毎回やるのか?


「いよ! 待ってました!」 

「キャー! マッスルファイブ、こっち見てぇ!」

「ん? いや、待て。何かおかしいぞ?」

「一人多いぞ! 誰だあいつは!?」


 マッスルファイブの登場に盛り上がっていた観客だが、何か違和感に気づいて困惑している。どうかしたのか、と思って煙が上がっている舞台を見てみると……人影が六つになっていた。


「鍛冶屋の店主、ガジーオ!」

「大工の棟梁、セルゲイ!」

「魚屋の店長、ビガー!」

「酒場のマスター、ヘイザム!」

「ぬいぐるみ職人、ゼファー!」


 上半身裸で筋肉隆々のいかつい顔のおっさんたちが名乗りを上げていく。そしてマッスルファイブのはずなのに、そこにはもう一人いた。

 太陽の光にきらめく綺麗な金髪、空のように蒼い瞳。少したれ目で白人らしく彫りが深いイケメンと言っていい容姿をしたそいつは、他のおっさんたちと同じように上半身裸になり、鍛え抜かれた肉体を観衆の前に晒していた。

 そう、その男はーー俺たちがよく知っているバカだ。


「Realizeドラム担当、ウォレス!」


 マッスルファイブの中に何故か入っているウォレスは、ムキッと音を鳴らしながら筋肉を盛り上げさせる。

 他のおっさんたちも負けじとポーズをとって肉体を見せびらかしていた。

 睨み合うウォレスとマッスルファイブ。こっちにまで熱気が届きそうなほどの肉体美の応酬に、観客たちはごくりと唾を飲み込んだ。

 そして、六人は不意に動き出した。


「六人揃って……マッスルぅぅぅぅ! シックス!」


 六人のマッチョの後ろが爆発する。幻の六人目が出てきたことに観客は歓喜の叫び声を上げて盛り上がっていた。そう、この瞬間……ウォレスは認められたんだ。ここにいる全ての人が、認めたんだ。

 マッスルファイブに入るに値するーー肉体を持っていることを。


「……うわ、きも」


 どん引きしているやよいが呟いた。どことなく具合が悪そうに見える。


「筋肉って、例え世界が違っても通じ合うものなんだね。ぼく、しらなかったぁ」


 真紅郎は遠い目をしながら幼児退行していた。しっかりしろ、真紅郎。あんまり見ると脳味噌まで筋肉にされるぞ。

 舞台にいるウォレスはマッスルファイブたちと握手したり、ハイタッチしたり、筋肉を褒め合っている。何でそんなに馴染んでるんだ。

 そしてそのまま舞台の修復作業に入った。だから登場の時の演出の派手さとやっている地味な作業のギャップは何なんだ。どうにかしろよ。あとウォレス、お前も手伝うんかい。お前、選手だろ。色々とツッコミどころ満載すぎて頭が痛い。

 一時間ぐらいかけて舞台を直したマッスルファイブがのそのそと退場していく。せめて退場シーンにも何か演出しろよ。


「いやぁ、いい筋肉マッスルだったぜ! お、どうだったお前ら! オレの晴れ姿は!」


 ニッコニコでホクホク顔のウォレスが観客席に戻ってきた。周りの人たちはウォレスを指さしたり、手を振ったりしている。試合よりもマッスルファイブに入ったことの方が有名になるのかよ。


「おい、やよい! どうだった!?」 

「え? 誰ですか? ちょっと離れてくれませんか? 知り合いだと思われたくないんで」

「何故に他人の振り? あ、真紅郎! どうだったよオレの姿!」

「あ、うぉれすだぁ。あはははは、うぉれすがいるよぉ」

「何故に子供化? な、なぁタケル。オレ、よかっただろ?」

「とりあえず正座してろ」

「何故に正座!? 訳が分からねぇぞアイハブノーアイディア!」


 困惑しているウォレスに、静かに告げる。


正座しろシットダウン


 さて、と。何やかんやあったけどとりあえず修復作業も終わり、四戦目が始まろうとしていた。

 フードの奴と城の兵士が向かい合う。審判が二人の名前を言うが、フードの方は匿名希望と呼ばれていた。


「匿名希望? 名前、言われるの嫌なのかな?」

「もしくは名前を知られたくないのかもしれないね」

「……あの、タケル? もういいか? そろそろ足が痺れてきてるんだ」


 やよいと真紅郎がフードの奴のことを話していると、ロイドさんがジッと舞台を見つめながら呟いた。


「あいつ、結構強いな」

「あいつって、あのフードの?」

「あぁ。あの小柄な体型に騙されない方がいいな。タケル、次の相手はほぼ間違いなくあいつだ。戦ってる姿をよく見ておけ」

「ーーはい」

「タケル? タケルさぁん? 無視しないでくれよぉ。もしもーしハロー?」


 ロイドさんが言うからには、あいつはかなりの実力者なんだろう。緊張で流れてきた汗を拭い、試合に集中する……はぁ。


「ウォレス、うるさい。集中出来ないだろ」

「だってよぉ。オレ、何も悪いことしてないのに酷くねぇ? もう足の感覚ないぞ? 助けてくれヘルプミー

「あぁ、分かった分かった。もういいから普通に座れ」


 あんまりにもうるさいので仕方なく正座をやめさせると、ウォレスは喜んで観客席に座って痛そうに足をさすっていた。


「助かったぜ。ん? 何だあいつ。めっちゃ小さくね? 真紅郎ぐらいしかねぇじゃん」

「見た目に騙されるなってロイドさんが言ってたよ? あとボクを引き合いに出さなくてもいいよね?」

「ふぅん、見た目にねぇ。子供に見えて本当は大人とかか? もしくは真紅郎みたいに男に見える女、ってことか?」

「ウォレス?」

「ハッハッハ! 冗談だってのイッツジョーク!」

「正座して」

「……え? だ、だからジョークだって。そんな怒るなよ」

正座シットダウン


 静かにウォレスは正座する。やっぱりバカだなあいつ。

 おっと。そんなことより試合に集中しよう。審判は右手を振り上げ、試合開始の合図を叫ぶ。


「試合、開始!」


 先手を取ったのは兵士だ。兵士は剣を振りかぶって攻撃するが軽やかに避けられ、その後も何度も剣を振ってもステップを踏みながら避けられていた。


「凄い、踊ってるみたい」


 やよいの言った通り、それはまるで踊りのようだ。ヒラヒラと闘牛士が躱すように舞い、兵士の攻撃は一撃も当たっていない。

 だけどフードの奴はまだ一度も攻撃していない。そこでふと気づいた。あいつは手に何も持っていない。


「無手、か」


 試合を見ていたロイドさんが顎に手を当てながら口を開く。無手、ってことはあいつは武道家なのか。武器を持つのが一般的なこの世界で武道家はかなり珍しいだろう。少なくとも俺は見たことがない。

 だけどあんな小柄な体格で、一回り以上も大きい兵士に通用するのか?


「いや、見た目で判断しちゃいけないか」


 ロイドさんに言われたことを思い出して改めて試合をよく観察すると、ずっと避け続けていたフードの奴が動き出した。

 避けるためにやっていたステップを攻撃に転換させる。一足跳びで兵士の懐に入り、右拳を握りしめた。

 右足を思い切り踏み込むと、地面にヒビが入る。そのまま腰を半回転させ、強く握りしめていた右拳を突き出した。

 兵士はとっさに動き、拳を剣で防ぐ。ぶつかり合った拳と剣。普通なら拳は剣に阻まれたままそこで終わっていたはずだ。

 そう、普通・・なら。

 驚くことに拳はそのまま剣を砕き、兵士の鎧に突き刺さる。それでも止まらずに鎧までも砕き、その下の腹部にめり込んだ。


「ごふっ!?」


 メキメキと骨が砕ける音と共に体を突き抜かんとばかりに打ち込まれた拳に、兵士の口から血が吹き出す。そして、フードの奴は拳をそのまま振り抜いた。

 体重差があるはずの兵士の体は弾かれたように勢いよく吹き飛び、闘技場の壁に激突。砂埃が晴れた後には兵士は白目を剥いて気絶していた。あの怪我は明らかにマズい。命にかかわるほどの重傷のはずだ。


信じられねぇアンビリーバボー……」


 今の光景を目にしたウォレスが口をぽかんと開けながら呟く。あんな小柄であれだけのパワーがあるなんて、普通なら考えられない。

 タネがあるとするなら、多分魔法によるものだと思うけど……何の魔法なのかは見当がつかなかった。


「ロイドさん、どう思いますか?」


 担架で運ばれていく兵士を見ながらロイドさんに問いかける。ロイドさんは喜ぶ様子もなく静かに舞台から立ち去っていくフードの奴を見つめたまま口を開いた。


「魔法、だろうな。だが俺もよく分からん。魔法を使った様子は見られなかったからな」


 ロイドさんでも分からない、か。ゴクリと唾を飲み込み、フードの奴の背中を見つめる。


「あれが、次の俺の相手か……」


 何もかも謎だらけだけど、唯一分かったのはあいつはかなりの実力者だということだけ。そんな奴が次の試合の相手だという現実に、ブルッと体が震えた。

 それが恐怖なのか、武者震いなのかは……俺にも分からなかった。

 次の試合、どうなるのか。そんな不安を抱えながら四戦目は終わりを告げた。

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