十七曲目『ディナー』

 俺とリリアが城に戻ると空は夕暮れ色に染まり、もうすぐ夜になろうとしていた。部屋でやよいたちが戻ってくるのを待っていると、やよいたちはボロボロな姿で帰ってくる。

 俺が出迎えると、やよいはムスッとした表情でそっぽを向いた。まだ怒ってるのかよ。


「えっと、おかえりみんな」

「……どこかで薄情者の声が聞こえる」

「薄情者って……そんなに怒るなよ、やよい」

「別に、怒ってないし。で? 姫様とのデートは楽しかった?」


 ジロッとやよいは俺を睨んで聞いてくる。楽しかったか、と言われればまぁ楽しかったけど、それを言ったらもっと怒りそうだな。

 あたしたちが修行している時にいいご身分ですね、とか言いそう。

 どう答えたものかと困っていると、真紅郎が助け船を出してくれた。


「まぁまぁ、やよい。タケル、何か用があってボクたちを出迎えてくれたんじゃないの?」

「あぁ、王様から一緒に食事しないかって誘われたんだよ。俺だけじゃなくて、全員に」

「おぉ! そいつはいいな! 豪華な夕食ディナーになりそうじゃねぇか!」


 ウォレスは嬉しそうにはしゃいでいる。やよいはまだ不機嫌そうだけど、豪華な夕食という言葉にちょっとだけ機嫌を直していた。

 真紅郎にこっそりお礼を言いつつ、俺たちは夕食の時間まで部屋で待つことにした。


「皆様、ご夕食の準備が整いました。どうぞ、こちらに」


 部屋のドアをノックして現れたのはカレンさんだった。俺たちはカレンさんに案内された場所は、豪華なインテリアが並び、真っ白なテーブルクロスが敷かれた長いテーブルが中央に置かれた食堂。

 そのテーブルの先、上座の席に座っていた王様は俺たちに気づくと声をかけてきた。


「よく来たな、勇者たちよ」

「お招き頂き光栄です、王様」

「そんなに肩肘張らなくてもよい。今晩は私が誘ったんだ、楽にしていいぞ」


 真紅郎がかしこまった口調で答えると、王様は笑いながらそう言ってくれた。

 すると俺たちの後に現れたリリアは、王様の近くに腰掛けると俺に微笑む。


「タケル様、今日はありがとうございました。とても楽しい時間でしたわ」

「いや、俺からもありがとうな」

「……なんか、凄く仲良くなってない?」


 俺とリリアの話を聞いていたやよいがボソッと呟く。そして背中に突き刺すような視線を感じた。今はやよいの方を見ない方がいいな、と気にしないようにしているとリリアは自分の隣の席に手を向ける。


「さぁタケル様、こちらにどうぞ」

「……タケル」


 自分の隣に座るように誘ってくるリリア、俺の名前を呟いてジッと俺を睨むやよい。これはどうしたらいいんだ、と真紅郎に視線を向けて助けを求める。だけど、真紅郎はサッと目を反らした。

 どうしよう、と藁にも縋る思いでウォレスの方に顔を向けると、さっきまで隣にいたウォレスの姿がない。どこに行ったのかと探すと、すぐに見つけられた。


「よっこらしょっと。いやぁ、今日の修行も大変だったぜ! ん? どうしたんだお前ら、座らねぇのか?」


 気づけばウォレスは我先に席に着いていた。しかも、そこはリリアの隣の席だった。リリアは笑顔のまま固まり、やよいは何故かウォレスに向かって親指を立てていた。


「ん? 何だこの空気? オレ、何かしたのか?」


 変な空気を感じたのか戸惑っているウォレスの肩をポンっと叩く。

 大丈夫だウォレス。俺はお前の空気の読めなさに救われたんだ。ありがとう、と心の中でお礼を言ってからウォレスの隣に座る。

 俺の隣にやよい、真紅郎の順に座るとメイドさんたちが俺たちの前に食事を置き始めた。


「うぉ……すげぇ」


 思わず感嘆の声が漏れ出した。

 真っ白な皿に盛られた色とりどりの野菜はまるで一つの芸術作品のように綺麗に盛りつけられていた。

 王様とリリアが口を付けたのを確認してから俺もナイフとフォークを使って料理を口に運ぶ。新鮮な野菜の瑞々しさと、かけられているソースのほどよい酸味が口の中に広がっていく。

 美味い。野菜だけでこんなに感動したのは初めてだった。俺だけじゃなく、やよいたちも感動している様子だ。


「おいしい……これ、トマトかな?」

「こっちだと違う名前らしいけどね。でも、多分トマトだよ」

「ハッハッハ! こいつは美味いヤミーだぜ!」


 そんなことを話しながらあっという間に前菜を食べ終わり、次々と料理が運ばれていく。

 スープ、魚料理と食べ進め、メインディッシュの肉料理になった途端、ウォレスが悔しそうに顔をしかめていた。


「ちくしょう……こんな美味い肉、ご飯と一緒じゃないのが残念トゥバッドだ」

「たしかにそうだけど、アメリカ人のお前がそれを言うのか?」

「オレは生まれも育ちもアメリカだが、ソウルは日本人だぜ! サムライ、ニンジャ、時代劇、日本食を愛してる!」


 それってただの日本オタクなだけじゃないか、と思ったけど口にはしないでおこう。それに、ウォレスが言っていることは俺も同意見だ。

 歯がいらないほど柔らかい肉と、溢れ出る肉汁。甘さの中にピリッとした香辛料が肉の旨味を引き出しているこの料理は、白米と一緒に食べたくなる。

 ウォレスは肉を口に運び、噛みしめるように味わいながら遠くを見て呟いた。


「はぁ、白米が恋しいぜ。どんぶりご飯の上にこの肉を乗せて、箸でかきこみたい……」

「はし、とは何ですか?」


 ウォレスがアメリカ人らしくないことを言っていると、箸という聞き慣れない単語にリリアが首を傾げる。異世界の住人には普通分からないよな。


「箸って言うのは俺たちの世界の食事に使う道具のことだよ」


 俺が魔装の収納機能で箸を出してリリアに説明しようとすると、王様はおもむろに懐から何かを取り出した。


「これのことだろう?」


 王様が手に持っていた物は、間違いなく箸だった。

 凝った模様の意匠が施された、木で出来た箸。その箸は、ロイドさんが持っている物と同じような形をしていた。


「え? 王様も箸を持ってるんですか?」

「まぁな。と言っても、あまり使いこなせないが……」


 王様はたどたどしい箸使いで肉を掴み、指を振るわせながら何とか口に運んでいた。たしかに使いこなせていないな。ロイドさんが持っている箸よりも全然使われてないのか綺麗だし。

 それにしても、どうして王様も箸を持ってるんだ?


「王様。それってロイドさんが持ってるのと同じ物ですよね?」

「む。あぁ、そうだな……そうか、まだ持っていたのか」

「誰かから貰ったんですか?」


 俺の問いかけに王様は箸をジッと見つめながら、小さな声で答えた。


「ーー古い知人から貰った物だ」


 そう言って王様はそれ以上何も言わなかった。そして、箸を布で拭き取ってから懐にしまい込み、食事を続けていた。

 あまり聞かない方がいいのかもしれない。そう感じた俺も食事を続ける。

 最後のデザートに舌鼓を打ちつつ、俺たちは王様とリリアとの食事を終えた。

 

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