十八曲目『レイ・スラッシュ』
「あぁ、ケツ痛ぇ……」
ガタガタと揺れる竜車の中で呟く。異世界に来てからある程度経ったけど、どうにもこの竜車には慣れずにいた。
時々車輪が出っ張っている石を踏んで竜車が跳ねる時があり、それが非常にケツが痛くなる。せめて舗装してくれないかな。
そんなことを思っていると竜車を引くリドラの手綱を握っていたアシッドが声をかけてきた。
「そろそろ着くよぉ」
「あたし、この後戦える気がしないんだけど」
「ウェェ……」
竜車に辟易としているやよいはため息交じりに呟き、ウォレスは乗り物酔いで死にそうになっていた。こんなんで大丈夫か、と心配になっていると真紅郎はアシッドに声をかける。
「今日狩るのはスライムなんだよね?」
「そうだよぉ。今のキミたちなら大丈夫じゃないかなぁ……知らないけど」
「知らないのかよ」
思わずツッコむとアシッドはケラケラと笑う。
「大丈夫大丈夫。スライムってそんな強いモンスターじゃないからねぇ。面倒だけど。ま、油断しない限りは大丈夫さぁ」
「ならいいけどさ……」
今日はロイドさんからの命令でスライム討伐をしに来ていた。その付き添いとしてアシッドが来たけど、そんなに強くないならアシッドの力を借りなくてもよさそうだな。
まぁ、快く手を貸してくれるとは思えないけど。アシッドだし。
そうこうしている内に目的地、前に魔鉱石を探しに来た鉱山の麓にある森にたどり着いた。
「この森の中にスライムが大量発生してるらしくてねぇ。あんまりにも多いと面倒臭いから頑張っていっぱい討伐してねぇ」
「ちょ、ちょっと
吐きそうになっているウォレスが復活するのを待つ間、スライムについて勉強したことを思い出す。
スライムは俺たちの世界だとゲームによく出てくる雑魚キャラだ。だけどこの異世界ではその認識は間違っている。
まずスライムは物理攻撃が効き辛い。一般的には魔法で倒すと楽らしいけど、あいにくと音属性魔法にはある問題があるので俺たちにはその方法が出来ない。
しかもスライムは動きが鈍いけど飲み込まれたら鉄などの金属ですら短時間で溶かすそうだ。つまり、無防備で飲まれたらあっという間に骨も残らない。
ならどうすれば倒せるのか。それはロイドさんにしっかりと教わった。
「じゃあ森の中に……と、早速いたねぇ」
アシッドが先導しようとすると、森に入る前にスライムが現れた。緑色をした粘液状の体。その中に一つだけある黒くて丸い核のような物が体の中を右往左往している。
ゆっくりと地面を這っていたスライムは、その核をギョロッと俺たちの方に向けてきた。どうやら気づかれたらしい。
すぐに俺たちは魔装を展開し、構える。対してスライムはうねうねと体をくねらせていた。多分、あれがスライムの戦闘態勢なんだろう。
「俺は見てるから頑張ってねぇ」
アシッドは俺たちから離れると木を背にして怠そうに欠伸をしていた。最初から手伝って貰うつもりじゃなかったけど、あんまりにもやる気のない姿を見るとちょっとイラッとくるな。
って、アシッドに気を取られてる場合じゃないな。
「まずは俺から攻撃してみる。もしもの時は、頼む」
みんなにそう言ってから一歩前に出る。剣を構え、切っ先をスライムに向けながら静かに呼吸を整える。
出方を窺っているとスライムはプルプルと体を震わせ、一気に跳躍した。粘液状の体を広げ、俺を補食しようと飛びかかってくる。ちょっと驚いたけど、すぐに落ち着きを取り戻してある一点に集中。
「ーーフッ!」
短く息を吐き、剣をスライムに向けて突き刺す。切っ先は狙い通りスライムの体ーー動き回る核を捉えた。
確かな手応えを感じ、すぐに剣を引き抜くとスライムは力なく地面に落下。空気が抜ける音と共に粘液が消え、最後には貫かれた核だけが残っていた。
「……ふぅ、上手くいった」
剣にこびり付いていた粘液を振り払い、ホッと胸を撫で下ろす。ロイドさんが教えてくれたスライムの倒し方。それはスライムの核を突き刺すことだった。
スライムの核は体中を動き回り、狙いが定まりにくい。しかも普通に斬ってもすぐに再生してしまうから、一点に集中して突き刺さないと意味がない。
それだけでも難しいのに、倒したらすぐに粘液を払わないと武器が溶けるというおまけ付きだ。アシッドが言っていた通り、そこまで強くはないけど、面倒臭いモンスターだな。
「これ結構難しいぞ」
「うぇ……オレ、こういう
「突き刺さないと倒せないって、あたし斧なんだけど」
「これはボクとタケルが主体となって戦うしかないね。ウォレスは出来るだけやってみて。やよいは索敵メインかな?」
真紅郎の作戦でやるしかないな。ウォレスは性格上難しそうだし、やよいは武器が武器だからスライム相手には厳しいしな。
一匹目を倒し、森の中に入るとスライムがウジャウジャいた。あまりの多さにゲンナリしながらスライムを討伐していく。
俺はさっきと同じように剣で突き刺し、真紅郎はベースのネックから魔力弾を射出して殲滅させていく。ウォレスはイライラしながらスライムを攻撃してるけど……ほとんど倒せてない。
そして、やよいはと言うと。
「ねぇアシッド。どっかオススメの店ってない?」
「そうだねぇ。あ、そう言えば新しく服屋が出来たらしいよぉ」
「え、マジ? 今度行ってみよ」
アシッドと談笑していた……少しは働け!
心の中でやよいに怒鳴りつつ、スライムを狩り続けること二時間。見た感じスライムの姿はない。どうやら大体は討伐出来たな。
「あぁ……疲れたぁ」
額から流れる汗を拭いながら地面に座り込む。ずっと核を狙って集中したせいか、他のモンスターと戦うよりも精神的な疲労感が強かった。
疲弊している俺にやよいは近づき、声をかけてきた。
「お疲れ、タケル。はぁ、疲れた」
「……やよい、今回の報酬の分け前なしだからな」
「えぇ! あたしもスライム探したり色々やってたじゃん!」
やってたな。途中からはサボってたけど。
ブーブー言っているやよいに呆れつつ、地面に転がっている核を指さした。
「分け前が欲しかったら落ちてる核を全部拾えよ?」
「うっ……分かった」
自分でも働いてなかったと自覚しているのか、文句を言いながらも核を拾い始めるやよい。拾い終わるまで休憩しておこう。
ふぅ、と一息吐きながら空を見上げる。鬱蒼とした木々の隙間から見える空は青く、風が穏やかなのか雲の動きがゆっくりだった。
目を閉じると鳥の鳴き声や風で揺れる草木の音が聞こえてくる。
「ーーん?」
そこでふと、鳥の鳴き声がいきなり騒がしくなったことに気付く。その後に何かが倒れる音と、地面が少し揺れたのを感じた。
何か、おかしい。
「アシッド」
「……うん、よく気付けたねぇ。全員、すぐに走れる準備をしといてねぇ」
違和感を感じてアシッドに声をかけると、アシッドも何かを察知したのか警戒態勢になっていた。
アシッドの呼びかけに俺たちは周りを警戒する。耳を澄ませると遠くの方から何かが近づいてくる足音、そして振動が強くなっている。
他にも木が倒れる音、逃げ惑う鳥の鳴き声、そしてーー獣の雄叫びが聞こえてきた。
「ーー来るよぉ」
アシッドの警告と同時に、それは現れた。
木を薙ぎ倒す長い尻尾。地面を力強く踏みしめる太い四本の足。ギョロリとした黄色い眼と縦に細長い瞳孔。象ぐらいはある大きな深緑の体と、その体を守るように焦げ茶色の堅そうな鱗を鎧のように身に纏っていることから、そのモンスターはこう呼ばれていた。
「あ、アーマーリザード!?」
アーマーリザード。その名の通り、アーマーのように発達した焦げ茶色の鱗は剣だけでなく魔法ですら弾くほどの堅牢さを誇っているモンスターだ。
アーマーリザードは血走った目で俺たちを睨むと、雄叫びと共に突っ込んできた。
「ーー退避!」
アシッドの呼びかけを聞いて俺たちは逃げ出した。アーマーリザードは木々を薙ぎ倒しながら俺たちを追いかけてくる。
「アーマーリザードって基本的に大人しいモンスターじゃなかったっけ!?」
走りながら思わず叫ぶ。俺が知っているアーマーリザードは敵対しない限り基本的に大人しいモンスターのはずだ。だけど、そんなの嘘だと思うほどに凶暴になっている。
アシッドは困ったように笑いながら俺の疑問に答えた。
「そうなんだよねぇ。やっぱり最近、モンスターの動きが活発になってるねぇ。いや、活発っていうより……凶暴化?」
「逃げながら分析しないでくれる!?」
「まぁ、俺にはどうでもいいかぁ」
「諦めるの早いな!?」
というかツッコんでる場合じゃない!
もう少しでアーマーリザードに追いつかれそうだ。このままだとやられる!
「アシッド! あれどうにかして!」
やよいの必死な嘆願にアシッドは少し考えてから、ニッと笑みを浮かべた。
「大丈夫。多分、もう少しで来るはずだからねぇ」
「来るって、誰が!?」
「それは勿論ーー」
アシッドは走りながら前を指さす。すると、そこには一人の男が立っていた。
「めっちゃ強い人、だよぉ」
その人は剣を構え、俺たちに向かって走り出す。剣身が眩く光を放ち、光の尾を引きながら風のように俺たちとすれ違ったその人は、アーマーリザードに向かって剣を振るう。
「ーーレイ・スラッシュ」
静かに発せられた言葉と共に、横薙ぎに振るった剣がアーマーリザードにぶつかった。その瞬間、眩く輝いていた剣身が激しく発光し、斬撃が放たれる。
光を纏った斬撃はアーマーリザードどころか周りの木々までも広範囲に斬り裂き、横一文字に斬られたアーマーリザードは地面を揺らしながら倒れ伏した。
「ふぅ、手間かけさせやがって。で、お前らはこんなところで何をしてるんだ?」
アーマーリザードを一撃で討伐した男は、ロイドさんだった。
ロイドさんは剣を振ってから鞘に納め、俺たちを見て首を傾げている。
「俺たちはスライムの討伐しに……てか、ロイドさんもこんなところで何をしてるんですか?」
「仕事だよ。アーマーリザードが暴れてるからどうにかして欲しいって依頼があってな。討伐出来そうなユニオンメンバーが出払ってるから、代わりに俺が出張ったんだよ」
なるほどね。ロイドさんがここにいる理由は分かったけど、それよりも一番気になっていることがあった。
「ロイドさん。あの技って何ですか?」
「技? あぁ、レイ・スラッシュのことか?」
肯定するように頷くとロイドさんは顎に手を当てながら俺をジッと見つめ、そしてニヤリと笑った。なんか、嫌な予感がする。
「そうかそうか、そんなに気になるか」
「あ、いや、別にそんな……」
「クックック、そう言うなって。あれは俺の必殺技みたいなもんだ。かっこよかっただろ?」
「ま、まぁそうですね」
「じゃあ決まりだ。明日からレイ・スラッシュをお前に教えてやるよ」
あ、これ絶対修行がキツくなる奴だ。どうにか断ろうとしたけど、俺が口を開く前にロイドさんに肩を掴まれる。
「ちょいとばかし難易度は高いけどよ。まぁ、死ぬ気でやりゃあ出来るだろ。それにお前だからこそ、この技を拾得して欲しいしな」
俺だからこそ、ってどういう意味だろう?
いや、そんなことより死ぬ気になればって、そんなになるまで覚えたいと思わな……いだだだだ!?
思考が読まれたのか肩を掴む手の力が強くなっていき、ギリギリと筋肉が悲鳴を上げていた。
「やるよな?」
これ、強制じゃん。断れないじゃん。
「…………はい」
力なく頷くしか出来なかった。
結局、強制的にレイ・スラッシュの修行が追加され、厳しさが増すことになりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます