十六曲目『デート』
「タケル様。明日、私と一緒にお買い物に付き合って頂けませんか?」
そのお誘いはロイドさんとの地獄の修行を終え、城に帰ってきてすぐのことだった。
目の前に立つマーゼナル王国の第一王女、リリア様は誰もが魅了されるだろう慈愛に満ちた笑顔で俺の答えを待っている。だけど俺は突然のことで呆気に取られていた。
俺が何も言わないことに不安を覚えたのか、リリア様はしょんぼりとした表情を浮かべる。
「もしかして……ダメでしたか?」
「あ、いや、別にダメって訳じゃないんですけど……」
「でしたら決まりですわね! 朝食後にお迎えに上がりますので、お待ち下さい」
リリア様はしょんぼりとした顔から一変して花が咲いたような笑顔で喜ぶと、縦ロールにしている髪を弾ませながらすぐに去っていく。とんとん拍子に決まり、俺が口を出す暇がなかった。
呼び止めることも出来ずにポカンとしていると、後ろにいたやよいがゴホンと咳払いする。
「よかったねタケル、デートじゃん。モテモテだね」
「……なんか、怒ってないか?」
「はぁ? 怒ってないし。どうしてあたしが怒らなきゃいけないの? 意味分かんないんだけど?」
やっぱり怒ってんじゃん。
何故かやよいは不機嫌そうに眉間にしわを寄せながら早口でまくし立ててくる。
なんでそんなに怒ってるのか分からずに首を傾げていると、話を聞いていた真紅郎とウォレスがやよいの肩をポンと叩いた。
「まぁまぁ。やよい、ちょっと落ち着いて」
「そうそう。そんな
話の途中でいきなりやよいはウォレスにボディーブローを食らわせる。ガックリと膝から崩れ落ちるウォレスをやよいは鋭い眼光で見下ろしていた。
「嫉妬してない。ただあたしたちがキツい修行している時にのんきに遊ぼうとしているタケルが気に入らないだけ。こっちは遊びに行く余裕もないってのに……ムカつく。タケルのくせに生意気」
「ごふぅ……な、ナイスブロー……せ、世界狙えるぜ」
腹を抱えながら何か言ってるウォレスを無視してやよいはプイッと顔を背ける。俺のくせに生意気ってなんだよ。
そもそも俺から誘った訳じゃないし、オッケーしたつもりもないんだけどなぁ。
どうしたものかと頬を掻いて困っていると、真紅郎はやよいを宥めながら口を開いた。
「断るのも失礼になるからタケルは大人しくデートに行くといいよ。ボクたちは今度タケル抜きで買い物に行くからさ」
「え? 俺抜きかよ」
「まぁ、だって……そうでもしないと、やよいの機嫌は直らないと思うよ?」
最後の部分はやよいに聞こえないようにこっそりと真紅郎は話す。たしかに、今のやよいには何を言っても機嫌を直そうとしないだろうからな。仲間外れにされてちょっと悲しいけど、仕方ないか。
真紅郎の提案にやよいは小さく頷くと、俺をチラッと見てからすぐに「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。そしてそのまま早歩きで部屋に戻っていった。
痛そうに腹をさすっているウォレスに肩を貸している真紅郎の背中を見ながら、俺は明日のリリア様との買い物のことを考えて深くため息を吐いた。
なんか、嫌な予感がするんだよなぁ。そう思いながら部屋に戻り、一日を終える。
その嫌な予感は、見事に的中したのだった。
「さぁタケル様! 行きましょう!」
次の日になり、朝食を食べ終わったあと。リリア様は気合い十分な様子で俺の前に現れた。
いつものお姫様らしいドレス姿ではなく、住民にバレないようにするためなのか町娘のような地味な格好をしていた。それは別にいい。だけど、それ以外が問題だ。
目元を隠すための瓶底メガネ。鼻の下にはダンディーな付けひげ。これは変装のつもりなのか、それともウケ狙い……?
「変装も完璧に行いましたし、誰も私だとは思わないでしょう!」
マジで変装のつもりだったのか。思わず額に手をやりため息を吐きながら呆れる。
「あの、リリア様? それだとすぐにバレますし、普通に変な人ですよ?」
「え!? これではダメなのですか!?」
いや、むしろどうしてそれで完璧だと思ったのか。
思いの外世間知らずなリリア様にまたため息を吐く。これは今日の買い物はかなり不安だ。
「……とりあえず、やり直しで」
「むぅ、そうですか。でしたら着替えて参りますわ」
どうしてダメなのかと首を傾げながら着替えに行くリリア様に三度目のため息を漏らす。今日一日で何回ため息を吐くことになるのか。これなら修行をしていた方がよかったかもな。地獄だけど。
再び現れたリリア様は地味なローブを身に纏い、フードを目深に被って口元にはマフラーのようなものを巻いていた。これなら大丈夫そうだな。
気を取り直して俺とリリア様は二人で城下町に向かうと、煉瓦造りの中世ヨーロッパ風の建物が並んだ大通りには人で溢れていた。住民が行き交い、活気に溢れている大通りを見たリリア様は目を丸くして驚く。
「城下町はこんなにも賑やかなのですね」
「え? リリア様は城下町に出たことがないんですか?」
「今は様はいりませんわ。リリア、とお呼び下さい。あと、敬語も禁止ですわ」
リリア様……リリアはそう言うとプクッと頬を膨らませる。そして、ぼんやりと住民たちを眺めながら口を開いた。
「私はお父様に城から出ることを禁じられていますわ。だから部屋の窓から城下町を眺めるだけで、城下町に出たことがないんです」
儚げな笑みを浮かべながらリリアは言う。リリアはこの王国の第一王女。王様にとってたった一人の娘だ。だからこそ、危険がないように城に閉じこめてるんだろうな。
王様の心配も分かるけど……なんか、可哀想だ。
「って、あれ? じゃあ今日は王様に内緒ってこと?」
そんな過保護な王様が今日のことを許してくれるとは思わない。そう思って聞いてみると、リリアはフフッと小さく笑みをこぼした。
「いいえ、今日は特別にお許しが出ましたわ。勇者たるタケル様がいれば、大丈夫だろうって」
それはまた、過剰なまでの信頼だ。責任重大だな。
万が一のことがないように注意しておこうと心に決めていると、リリアは俺の手を握ってくる。
「さぁ、行きましょう!」
そしてそのまま俺の手を引いて雑踏の中に飛び込んでいった。こうしていると、王女様じゃなくて本当に普通の女の子なんだな。
いつもよりテンションの高いリリアを見て思わず吹き出しながら、俺はリリアと一緒に城下町を歩く。
リリアは気になったことがあったらすぐに指さし、俺に色々と質問してくる。
「タケル様! あれは何でしょう?」
「あれは果物屋みたいだな」
「へぇ……私、普段は切り分けられた果物しか見たことがありませんでしたわ。元々はあのような形をしてるのですね」
次に宝石店を見つけると、リリアは目を輝かせて宝石を眺める。
「綺麗……あの宝石いいですわ! 値段は……安いですわね」
「……リリア、あれを安いって言うのはおかしいぞ。ゼロが見たことない数あるんだけど」
時々リリアは世間一般的な感性とズレていることを言っている。王女様だからなのか、世間知らずなだけなのか。
そんなことを思いながら一時間ぐらい歩き回った頃、城下町の中央部にある広場で少し休憩することにした。
広場に置いてあるベンチに座った俺とリリアは足を休めながら取り留めのない話をする。
「ふぅ。少し疲れましたけど、楽しいですわ。やっぱりたまには外に出ないといけませんね」
「だからって一人で出歩くなよ? 危ないし」
「分かってますわ。そんなにお転婆じゃありませわよ?」
店を見て回りながら色々話していた俺たちは、冗談を言い合えるぐらいにまで仲良くなっていた。話してみるとリリアは俺の想像していた王女様、って感じじゃなくて本当に普通の女の子だった。ちょっと世間知らずなところがあるけど。
「それにしても王様って人気があるんだな」
歩いている時に色んな人が口々に「王様のおかげで……」とか「偉大な人だよな」と王様を讃えているのを聞いたことを思い出す。まぁ、人気があるのは分かる気がするな。身分が違う俺たちに対して色々してくれるし、話しやすいし。
「お父様のことを褒められると、私も嬉しいですわ」
そのことをリリアに話すとまるで自分のことのように嬉しそうに笑みを浮かべる。それからも色々と話をしていると、リリアは串焼きを片手に歩いている人を見て、驚いていた。
「歩きながら食事するなんて……行儀が悪いですわ」
「串焼きのこと? あれはああいうもんなんだよ。食べてみる?」
「え!? ええと……でしたら、一本だけ」
最初は戸惑っていたけど、一口串焼きを食べるとすぐに花が咲いたように笑顔になって一心不乱にかぶりついている。こういうところは年相応だなと和んでいると、ふとある場所に目が留まる。
「あれ、何やってるんだろ?」
広めの空き地で屈強な男たちが木で出来たヤグラのような物を作っていた。
すると、串焼きを頬張っていたリリアが俺の独り言に答える。
「あれはおそらく、魔闘大会の準備かと思いますわ」
「まとうたいかい?」
聞き慣れない単語をオウム返しをすると、リリアはある方向を指さす。
「あっちに闘技場があるのですが、そこで開かれる大会のことですわ。実力者たちが集められ、自慢の魔法や武技を披露し、しのぎを削り合う……この国で一番人気がある催し事なんですよ」
要するに魔法ありの武道大会か。ちょっと物騒な気もするけど、まぁイベントになってるぐらいだから安全には考慮されてるか。
「たまに死人も出ますけどね」
「考慮されてねぇのかよ……」
フフッ、と笑いながら言うリリア。異世界の人には普通のことなのか? そういうところはどうにも慣れないな。
一頻り笑ったリリアは「あ、そういえば」と何かを思い出して話を続ける。
「優勝者にはある特典があるんですよ?」
「特典ってどんな?」
「フフッ、それは内緒ですわ」
口元の近くで人差し指を立てながら可愛らしく笑うリリア。内緒と言われるとどうにも気になるな。それだけ大きな催し事だったら、豪華な特典がありそうだ。
「気になるなら大会に出てみてはいかがですか?」
「……死人が出るような大会には出たくないな」
「出ると言っても三年に一人ぐらいですよ?」
「それを聞いてどう安心しろと?」
ますます出る気が失せていると、リリアは頬を膨らませてむくれる。
「むぅ。私、タケル様のかっこよく活躍している姿をこの目で見てみたいです」
「かっこよくって……そうは言ってもな。俺なんかが出てもすぐに負けて終わると思うぞ?」
「そんなことはありませんわ。タケル様はいつも修行を頑張っていますし、きっと優勝出来るはずですわ」
買い被りすぎな気がするけど、ここまで言われるとさすがに照れるな。
照れ隠しに頬を掻きながら視線を逸らすと、目の前で一人の少年がつまずいて転び、大泣きし始めた。
俺は咄嗟に地面に倒れたまま泣いている少年に近づく。
「大丈夫か?」
声をかけると少年は涙をボロボロとこぼしながら嗚咽混じりに痛い、と呟く。俺は少年の両脇に手を差し込み、優しく立ち上がらせた。
「そうか、痛いか。だったら兄ちゃんが魔法をかけてやる……痛いの痛いの、飛んでけ!」
少年の膝をさすりながらそう言うと、少年は呆気に取られていた。さすがに異世界にはこのおまじないはないか。
だけど効果はあったようで、少年は泣きやむと痛くないと喜んでいた。
「本当に痛くない!」
キャッキャとはしゃいでいる少年の頭をポンポンと撫で、服についている砂埃を払う。
「だろ? もう大丈夫だな?」
「うん! ありがとう兄ちゃん!」
「おう。転ばないように気をつけろよ?」
少年はペコリと頭を下げてから走り去っていく。途中で振り返り、手を振ってくる少年に手を振り返して見送っていると、その光景を見ていたリリアはポツリと呟く。
「……タケル様はお優しい、ですわね」
「え? そうか? あんなの普通のことだぞ?」
「それを普通、と言えるのがタケル様の凄いところだと思いますわ」
「俺がやらなくてもリリアならやってたんじゃないか?」
リリアは顔を俯かせながら首を横に振った。
「いえ、私はしなかったでしょう……私は、タケル様が思っているような、優しい人間ではありませんから」
否定してるけどリリアだったらやりそうだけどな、と心の中で思っていると、暗い表情をしていたリリアはすぐに笑顔に戻った。
「今日はもう帰りましょう」
「え? でも、まだ早いんじゃ」
「いえ、私はもう満足しましたわ。あ、お父様より言伝を預かっておりまして、今夜は私たちと王宮で食事をしませんか? もちろん、他の方々も一緒に」
普段は王様とリリアとは食事してないけど、王様の誘いを断る訳にはいかないか。
了承するとリリアは笑みを浮かべて城に向かって歩き出す。その背中をぼんやりと見つめながら、俺はリリアが言っていたことを思い返していた。
「優しい人間じゃない、か」
俺が知っているリリアは国のため、世界のために涙を流すような子だ。魔族に苦しまれている人たちを思って、俺たちに救って欲しいと懇願するような子だ。そんなリリアが優しくないなんて、俺には思えなかった。
多分、自己評価が低いだけなんだろう。そう自分で納得させ、先を行くリリアに追いつくように走り出した。
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