十五曲目 『オークリベンジ』

 ユニオンメンバーになるための修行が始まり、一ヶ月ぐらいの月日が流れた。剣の修行はもちろん魔法の修行もしていて、音属性魔法に関しては自分たちで色々と模索した結果、ある程度使えるようにはなってきている……と言ってもまだ実践レベルにはほど遠いけど。

 さて、そんなある日。俺は今日も今日とてロイドさんと剣の稽古をしている訳だけど……。


「判断が遅い!」


 ロイドさんの木剣が腹部に直撃し、吹っ飛ばされる。


「振りが遅い!」


 俺が木剣で切りかかると思い切り弾かれ、返す刃でロイドさんの木剣が横っ腹に直撃し、吹っ飛ばされる。


「なんかもう何もかもが遅い!」


 動こうとした瞬間にその出鼻を挫くように振られたロイドさんの木剣が顎に直撃し、その様はまるで格闘ゲームでKOされたキャラクターのようにスローモーションになりながら空中を舞い、吹っ飛ばされる。

 こんな感じでロイドさんとの稽古で俺は、毎度のごとく吹っ飛ばされてはボロボロにされています。というかこれ、修行じゃなくてイジメだと思うんです。

 地面に突っ伏し、ピクリとも動かない俺を見下しながらロイドさんはため息を吐いて呆れ果てていた。


「動きが遅い、判断が遅い、剣の振りが遅い。まだスライムの方が素早く動けるぞ? そんなんでユニオンメンバーになれると思ってんのか? このスライム以下」


 稽古が終わればいつもの反省会……という名の罵倒大会が始まります。鋭く尖った言葉が俺の体を突き刺さり、ただでさえ身体的にボロボロにされてるのに追加で精神的にも痛めつけてくるんです。

 これをイジメと言わず、何というのか?


「鬼教官……いや、違う。鬼そのものだ、ロイドさんは……」

「ん? 今何か俺の悪口を言ったか?」


 小さい声で呟いたはずなのに、地獄耳のロイドさんには丸聞こえだったようだ。だけど、この異世界に鬼なんていないはず。なら、誤魔化せるはずだ!


「いえいえ、そんな滅相もな……」

「正直に言わないと夜まで稽古だ」

「すいませんでした!」


 あれは本気の目をしていた。俺には分かる、この人はやると言ったら本当にやる人だ。

 すぐに土下座して謝ると、ロイドさんは木剣を俺の頬スレスレに突き刺した。


「素直なことはいいことだーーじゃ、今から夜まで稽古だ」

「う、嘘つきぃぃぃぃぃぃ!?」


 どっちにしても稽古するつもりじゃないか。

 飛び跳ねるようにその場から離れて木剣を構える。一ヶ月前に比べればそれなりに様になってきているけど、それでもロイドさんからしたら素人に毛が生えた程度と言われてしまった。

 ロイドさんは木剣で肩をトントンと叩きながら、凄くいい笑顔で俺に近寄ろうとしていると、そこに真紅郎がやってきた。


「あの、ロイドさん。ちょっといいですか?」

「ん? どうした?」


 真紅郎に声をかけられたロイドさんが木剣を下ろす。よくやった、と心の中で親指を立てながら俺も真紅郎の話しに聞き耳を立てる。


「実は、お金がないんです」

「はぁ?」


 突然の貧乏宣言にロイドさんは呆気に取られていた。真紅郎はロイドさんの反応に困ったように頬を掻く。


「ボクたちはお城に住んでますし、食事も三食出して貰って、しかも服も古着ですが頂いてます。それは凄くありがたいことなんですけど……」

「それなら別にいいんじゃねぇのか?」

「さすがに申し訳ないというか、せめて自分たちの物ぐらいは自分たちで用意した方がいいかと思って。でもボクたちはお金がないんです。だから、何か仕事ありませんか?」

「はぁ、なるほどな。だけどよ、別に貰えるもんは貰っとけばいいだろ。金だってガー……王様が用意してくれるだろ」

「いや、それはちょっと……あんまり、貸しを作りたくないというか……」


 最後は尻すぼみになっていく真紅郎にロイドさんは顎に手を当てて何か考え事を始める。そして、思いついたようにニヤリと笑みを浮かべた。


「だったら丁度いい。真紅郎、他の二人を呼んでこい。俺にいい考えがある」


 そう言ってロイドさんは真紅郎にやよいとウォレスを呼ばせた。何か、嫌な予感がするのは俺だけか?

 それから少しして、ロイドさんの前に俺、やよい、ウォレス、真紅郎が並ぶ。全員いることを確認すると、ロイドさんは口を開いた。


「お前らには今から依頼を手伝って貰う」

「依頼? それってどんな依頼ですか?」


 俺が依頼を聞くと、ロイドさんはそれはそれは楽しそうな笑みを浮かべて答えた。


「オークの討伐だ」


 依頼の内容に俺たちは唖然とする。

 オークと言えば、魔鉱石を探しに鉱山へ行った時に現れた、あのモンスターのこと。

 つまり、モンスター退治。初の実戦ということだ。

 ロイドさんは俺たちのことを無視して話しを続ける。


「最近、近くの森でオークの群が確認されてな。商人が襲われたらしい。それで、ユニオンにオーク討伐の依頼が来たんだが……丁度いいからお前たちでやれ」

「で、でもあたしたち、まだユニオンメンバーじゃないんですけど?」

「心配すんな。お前たちは訓練生として俺と同行すればいい。依頼を受けるのは俺だが、戦うのはお前たちだ。大丈夫だ、ピンチの時は助ける」

「あたし、自信ない」


 顔を俯かせるやよいに、ロイドさんは肩に優しくポンっと手を置いた。


「自信がなくてもやれ」


 笑顔のまま有無を言わせない言い方に、やよいは諦めたのかうなだれるように頷く。正直、俺も自信はないけど、これはもうやるしかないか。それに言うなればこれはリベンジだ。あの時とは違うってところを証明してやろう。


「じゃ、今から行くぞ。ついでにオークの討伐が終わったらそのまま野営のやり方を教えてやる。この先、旅をするなら絶対に必要な技術だからな」


 こうして俺たちはオーク討伐と野営訓練をすることになった訳で。

 ロイドさんに連れられてやってきた、鬱蒼とした森の中。依頼通り、そこにはオークの群がいた。

 そして、自信がないと言っていたやよいは震えながら木の影に隠れている……。


「ーーとりゃあぁぁぁぁぁッ!」


 なんてことはなく。

 俺たちの誰よりも前に出ると自身の魔装、ギター型の斧を全体重を乗せて振り下ろし、オークの足を潰した。

 メキメキと足が潰れる音とオークの悲痛の叫びが森中に響き渡り、膝から崩れ落ちたオークの首を、俺は剣を横に薙ぎ払って斬り伏せた。


「これで終わり、か?」


 最後の一匹を倒し、俺たちは周りを警戒する。

 周囲には他にオークの姿はなく、地面には五体のオークの死体が横たわっていた。

 ようやく一安心出来そうだと判断した俺たちは、肩の力を抜いて座り込んだ。


「それにしても、俺たちも異世界に馴染んできちゃったな」


 俺がそう言うと、真紅郎は乾いた笑い声を上げて同意した。


「そうだね。前の世界だったら動物を殺す、なんてことすら出来なかったのにね」

「ハッハッハ! まぁ、あれだけ無理矢理慣らされればなぁ……」

「あたし、あんまり慣れたくなかった……」


 ウォレスは遠い目をしながら笑い、やよいは憂鬱そうに呟く。

 俺たちは最初はモンスターを、生き物を殺すなんて出来なかった。だけどロイドさんは俺たちがユニオンメンバーになるための修行として、一番最初に動物を殺めさせた。

 ユニオンメンバーになればモンスターはもちろん、魔族も殺さなくてはならなくなる。自分の命を守るため、生きるためには絶対に慣れておかないといけない、とロイドさんは言っていた。

 最初は俺はもちろん、真紅郎もウォレスも抵抗があり、やよいはそれが特にヒドくて何度か嘔吐していた。それでもロイドさんに慣れるまでやらされ、今となってはモンスターを討伐することも慣れたものだ。

 それにしても、とやよいをチラッと見やる。

 あれだけ自信がないと言っておきながら、やよいは俺たちの中で一番オークと戦っていた。どこが自信がないんだ? 一撃で殺せる自信がない、ってことなのか?


「……何?」

「いえ、別に」


 俺の視線に気づいたのか、やよいはジロッと俺を睨んでくる。俺たちの中でも一番の火力を持っているやよいを怒らせることはしない方がいい。すぐに謝って視線を逸らしていると、ロイドさんが満足そうに頷きながら声をかけてきた。


「よし、これで依頼は終了だな。ある程度は形になってきたが……まだまだ甘いところがある。ま、それは追々修行を厳しくしていけばいいか」

「あ、あれ以上厳しくなると死んじゃうんですけど?」

「何を言ってるんだ? 修行は死ぬ一歩手前までやらないと意味がねぇだろ」


 首を傾げてロイドさんは言うけど、勘弁して欲しい。

 がっくりとうなだれる俺を尻目にロイドさんは空を見上げる。


「もうすぐ夜になるな。今から野営の準備をするぞ」


 俺たちは力なく返事をしながら、ロイドさんの指示通りに野営の準備に入る。

 乾いた木を集めてたき火の準備をして、布製の簡易的なテントを張った頃にはすっかり夜になっていた。

 ロイドさんの魔法で火をつけ、手頃な石をイス代わりにしながらたき火を囲む。たき火の上に鍋を置いてスープを作り、木で出来た皿に盛ったロイドさんは俺たちに配りながら口を開く。


「今回は俺が作ったが、次からはお前たちでやれよ?」

「分かりました。じゃ、いただきます」


 薫製肉と野菜のスープを見ていると途端に腹の虫が鳴る。俺たちは一斉にいただきますと言いながらおもむろに魔装の収納機能を使い、そこから箸を取り出した。

 その箸を見たロイドさんはポカンとしながら指さしてくる。


「それ、もしかして箸か?」

「え? ロイドさん、知ってるんですか?」


 この異世界では箸を使わずに基本的にフォークとナイフを使っている。だけど俺たちは(何故かアメリカ人のウォレスも)箸の方が食べやすいという理由からカレンさんに頼んで材料を集めて貰い、自分たち専用の箸ーーマイ箸を作っていた。

 その箸をどうして知っているのかと首を傾げていると、ロイドさんは懐から何かを取り出した。


「知ってるも何も……俺も持ってるからな」


 取り出したのは正真正銘、箸だった。

 何かの模様が掘られた凝った意匠が施されている、年期の入った木で出来た箸をロイドさんが持っていることに驚いていると、ロイドさんは手慣れた手つきで箸を使いこなしてスープを食べていた。


「ロイドさん、あたしたちより箸の使い方上手だね」

「てか、オレたちが持ってるのより何か高級そうじゃね?」

「どうして箸を持ってるんですか?」


 俺がそう聞くと、ロイドさんは自分が持っている箸を見つめながら小さく笑みをこぼした。


「貰ったんだよ、昔な」

「誰からですか?」

「……別に誰でもいいだろ」


 少し間を空けてからはぐらかすロイドさんに、ウォレスとやよいの目が光った。


「あれは、昔の女だな。間違いねぇノーダウト

「だよね。あたしもそう思った」


 ヒソヒソと内緒話をしているウォレスとやよいに、ロイドさんの口角がピクピクと動く。


「やよい、ウォレス。明日からの修行、覚えておけよ」


 ロイドさんの発言に二人はビクリと肩を震わせた。バカだな、ロイドさんは地獄耳なんだぞ。二人に同情しつつ、スープを口にする。

 その後、食事を終えた俺たちはそのまま一泊し、ユニオンに戻って依頼達成の報告をする。報酬は俺たちで山分けしていいとロイドさんに言われたので、ありがたく受け取ることにした。これで自分たちのお金を稼ぐことが出来た。

 そして、やよいとウォレスはロイドさんにボロボロにされて地面に突っ伏していた。合掌。

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