十三曲目『演奏』

「さて、何やる?」

「あたし、<壁の中の世界>やりたい!」

「いいね。久しぶりだし、肩慣らしには丁度いいかも」

「オレも賛成アグリーだぜ!」


 じゃあ、それにするか。

 演奏する曲が決まり、目を閉じて深呼吸をする。


「ワン、ツー、スリー、フォー……!」


 ウォレスがスティックを打ち鳴らしてリズムを刻み、爆発するようにやよいのギター、真紅郎のベース、ウォレスのドラムが同時に始まった。

 アップテンポのイントロに俺のテンションが一気に上がっていく。ウォレスのドラムに合わせて足を動かし、リズムを刻む。

 息を吸い、マイクに口を近づけて一番の歌詞を歌った。


「……あれ?」


 ふと俺は歌うのをやめる。

 気づけば俺たちの周りにいくつもの紫色をした魔法陣が空中に浮かんでいた。

 何だこれと思った瞬間、魔法陣が一気に光り輝き始める。


「え? え?」


 突然の出来事に困惑していると、他のみんなも気づいたようだ。

 魔法陣は今にも破裂しそうなほど光り続けている。これ、何かやばくね?

 そんな光景に唖然としていたロイドさんは目を見開いて俺たちに叫んだ。


「伏せろ、お前らぁぁぁぁ!」


 その声をかき消すように、魔法陣が爆発した。

 紫色の閃光が俺たちとロイドさんを包み込み、光に眩んだ視界が真っ白になる。そして、衝撃が襲いかかってきた。

 気づいた時には俺は地面に倒れていた。頭が酷くクラクラする。力も入らない。

 ぼやける視界では俺と同じようにみんなが目を回して倒れていた。所々焦げていて、黒い煙がプスプスと上がっている。多分、俺も同じようになってるだろう。

 光に巻き込まれたロイドさんが、倒れたまま俺たちの方に顔を向ける。


「この、バカども……が……」


 その言葉を最後にロイドさんが気絶した。

 騒ぎを聞きつけたユニオンにいる人たちが駆け寄ってくる姿を最後に、俺の意識も遠のいていった。


「お前ら、あれもう禁止な」


 場所は変わり、ユニオンにある救護室。

 頭に包帯を巻き、腕を組みながら俺たちを見下ろしているロイドさんに演奏禁止令を出された。

 俺たちも所々に包帯を巻いた状態でロイドさんの前で正座する。反論したかったけど、怒っているロイドさんの威圧感に何も言えなかった。


「あれは魔法の扱いに慣れてない奴がたまにやる事故、魔法の暴発だ。さっきのは<合体魔法>って言われる上級者向けの制御が難しい魔法。お前たちみたいな素人がやっていいもんじゃねぇ」


 そう言われても、俺たちはそんなつもりで演奏した訳じゃないんだけどな。言わなくても伝わったのか、ロイドさんがギロリと睨んできた。


「その気がなくても、そうなったんだ。とにかくお前たちが魔力操作を完璧に出来るようになるまで、えんそうとやらは禁止だ。分かったな?」


 ようやく演奏が出来ると思ったのに、またお預けか。返事をしない俺たちに額に青筋を張らせたロイドさんの「返事はどうした!」という怒鳴られ、俺たちは慌てて返事をする。

 それでとりあえず溜飲が下がったのかため息を一つ吐き、ロイドさんは話を続けた。


「これからの予定を話すぞ? お前たちは魔装……武器を手に入れた。こっからは個別に武器の扱い方を教えていく。同時に魔法の修行だな」


 そしてロイドさんはそれぞれに今後の方針を話していった。

 やよいは斧を使う他のユニオンメンバーに斧の扱いを習う。真紅郎は魔力弾を動きながら的に正確に当てられるよう射撃訓練。ウォレスと俺はロイドさんとの稽古。

 同時に俺たちの適正属性である音属性の魔法を考えていく。教本なんて存在しないから、手探りでやらなきゃいけないようだ。

 他にも魔力操作の精度を上げること、モンスターについての勉強、対人戦の練習などなど……やることは山のようにあった。


「んでもってそのうちお前たちにはユニオンに加入して貰う。これは王様からの申し出だ。試験まで期間は短いが……死ぬ気でやればいけるだろ」


 死ぬ気でやるってのが言葉通り本当に死にそうになるほど辛いということを、俺は知っている。

 これから待ち受ける地獄の修行に乾いた笑い声を上げるが、ロイドさんは無視して話を続けた。


「修行と並行して、いずれはモンスターの討伐もやるからな」

「あたし、モンスターと戦うの自信ない……殺すとか、無理なんですけど」


 モンスターを討伐する、ってのは俺たちの世界で言う野生動物を狩るのと同じだ。猟師の人ならある程度出来るだろうけど、野生動物どころか家畜のと殺・・も見たことがない俺たちには抵抗がある。

 そんな心配事を聞いた、ロイドさんはニヤリと口角を上げて笑った。


「安心しろ、すぐに慣れる」


 つまり、慣れるまでやれってことか。マジで鬼教官のロイドさんにやよいが頭を抱えている。女子であるやよいには、そこら辺がネックになりそうだな。

 どうにも煮え切らない俺たちの態度を見たロイドさんは、目を鋭くさせて俺たちを見据える。


「モンスターだけじゃなくて悪党やーー魔族と戦わなきゃいけないんだぞ。戦うってことは命のやり取りをするってことだ。殺したくないなんて甘っちょろい考えをしてると……死ぬぞ?」


 脅すようにロイドさんが言う。たしかに、言ってることは正しかった。力がない奴、心が弱い奴から死んでいく。

 この世界は、まさしく弱肉強食なんだから。

 モンスターを殺す、ってのは納得出来るというか、ギリギリ大丈夫だと思う。だけど、悪党ーーそして魔族。俺たち人間や、見た目がほとんど変わらない存在を殺すのは、正直出来そうにない。

 それを甘い考えだと言われたら否定出来ないけど……それでも殺すのは無理だ。

 そんな俺の考えを読んだのか、ロイドさんが笑みを深めて答える。


「それでも殺したくないって言うなら……強くなれ。どんな敵に対しても殺さずに生かして捕らえるなら、そいつよりも強くなるしかない。話し合いで解決するなんてことは考えるなよ?」


 強くなる。シンプルだけど、その通りだ。

 力なき正義は無意味。甘い考えを実行するなら、どうやっても強くならなきゃいけない。

 それに、俺たちは絶対に元の世界に戻らないといけないんだ。こんなところで死ぬ訳にはいかない。生き抜くために、強くなる。

 覚悟を決めてロイドさんを見つめると、嬉しそうに笑みをこぼしていた。


「いい目だ。大丈夫だ、お前たちは死なせねぇよ」


 ロイドさんのその言葉は安心感があった。緊張で強ばっていた体が緩むのを感じる。どうやら無意識に肩に力が入っていたようだ。


「さて、今日は解散だ。明日から修行を始める。覚悟しとけよ!」


 俺たちは同時に頷く。

 試験までにどれだけ強くなれるか分からない。それでも、出来るだけ強くなろう。




 

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