十二曲目『魔装完成』
「ぐ、ぬぬぬぬ……ッ!」
額に汗を滲ませたウォレスは魔鉱石を握りながら歯を食いしばらせ、魔力を集中させている。すると魔力で覆われた魔鉱石は元のゴツゴツとした岩の形から、二本の細長い棒のような形に変化していた。
魔鉱石は目が眩むような白い光を放ち、今にも爆発しそうになっている。
「ぬ、おぉぉぉぉ!?」
最後の力を振り絞るように、ウォレスは魔力の出力を上げていく。爆発しないように内に内にと圧縮させ、形を保ち続ける。
光り輝いていた魔鉱石は一瞬だけ強く光ると徐々に光が弱まっていき、二本のドラムスティックがウォレスの両手に収まっていた。
「で、出来たぁぁ! イェアァァァァ!!」
ウォレスは歓喜の雄叫びを上げながら両手に持ったドラムスティック型の魔装を天に掲げる。期間にして約一ヶ月の魔装作りは、ウォレスが完成したことにより終わりを告げた。
「おめでとうウォレス」
拍手をしながら讃える真紅郎にウォレスは白い歯を見せながら嬉しそうに笑みを浮かべ、親指を立てて答える。そして力が抜けたのか倒れるように尻餅を着いて息を整えていた。
「こんなに
「お疲れさま。これでみんな揃ったね」
疲れ果てているウォレスを労うやよいは右中指にはめた指輪を撫でる。真紅郎と俺の右中指にはめられた指輪と同じ物だ。
「あぁ、そうか。次は指輪の形にしなきゃいけねぇんだよな……またあれやるのかよ」
「まぁまぁ、武器の形にするよりも簡単だから大丈夫だよ」
憂鬱そうにしているウォレスを真紅郎は元気づける。ウォレスの魔装をアクセサリーの形にする作業は残っているが、これで全員分の魔装が完成した。
やよいはウォレスが持つ魔装、ドラムスティック型の武器を見ながら小さく笑う。
「ウォレスはスティックの形なんだ?」
「まぁな! ドラマーとしてこれはかかせないだろ! それにオレのイメージ通りなら、これにはちょっとした
「へぇ。それは楽しみだね」
なんか楽しそうだなぁ。俺も魔装が完成したことを一緒に喜びたいんだけど……。
「早く立てタケル。稽古はまだ続いてるぞ」
木剣を持ったロイドさんが地面に倒れている俺のケツを蹴ってくる。やめて下さい、もう限界なんです。
今俺は日課となっているロイドさんとの剣の稽古をしている。一ヶ月前から続く厳しい地獄のような稽古に俺の体はボロボロだった。ロイドさんの提案を聞いた時に感じてた嫌な予感って、これだったんだなぁと現実逃避する。
「お、ようやく出来たのか。じゃあ最後にもう一回かかってこい。それで今日の稽古は終わりだ」
ウォレスが完成させたのに気づいたロイドさんに木剣を構えながら言われる。最後、と聞いて少しだけやる気が出てきた。
まるで生まれたての子鹿のように震える足に鞭を打ち、ふらふらになりながら立ち上がる。限界を迎えている腕を伸ばし、ほとんど握力が残されていない手で木剣を握りしめて構えた。
息を荒くさせながら歩いているのと変わらない速度でロイドさんに近寄り、約一ヶ月の修行を経てどうにか様になってきた振り方で木剣を振るう。
「遅い! もっと速く動け!」
俺の攻撃を容赦なく打ち払い、返す刃で振られた木剣は俺の腹部を直撃した。
そして、俺はいつも通り宙を舞った。
「げふぅ! うばぁ……」
ゴロゴロと地面を転がり、大の字になって倒れる。もう指一本動かせる気がしなかった。
俺の情けない姿を見たロイドさんは呆れたようにため息を吐き、木剣を地面に突き刺す。
「多少は形になってきたが、まだまだだな。とは言え、そこら辺の雑魚モンスターならある程度は戦えるぐらいにはなったな」
ロイドさんはカラカラと笑いながら言うが、本当だろうか?
正直、俺自身はそう思っていない。毎日のようにぶっ飛ばされているから強くなった気がしなかった。
「今日はここまで。おら、あいつらのとこに行くぞ」
俺の襟首を掴み、引きずりながらやよいたちの所に連れて行かれる。もう少し優しく連れて行って欲しいんですけど、と文句を言いたいがそんな気力すら残っていない。
ボロボロの俺を見たみんなはちょっと引いていた。
「これで全員分の魔装は出来上がったな」
やよいたちは頷くと指輪をかざし、それぞれの魔装が姿を現した。
やよいの武器は赤いエレキギター。ボディの片方に刃があり、ネックを握れば斧として使える魔装だ。ギターを振り回すとか乱暴というか……まぁ、ロックだな。
真紅郎の武器は木目調の四弦ジャズベース。ネックの先端が銃口になっていて、弦を弾くとそこから魔力の塊が撃ち出される銃型の魔装。
ちなみに、ボディ部分に三つあるコントロールノブと呼ばれる音量を調節するつまみを操作することにより、弾の種類や軌道を変えることが出来るらしい。真紅郎らしいテクニカルな使い方だな。
そして、最後にウォレス。見た目はグリップが黒くてそこから先までが白い、普通のドラムスティックに見えるけど……?
「
ウォレスが気合いを入れると、スティックの白い部分を覆うように魔力が集まっていき、片刃のナイフみたいな形に変化した。
なるほど、ウォレスの魔装は魔力で出来たナイフ型なのか。
「ふっふっふ。まだまだこんなもんじゃねぇぜ?」
まだ何か隠しているのか含み笑いをするウォレスは魔力刃を消す。そして、おもむろに腰を下ろした。
すると、ウォレスが座れるように紫色の魔法陣のような物が展開し、ウォレスがそこに座る。そして、同じような魔法陣がウォレスの前に現れた。
「これ、ドラムセット?」
バスドラム、フロアタムにクラッシュシンバルなど、まさしく真紅郎が言った通り魔法陣で出来たドラムセットだった。
「タケルはマイク、やよいがギター、真紅郎がベース。みんなそれぞれのパートに必要な物が魔装になってるだろ? オレもドラムセットが欲しかったが、武器にするにはでかすぎる。だからこうしたのさ!」
「な、何だこれは? 意味が分からねぇ……そりゃあ、こんな複雑な魔装なら時間がかかるわな」
ロイドさんはウォレスの魔装を見て頭を抱える。まぁ、普通ならこんな魔装ないよな。というより、俺たちの魔装全て普通じゃないか。
困惑しているロイドさんを無視してウォレスがスティックで魔法陣を叩くと、普通のドラムと遜色ない音が響いた。
「オッケー、
「おぉ、凄い! ねぇねぇ! これならあたしたち、こっちでもバンドが出来そう!」
興奮しているやよいが自分の魔装の弦を弾く。その音はアンプに繋いだエレキギターの音そのままだ。
「うん、そうだね。ボクの魔装も撃とうと思わなければ弾が出ないようにしてるし」
真紅郎もベースを弾く。楽器として使えるように工夫してたんだな。
俺も自分の魔装、マイクスタンド型の剣を持って地面に突き立てる。柄が伸び、先端に付いているマイクが俺の方を向いた。
「あー、あー……俺の方も十分マイクとして使えるな」
マイクチェックしてみると、俺の声がしっかりと増幅されている。
これなら音楽がないこの異世界でもバンド活動が出来そうだ。物が揃うと、どうにも血が騒ぐ。今までじゃ考えられないぐらい長い間、演奏していなかったせいか今すぐに歌いたくなってきた。
「演奏するか!」
気持ちの高ぶりが抑えられず笑いながらみんなに提案すると、同じ気持ちだったのか全員が笑みを浮かべて頷いた。
じゃあ、と早速演奏しようとするとロイドさんが慌てて間に入ってくる。
「待て待て! お前ら、何をするつもりなんだ?」
「何って、演奏ですよ」
「えんそう? 何だそりゃ?」
そうか、音楽って物がないんだから演奏って言っても分かんないか。どう説明しようか、と思ったけど説明するより簡単な方法があるな。
「言葉にするより、聴いた方が早いな。よし、やるか!」
俺の言葉にみんながいつもの立ち位置に移動する。
観客は残念ながらロイドさん一人。それでも久しぶりの演奏に俺の心は躍っている。
マイクをポンポンと叩き、最後のマイクチェック。咳払いをしてから少し声を出して喉の調子を確かめる。うん、いい感じだ。
準備が整った俺たちは目の前で座っているロイドさんに顔を向ける。
「んじゃ、始めます」
「何が始まるのかは知らんが……まぁ、やってみろ」
俺たちの演奏は、音楽を知らない異世界の人に通用するのか。それは分かんないけど、大丈夫だと根拠のない自信がある。
さぁ、異世界に来て初めての演奏を始めようか。
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