十一曲目『魔力操作』

「よし、じゃあ魔力操作の説明するぞ……って、どうしたお前ら? 元気ないぞ?」


 場所は変わってユニオンにある練習場。遅れてやってきたロイドさんに書庫に入るなり「座って勉強するより実際やってみる方が早いだろ。てことでユニオン行くぞ」と言われてここまで連れ出された。

 そして今から始まるようだけど、正直ショックでやる気が出ない。

 アスカ・イチジョウ。その名前を見つけてしまったから。


「三年前にいきなり姿を消したと思ったら、まさかあの人も異世界にいるなんてね」


 やよいもショックを受けたようで遠くを見ながら呟いている。

 もしかしたら同姓同名の他人なのかもしれない。だけど、何故か俺には……俺たちにはそれが本人だという理由のない確信があった。


「しかも三十年前に英雄になったって……ボクたちの世界だと三年のはずなのに。これってこっちの世界だと元の世界より十倍の速度で時間が進んでるってことになるよね?」

「つまりオレたちが元の世界に戻っても、そこはもうオレたちが知ってる世界じゃないってことだよな。ハッハッハ……はぁ」


 アスカ・イチジョウは三十年前に英雄になり、命を落としたと書かれていた。俺たちの世界で行方不明になったのが三年前。それだと計算が合わない。

 真紅郎の言うように、異世界では十倍の速度で時間が流れているってことになる。

 苦労して魔族を倒しても、戻ったら少なくとも十年以上の時が流れているってこと。ウォレスの言う通り、そこはもう俺たちの知ってる世界じゃないよな。

 示し合わせてように全員同時にため息を吐く。するとロイドさんは手を打ち鳴らして俺たちの注目を集めた。


「お前ら、何を落ち込んでるのか知らんが集中しろ。ほら、やるぞ!」


 考えても仕方ない、か。

 気を取り直してロイドさんの話を聞くことにする。


「今からお前たちが練習するのは、魔力操作だ。これは言葉通り、魔力を自由自在に動かすこと。魔法を使う上で絶対に必要な技術だ」

「そもそも魔力が分かんないんですけど」

「俺からするとガキの頃から自然と魔力を感じてたから、分からないってことが俺には理解出来ないんだが……まぁいい。とりあえず俺の感覚を教える」


 ロイドさんが魔力について話す。

 魔力は頭から体全体に流れている暖かくてぼんやりとしたイメージらしい。血管を流れる血のように、全身に回る感覚のようだ。

 目を閉じてロイドさんが言っていた感覚と同じ物を探してみる。頭から、ってことは頭に集中すればいいのか?

 鉱山で戦っていたアシッドが使っていた魔法を思い出しながら集中する。

 頭……脳か? そこから全身を巡る血管を想像して、暖かいぼんやりとした物が流れてるイメージ。

 ん? これ、なのか? 何となく血とは違う物が血管を流れているような気がした。それが全身に回るように……。


「よし、タケルも出来たな」


 ロイドさんの声にハッと我に返る。

 気づくと俺の体から透明なもやのような物があふれ出ていた。


「これが、魔力?」

「タケルが一番遅かったな」

「は?」


 他のみんなを見ると、体からあふれ出ている魔力を増やしたり減らしたりしていた。


「え? 俺、そんなに遅かったの?」

「大体三十分ぐらい集中してたね」

「ハッハッハ! オレは十分で出来たぜ? やっぱりオレって天才ジーニアスだな!」

「……あたし、五分で出来たけど?」


 マジかよ。そんな集中してたのか。

 てか、五分って早すぎない?

 

「これで全員魔力は分かったな? 次は今みたいに魔力の出力を調節しろ。それが出来たら次に魔力を一カ所に集める」


 言われた通りにやってみるが、出力を変えるのが難しい。

 出力を上げすぎて体から魔力が吹き出してしまった。なんか、オーラみたいな感じに。


「フー! すげぇな。髪の毛逆立って金髪になったりしないのか?」

「どこぞの戦闘民族だよ」


 軽口を叩くウォレスだけど、もう一カ所に魔力を集める段階まで進んでいた。真紅郎も四苦八苦しながら集めれてるし、やよいに至ってはもう安定して集められている。

 みんな、早くない?


「せ、制御が、難しいんだけど? 何かコツを教えて、くれない?」

「蛇口をひねって水の量を調節するイメージでボクはやってるよ」

「抑える時はキューって感じで、出す時はブワァって感じ」

「根性でファイト! あとは気合いだ! ハッハッハ!」


 どうしよう。いつもなら真紅郎の説明が一番分かりやすいはずなのに、今回に限りやよいとウォレスの説明が理解出来る。

 何とかとりあえず出力を調節することが出来るようになってきたが、次の段階が無理だ。難しいにもほどがある。


「ぐ、ぬぬぬぬ……ッ!」

「そんな無理矢理やらないで、魔力をふわぁって集めてそれをキューって抑えるの! そこからムムムってして、ギュギュッと……」

「ぎ、擬音が多すぎてさすがに分かんねぇよ!」

「気合いだ! 根性だ! 元気があればどうにかなる! 諦めるなネバーギブアップ! もっと熱くなれよ!」

「お前はそれしかないのか脳筋!?」

「落ち着いて。血を一カ所に集めるように魔力を動かすといいよ」


 あ、やっぱり真紅郎の説明の方が分かりやすいわ。

 でもやっぱり難しい。動かすことは出来るけど、一カ所に集めるのがどうやっても無理だ。


「……お前は多分、他の奴よりも魔力量が多いから操作するのが難しいんだろうな。もっと出力を抑えろ」

「やって、るんです、けどね……!」


 抑えることに集中すると集められない。集めようとすると抑えられない。悪循環だ。

 必死に頑張っているとロイドさんは困ったように後頭部をポリポリと掻く。


「どうしてそんなんで魔装を作れたんだ? 一番魔力操作が必要なのによ」

「その時のことを思い出せばいいんじゃな

いのかな?」

「そうだな! あの時は出来たんだから大丈夫だろ! 思い出せリコール!」


 思い出せって言われてもな。


「あの時はやよいを守ることに必死であんまり覚えてないんだよなぁ……」

「んなっ!?」


 オークに殺されそうになっていたやよいを助けなきゃって気持ちで飛び出したから、正直あの時の記憶は朧気だ。そしたら琵琶の音が聴こえて、気づいたら魔鉱石が剣の形になってたんだよな。

 って、あれ? どうしてみんなニヤニヤしてんの? やよいは顔真っ赤だし。


「はぁ……若いねぇ」

「だってよ、やよい?」

「ヒュー! 言うねぇ、タケル!」

「う、うぅぅ……どうしてこう恥ずかしげもなくそういうこと言えるかの?」


 よく分かんないけど、まぁいいか。とにかく集中しよう。

 それにしても抑えるってどうすればいいんだろうな。ん? 抑える?


「そうだ! 声だ!」


 俺の言葉にみんながいまいち分かってない様子。でも、俺にはこれが一番分かりやすかった。

 魔力を抑えようと体に力が入っていたけどそうじゃない、力を抜く。腹式呼吸を意識して息を目一杯吸ってから吐き出す。

 息を遠くに飛ばして声が通るように、魔力を集めたい箇所に動かす。集めたらそこで固定。


「出来た!」


 俺の右手に魔力が集まり、そのまま留まっている。ようやく出来るようになった。

 達成感に感動していると、突然やよいが俺の背中をペシペシ叩いてくる。あの、何ですか? 地味に痛いんですけど。


「……ばーか。遅いし、待たせすぎ」

「えっと、ごめんなさい?」


 謝るとやよいは頬を赤くしながらそっぽを向く。たしかに魔力操作が出来るようになったのは俺が一番遅かったからな。待たせたのは素直に申し訳なく思うけど、そんなに怒る?


「これで全員魔力操作は出来るようになったな。じゃあ魔装作りに入るぞ」


 俺を抜いたやよい、真紅郎、ウォレスの魔装作りがとうとう始まる。

 でも俺はもう魔装を持ってるから暇になるなぁと思ってると、ロイドさんはニヤリと笑いながら俺に声をかけてきた。


「タケル、お前暇だろ? なら俺から提案があるんだが?」

「えっと、何ですか?」

「お前、俺に剣を習ってみないか?」

「剣、ですか?」


 つまり、剣術を教えるってことか?

 俺の魔装は剣だし、剣なんて振ったことがないから教えてくれるならありがたいけど……何でだろう、嫌な予感がする。


「で、どうする?」


 ま、まぁ気のせいだろ。実際、剣の扱いは覚えとかなきゃならないことだしな。


「お、お願いします」


 その言葉にロイドさんは笑みを深めた。

 やよいたちが魔装を作り終える一ヶ月後、俺はこの時了承したことを後悔するのだった。


  

 


 

 

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