五曲目『魔法と魔鉱石』
執務室に入ったロイドさんは窓を背にしたデスクの椅子に座ると、深くため息を吐いた。俺たちが執務室に置かれていたソファーに腰掛けるとロイドさんが話を始める。
「とりあえずお前たちの名前を教えてくれ」
「俺はタケルって言います。こっちがやよいで、女みたいに見えるのが真紅郎、そしてアホなのがウォレスです」
「……タケル、女みたいに見えるって説明いる?」
「おいタケル。今オレのことアホって言ったか?」
俺の説明の仕方に真紅郎とウォレスが睨んでくるが、無視しよう。ロイドさんは確かめるように俺たちの名前を言うと、咳払いをする。
「さて、と。まずはお前たちに魔法について教えようか。まず、魔法は基本的に火、水、土、風、雷がある。一般的にはこの五つの属性が使われているんだ。だが、もちろん例外も存在している。お前たちの属性ーー音属性の魔法だ」
音属性。
その名前の通り、魔力を音に変換して発動する魔法らしい。
空気振動に魔力を共鳴させて効果を付与したり放出する魔法、ということらしいが……。
「正直、よく分かんないな」
「あたしも」
「つまりすげぇ魔法ってことだろ!」
俺、やよい、ウォレスはいまいち分かっていない中、真紅郎だけはロイドさんの説明を理解していた。
「楽器を鳴らした時の音がそのまま魔法になる、みたいな感じだよ」
「あぁ、なるほど。音楽は魔法ってことか」
「まぁ……そんな感じかな?」
俺を含めた三人が納得する。やっぱり真紅郎の説明は分かりやすいな。
聞いていたロイドさんは「おんがく?」と首をひねっている。そう言えばこの世界では音楽ってもの自体がないんだっけ。
「おんがくって奴が何かは分かんねぇが、とりあえず音属性については大丈夫か?」
俺たちが頷くとロイドさんは話を続けた。
「その音属性ってのは過去に一人だけ使いこなしていた奴がいた。そいつは世界でも有名な……まぁ、英雄って奴だな」
「おぉ! てことはオレたちはその
「そういうことだ。だからこそ、厄介なんだよなぁ」
「厄介、って言うと?」
困ったように言うロイドさんに真紅郎が問いかけると、ロイドさんは頭をポリポリと掻く。
「音属性について教えられる奴がいない、ってことだ」
「いないってことはその人、死んじゃってるんですか?」
「……あぁ」
やよいの質問にロイドさんは少し間を空けてから頷く。
「一応、俺が音属性魔法を教えることは出来る。だが専門じゃないし、知っていることはかなり少ない。だから、基礎は教えるが基本的にお前たちが魔法の使い方を手探りで考えるしかないな」
手探り、か。
難しそうに聞こえるけど、俺の考えは少し違う。
「俺たちなら大丈夫だろ」
「え? なんでよ?」
やよいが首を傾げながら聞いてきたから、俺はニッと笑いながら答える。
「俺たちはバンドマンだぞ? 音楽、音に関してはこの異世界にいる誰よりも詳しいんだ。だから、大丈夫!」
俺の答えにやよいは「あぁ、そういうことね」と納得していた。
俺たちは音楽が好きで集まったバンド。音楽、音は俺たちにとって身近なもの……いや、体の一部だ。
そんな奴らが音属性に適正があるのは必然だったのかもしれないな。
「ロイドさん。魔法の基礎を教えて貰えれば後は俺たちで頑張ります」
「……よく分かんねぇが、頑張ってくれ」
ロイドさんはいまいち理解が追いついていないようだけど、自信満々な俺の姿を見てそれ以上聞くのをやめていた。
「とりあえず音属性についてはいいな? 次に、なんだが……お前たちの武器のことだ」
「武器、ですか?」
「オレは
ウォレスがテンションを上げてる中、ロイドさんは一本の剣を取り出す。
「俺が持っているこの剣、これは鉄製だ。他にも色んな鉱石を使った武器が存在するが、基本的には鉄で出来ている。最初はお前たちにも……まぁ、普通の武器をと思ってたんだが」
ロイドさんはニヤリと笑うとある提案をしてきた。
「<魔鉱石>を使った武器に、興味はないか?」
その提案を聞いた俺たちは顔を見合わせ、意を決したように答えた。
「魔鉱石って、何?」
俺たちの答えに力が抜けたロイドさんが崩れ落ちそうになる。仕方ないだろ、異世界のことなんて分かんないんだから。
「そ、そうか。いや、これは俺が悪かった。魔鉱石についても説明しないといけないな」
姿勢を正したロイドさんが魔鉱石について話し始める。
「魔鉱石ってのは簡単に言えば高純度の魔力の固まりみたいなもんだ。魔鉱石は普通の鉱石とは大きく違い、持ち主の想像した形状に変化させることが出来る」
「想像した形状に? それってどんな形にもなれるってことですか?」
「あぁ。剣だったり槍だったり、な」
「超便利だなその魔鉱石っての! オレは魔鉱石の武器が欲しいぜ!」
テンションを上げているウォレスを「まぁ、待て待て」と落ち着かせながらロイドさんが話を続ける。
「そもそも魔鉱石ってのはそう簡単に手に入る物じゃねぇ。市場で出回ること事態少ないし、あったとしても莫大な金額でやり取りされるような代物だ」
「……つまり、そんな希少な魔鉱石を手に入る手段を知っているということですか?」
真紅郎が言ったことにロイドさんは驚いた表情になると「勘が鋭い奴がいるな」とニヤリと口角を上げる。
「そうだ。だからこそお前たちにこの話を持ちかけたんだ。この町から少し離れたところに鉱山があってな、そこで魔鉱石を見つけたことがある。もちろん、そう簡単に見つかる代物じゃないし……何より、その鉱山には強大なモンスターが蔓延ってるんだ」
ロイドさんの話をまとめると、その鉱山に行けば魔鉱石が手に入るかもしれないが、そこには俺たちじゃ絶対勝てないようなモンスターがいるってことか。
「……無理じゃん。あたしたち、戦えないし」
「それに魔鉱石ってのがどんなのが知らねぇしな。
あまりの難易度の高さにやよいとウォレスは魔鉱石を見つけるのを諦めようとしている。まぁ、俺もそうだけど。
「おいおい話を急ぐな、最後まで聞け。そんな危険なところにお前たちだけで行かせる訳ないだろ。ちゃんと実力のあるユニオンメンバーを同行させるっての」
「ユニオンメンバー?」
「ユニオンに所属している構成員のことだ。たしか、今いる奴の中で一番実力がある奴は……」
するとコンコンと執務室の扉をノックする音が聞こえる。
そして扉が開かれると「失礼しまぁす」とどこかやる気がない男の声が聞こえてきた。
「マスターぁ、戻りましたよっと……って、あらら。お取り込み中でしたか」
「はぁ。アシッド、返事する前に部屋に入るなと何度言ったら……」
「すいませぇん。次から気をつけまぁす」
アシッドと呼ばれたその男性は俺より少し年上ぐらいの若いお兄さんだった。金髪で眠そうな半目、無精ひげとその間延びした話し方。何だろう、俺たちの世界で言うやる気のないコンビニ店員みたいな人だ。
ロイドさんは呆れたようにため息を吐いていたが、ふと思いついたようにアシッドさんの方を見て笑みを浮かべた。
「アシッド。お前たしかこれから暇だよな?」
「はい? まぁ、一仕事終えたばっかりですから暇っちゃ暇ですねぇ」
「少し、頼みたいことがあるんだが?」
「……あぁ、そういや俺、今から用事があるんでしたぁ。いやぁ、すいませんねぇ。てな訳で、俺はこれにて」
何かを察したのかアシッドさんが踵を返して執務室から出ようとした瞬間、ロイドさんがボソリと呟く。
「この間のギャンブルの負け金、全部チャラでどうだ?」
「と、思ったけど用事は明日だった気がするなぁ。で、マスター頼みってなんですかぁ?」
この人たちは……と呆れる中、マスターはアシッドさんに鉱山に同行するように話す。話を聞いていたアシッドさんの顔は見るからに面倒くさそうにしていた。
「えぇ……あそこですかぁ? 俺、さっき仕事を終わらせたばかりなんですけどぉ」
「無事に魔鉱石を手に入れてこいつらを傷一つなくここまで連れ戻せたら、三日前の負け金もチャラにしよう」
「お任せ下さいマスター。このアシッドがお受けいたします」
人が変わったように態度がコロコロ変わるアシッドさんに、本当にこんな奴で大丈夫なのかと疑念が浮かぶ。
それが伝わったのかロイドさんがアシッドさんの説明をしてくれた。
「安心しろ。こんな奴だがこの支部でも二番目に位置する実力者だ。一番はもちろん俺だけど」
「こんな奴って失礼じゃないですかねぇ。てかマスターはそろそろ引退した方がよくないですかぁ? もういい年でしょうに」
「バカ野郎、俺はまだ四十代だ! 引退する年じゃねぇ!」
「ほぼ五十でしょ。怪我してるんだから無理しない方がいいですよぉ?」
ギャーギャーと口喧嘩をしている二人を見て、どう安心しろって言うのか。
一抹の不安を感じつつ、俺たちはアシッドさんと一緒に魔鉱石を探しに鉱山に向かうことになった。
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