六曲目『ディアナ高原』

「ケツ痛ぇ……」


 思わずそうボヤく。

 ガタガタと舗装されていない道を俺たちが乗っている馬車……ではなくて竜車が進んでいく。

 牽引する動物が馬じゃなくて深い緑色の鱗を持った二足歩行のトカゲ、<リドラ>と呼ばれるモンスターだから、竜車と言うらしい。異世界ならではって言えばいいのか?

 一番の問題はデコボコの道を進んでいるからたまに俺たちが乗っている車が跳ね上がることだ。そのせいでケツが痛くて座っているのがキツい。


「サスペンションとかないから仕方ないけど、これは結構クるね」

「うぇぇ……オレ、酔ったわ」

「疲れたし、お尻痛いし、狭いし、揺れるし、男臭いし! もう最悪!」


 それぞれが不平不満を漏らしながら俺たちは<ディアナ高原>と呼ばれる青々とした草花が生い茂る高原を進み、鉱山に向かっていた。

 モンスターの姿もない平和そうな光景を眺めつつ、リドラの手綱を引くアシッドさんに声をかける。


「あの、アシッドさん。あとどれぐらいで着きますか?」

「あとちょっとだよぉ。それと、俺のことは呼び捨てでいいし、敬語もなしってことで」

「じゃあアシッド。さっきもあとちょっとって言って結構経ってると思うんだけど?」

「そうだっけ? まぁ、大丈夫でしょ。あと少しだからさぁ」


 何が大丈夫なんだろう?

 時計がないから正確な時間は分かんないけど、体感でもう三時間ぐらい揺られている気がする。さすがに慣れない乗り物に乗ってるせいか体が痛い。


「そう言えばアシッド。魔鉱石を使って作った武器……えっと、<魔装>だっけ? それってどんな武器なのか知ってる?」


 魔鉱石で作った武器を魔装と呼ぶことは城下町から出る前にロイドさんに聞いていたけど、詳しくは知らないままだった。

 アシッドに聞いてみると「ほい」と言って俺に何かを投げ渡してくる。


「何これ? 指輪?」

「それ、俺の魔装ねぇ」

「へぇ……え? こ、これが魔装!? というかどうしてアシッドなんかが魔装を持ってるの!?」

「え、何? 俺ってそんなに下に見られてたの? なんかがって、ヒドくない? まぁ、いいけどさぁ」


 アシッドが返せと言いたげに手を差し出してくるので指輪を返すと、指輪が光り輝き始める。するとアシッドが手に持っていた指輪が両刃の西洋剣に姿を変えた。


「はい、これが魔装だよぉ」

「うぉ! 何だよそれ超カッケークール!」

「凄い……手品?」

「手品じゃなくて魔法だと思うよ?」


 初めて見た魔装に俺たちが驚いているとアシッドは満足そうに頷いて魔装を指輪の形に戻した。


「どう? 少しは俺のこと見直した?」

「あ、ごめん。凄いのは魔装ね、魔装。アシッドのことを褒めた訳じゃないから」

「ねぇタケル? 敬語じゃなくていいとは言ったけど別に俺のことをバカにしていいって言った訳じゃな……まぁいいか」


 面倒くさくなったのか途中で言葉を切ってアシッドは怠そうに欠伸を漏らす。

 それから何回ももう一度魔装を出してとお願いしても「面倒くさいからヤダ」の一点張りで見せてくれなかった。もしかして意外と根に持ってるのか?

 そんなこんなであと少しって言ってから体感で三十分ぐらいして、アシッドが遠くを見ながら声をかけてくる。


「着いたよぉ」

「やっと着いたのか……ようやくケツの痛みから解放されるな」

「早く……止めて……リバースする」

「ちょっとウォレスここで吐かないでよ? 帰りもこれに乗ってくんだから」

「やよい、少しはウォレスの心配してあげようよ」


 色々と限界だった俺たちは竜車を止まった瞬間外に飛び出した。

 そして着いた場所は……。


「ここからは歩きだからぁ。頑張ってねぇ」


 ゴツゴツとした岩が転がっている山が目の前にあった。そこには上へと続いていく山道があるが、登るのはかなりキツそうだ。


「え? 登るの? 嘘だろ?」

マジかよアーユーシリアス……?」

「あたし無理、絶対無理、死んでも無理、というか死ぬって」

「あはははは…………キツっ」


 愕然としてるとアシッドは「ほら早くしてよ。俺だって登りたくないんだからさぁ」と面倒くさそうにしながらも俺たちを急かしてくる。


「はぁ。行くしかないか」

「嘘でしょ? マジで行くの? あたしヤダ。絶対ヤダ!」


 駄々をこねるやよいにアシッドは深いため息を吐く。


「じゃあやよいちゃんはここでお留守番ねぇ?」

「え? いいの?」

「いいけど一人だから自衛はしてねぇ。あ、ごめん一人じゃなくて一人と一匹か。この子も一緒だからねぇ」


 そう言ってリドラの首を撫でる。

 右も左も分からないモンスターが出てくる危険な異世界で、飼われてるけど歴としたモンスターと一緒にお留守番。最悪な状況を想像したのか顔を青くしたやよいは震え始めた。


「行くよ……あたしも行く! だから一人にしないでよ!」

「はい、決定」


 アシッドはやよいの答えを聞くなり鉱山へと足を踏み入れる。こいつ、悪魔かと思いつつ怯えているやよいの肩をポンと叩く。


「ドンマイ」

「うぅ……異世界なんて大嫌い。早く日本に帰りたい……」


 泣き言を言うやよいを連れて俺たちも鉱山を登り始めた。

 結構なスタミナを消費するライブをこなしてきた俺たちは一般的な人に比べれば体力がある方だけど、この山を登るには足りなかった。

 足はパンパンだし、肺も痛い。汗は止めどなく流れてきて視界がぼやけてくる。年のせいか、とも思ったけど高校時代の俺でもこれは無理だっただろうな。


「ぜぇ……ぜぇ……ね、ねぇ、す、少し、休もう」


 体力の限界が近いやよいが息も絶え絶えになりながら休憩を求めるが、アシッドは「あと少しだから頑張ってねぇ」と余裕そうな足取りで却下してくる。正直俺も休憩したいんだけど。

 ウォレスと真紅郎はもはや喋ることすら億劫なのか無言で足を進めていた。


「まぁ、この辺ならありそうかなぁ?」


 山の中腹部、少し拓けた場所にたどり着いたアシッドは辺りを見渡してから立ち止まる。

 目的地に着いた俺たちが地面にへたり込みながら息を整えていると、アシッドが指輪ーー魔装を取り出した。


「はい、これ使ってねぇ」


 アシッドがそう言うと魔装が輝き、そこから人数分のツルハシが金属音を立てながら地面に転がった。


「え? 何それ、どっから出したの?」

「魔装からだよぉ。魔装には武器の形状と持ち運び用のアクセサリーみたいな小型化する形状があるのは教えたけど、実は便利な使い方もあるんだよねぇ」


 アシッドの話を聞くと魔装の二つの形状、武器モードとアクセサリーモードと言い換えよう。その二つのモードの内、アクセサリーモードの方はいくつかの使い方がある。

 魔装所持者が感じる気温を適温にする空調機能のようなもの、相手の攻撃を防ぐ簡易的な障壁機能のようなものなどがあるけど、大抵の人は<異空間収納機能>を使っているらしい。

 今挙げた機能は一つしか付けられないからアシッドを含めて魔装を持ってる人は、ほぼ空間収納にしているようだ。


「すげぇんだな、魔装って」

「キミたちも今から手に入れるんだよぉ。まぁ、見つかればだけどねぇ」


 そう言ってアシッドは指を地面に向ける。この岩だらけの場所のどこかにある……かもしれない希少な鉱石を今からツルハシを持って探さないといけないのか。


不可能インポッシブルだろ……」


 ウォレスががっくりとうなだれながら言う。正直、俺も無理だと思う。


「それでも探さないとねぇ。ま、俺も手伝うけど……面倒だなぁ。やっぱり俺は休んでていい?」


 やる気のないアシッドにため息を吐きつつ、俺たちはツルハシを持って魔鉱石を探し始めた。



 

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