四曲目『ユニオン』

 マーゼナル王国の城下町。そこはファンタジー映画に出てくる町並みそのものだった。

 城の正門から真っ直ぐに伸びるかなり広い大通りには中世ヨーロッパ風の煉瓦造りの家が立ち並び、露天商では商品を売ろうと精力的に声を張り上げる商人たちの活気に溢れていた。

 大通りには普通の人もいるけど、その中に剣や槍を持った人や魔法使いらしい杖とローブの人もいる。それが俺たちが異世界にいるんだということを改めて実感させられた。

 まるで映画の登場人物になったような気分で辺りを見渡していると、カレンさんに「皆様、はぐれないようお気をつけ下さい」と注意される。たしかにこの人混みだとすぐに迷子になりそうだ。

 前を歩くカレンさんを見失わないようについて行っていると、通り過ぎていく人たちを見ながらやよいが声をかけてきた。


「あたしたち、本当に異世界に来てるんだ……なんか、武器持ってるし」

「あぁ、そうだな。普通なら銃刀法違反だ」

「それに髪の色もなんか、カラフルっていうか……」


 やよいの言った通り、行き交う人たちの髪を見てみると色鮮やかだった。染めたようには見えない自然な赤髪や青髪、見慣れた黒髪もあれば驚きのピンク髪なんて人もいる。

 やよいと話していると真紅郎も話に加わってきた。


「これだけ色々な髪色がいるなら、タケルの髪もそんなに目立たなさそうだね」


 真紅郎が俺の髪を見ながら言うように、俺の髪は真っ赤に染めている。これは俺の趣味ではないんだが、バンドでのキャラ作りとしてやよいに命令された結果だ。

 ウォレスはアメリカ人らしく金髪で、やよいは髪を痛めたくないからと黒髪のまま。真紅郎は元々栗色の髪をしている。その中で俺が黒髪だといまいちインパクトにかけるから、という理由らしい。

 結果的に今の俺は真っ赤な髪色をしているけど、日本に比べればこの異世界で目立つことはなさそうで少し安心した。


「ハッハッハ! まぁオレなら異世界でも違和感なく生きていけるけどな!」

「……見た目ならな。ウォレスの性格は異世界だけじゃなくて俺たちの世界でも特殊だろ」

「つまりスペシャルってことか! サンキュー!」


 褒めてねぇよ。

 何を言ってもポジティブに捉えるウォレスに思わずため息が漏れる。

 そんなやりとりをしていると、カレンさんがある建物の前で立ち止まった。


「着きました。ここがーーユニオンです」


 カレンさんに案内されたユニオンと呼ばれる施設は中世ヨーロッパ風の町並みとは違い、白を基調とした教会のような建物だった。


「ここって教会か何かですか?」

「いいえ、違います。詳しい説明は中で致します」


 ユニオンについてよく分からないまま、俺たちはカレンさんの後を追って建物の中に入る。木製の両開きの扉を開くと、清潔感のある大理石の床が敷かれたエントランスホールが広がっていた。真っ正面にあるカウンタ

ーには職員が並び、そのカウンターの端には竜に剣が突き刺さっている黒いマークが刺繍された赤い旗が置いてある。


「……役所、みたいなところだね」


 真紅郎が呟いた感想通り、俺たちの世界で言う役所のような施設だった。カレンさんはカウンターにいる職員に一礼してから声をかける。


「私は王家直属のメイド長をしております、カレンと申します。マーゼナル王の命により、依頼しておりました四人の魔力測定をお願いしに参りました」

「あ、はい。お話は聞いています、お待ちしてました。ただいまユニオンマスターをお呼びしますので、少々お待ち下さい」


 そう言って職員は席を外す。ユニオンマスター、と呼ばれる人が来るまでの間、カレンさんは俺たちにユニオンについて説明をしてくれた。


「それでは、僭越ながら私の方からユニオンについて説明させていただきます。」


 ユニオン。

 犯罪者の取り締まりや捕縛、モンスターと呼ばれる野生生物の討伐をする組織のことを言うらしい。国家を跨ぐ、国とは独立した機構で正義を信念としているようだ。俺たちの世界で言う警察、みたいな奴か?


「どちらかと言えばインターポールかもしれないね」

「インターポールって……あの大泥棒を追うおっさんの?」

「実際のインターポールはあんな風な仕事をしないけど、この世界ならその認識で間違ってないかもね」


 なるほど。真紅郎の説明で何となくだけどユニオンがどんな組織なのかは分かった。

 そしてユニオンは各国に支部が設置されてて、その大本になるユニオン本部があるようだ。つまりここはユニオンマーゼナル王国支部、ってことになるのか。


「で、その支部の支部長、ユニオンマスターってのが俺だ」


 カレンさんの話を聞いている途中で、誰かが割って入ってくる。声がする方に顔を向けると、そこには一人の男性がいた。


「ユニオンマーゼナル王国支部、ユニオンマスターのロイド・ドライセンだ。よろしくな」


 銀髪を短く切りそろえた四十代ぐらいの男、ロイドさんはニッと口角を上げて笑いながら名乗る。左頬には大きな傷があり、服の下からでも分かる鍛えられた肉体を見て、ロイドさんから強者の風格を感じた。


「よろしくお願いします、ロイドさん。俺は……」

「あぁ、待て待て。自己紹介は後にしてくれ。まずは魔力の測定が先だ」


 ロイドさんはそう言うと俺たちに手招きしてきた。多分その、魔力の測定とやらをしにどこかに行くんだろう。

 先を行くロイドさんの背中を追いかけていくと、ロイドさんはある一室の扉を開いた。


「何だ、これ?」


 部屋に入ってすぐに、俺は思わず呟いた。

 その部屋にあったのはーードラゴンの石像だった。

 翼を畳みながら台座に座っているドラゴンの顔は真っ直ぐに俺たちを見つめ、まるで生きてるように見えるほどの存在感があった。


「これは<竜魔像>だ。これを触ると触った本人の魔法の素質が分かるようになっている」


 ロイドさんが竜魔像に触れると、重い音を立てながらドラゴンが首をもたげ、その口から炎を吹き出した。その色は赤と緑が混ざったような色だ。


「俺の属性は炎と風、つまり赤と緑だ。こんな感じに色によって素質が分かる」

信じられねぇアメージング……」


 俺たちが呆気に取られていると、ロイドさんがやよいを指差す。


「まずはそこの嬢ちゃん。こいつに触れてみろ」

「え? あ、あたし?」


 突然の指名に驚くやよいは慌てふためきながら俺たちの顔を見渡す。その様子にロイドさんは頭をポリポリと掻いて困ったような顔をしていた。


「別に命の危険はねぇぞ? なんならそっちのお嬢ちゃんにするか?」

「……ボク、男です」


 次に真紅郎の方を指さしたロイドさんは真紅郎の指摘に心底驚いている。まぁ、初見なら間違えてもおかしくない。それを言ったら真紅郎に睨まれるから言わないけど。


「誰でもいいから早く触れ。いつまで経っても終わんないぞ?」

「ハッハッハ! ならオレが先にやるぜ!」


 我先にとウォレスが前に出る。そして、ウォレスは竜魔像の前に立つとゴクリと喉を鳴らしてゆっくりと手を突き出す。

 そして、竜魔像は炎を吹き出した。その色は……紫。


「そんな……バカな」


 その色を見たロイドさんは目を見開いて唖然としていた。


「ヘイ、ロイド! 紫は何魔法なんだ?」


 ウォレスがそう問いかけると、ロイドさんは絞り出すように小さな声で呟いた。


「紫はーー音属性。過去に一人しか使い手がいなかった希少な属性魔法だ」


 音属性? しかも希少な属性魔法?

 理解が追いついていない俺を余所に、ウォレスは大声で喜んでいた。


「マジかよ! それってつまりオレはその音属性って奴に適正がある二人目ってことか! ハッハッハ! やっぱりオレってスペシャルだな!」


 狂喜乱舞しているウォレスを無視して次に真紅郎が竜魔像に触った。


「あ、ボクも紫だ」

「ハッハッハ……え?」


 次にやよいが触れる。


「あたしも紫なんですけど」

「え? え?」


 希少らしい音属性のオンパレードに喜んでいたウォレスの勢いが弱くなっていく。まさかお前もじゃないだろうな、と言いたげなウォレスの視線を受けながら俺も竜魔像に触れる。

 すると竜魔像の翼がゆっくりと広がった。

 まるで今にも飛び立ちそうな姿のドラゴンは首をもたげ、そして炎を出す。その色は、紫。

 それを見たウォレスは崩れ落ち、床を叩く。


「お前もかよぉぉぉ! てかどうして翼広げてるんだよ! 明らかにオレたちと違うじゃねぇか! どうしてタケルだけスペシャルな演出なんだよぉぉぉ!?」

「知るか! 俺が聞きてぇよ!」


 竜魔像は翼を広げたまま固まっている。どうして俺の時だけそんな動きをしたのか分からない。

 慟哭するウォレスを完全に無視してロイドさんに声をかける。


「えっと、こんな結果になりましたが、どうしましょう?」


 何かを考えていたロイドさんは俺たちをジッと見つめると、口を開いた。


「少し話があるから、執務室まで来い」


 そう言ってロイドさんは俺たちを執務室に呼び出した。

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