三曲目『決意』

「もう少しだけ、考えさせてくれませんか?」


 俺が出した答えはただの先延ばしだ。落胆するのも無理はないかもしれないが、俺だけじゃなくRealize全員に関わることなのに、そう簡単に決断できることじゃない。


「そうだな。私も少し早急すぎたのかもしれん。いいだろう、考える時間を与えよう」

「……すいません」

「謝ることではない。そうだな、ここで話し合いというのも集中出来ないだろう。客室に案内しよう」


 そう言って王様は一人の女性を呼んだ。綺麗な白い髪をまとめた、年齢は六十代ぐらいで顔にはシワがあるけど綺麗な顔立ちをした女性だった。多分、若い時はかなりモテたことだろう。

 ロングスカートのメイド服を着たその女性は年齢を感じさせないピシッと背を伸ばしてから俺たちに一礼し、客室まで案内してくれた。

 客室に向かう道中、俺はずっとどうするべきなのかを考え続けていた。王様の言った通り俺たちには戦うための武器……膨大な魔力が眠っている、はずだ。だけど、何度も言うが俺たちには戦いの経験はない。ただの音楽好きなインディーズバンドだ。

 そんな俺たちが、世界のために戦う? 命を賭けて?


「こちらになります」


 メイドさんの声にハッと我に返る。通された部屋は豪華な一室だった。高そうな調度品が置かれ、掃除が行き届いているのか埃一つない。俺たちは部屋に対面式に置かれた二つのソファーにそれぞれ座り、一息吐いた。


「今からお茶のご用意をさせて頂きます。申し訳ありませんが、少々お待ち下さいませ」

「え? あ、はい。ありがとうございます、えっと、……」

「私のことはカレン、とお呼び下さい。では、失礼いたします」


 メイドさん……カレンさんの丁寧すぎる対応に戸惑いながらお礼を言うと、表情一つ変えることなく一礼してから部屋を出ていった。

 部屋に俺たちだけが残され、数秒の間を空けた後にやよいが深い深いため息を吐く。


「マジで訳分かんないんだけど……魔法とか魔族とか異世界とか」

「まぁ、そうだよね。ボクも正直、理解は追いついてないよ」


 やよいに同意するように真紅郎も苦笑いを浮かべて答える。俺もその意見には同意だけど、現実に起こっていることだから手に負えない。

 俺たち三人が同時にため息を吐いていると、ずっと黙っていたウォレスが口を開いた。


「それにしても意外だったな。タケルなら即答で助けるって言うと思ったぜ?」


 ウォレスの意見を聞いたやよいも「たしかに」と顔を上げて俺を見つめる。


「あたしもタケルならそう言うと思った。だっていつも困ってる人は見捨てれない! とか言って助けようとするじゃん」


 二人の言うように、どうにも俺は困っている人を見捨てれない性分だ。それは自分でも分かっている。

 

「俺だって助けられるなら助けたいさ。でも、さすがに今回のことはちょっとな」

「へぇ。タケルにしては珍しいね」

「……おい真紅郎。俺にしては、ってなんだよ」


 随分な物言いに不満げにしていると真紅郎は微笑みながら「ごめんごめん」と謝る。こいつ、たまに毒を吐くんだよな。

 

「俺たちはただのインディーズバンド。音楽がなければただの一般人だ。戦う力もないし、戦ったこともない。そんな奴らが世界のために戦う? 命を賭けて?」


 正直、無理がある。

 ちょっとした人助けなら即答で助けるって言う。困っていることがあるなら俺が出来る範囲で助けようと思う。でも今回は規模が大きすぎた。世界の命運が俺に、俺たちにかかっているなんて、想像が出来ない。

 それに死ぬかもしれないって現実が問題だ。

 あと少しでメジャーデビュー出来るところまで来た。そこまでたどり着くのにどれだけ苦労したことか。

 毎日練習して、毎日曲のことを考えて、少しでも多くの人に俺たちの曲をーー音楽を聴かせたい、届かせたいって想いで頑張ってきた。

 そして、ようやく夢が叶うって時にこの異世界に呼び出された。 


「正直ーー勘弁してくれって思ってる」


 俺の率直な感想を言うと、みんな黙り込んでしまった。

 誰もがそう思っているはずだ。みんなも今まで頑張ってきたのに、その苦労が全部水の泡になりかねない。

 そんなの、俺だって嫌だ。


「そう、だよね。それにあたしだってまだ死にたくないし」


 やよいが言った言葉に拳を握りしめる。

 やよいはまだ高校生で、女の子だ。人生これからって時に死ぬかもしれないなんて受け入れがたいはずだ。

 俺だって死にたくないし、それ以上に……やよいを、Realizeのメンバーを死なせたくない。


「じゃあどうするの? 王様の話では、魔族を全員倒さないと帰れないらしいけど」


 真紅郎が言った通り、魔族を倒さないと元の世界に帰れない。それが一番の問題だ。

 戦うのも嫌だ。でも戦わないと帰れない。戦ったら死ぬかもしれない。死にたくない。死なせたくない。

 頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。


「なぁ、あれ何だ?」


 そこでウォレスが窓の外を見ながら俺たちに聞いてくる。こんな時に何を、とも思ったけどこのまま考え続けていると頭がどうにかなりそうだったから気分転換にはいいかもしれない。

 窓の近くに立っているウォレスに近づき、俺も窓の外を見てみた。そこには緑色の服を着た集団が集まり、何かをしている。


「何やってるんだろ?」


 同じようにやよいと真紅郎も窓に近づき、集まっている人を見ながら首を傾げる。真紅郎が少し考えてから「もしかして」と呟くと部屋の扉からノックが聞こえてきた。


「失礼致します。ご用意が出来ました」


 部屋に入ってきたのはカレンさんだった。丁度いい、外で何をしているのか聞いてみるか。


「あの、聞きたいんですけどあれって何をしてるんですか?」


 カレンさんは外をチラッと見ると「あれは葬儀です」とサラッと答えた。


「え? そ、葬儀なの?」

「はい」


 戸惑いながら再確認するやよいにカレンさんはお茶の用意をしながら何の気なしに肯定する。真紅郎は「やっぱり」と分かっていた様子だ。


「こっちの世界では喪服は黒じゃないんですね」

「黒、ですか? こっちの世界、というのは分かりかねますが一般的に緑衣を身に纏うのが習わしとなっております」


 人は死後、大地に帰り、残された者のための緑へと還る、というのがこの世界の葬儀だと説明してくれた。だから参列する人も緑衣を着るようだ。


「世界が変わるとそういうところも違うんだな」

「日本では火葬が一般的だけど、アメリカでは土葬……みたいな感じなんだろうね」


 なるほど、真紅郎の説明は分かりやすいな。

 そんな話をしながらぼんやりとその葬儀を見ていると、緑色の布がかけられた白い棺が運ばれていた。参列者が涙を流しながら棺を見送っている中、一人の男の子が棺に走り寄り、すがりつく。

 そして、遠く離れた俺たちにも聞こえるぐらいの、悲痛な叫び声を上げて泣きわめいていた。


「……あの子の家族なのかな」


 その様子を見たやよいがポツリと呟く。すると、カレンさんは泣いている男の子を見ながら答えた。


「父親だそうです」

「父親……そうなんだ。悲しい、よね。まだあんなに小さいのに」


 男の子はまだ十歳も満たない、小学校低学年ぐらいに見える。そんな年齢で父親を亡くすなんて、悲しすぎるな。


「病気だったのかな」


 やよいの言ったことをカレンさんは「いえ、違います」とすぐに否定する。


「魔族に殺されたのです」


 その言葉に思わずカレンさんの方に顔を向ける。

 カレンさんは葬儀を眺めながら、無表情で話を続けた。


「あの者は城に仕える兵士でした。少し前にあった魔族の襲来の際に戦場に赴き、そして殉職したのです」

「じゅん、しょく……」


 呆然としながらやよいは呟く。戦場で戦って死ぬ、なんて日本ではほとんど聞かない話だ。ニュースでどっかの国で戦争が起きて、そこで誰かが死んだ……とかで聞くぐらいだろう。

 だけど、ここは日本じゃない。実際に魔族と戦い、死と隣り合わせの世界なんだ。


「ですがあの者は国を、民をーー家族を守るために戦い、名誉ある死を遂げたのです」

「名誉ある死って、そんなの……」


 カレンさんの言い方にやよいの顔がどんどん青ざめていく。


「大切な人を守るために戦場に赴き、戦う兵士たちにとって死は悲しむものではなく、命を賭けてまで守り抜いた名誉なのです。そして、その高潔な魂は次代に受け継がれていく」


 泣きわめいていた男の子に一人の男性が近づき、一本の剣を手渡していた。ボロボロで傷だらけの剣は、男の子の体格には大きすぎる。それでも、男の子はその剣を大事そうに、誇らしそうに抱きしめていた。

 多分、あの剣は父親の物だろう。それを受け取った男の子は戦い抜いた父親の魂を受け継ぎ、同じように戦う決意をしているような、そんな目をしていた。


 その姿は誇らしく、尊いけど……同時に、悲しく見えた。


「あんなに幼い子供も戦う覚悟を決めている。それって凄いことだけどさ……なんか……」


 やよいは目に涙を浮かばせながら最後まで言わずに口をつぐむ。言わなくても多分、俺と同じことを思ったに違いない。

 俺たちの世界でも戦争はまだ起こってる。今でも争っている国はあるし、死んでいく人も多い。戦争によって悲惨な人生を送っている人や子供もいるはずだ。

 日本ではそれはない。それがいかに恵まれていることなのか、今になって分かった。いや、分からされた。


「……音楽、やりてぇな」


 ウォレスが言った一言に、俺は自然と頷いた。

 俺たちが出来ることは少ない。その少ないことの一つが、音楽だ。

 音楽で世界を平和にするなんて崇高な考えがある訳じゃないし、出来るとも思っていない。


 でも、誰かの心に届かせることは出来るはずだ。


「みんな、聞いて欲しい」


 Realizeのみんなが俺の方に顔を向ける。

 一度深呼吸をして心を落ち着かせてから、覚悟を決めて口を開く。


「俺はーー俺が出来ることをしたい」


 魔法とか魔族とか異世界とか、訳の分からないことが一気に入り込んできて頭の中が大混乱だったけどーーよくよく考えてみれば、簡単なことだった。もっとシンプルでいいんだ。

 俺が出来ることは少ないけど、出来るだけのことはしたい。


「だから俺は、それが必要なことなんだったら……戦おうと思う」


 戦うことは本当ならしたくない。だけど、戦わなければならないならーーそれが俺の出来ることなら、戦う。

 俺が出した答えに、やよいは「やっぱりね」と呆れた様子だ。


「ま、そっちの方がタケルらしいし。いいよ、あたしも戦う」

「え? いや、俺が戦うってだけで別にやよいが戦う必要は……」

「は? 何言ってんの? タケル一人で何とかなると思ってるわけ? 今までタケルのフォローしてあげてんの誰だと思ってるの?」


 やよいのあんまりな言い方に真紅郎も「そうそう」と頷いて同意する。


「ボクもどれだけフォローしてると思ってるのさ。まぁ、タケルのそういうところは嫌いじゃないんだけどね。猪突猛進過ぎるところは否めないけど」


 真紅郎の余計な一言にウォレスは「ハッハッハ! たしかに、タケルはワイルドボアだな!」と大笑いする。


「それにしても面白くなってきたな! 世界を守るために戦う勇者! まるでゲームの主人公だぜ!」

「お前な……死ぬかもしれないんだぞ?」

「ハッハッハ! 何を言ってるんだタケル!」


 ウォレスはニヤリと笑みを浮かべると、親指を立てて言い放った。


「俺たちがRealizeが揃えば、無敵だろ?」


 その言葉に思わず呆気に取られる。

 あぁ、やっぱり……シンプルが一番だな。


「ははっ、そうだな。よし、今すぐ王様に会いに行こう」


 答えが決まった俺たちはすぐにカレンさんに謁見の間まで案内して貰い、王様の前に舞い戻ってきた。

 こんなに早く俺たちが答えを出すと思っていなかったのか、王様は目を丸くして呆気に取られていた。


「王様! 俺たち決めました!」

「う、うむ、そうか。思いの外早かったな」  


 俺の勢いに気圧されていた王様は気を取り直すように咳払いをする。


「さて。それでどうするのだ?」


 王様の問いかけに、今度は迷うことなく俺が出した答えを言い放つ。


「俺は……俺たちは、戦います!」  

 

 その答えを聞いた王様はホッとしたように胸をなで下ろすと、満面の笑みを浮かべて喜んでいた。


「世界を救うために戦うことを決めてくれたか。感謝するぞ、勇者たちよ」

「世界を救えるかは正直自信ないですけど、困ってる人は見捨てられませんから」


 やっぱり俺は困っている人がいるなら出来るだけ助けたいし、見捨てられない性分のようだ。

 王様は俺の答えに満足そうに力強く頷いた。


「なるほど、お前は正義感が強い青年のようだな。さすがは勇者、と言ったところか」

「あ、いや……正義感、って訳じゃないんです」

 

 感心したように王様に言われたが、正確にはそうじゃない。俺は別に自分のことを正義感が強い人間だとは思っていない。なのにどうして見捨てられないのか。その理由はただ一つだけだ。


「困ってる人を見捨てたら、俺の中の何かを捨ててるような気がして。そうすると俺の歌声が、俺たちの音楽が死んじゃうような気がするんです」

 

 こんな自分本位な考えじゃ正義感が強いとは言えない。自分のために誰かを助けようとしてるんだから。

 王様は俺の話を聞くと目を見開いて驚き、そして目を細めていた。まるで何か眩しいものを見るような……懐かしんでいるような、そんな気がした。


「えっと、王様? どうかしました?」

「……いや、何でもない。改めて感謝するぞ、勇者たちよ」


 王様は何かを振り払うように首を横に振ると、持っていた杖の先を俺たちに向ける。


「ガーディ・マーゼナルの名において、お前たち四人をこの世界を救う勇者として認め、魔族討伐の任を与える。その際に必要なことは全て支援すると誓おう」

 

 王様はその立場に相応しい荘厳な態度で俺たちに宣言すると、大きな音を立てて床に杖を突いた。そして、いきなりのことでビクッと肩を震わせて驚く俺たちの顔を順番に見やった。


「勇者たちよ。お前たちの名を教えてはくれないか」


 そう言われればたしかに俺たちは王様に名乗っていなかった。誰から自己紹介をしようか、とみんなに目配せしようとするが我先にと口火を切ったのはウォレスだった。


「オレはウォレス! こう見えてもアメリカ人だ! Realizeのドラム担当にしてイケメン担当だぜ!」

「……見たら分かるし、イケメン担当ってバカじゃない?」

「ハッハッハ! おいおい、本気にするなよ。ジョークだよジョーク!」


 ウォレスの空気の読めてない発言にやよいがため息混じりに呆れながらツッコむ。だけどそんなことお構いなしで大笑いをするウォレスにやよいは諦めたのか続けて自己紹介を始めた。


「えっと、あたしの名前はやよい。Realizeのギター担当、です……これでいい?」

「まぁ、いいんじゃないかな? ウォレスみたいにふざけるなら止めたりはしないよ?」

「……勘弁して。こっちから願い下げだし」


 心底嫌そうな顔をするやよいに真紅郎は「だよね」と同意しながら微笑み、そのまま自己紹介を始める。


「ボクは真紅郎。やよいの一個上の十九歳。Realizeのベース担当。あ、一応言っておきますけど……ボク、男なんで」

「そこ必要か?」

「大事なことなんだよ。ボクにとってはね……色々あったから」


 昔を思い出して真紅郎は苦笑いを浮かべる。まぁ、ぱっと見で女性に見えるほど中性的な顔をしてるし、身長も百五十センチぐらいしかない小柄なやよいより少し高い程度だからな。間違えられるのも無理はない。

 さて、最後は俺だな。


「俺はタケル。Realizeボーカル担当でウォレスと同じ二十一歳。好きなことはーー音楽です!」


 ウォレス、やよい、真紅郎、そして俺。音楽好きの四人で結成したバンドがRealize。俺たちならどんな困難だって乗り越えていける自信がある。だって、俺たちRealizeが全員揃っていればーー無敵なんだから。

 王様は俺たちの自己紹介を聞き終えると、もう一度大きな音を立てて杖を突いた。


「ウォレス! やよい! 真紅郎! そして、タケル! お前たちの活躍を期待しているぞ」  


 王様の期待に応えられるのかは分からない。それでも俺たちはこの世界のために、そして……無事に日本に帰るために頑張るしかない。

 覚悟を決めて頷くと王様は椅子に座り「さて」と呟く。


「それではさっそくだがお前たちには<ユニオン>に向かって欲しい。そこでお前たちの適正魔法を調べて貰う」

「ユニオン、ですか?」

「そうだ。詳しい説明はユニオンにいる者に聞くといい」


 そう言って王様はカレンさんを呼び、ユニオンまで案内を命じる。


「それでは皆様、ユニオンまで案内をさせて頂きます」  


 俺たちはカレンさんに連れられて謁見の間から出る。扉が閉まる直前、俺はチラッと王様の顔を見ると、王様は口元を手で覆いながら笑みを浮かべていた。そんなに俺たちが戦うことを決めたことが嬉しかったのか?

 それなら、期待に応えられるように頑張らないとな。そんなことを考えながら、俺はカレンさんの後を追った。

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