二曲目『勇者』

「召喚された勇者が四人とは想像もしなかったが……むしろ、僥倖。さて、勇者たちよ。私はこの国<マーゼナル王国>三十二代目国王、ガーディ・マーゼナルだ」

「私は第一王女、リリア・マーゼナルと申しますわ」


 俺たちが最初にいた場所、地下室に現れた二人に連れられてきた場所は、外国の城にあるような豪華な一室だった。

 いわゆる謁見の間って言うところなんだろう。真っ赤な絨毯が敷かれ、汚れ一つない純白の壁に囲まれた部屋の奥には、まさしく王様が座るための豪華な意匠が施された椅子が置いてある。

 そして、そこに座るのがガーディさん__いや、王様と呼んだ方がいいか。

 俺が想像していた年老いた王様とは違い、五十代ぐらいの壮年の男性だった。

 豪華な衣装、宝石が散りばめられた王冠。手にはまるでファンタジー映画で出てくるような金色の杖を持っている。

 王様の姿はまさにファンタジーに出てくるようなキャラクターそのものだけど、それがコスプレではなく本物だと言うことは見ただけで分かった。

 その隣に立つリリア様も、金細工があしらわれたドレスを身に纏い、綺麗な金色の髪のもみあげ部分を縦ロールに巻いている、まさにお姫様という姿をしている。


「……チョココロネ」


 その髪型を見てウォレスが小さく呟いた言葉に、思わず吹き出しかけた。真紅郎とやよいも必死に笑いを堪えようと肩を震わせている。

 やめろ馬鹿野郎、とウォレスを睨みつつ笑いを堪えていると、王様はどこか気まずげにジッと俺たちを見つめていた。


「それにしてもどうしてお前たちはそんなに汗だくなのだ? それとその格好は……」

「そうですわね。貴族に町娘、盗賊に王族。一体どんな集まりなのでしょう?」


 困ったように、というより若干引いている気がする二人にそう言われた。汗だくなのはライブの真っ最中だったから仕方がないし、格好に関してはライブ衣装だ。

 今回のライブでのテーマは中世ヨーロッパ風ということで、俺はワインレッドのコートを羽織った貴族が着るような宮廷衣装風に。

 やよいはモスグリーンを基調としたロングスカートをはき、酒場で働いている町娘風。

 真紅郎は頭にスカイブルーのバンダナを巻いた盗賊風、そしてウォレスは赤いマントをなびかせた王族風といった具合になっている。

 改めて見るとあんまり統一感がないな。中世ヨーロッパ風とだけ決めて、あとは個人の自由にしてしまったせいか。

 王様たちからすると身分が違いすぎる集団に見えるから違和感があるんだろう。


「えっと、俺たち、じゃなくて私たちはライブの途中だったんです。これはライブ衣装で……」

「らいぶ? それは一体何なのでしょうか?」

「その……おい、真紅郎。どう答えればいい?」


 ライブという言葉を聞いたことがないようで意味を聞いてくるリリア……じゃなくて、リリア様にどう答えていいのか分からず真紅郎に助けを求める。

 すると、真紅郎はやれやれと首を振り、俺の代わりに口を開いた。


「ライブというのは観客の前で音楽を生演奏することですよ」

「おん、がく……とは?」

「おいおい、もしかして音楽ミュージックを知らないってのか? 信じられねぇアンビリーバブル……」

「ちょ、ウォレス! その言い方は失礼だって!?」


 音楽を知らない姫様にウォレスが驚いているけど、王族相手にいつもの口調は失礼に値する。すぐにやよいがウォレスを窘めると、王様はククッと小さく笑った。


「いや、すまんな。私を前にしてそんな話し方をする者はそうはいないもので、つい笑ってしまった。気にすることはない、楽な話し方で話すといい」


 どうやら王様は気にしていない様子だった。それどころか友好的な反応に少し安心する。まぁ、それでもある程度は敬語は使うべきだろうな。

 それよりも……聞きたいことはたくさんあった。


「それで、勇者って何ですか? それに召還……でしたっけ? 気付いたらここにいたし、そもそもここって__俺たちの世界・・・・・・とは違います、よね?」

「まぁ、まずは落ち着くといい。一つずつ、お前たちの疑問に答えよう」


 王様は咳払いをしてから事の経緯を語り始めた。


「最初に話したがここはマーゼナル王国と言う国だ。この国は……いや、この世界は<魔族>と呼ばれる種族に侵略されている。何とか応戦しているが……手に負えないほどに奴らの力は強大だ。そこで私は魔族たちへの対抗策として、勇気ありし強者__勇者を求め、<召還魔法>を使った」


 魔族、勇者、魔法。まさにファンタジーな単語ばかり。これではっきりした。


 やっぱり、ここは俺たちの世界じゃなく__異世界・・・のようだ。


 信じられないことだけど……夢でも空想でもなく、現実に俺たちは異世界にいる。

 その事実に愕然としていると、やよいが恐る恐る手を挙げた。


「あの、いきなりそんなこと言われても意味分かんないし、そもそも魔法って、どういうことなんですか?」

「む? 魔法を知らないのか?」

「いや、知ってます……けど魔法って空想のもので実際にはない、はずなんです」

「ふむ、魔法がない。つまりお前たちは、魔法がない世界から召還された……ということか?」


 王様としても予想外だったのか、目を丸くして驚いている。

 そこで、リリア様が首を傾げながら口を開いた。


「ですが、あなた方からは膨大な魔力を感じられますわ。それなのに魔法がない世界から来たというのは……召喚魔法によるものでしょうか?」

「ま、魔力? 異世界? あぁもう、マジで訳分かんない。あたし、ついていけない……」


 やよいは頭を抱えてうなだれる。

 いきなり漫画や映画の世界でしか存在しない魔法や魔力の存在、それに加えて異世界なんて言われても、普通なら信じられないだろう。俺だってまだ……正直、半信半疑だ。

 そこで、顎に手を当てて考え事をしていた真紅郎が口を開いた。


「話をまとめるとボクたちは王様の力でこの世界__ボクたちにとっての異世界に召還され、勇者として魔族と戦わなくてはならない……ということですよね? ですが、ボクたちは勇者ではなく普通の一般人。力も武器もないですし、そもそも戦いの経験なんて皆無なのですが?」

「お前たちから感じられる膨大な魔力は一流クラス。魔法を使う術を覚えれば、魔族とも対等以上に戦えるだろう。戦う上で必要なこと__魔法の使い方や武器の扱い方などは、私が全力で支援すると約束しよう」


 現実じゃありえないことに巻き込まれていても、真紅郎は冷静に状況を分析して王様に質問する。

 そして、王様の答えに納得したように頷くと、続けて問いかけた。


「なるほど。次の質問ですが、もしもボクたちが王様の話を断った場合・・・・・__元の世界に帰ることは出来るのでしょうか?」


 真紅郎の問いに王様は申し訳なさそうに首を横に振る。


「……すまないが、それは出来ない。召喚魔法は、召喚主の願いを叶えるまで__魔族を討伐する・・・・・・・まで、元の世界に戻すことが出来ないのだ」

「__そうですか、分かりました」


 王様の話を聞いた真紅郎はまた黙り込み、考えごとを始めた。真紅郎なりに色々と考えている途中なんだろう。邪魔しないようにしておくか。

 真紅郎の質問に答えた王様は、眉間に皺を寄せながら目を伏せて話を続けた。


「今回のことは私にとっても予想外な事態だ。召還された勇者は一人ではなく、四人。それも魔法がない異世界の住人で、戦いの経験がない一般人。だが、それでも私にはもう……お前たちに頼るしかない」


 王様はそう言って手に持っていた杖をギリッと強く握りしめる。


「情けない話だ。一国の王がこの様では、民に示しがつかないだろう。それでも、この国の……この世界の平和を考えれば、そんなことを言っていられない。今でも魔族によって苦しむ人々がいる。私にはそれが__我慢ならん」


 王様の言葉にリリア様は顔を俯かせる。そして、王様は顔を上げて俺たちを見つめた。


「お前たちに頼むのは酷なことなのは重々理解している。だが、頼む。この世界のために戦ってはくれないか?」

「私からもお願い致しますわ。どうか、国を……この世界を救って下さい」


 一国の主とその姫に懇願されたけど、どう答えればいいのか分からない。でも、その姿に思うところはあった。


「だとよ、タケル。どうするんだ?」


 今まで何も言わなかったウォレスが、俺に問いかけてくる。


「……どうするの、タケル? あたし、もうどうしたらいいのか分かんない」


 頭を抱え、いっぱいいっぱいになっているやよいが俺に助けを求めてくる。


「うん、そうだね。タケルが決めてよ」


 ある程度考えがまとまったのか、真紅郎が俺に決定権を受け渡してくる。


「俺は……」


 少し言葉を止め、考える。

 いきなり異世界なんて場所に召喚され、俺たちはどうしたらいい?

 戦いの経験がない俺たちが魔族なんて奴らと戦えるのか?

 魔法なんて空想上の力を、操ることが出来るっていうのか?


 俺たちが世界を救うなんて__出来るのか?


 どうにか頭の中で答えを出した俺は、仲間たちの視線を受けながら……王様に言い放った。

 

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