記憶の宝石館
門田町。私の住むこの町は多分地球上で一番超常現象とか心霊現象とかそういうオカルトの類のものが多い町だ。
門田町、立石地区、まるめろ商店街の隅にある「記憶の宝石館」もその類の一つ。
大正浪漫を彷彿とさせる洋風のその小さな建物は色ガラスをちらちらと輝かせ、恥ずかしそうにそこに立っている。
チリンチリン。
「いらっしゃい」
「あ、こ、こんにちは。……失くした記憶を取り戻す事が出来るお店があるって聞いたんですが」
「ええ、ここで合っていますよ」
出迎えてくれたのは学ラン男子。和風男子よろしく切りそろえた黒髪、黒く輝く大きな瞳を飼う整った可愛らしい顔。見た目は十二歳の真っ黒ショタとでも言えば分かりやすいかな。(え、分かりにくい?)
「あ、貴方は?」
「ああ、申し遅れました。僕はここ『記憶の宝石館』店主、座敷童の『黒耀』です。よろしく」
「よ、よろしく」
あれ、今この子自分の事「座敷童」って言わなかったか? しかも店主? この子が?
「因みに齢は三百。決して八歳とか十二歳とかではないのでお間違えの無いように」
益々妖怪らしい情報を提供してくる黒耀くん。一体何者なんだ……。
「それで? どんな用事ですか?」
私の疑問はお構いなしに黒耀くんがいたずらっ子のような瞳で私を見つめてくる。
こくりと喉が鳴った。
「……実はこの人の名前を探して欲しいんです」
私は家で書いてきた依頼書を彼にそっと手渡した。
「ふうん、手掛かりはこの二文。今は記憶の奥底に隠れる一番の恋の相手ねぇ」
「こ、声に出して読まないでください!」
「別に良いだろ」
「良くないですよ、恥ずかしいんですから」
「僕ら二人以外に聞いてる人なんていないじゃないか」
「それでも……恥ずかしいものは恥ずかしいんです!」
「ふーん、可愛い」
「うるさいです!」
彼の言う二文とは『先生、昨日失恋しました。最悪の気分です』というとても短いもの。誰にも明かしていなかった二人だけの秘密の恋が外に漏れ出たのはこの時だけだった。
一年間、ずっと付き合っていた少年少女の恋がある日突然終わりを迎えた。
理由は分からない。
経緯も分からない。――いや、思い出せないっていう方が正しいのだろう。
……。
「こんな記憶、最初は覚えていたくなかった。あの二文を見るだけで吐き気がした。でも、最近になって何だかこの記憶は覚えていなくちゃいけないような気がしてきて……」
「それでここを訪れた、と」
こくんと頷いた。
「ふーん、なるほどね」
沈黙が滑らかに流れる。先程黒耀くんが出してくれた紅茶の湯気がゆらゆらと揺らめいているのを静かに眺めた。
「ところで!」
ぼんやりとしていた私の目の前に可愛らしい少年の顔がずずいと迫る。
「わわ!? 何ですか」
「お客さん、お名前は」
「ゆ、ゆりです」
「お年は」
「じゅ、十七、です」
「ではゆりさん。改めて貴女の依頼、お受けいたしましょう」
「本当ですか!」
「ええ、考えてみた結果大丈夫そうなのでこの依頼受ける事にします。――で、依頼の遂行に先立ってお聞きしますが、ここのルールはご存知ですか?」
「る、ルール?」
先程までの少年のような態度とは打って変わった大人びた彼の行動にちょっとどきりとする。
「ええ、ご説明いたしましょう。ここは『記憶の宝石館』。人間達の脳から零れ落ちた記憶が最終的に流れつく場所です。流れついた記憶達は思い思いの宝石を身にまとい、宿主に思い出してもらうまでここで静かに眠ります。いつかは思い出せる記憶なのですが、思い出すまでには時間も手間もかかる。そこで無理やりすぐに思い出したい人間達の為に建てられたのがこの『記憶の宝石館』なのです! 思い出し方は至って簡単、お客さんにこの店に眠る大量の宝石の中から目当ての記憶を探してもらうだけ!」
そう言いながら彼は「店主席」と書かれた張り紙が貼られた番台のような台の上に乗り、その背後にある天井まで届く程の大きな棚を両側に滑るようにどかした。棚は見た目とは裏腹に重量感なく簡単にその身をどかし、その更に後ろの方に広がっていたこの店の外観からは予想できない程の巨大な空間をあらわにした。
端っこも見えない程の広すぎるフロアーにきらきら輝く物が乱雑に山のように積みあがっている。
……あれが話に出てきた「記憶の宝石」?
「この店はフロアーの広さ明治街六個分、五十六階建て、この本館の他に二号館三号館があるとても広い建物になっています」
「え、広っ。どうやって探すの……」
「尚、現在増殖中」
「増殖中!? え、建物なんですよね? 何で増殖してるんですか!?」
「謎です」
「謎……」
サラッと言われてしまった。(しかもにこっとしていた)
「ま、昨日までニ十階建てだったのに今日は四号館まで増えてて更に百階建てになっちゃってるなんて、この店ではよくある事です。逆も然り。今日はたまたま五十六階建ての建物が三つあるってだけです」
「あれ、外見は小さな洋風の建物でしたけど――」
「謎です」
「また謎ですか」
「まあ、これもよくある事ですから」
よくあって良いのだろうか。
「――人は日々生まれ、死にゆきますから。必要のなくなった宝石達は自らその身を滅ぼしていきますし、必要のなくなったフロアーは自ら消滅していきます。感動に呑まれればそれまでの考えが薄れてしまうし、何かが完成すれば次の準備の為にここに記憶が流れついてくる。全てごくごく自然な事です」
「……」
一瞬黒耀くんの雰囲気が変わった気がした。
しかしそれもすぐに元に戻る。
「ま、座敷童である僕にとっては全部どうでも良い事なんですけどね!」
「はは、は……」
思わず苦笑いしてしまう。
「さあて! それで記憶探しに移る訳なんですが、記憶を探す行為自体はタダです」
「え、お金取らないんですか!」
「ええ、勿論ですとも。記憶は元々探しに来たお客様の物ですから」
「へえ! それはありがたいなぁ」
「――もっとも、この物凄い数の中から死ぬ前に記憶を見つけられる自信があれば、の話ですがね」
そう言われて「う……」と言ってしまう。流れるような動作で視線を店主席の背後に広がる巨大な空間に送る。
「ム、ムリ」
「そう! 到底無理! そこで便利なのがこの僕『黒耀』なんです!」
「通販みたい……」
「つべこべ言わない! ――さて、なんと僕の手元にはこちら! この店にしまわれている記憶達のリストがあるんですね!」
その言葉に合わせて何もない所から分厚いリストが現れる。凄い!
「おー!」
「これと僕の魔法さえあればどんな記憶でもすぐに探し出せちゃいますよ!」
「本当にどんな記憶でも見つかるんですか!?」
「ええ!」
「昨日ど忘れした教科書の問題も?」
「勿論」
「失くし物を最後に置いた場所も?」
「あるあるだね」
「無駄に頭に蓄えて結局忘れた雑学も?」
「……それは思い出さない方が良いかもしれないけど、それについても例外は無いよ。――ただし、それに見合う代償が支払えればね」
「……!」
うっわ出た、「代償」。
こういうのに関わると大抵酷い目に遭うと昔から決まっている。
だって代償のほとんどは「手」とか「足」とか「時間」とかだし、もっと酷いのだと――。
「因みに最近の代償は手作りバタークッキー二枚だったかな」
……、……やっす。
「ま、すぐそこに転がってた教科書の答えの記憶だったからね。それに見合う等価としてバタークッキーが丁度良かったという訳なのさ」
「ち、因みに一番高かったのは?」
「……、……言える訳ないだろ」
ちょっと、変な間! 答えるまでに変な間が!
「ま! 他にも沢山のルールはあるけど、取り敢えずはこれ位にして、そろそろ記憶を探しに行こう!」
「や、まだ話は――」
「大丈夫、今からその話をするんだから」
「……で、いくら払ってくれるの」
熱を持った脳を一気に冷ます、凍った一言が突き刺さった。
そうだ、代償。
「い、いくら払えば良いの」
「うーん、小学三年生、恋の記憶、手掛かりは二文とゆりさんのかっすかすの想い出だけとなると……」
「悪かったわね、かっすかすで」
そんな私の皮肉には目もくれず(耳もくれず?)に彼はぶつぶつと試算を進めていく。
「そうだな、時間も相当かかるだろうから……」
「ざっと(ピー)ぐらいかな!」
「ギャーギャー!」
「ん? どうしたの?」
「そんな大変なもの、にっこり笑顔で要求するんじゃない!」
「え? (ピー)だよ? (ピー)だったら余裕でしょ。……まあ、あるあるネタの手足に匹敵するけど手や足じゃないんだから良いよね」
「良くない! そんなんで良いって事になったら全人類ぶっ倒れるから!」
「えー、でも作者がどうせ規制音被せてくれるから良いじゃん。言うだけなら安いよ? (ピー)」
「裏事情を言うんじゃない! あとどさくさに紛れてボソッと(ピー)って言わないの! ってああもう!」
被せたけどね!(by作者)
「でもなあ。一人では探せないでしょ? さっきも言ったかもしれないけど、時間相当かかるよ? ゆりさん一人で探せるの?」
「そ、それは……」
出来る事ならば是が非でも思い出したい。でもあんな大変な物、支払うなんて私には出来ない。
「ほ、他には無いんですか」
「他?」
「私に支払える物で最大限の物は支払います! ――あ、とはいっても手を切断とかそういうのはちょっと勘弁ですけど……」
沈黙が流れる。
彼の黒耀石の双眸が私をじっと見つめて離さない。
また喉がこくんと鳴った。
「他、あるよ。僕が一番欲しいものを君はもしかしたら持ち合わせているかもしれない。それに賭けてみる事にする」
直後、彼の瞳がにやりと笑った。
「持っていなかったら……?」
「その時は(ピー)」
「嫌だ!」
「あはは! 冗談冗談! でも、多分君はほぼ確実に持ち合わせていると思うんだ」
「そんな根拠のない……」
「大丈夫。座敷童の予感は大体的中するから」
不敵にそう言って彼は私の前に手をすっと差し出した。今まで気づかなかったけど彼は車掌さんが着用しているような白い手袋をしていた。
「探すのは君がしてくれ。サポートだけはしてあげる」
「あ……」
「案外これ位の方が君にとっては良いかもしれないね、ゆりさん」
「……」
私は彼の手にそっと手を置いた。それを彼は強く握って引き、私を立つように促す。
「さあ行こう。後払いでよろしくね」
にこっといたずらっぽく笑う彼の顔に少しどきっとしてしまった。
「記憶の確認方法は色々あって、簡単な方から、僕がリストを使って持ってくる、映写機にセットして中の記憶を視る、僕に鑑定してもらう、自分で宝石を覗くの四種類がある。でも、今回の場合一番目以外は死ぬまでに行う事すらも難しいだろう。そこで――このチョークを使う」
黒耀くんが人差し指を立てながら微笑む。その瞬間何もない所からチョークが音もなく現れた。
「凄い……」
「こんな事でいちいち驚いてたら体がもたないよ。なんたって、今から『旅』をするんだから」
「た、旅!?」
「そう! とはいっても現実世界じゃない。僕の魔法とここの宝石達の力を使って君の脳内にダイブする」
「まさか……」
「ああ、そのまさかだよ。君には自分で脳の中からその時の記憶を取り出してもらう」
黒耀くんは二人の周りにぐるりと円を描いた。そのままその円の中に訳の分からない記号を書き連ねていく。
魔法陣……?
「それ、どうするの?」
「まあ見てなって」
書き終わった後、彼ははめていた手袋を外し、それから学ランのポケットの中から黒耀石を一つ取り出した。
そして黒耀石を掴む右手を前に、左手を右手とは九十度の角度で左に、それぞれ伸ばした。
目をつむる。
「Nolite ergo solliciti esse.」
何かぶつぶつ呟きながら黒耀石を魔法陣にぽとりと落とした。
「あっ」
私が思わず口から「あ」を取り落としたとき床に落ちた黒曜石が儚く砕けた。
――と、その瞬間青白い光が割れた黒耀石から閃光のように勢いよく溢れ出た!
「キャッ!」
「僕につかまって! これから記憶の集う峠に向かう!」
「き、記憶!?」
青白い光がだんだんと店内を包んでいく中、彼は何度放ったかしれないあの不敵ないたずらっ子の笑みを私に向けた。
「星屑峠さ」
「星屑峠……」
店内での記憶はここで途切れた。
(つづく)
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