二ノ二 妖刀検
全員、死んだ。
それは、考えるべきだった。
小野さんにそのことを言われてから、寝ていてもずっと、そのことが頭で反芻された。
思い出すのは、犬井くんと鳳さんの死に際の姿ばかりで。
あのふたりとは、他にも少しくらい話をしたりしたはずなのに、どうしてあの場面ばかり思い出すのか。
考えたくなくても、どうしても頭に浮かんでしまう。
どうして。
どうしてわたしが、わたしだけが生き残ってしまったのだろうか。
わたしじゃなくて、もっと、生きているべき人がいたんじゃないかと、そんなことを考えてしまう。
だからというのもあって、いや一番はまだ腕が痛くてあまり動かしたくないからだけど、封筒の中に入学届は見てすらいない。
「いやおかしいな」
数日後にわたしを診察した医者は首を捻った。
「全治三か月の大怪我のはずなんだが、この調子だとあと二週間くらいで治るよ。まだ痛むだろうけど、もう動いても大丈夫なくらいだ」
「怪我の治りが早いのだけが取り柄なので」
「それにしても早くないかい?」
とか、そんなやり取りをして、わたしはまだ退院できないけれど、外出を許されるくらいには回復していた。でも、回復すればするほど、考えないといけなくなる。
花菱高校へ、入学するかどうかを。
それを考えるのが嫌で、自分の取り柄がこのときばかりは恨めしく思えた。
そんなある日のことだった。
「失礼しまーす………………」
いつものようにベッドの上でぼうっとしていると、病室の扉が開いて誰かが入って来る。それは……。
「為定くん!?」
「どうも、お姉さん。ご無沙汰してます」
入ってきたのは、家鳴屋敷で出会った少年、家鳴為定くんだった。
「お見舞いに伺いました。お加減、いかがでしょうか」
彼はそれが普段からの姿なのか、着物に羽織り姿という、屋敷で見たのと同じような出で立ちである。そしてあのときと同じような慇懃さで、わたしに話しかけてくる。
「為定くん…………」
実は、今あまり会いたくない人物のひとりだ。
だって、わたしは…………。
「どうかされましたか? まだ、体が痛むとか?」
「う、ううん。そうじゃなくて………………」
わたしは、彼の両親を殺したのだ。正確には、繭子さんの方は炎の刀を持った妖刀剣士が殺したし、わたしは抜いた刀に振り回されたような状態だったけれど。
わたしが殺したことに、変わりはなくて……。
様子を見て、わたしが何を気にしているのか悟ったらしい為定くんは、にこりとほほ笑んで、それからベッドの傍の椅子をひいて腰掛ける。
「覚悟は、半年前にできていました」
「え…………」
「話は父からよく聞かされていましたから。妖刀に魅入られて鬼になった者は、元に戻らないと。だから両親が剣鬼になった半年前から、こうなる覚悟はしていました」
本当だろうか。分からない。こんな子どもの為定くんが、そんな覚悟を…………。
「でもわたしは、やっぱり君の両親を殺して………………」
「そうしないと、お姉さんは、いや、ぼくたちは死んでいました」
静かに、ただ滔々と語る。
「泣くのは、半年前にもう飽きるほど泣きました。あの屋敷は、泣くのにちょうどよかったから……。だから両親が死んでも、悲しさよりも、ぼくはほっとしたんです」
「………………」
「あのまま化け物の姿で屋敷を彷徨うよりは、だいぶいい結末です。だからそんな結末へ導いてくれたお姉さんを、感謝こそすれ恨んだりしませんよ。だからお姉さんも、気にしないでください」
「うん……………………ありがとう」
本当に、それでいいのだろうか。でも、今は、彼の言葉に縋るしかない。
「もしもーし」
「うわっ」
為定くんの言葉に感じ入っている間に、もうひとり、病室の中に入っていた。
「お元気ですか? お元気そうですね」
入ってきたのは、花菱高校の制服である黒いセーラー服の上から青いコートを着た女性である。首から大型の海中ゴーグルを下げて、腰には刀を帯びている。
この人…………家鳴屋敷で見た。
「慰め合いも大事ですけれど、時間も惜しいので本題に入ってもよろしいでしょうか?」
家鳴屋敷で見たときは暗くてあまり見えなかったけれど、目鼻立ちのはっきりした人だ。髪は女性にしてはひどく短い。ほとんど男の人くらいの長さだ。それでも全体的に快活さよりも清楚さが滲み出ている。
刀も、あのときよりはっきりと見える。あれも、妖刀なのだろうか。気配が凪いでいる。凪いでいるのが分かるってことは、気配自体は放っているってことなんだろうけど、わたしが見てきた数少ない妖刀の経験では考えられないくらい、静かで穏やかな気配が流れている。それは、持ち主の気配も同じだ。
その妖刀は、鱗模様の藍色の鞘に納められている。見た感じ、家守定や糸紡、無骨丸より少し短いような気がする。鍔は鱗の形をそのまま模しているけれど、なぜか逆向きに据えられている。いや、あの向きでいいのだっけ? 刀は詳しくないからなあ。
「えっと、あの……」
「ああ。申し遅れました。わたし、花菱高校一年生の
言って、くすくすと笑う。
この人……わたしの名前を知ってる。名前だけじゃなくて、わたしが花菱に入学できることも?
「そうだ、忘れるところでした」
思い出したように為定くんが呟く。
「お姉さんは、外出許可が下りたと聞きました。それで、
「妖刀検…………え?」
なにそれ。
「詳しい話は後ほど。今、出られますか?」
いや出られますかって。
連れ出す気じゃん。
事情はイマイチ分からなかった。でも、どうやらその妖刀検のためにわたしが必要で、そのためにわたしが外出許可を得られるまで待っていたことは理解できた。いつまでも病院のベッドでくさくさしても体に良くないと思い、為定くんの提案に乗ることにした。
「あ、でも服」
「服?」
為定くんが首をかしげる。
家鳴屋敷からこっちまで直送だった上に、入院してから一度も外に出ていないから着替えがない。屋敷で動き回っていた時に着ていた制服とコートは返り血でべたべたになって、捨てられてしまった。
「駄目ですよ家鳴さん。女の子の準備には時間がかかるものと相場が決まっているんです」
などと冗談を言いつつ、天下さんが準備してくれていたらしい服を受け取り、それに着替えた。シンプルなセーターとスカート、それからダウンジャケットである。
準備には確かに手間取ったけれど、それは体を曲げ伸ばしすると痛むからで、女の子なのは関係ない気がする。わたしはまだ、準備に手間がかかるほど女の子じゃない、と、思う。
周子ちゃんからはもっと洒落込めと言われるんだけど、まだ早い気がして。
着替えが終わると、松葉杖をついて待たせてあったらしいタクシーに乗り込む。天下さんは助手席、わたしと為定くんが後部座席に座って、天下さんが行先を告げた。
「
「ひとかべ…………?」
って、なんだっけ? どっかで聞いたような…………。
「お姉さんは知らないんですか? 人首製鉄」
「大企業はあまり詳しくなくて」
「大企業ってところまで分かっていたら十分だと思うですけど」
そんなものだろうか。
「国内最大の製鉄会社ですね。刀剣類の作成も行っているところです」
「そんなところに妖刀が?」
「はい、今、家にあった三振りの妖刀はそこにあるそうです。研究所内に、妖刀の検査場もあるらしくて」
「そんなものが…………」
そういえば妖刀、妖刀剣士と持ち上げても、それを支えるであろう裏方については、何も知らないんだよなあ、それ以前に妖刀についても全然知らないんだけど。
『人首製鉄の保管庫から大量の刀剣類が盗難された事件から、二週間が経過しましたが、未だに警察は犯人の足取りを掴んでいないとのことです』
ちょうど、話題にしていた人首製鉄に関するニュースが、タクシーのラジオから流れてくる。
「こんな事件、あったんだ」
二週間前は痛みでのたうち回っていたから知らなかった。
「はい。なんでも盗まれた刀剣は百本近いとか」
「それは盗まれ過ぎじゃない? セキュリティ甘すぎ」
「大事な商品の保管庫なんで、セキュリティは万全のはずなんですけどね」
というか刀剣類百本って、そんなに在庫を抱えてどうするんだろう。人首製鉄の工場じゃ一日数百本の刀が造られていますとか、そんなノリなのかな。
などと考えていると、病院から研究所まではそんなに距離がないのか、すぐ着く。天下さんは何度かここへ来たことがあると見えて、慣れた足取りでわたしたちを案内してくれる。
製鉄所……というより研究所らしいこの施設は、まるで学校の建物のような造りをしている。中には白衣を着た人が何人も歩いている。
「はい、ここですよ」
研究所に入ってしばらく歩くと、目的の部屋に着いたらしい。どれも同じような扉だから分からないけれど、表に『妖刀検場』と書かれている。
「失礼しまーす」
天下さんが入っていく。わたしと為定くんも後に続く。するとそこには………………。
「おうここか? 生意気言うやつの折られたら困る腕はここか?」
「ぎゃあああああっ!」
広い室内の一角で、プロレスごっこが繰り広げられていた。
え、何事?
「腕が駄目なら足を折ってやろうか?」
「いやギブギブギブ!」
プロレスには詳しくないけれど、技をかけているのは金髪の、白衣を着た女性の方らしい。かけられているのはスーツ姿の眼鏡の男性――――って。
「小野さん!?」
技を掛けられて腕と足を折られそうになっているのは小野さんだった。
「よーう天下ちゃん。来たね。今こいつの腕折るから待ってて」
金髪の女性がこちらに気づいたのか、こっちを向いて朗らかに言う。
「あ、お構いなく」
「いや構いましょうよ!」
このままじゃ本当に小野さんの腕折れるよ!?
「お、小野さん……。大丈夫ですか? 何があったんですか?」
「だ、誰でもいいからこいつを止め、ぎゃああああっ!」
わ、わああああっ!
しばらくごたごたして、金髪の女性はようやく小野さんを解放した。
「ふうっ。ま、今日はこの辺にしておいてやるか」
「永遠にこの辺にしておけ。じゃあ、俺は帰るから、後は頼んだぞ」
「へいへい」
小野さんはそれだけ言って、部屋を後にした。
いやあの人何しに来たんだ? わたし視点からだと腕折られそうになっただけなんだけど。
「いやあごたごたしてすまんね。わたしは
うわ、普通に自己紹介はじめた。
小野さんに技かけてたことを何事もなかったかのようにスルーしている。
「本日はお忙しい中、ありがとうございます」
為定くんは深々と礼をした。こっちも流す気だ。
「私は妖刀家守定、糸紡、および無骨丸の管理を父家定から引き継ぎました、家鳴為定と申します。本日は妖刀検のほど、よろしくお願いします」
そうか。父親の家定さんが亡くなったから、妖刀の管理は為定くんが行うことになるのか。
太刀川さんは手を振って、快活に答える。
「そんな固くならなくていいって。若い子どもがさ。さっきまでプロレスごっこしてたこっちがバカみたいじゃん」
最後の最後でスルーしなかった……!
ちらりと、為定くんはわたしの方を見て太刀川さんに紹介を促す。
「こちら、夜光珠鉄華さんです。本日の妖刀検に必要とのことで、お連れいたしました」
「ほいご苦労さん。君が夜光珠ちゃん?」
「は、はい…………。夜光珠鉄華です」
「ふうん……。二体の剣鬼と戦ったって割には覇気のない子だねえ。まあそれが普通なんだけどさ」
この人…………知っているのか。
「あの……それでさっきから話題に上がっている妖刀検ってなんですか? わたしが必要だって話でしたけど…………」
「ああ、君はそこから説明が必要なタイプだったね」
太刀川さんは白衣のポケットに手を突っ込んで、つかつかと研究室を歩く。部屋の奥に机があって、そこには細長いアタッシュケースが三つ、鎮座している。
「妖刀検とは読んで字のごとく、妖刀の能力や性質を検分することだよ」
「検分……?」
「ま、大抵はほら、妖刀って選ばれた人しか抜けないし、下手に抜いたら剣鬼化して危ないから、実物と顔を合わせて云々することって少ないんだけどね。普通の場合、妖刀検は妖刀の代々の管理者から伝承なんかを聞いたり、残ってる古文書を解析したりする」
白衣のポケットから手が抜かれる。その手には鍵が握られている。
「でもさ、中には何の伝承も残ってないものもある。そういうときはわたしの出番かな。実際に刀にぶつかってみて、いろいろ確かめたりする。だいたいは空振りなんだけどねえ」
アタッシュケースが、次々に開かれる。中に入っていたのは、三振りの妖刀。
家守定。
糸紡。
そして、無骨丸。
「さて、そいじゃあ早速始めようか。始めるって言っても難しいことじゃない。為定くんに夜光珠ちゃん。君たちはこの妖刀を見ているし、その能力も直接味わってるはずだ。それを君の見たまま感じたままを教えてほしい」
要するに、聞き取り調査だ。
「まずはこいつ。家守定だ」
取り出されたのは、鍔の無い刀。鞘も柄も木目がはっきりと見えるシンプルな造りをしている。それ以外の特徴は、特にないように思われた。
「その刀は、空間を自在に繋いで屋敷の間取りを変化させる刀と聞いています。そして実際に、父はその能力を用いて屋敷を迷路のようにしていました」
為定くんが答える。
「あと、間取りを変化させるだけじゃなくて、屋敷をまるで回転させたみたいにしてました」
わたしが補足を入れる。
「床が壁になったり、天井が床になったりして大変でした」
それで垂直九十度の床を駆け上ったりしたから、足が大変なことになったのだ。
「ふむふむ…………。屋敷の間取りをねえ。それで刀剣整理局の実働部隊を分断して、各個撃破したのかなあ」
ぶつぶつと呟きながら、家守定を元どおりケースに戻す。続いて取り出したのは、糸紡。白い鞘に納められていて、丸い鍔をした刀だ。
わたしとしては、こっちの方が嫌な思い出が多い。
「それは単純に、糸を出す刀でした。単純なだけ、家守定より殺傷能力が高くて……」
どうしても、思い出してしまう。犬井くんと鳳さん、二人の最後を。
「ふむ。屋敷で見つかった死体は多く寸刻みにされていたが、それにしては刀剣に酷使の跡はなかった。こいつで生み出した糸で切り刻んだからだろうね。その能力も、為定くんは話に聞いてた?」
「はい。家守定と糸紡は、その能力を把握していました」
「刀剣整理局の資料によると、能力は不明ということになってるんだけどねえ」
そうなのか。
「父は政府を信用していませんでした。なので、刀剣整理局にも妖刀のすべてを明かさなかったんだと思います」
「じゃあなんで君は今回、三振りの妖刀を整理局に収めることにしたのかな?」
さらっと、とんでもないことを太刀川さんが言う。
最初はあれ、三振りの妖刀ってとっくに政府に収められたんじゃないのかと思ったけれど、すぐに犬井くんの言っていたことが頭をよぎって気づく。そうか、確か、今貴族院を通過している特殊刀剣徴発令、いわゆる妖刀刀狩り令がないと、無理やり妖刀を取り上げることはできないんだっけ。
そんなニュースも聞いた気がする。だから、今現在は持ち主が認めないと刀剣整理局は妖刀を回収できないんだ。
じゃあなんで半年前、実働部隊とやらが刀を奪いに来たんだと怒りたくなるが。
「べつにぼくも、政府を信用しているわけではありません。ただ、今回のような事例を繰り返さないためには、整理局に妖刀を委ねるのが一番と判断しただけです。一族もぼくだけになって、きちんと妖刀を管理できる保証もなくなりましたし」
淡々と、為定くんは語る。
「ふんふん、まあ事情はだいたい聞いているよ。さて、最後の一振りだ」
取り上げられたのは、無骨丸。黒塗りに金の縁取りがされた鞘に納められた刀。やっぱり、何度見ても鍔は悪趣味で、金ぴかの小さいしゃれこうべが刃を噛んでいるようなデザインをしている。
「この刀の性能は?」
「それは、ぼくはほとんど何も知りません。ただ武人の魂が宿る、としか」
「じゃあ、夜光珠ちゃんはどうだった?」
話は、わたしに振られる。
「為定くんの証言が確かなら、君がこれを抜いて、二人の剣鬼を倒したということだよね?」
「………………はい」
無骨丸。その能力は、振るったわたしがよく覚えている。
身に染みている。
「その刀は、勝手に動くんです。いや動かすというか…………。握った人間、つまりわたしの体を乗っ取ったみたいに、勝手に動いて。しかも壁を駆け上ったり、蜘蛛の巣を飛んだり跳ねたり、普段のわたしなら絶対にできないことをして……」
「その結果、大怪我と」
自動戦闘、勝手に戦ってくれると言えば聞こえはいいけれど、こっちの体のことはまるで気にしない。たぶん、全身の筋肉が悲鳴を上げようと、ずたずたに裂けようと、あの剣鬼を倒すまでは動き続けただろう。
「じゃあさ、夜光珠ちゃん」
太刀川さんは、おもむろに刀をこちらに差し出した。
「ちょっと抜いてみてよ」
「え?」
「え? じゃないよ。これけっこう重要なことだから、抜いて抜いて」
「でも…………」
「大丈夫。もし暴走したり剣鬼化したりしたら、天下ちゃんが止めるから。ね?」
後ろに控えてそれまで黙っていた天下さんはコクリと頷く。ひょっとして、妖刀剣士のあの人がいるのって、このため?
「で、でも……本当に剣鬼化したりしたら…………」
「あー。それは大丈夫。剣鬼化ってさ、なるなら最初に抜いたときになるやつだから。もう刀に魅入られちゃって、妖刀を手放したくないってなるんだよね。だから夜光珠ちゃん、無骨丸を今もう抜きたがらないってことはたぶん剣鬼化することはないよ。刀に魅入られていないってことだから」
それは、そうだけど…………。
ちらりと為定くんの方を見る。彼はじっとこっちを見て、わたしが刀を抜くのを待っている。
やるしか、ないのか。
せっかく生き残ったのに、こんなところで剣鬼化したり暴走したりして天下さんに殺されたら、それこそ笑い話にもならないな。
無骨丸を受け取る。本当、笑っちゃうくらいずしりと重い刀だ。こんなものをむやみやたらに振り回せば、腕の筋肉が駄目になるのももっともという感じの、ひどい重さだ。
柄をしっかり握って、鞘から引き抜く。そういえば、犬井くんが抜こうとしたときはまるで抜けなかったけれど、わたしが抜くときはあっさりと抜ける。
鞘を置いて、両手で握る。
「どう?」
「別にどうも…………。体が、操られるようなこともありませんし……」
じゃああの時のは何だったんだという話だけど、命の危険でもないと能力が発動しないのだろうか。
「あ…………」
「どうかした?」
「いや…………」
少しだけ、前に屋敷で抜いたときと違う感触があった。ただ、それは気配に関することだったので、言うのがはばかられる。
「何でもいいからさ、気づいたことがあったら言って」
太刀川さんが促してくる。
「じゃあ…………その、気配なんですけど」
「気配?」
「はい。あの、わたし、昔から人の気配を察知できるっていうか……。それで人は気配があるんですけど、物は気配がないんです。でも、妖刀は物なのに気配がして……」
でも、おかしいな。
「天下さんが持っている刀からも、気配がします。家守定と糸紡も、家鳴屋敷で見たときは気配を放っていました。殺気と言ってもいい、重苦しくて息が詰まりそうな気配が。でも今は、その二振りからは気配がまるでしなくて、その代わり、無骨丸から気配が漂ってくるんです。屋敷で見たときは、無骨丸は気配がなかったのに」
「それはどんな気配?」
「えっと……。なんでしょう。静かで、でも空気が震えるくらい重い気配。でも息苦しいものじゃなくて、ずっしりと、存在感があるような」
それこそ、人の気配と同じような……。まるで刀の中に、人がいるような気配が漂ってくる。
「気配ですか。なるほどなるほど」
何かに納得するように、天下さんが呟く。気配の話は大抵、みんなに笑われるのに、彼女は信じているみたいだ。
「それより」
為定くんが話題を変える。
「この通り、お姉さんは無骨丸を抜くことができるんです。これは、彼女が無骨丸に選ばれているということでしょう?」
「え?」
選ばれている? いや、そういえば妖刀は、選ばれないと抜けないって話だったけど……。
「うーん。確かに、今回の妖刀検でその辺ははっきりした。夜光珠ちゃんは無骨丸に選ばれている」
「ならば、こちらから三振りの妖刀を納めるにあたって提示した条件も、飲んでいただけると思います」
「それって、為定くん、どういうこと?」
くるりと、彼はこちらに向き直る。
「今回、ぼくは家守定、糸紡、無骨丸を刀剣整理局に納めるにあたり、ふたつ、飲んでもらう条件を提示しました。ひとつは家守定と糸紡の妖刀選別の際、元管理者であるぼくを立ち合わせることです」
「妖刀選別って…………?」
「妖刀選別とは」
天下さんが補足してくれる。
「その妖刀を運用し、管理する妖刀剣士を選出する試験です。つまり家守定と糸紡の新しい持ち主を探すときは、自分を立ち会わせろと家鳴さんは言っているんですね」
「はい。そしてもうひとつが、無骨丸についてです」
その条件は、わたしの想定外のものだった。
「無骨丸の妖刀剣士を、お姉さん、夜光珠鉄華さんにすること。これが二点目の条件です」
小野さんが言っていた、選ばれたというのは、つまりそういう意味だったのだ。
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