第二幕 妖刀に選ばれし者

二ノ一 騙された者たち

 次に気がついたときは、病院のベッドの上だった。

 両手両足が包帯でぐるぐる巻きになっていて、ろくに動かせない。

 目が覚めると、すぐに看護師と医者がやって来て、わたしの現在の状態を説明してくれた。

 その医者が言うことには、全身の筋肉の筋などが断絶しているような状態なのだという。たぶん、体を無理くりに動かした反動が出たのだろう。特に酷いのは両手足で、完治までの三か月、一か月は絶対安静を言い渡された。

 まさかわたしが寝ている間に帝都から愛知まで運んだわけはあるまいし、わたしがいるのは帝都の外れにある病院なのだという。詳しい地理を言われても、いまいちピンとこなかった。

「他の、他の受験者はどうなったんですか?」

「他の?」

 医者は首をかしげた。どうもこの人はわたしを治療しただけで、選抜入試とか、家鳴屋敷で起きた一連のことは何も知らないらしかった。

 それから痛み止めが切れてきて散々ベッドの上をのたうち回った。それから一週間は、ほとんど毎日そうしていた。痛くて暴れて、痛み止めを打たれて意識を失って、目が覚めると少しだけぼうっとして、また痛みで暴れ出す。永遠にこの状態のままなんじゃないか思うくらい長々とその状態は続いて、熱も出た。幸いだったのは病室が個室だったから、いくら騒いでも他の患者の迷惑にならないということくらいだ。

 それでも一週間くらいしたある日、目が覚めて窓から外を見ると気持ちよく晴れていて、ああなんかいい一日が始まりそうだなと思っていたら痛みはひいていた。いや、相変わらず痛いのは痛いし痛み止めも必要だったけれど、少なくとも暴れ回るほどの痛みではなくなっていた。

 そうしてさらに一週間して、体中がズキズキと痛みながらもようやく意識もはっきりしてきたころ、初めてわたしの病室に医者と看護師以外の人がやって来た。

 その人は、花菱高校の小野さんだった。

「まさか生きているとは思いませんでしたよ」

 それが第一声で、その言葉でだいたいの事情を察した。

「わたしを…………わたしたちを騙したんですか?」

「ええ、まあ、結果的にそうなりますね」

 時候の挨拶もなく、扉の前に立ったまま小野さんはそう言った。

「一から説明しましょうか。まず、家鳴やなり屋敷の一件です。半年前、家鳴家定氏の邸宅へ刀剣整理局の実働部隊十名が訪れました。目的は妖刀の回収でしたが、それは果たせず。家定氏、それから妻の繭子氏は妖刀を抜き、剣鬼化しました。実際には実働部隊十名とは連絡が途絶えた状態になっただけで、家鳴屋敷で何があったかまでは不明でしたが、おおよその予測として、剣鬼が生まれたことくらいは把握できました」

 それは、二人の息子である為定ためさだくんが言っていたのと一致する。

「問題はその後です。通常、剣鬼の始末には妖刀剣士が赴くのですが、いかんせん情報が少なすぎる。その状態で貴重な妖刀剣士を動かすのは無謀もいいところ。かといって実働部隊もリスクの高いところへやすやすと行かせるわけにはいかない。そこで提案がありました」

「てい、あん?」

「はい。せめてもう一度、誰か人を送って家鳴屋敷で何が起きているか確かめたい。しかし人を簡単に送れる場所でもない。そこで少し、使い捨てのコマを用意しようということになりましてね」

「…………………………っ!」

 使い捨てのコマ?

 使い捨てのコマだって?

 わたしたちが?

「怒りはごもっとも、と言いたいところですが、正直どうして怒るのか分かりませんね」

 わたしの表情を見て悟ったのか、小野さんは肩をすくめてから眼鏡を押し上げる。

「な…………」

「よく考えてください。危険なところへ使い捨てのコマを送るなど、どこでも誰でもやっていることです。会津の原発が事故を起こしたとき、収束に向かわされたのは異人労働者でしたでしょう? 帝都五輪は結局中止になりましたが、会場設営のために働かされ、熱中症でバタバタ倒れたのは低賃金労働者でしたでしょう? 今度はあなたたちで、同じことをしただけ。他の人達がやって何の批判もされていないのに、我々がやって批判される道理もないでしょう?」

「………………………………」

「今回は花菱高校の提案でしてね。選抜入試を騙り、人を集めるよう言われたんです。狙い目はあなたのように、肉親もおらずそのために学費に困るような生徒でした。学費を免除されるかもしれないといえば簡単に釣れますし、身内が誰もいないなら死んでも騒がれませんからね」

「そんな…………でも、それなら、あなたが前に言っていたことはどうなんですか?」

 小野さんはわたしに選抜入試の説明をするときに言ったはずだ。これはイメージ戦略だと。

「花菱高校が九年前に設立されたとき、政府から多額の助成金を受けたって。そのときにいろいろ批判されて、イメージダウンしたからイメージ戦略のために選抜入試を行っているって!」

「言いましたね」

「だったら、この件をわたしがマスコミとかに訴え出たらどうなると思いますか?」

「五十八分三十二秒」

「え……?」

 唐突な、意味の分からない言葉に混乱する。その混乱に付け込むように、小野さんは話を続ける。

「よく私が言ったことを覚えていましたね。しかしだとしたら、考えなかったのですか? こんなことをして、花菱高校は無事で済むのだろうかと。いや、今まさに考えているんですね? ですが答えは簡単、

「そ、それって…………」

「五十八分三十二秒とは、ある研究所の試算ですが、花菱高校の設立に多額の政府助成金が使われたこと、それが政府と花菱高校の癒着ではないかという疑惑を指摘したニュースの総放送時間です。テレビのみですから、ラジオを含めるともう少し長くなるかもしれませんが」

 五十八分三十二秒。それは…………。

「短いと思いませんか? 実際短いんですよ。疑惑も何も、政府と刀剣整理局、そして花菱は繋がっています。そして今回のような、ならもみ消すのは容易い。政府がちょっとメディアに圧力をかけてやれば簡単です。特に今回の一件の生き残りは、あたなと家鳴屋敷の子ども一人ですかねえ」

 言葉が、出ない。

 これは端的な、脅しだ。

 わたしがどこへ今回の件を言い立てても、無意味だと言われているんだ。

「さて、いやはや」

 わたしが黙ったのを見て取って、小野さんは息を吐く。

「私はこんな話をしに来たわけではないんですけどねえ。本来ならあなたに、おめでとうを最初に言うつもりだったのですが」

「…………どういうことですか?」

「嘘を信用させるコツは、真実の中へピンポイントで、必要最小限で嘘を混ぜ込むことです。もっとも、今回は壮大な嘘を吐く羽目になりましたが、一方であなたに話したことのすべてが嘘ということではないんですよ?」

 イマイチ、言いたいことが分からない。

 呆然としていると、小野さんは鞄から何か封筒を取り出して、ベッド横のテーブルに置いた。そこには花菱高校の校章が描かれている。

「選抜入試自体は存在します」

「え…………」

「選抜入試。つまり妖刀剣士になる確率の高い人間を選び抜き、その者に学費免除などの待遇を与えるという一連の制度それ自体は存在します。ただ、あなたが受けたのは本当の選抜入試ではありませんが。本当の選抜入試は、花菱高校の側で腕が立つ、選び抜かれた剣士たちを揃えた上で、じっくりと審査して行われるものです。そもそも、剣を握るどころか運動さえろくにしないようなずぶの素人が、選抜入試に参加できると思うこと自体がおかしい。乗り気になるよう仕向けた私が言うのもあれですが、これは騙される方が悪いのでは?」

「……………………」

 それは、そうなのか?

 わたしがもっと花菱高校について、妖刀剣士について知っていたら。あるいは調べていたら。

 小野さんの持ってきた話があまりにうますぎるのに、気づけたかもしれない。せめて周子ちゃんやあきらくんあたりに選抜入試を受けるという話をしていたら、二人なら冷静におかしいところに気づいてくれたかもしれない。

 それは、わたしのミスだ。

「しかし、それでもあなたは試練を乗り越えた。腕の立つ刀剣整理局の実働部隊すら帰らぬ者にした人外魔境、家鳴屋敷から見事生還してみせた。ずぶの素人が、ですよ? その点だけを取っても、あなたを妖刀剣士の卵として評価するには十分すぎる。そしてあなたひとりに対してなら、瓢箪から駒を出すのもやぶさかではない」

 つまり……。

夜光珠鉄華やこうじゅてっかさん。あなたを特別に、選抜入試の合格者とします」

「合格……?」

「はい。本来は試験ですらありませんでしたが、それでもあなたは条件を守り、生還した。花菱高校はあなたを入学者として認めます。学費免除など、諸々の措置も本来の選抜入試合格者と同等に扱います」

 合格。

 まったく考えていなかった、わけじゃない。

 あのとき。わたしが刀を、無骨丸を振ったとき、確かに考えたことだ。

 学校に行きたいって願った。学校に行くって決めた。

 でもその後は、痛みで全然考えてなかった。

 合格? 花菱高校に?

「まったく、勤めている身の私が言うのも変ですが、花菱は面の皮が厚い。騙して連れて来て、見殺しにするつもりだった者に合格を出すとは」

 小野さんはまたため息を吐いた。

「隠しても仕方ありませんから言いますが、これは花菱高校からあなたに対する一種の口止め料でもあります。まあしかし、自分を騙して殺す寸前までいった高校に、通いたいと思うかは分かりませんが……」

「…………………………」

「ああ、それと」

 思い出したように、追加する。

「今回の特例が下りた理由は、あなたが今回の試験を生き残ったからだけでも、その口止め料というだけでもありません」

「…………と、言いますと?」

「あなたが、選ばれた人間だからです」

「選ばれ…………え?」

 何に?

「いえ」

 小野さんは咳払いをする。何やら、話し過ぎたという様子だ。

「これ以上は言っても無駄ですね。隠すわけでもありませんが、不確定なことをこれ以上あなたに対して話す必要もない」

「ど、どういうことですか?」

「詳しい話は後日。諸々決まってから、担当の者がうかがいます」

 うわすっごい事務的な口調だ。

「ただし、相応の覚悟は必要でしょう」

「覚悟…………」

「入学申請の書類などはお渡しした封筒に入っています。まだ提出期日までは十分にありますから、存分にお考えください」

 言うだけ言って、小野さんは出ていこうとする。慌ててそれを止める。

「ま、待ってくださいっ!」

「…………なにか?」

 振り返らずに、小野さんは答えた。

「まだ、聞いてなかったことがあります。医者の先生は知らないみたいでしたけど…………」

 わたしはまだ、誰からも聞いていないことがある。

「わたし以外の受験生は、どうなったんですか? まったく、そのことを聞いていないんですけど…………」

「私は、が特例だと言いませんでしたか?」

「…………………………あ」

 じゃあ………………。

「残る二十三名は、死亡しましたよ。順当に」

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