第7話 選挙とユーチューバーとファッションショー

「おじさまに政治家になってもらい、地盤を作って、優様がそれを引き継ぎ総理大臣になるという計画は、おばさまに阻止されてしまいました」

 グギギと歯を食いしばりくやしそうな顔をして、しのぶが告げた。

 ここは優の部屋。作戦報告会議中である。メンバーはいつもの顔ぶれ。しのぶ、卍丸、そして優。

 まあ優はそれほど真剣に総理大臣になりたいと思っているわけではなく、優の役に立たせてほしいというしのぶに付き合っているだけだ。なので、しのぶが立てた計画の顛末を知った時には、くやしいとか残念というより、なんて無茶なことを、と思ったのだった。

 チャンスをくださいとすがるしのぶを見捨てたらかわいそうだと、天下統一に付き合いはじめたわけだが、これはだいじょうぶなのかと、優はちょっと不安になってきた。

 まず最初は、クラスの乱暴者三人をぶちのめしての武力制圧。次は優を総理大臣にすると言って、お父さんの研究所に忍び込んでお母さんと大立ち回り。田舎から出ることなく、忍者一族の中で育ったしのぶは、世間知らずなうえに発想がぶっ飛んでいる。張り切り過ぎではないだろうか。

 これで自分も何かすることになったら、大変なことになるのではと、今さらながらに思ったのだった。この辺りはおっとりした優ならでは。たいがい、気がつくのが遅れ、いろいろなことに巻き込まれる性分なのである。

 そしてそれは、今回も当てはまるのだった。

 当事者のはずの優が、ぼんやりと聞いているうちにうちに、しのぶと卍丸によって会議は進んでいく。

「こうなったら、優様一代で総理大臣まで登りつめるしかないですね。卍丸、他のルートでは、どんなコースが有望そうなのですか」

「そうですな。言ったとおり十人中六人までが親の代からの国会議員。残りの四人のうち、一人は父親ではなく祖父が総理大臣、もう一人、国会議員ではなく父親が町長を務めたというケースがあるでござる。正直なところ残りのケースで、特にこれはというパターンは見受けられませぬ」

「となると、とにかく国会議員になったら、その働きで地歩を固める方法、つまり正道しかないということですね。ではまず国会議員にどうやってなるか」

「テレビに出ることではないですかな」

 しのぶの問いかけに、卍丸はさらっと答えた。

「はい?」

 優は思わず聞き返す。その前までは、なんかまじめな話をしてるなあと、感心しながら聞いていた。それが突然、脈絡なくテレビである。

「結局、組織票が望めないのなら、知名度があることが一番なので、テレビで顔が売れてたら当選しやすくなりますな。アナウンサーや芸能人、またまたオリンピックのメダリストあたりが有望です」

「ちょっと、ちょっと待って! 今、正道でって言ってたばっかじゃん!」

 優はたまらず突っ込みを入れる。しかし卍丸は、そんなものはどこ吹く風。さらりと受け流す。

「それは受かってからの話。当選するまではそんなこと言ってられないでござる。細かい政策のちがいなんて、投票する人はチェックしてないのでござるよ。今度選挙がある時に、調べてみなさるとよいでしょう。みんな同じようなきれいごとのオンパレード。ぶっちゃけ言ってる方だって、有権者がきちんと政策を見てるなんて思っていないから、聞き心地のいいことしか言っていないのでござる。なので知名度が一番。弁護士みたいなかたい職業出身の議員だって、結局テレビ番組に出て顔を売っていたからの当選だったりするのでござる。やらせてみたら、細かいところまで考えていなくて全然使えないなんて、日常茶飯事。民主主義なんて、そんなものでござるよ」

「この国、だいじょうぶなの……」

 優はがっくりと肩を落とす。卍丸のAIはネットに接続されていて、そこから情報を取り出せるという。そうして深層学習した結果がこの発言では、日本のお先は真っ暗ではないか。

「なるほど! それでは、優様を人気タレントとして売り込めばいいのですね!」

 しかし、しのぶはそんなことにはお構いなしで、身を乗り出して納得いった様子。関心があるのは日本の未来より優の未来。あくまで任務に忠実である。

「お任せください。民草を誘導し、世間をさわがせるのも忍術の一つ。昔はよく、潜行して城下街に忍び込み、相手をかく乱する仕事があったそうです。優様、風魔小太郎をご存知ですか?」

「名前は聞いたことがあるよ。有名な忍者だよね」

 たずねられた優は答えた。しのぶはうなずく。

「後北条家に仕えた風魔党は、このかく乱戦術を得意としていたのです。風魔の一党は、敵陣に忍び込み、人を生け捕り、馬を盗んで夜襲に放火、さらにそこらじゅうにまぎれ込んで勝ちどきをあげ、敵をさんざんに動揺させたとのこと。そういう技術は我が家にも伝わっておりますゆえ、ご安心ください」

「むしろ、そんな黒いことをにこやかに言われたら、安心できないんですが、それは……」

 優の心配がまた頭をもたげた。目の前のしのぶは、目をキラキラさせ、頬を紅潮させて、胸の前でにぎりこぶし。この張り切りようが怖い。今度は何をやらかすのか。

 そんな優の心配など、つゆとも気がつかずに、やることを見つけたしのぶはうきうきとした声色で答える。

「もちろんこれは、戦ではないのでそのような犯罪じみたさわぎを起こすことはご法度。ただ、世間をさわがし一つの方向へ誘導するタイミングや手法など、騒乱と民心掌握には共通する部分は多いのですよ。ああ、その前に、何で優様を広めるか、考えなくては。優様、歌はお上手ですか? ダンスは?」

「え? どちらもそんなに」

「楽器はいかがですか? それとも俳優になりましょうか?」

「ユーチューバーであれば、芸事で身を立てる以外の方法もありますぞ。話題になりやすいのは、体を張った動画ですかな。我々の技を持ってすれば、視聴者の度肝を抜くことなどお茶の子さいさい。ちょちょいと火薬のひとつも仕込んで……」

 優はあわてた。何か、どんどん話が進んでいく。しかも、このままいくと、何かとんでもないことをさせられそうだ。優は両手をぶんぶん振って話をさえぎった。

「待ってよ、僕そんなに人前に出て歌ったりするの、得意じゃないんだよ。それにそんなに向いてないと思うよ」

「だいじょうぶですよ、優様。私たちがついています」

「そうですぞ、優殿。それに、こういうものは慣れが大きいのです。トレーニングを積めば、意外にうまくできるようになるものでござるよ」

 やばい、やばい、やばい。特ににっこりほほえむしのぶがやばい。

 優は冷や汗だらだらである。人に披露できるような得意なことなんて、自分ではさっぱり思いつかないのだが、そうすると、卍丸のいう体当たり企画になってしまう。なんとか話題をそらさなくては。

 必死に考え、ひとつひらめいた。

「そうだ、それよりも、しのぶちゃんの方が行けるんじゃないのかな。顔はかわいいし、スタイルはいいし、声もいい声だし。それに運動神経もすごく良さそうだから、ダンスもうまいんじゃないのかな」

 人間、追いつめられると、ふだん言わないようなことでも口走るものだ。いつもであれば、実際そう思っていても、女の子に面と向かってかわいいなんて言えるタイプではないのだが、この時の優にはそんな恥ずかしさを覚える余裕もなかった。火薬でどっかんと吹っ飛ばされるかどうかの瀬戸際である。

 そしてそれは、絶大なる効果を生んだ。

「えっ? そんな、か、かっか、かわいいだなんて」

 先ほどはやる気に頬を紅潮させていたしのぶは、今は優の言葉にうろたえて、頬どころか顔全面真っ赤になっていた。身を乗り出してつめよっていたのも、ぺたんとおしりを床につけて、あわあわあわと腰くだけの状態だ。

 それだけ優の言葉に破壊力があったのだが、当の優はその効果のほどに気づく余裕がない。無意識のうちに、無慈悲な追い討ちをたたみかける。

「ホントだよ。しのぶちゃんは、かわいいと思うよ。えっと、あのね、すっと立ってるときの横顔は、すごいきれいだなと思うのね。それでこっち向いて笑いかけてくれるとき、笑顔がすっごくかわいいと思うんだ。ぼくだけじゃないよ、クラスの女子も言ってるし、男子でも気にしてるやつがいるよ。ほら、許嫁じゃないかってうわさが立っちゃってるじゃない? それで本当なのかって、冷やかしじゃなくて真剣に聞きにきたやついるもん。みんな、しのぶちゃんかわいいって思ってるんだよ」

 立板に水の如く、な優の攻撃。しのぶは息も絶え絶えだ。顔をもうこれ以上ないぐらいに赤くして、目を大きく見開いて、口元を押さえて、えっ、うそ、そんなという声にならない声を上げている。

「そうだよ、だから、しのぶちゃんの動画を撮って、ユーチューブに上げた方が絶対人気出るよ。それなら僕も手伝うよ。僕、どっちかっていうと、撮ったりする方が楽しそうなんだよね」

「えーっ、そんな……」

 優を人気者にして知名度を上げ、選挙に受かって国会議員、という話なのだから、しのぶの人気が出ても仕方ないのだが、優のかわいい攻撃に翻弄されるしのぶは、もうそこに気が回らない。話をはぐらかしたい優には願ったりの展開で、ますます攻勢を強める。

 さてここで、卍丸はどうしているのかと言えば。

 会話の流れが変わってしまっているのには、当然気づいているのだが。

 人間くさいリアクションを取り、まるで人のような会話ができるとはいえ、そこは結局AI。人間を補助するために作られた。つまり、しのぶのように那須服部家の目的のために動いているのではなく、その目的のために働くしのぶを助けるのが、与えられた指令。そして助けなければいけないのは、しのぶだけでなく、那須服部家が仕える栃ノ木家の優に対しても同様なのである。

 つまりこの場で卍丸は中立で、しのぶが助けを求めない限り、優のはぐらかしをあばく気はないのだった。この場の混沌はこうして、続くばかり。

「もう、おやめください、優さまぁ」

 優に翻弄され続けたしのぶは、とうとう錯乱し、主君に向かって手を上げた。つまり、ほめ殺しを物理的に封じようと、優の口を本当にふさぎにきたのである。

 口に向かって手を差し出されて、びっくりした優はのけぞる。しのぶの方は錯乱しているので、力が加減できておらず、勢いがついてしまっている。二人はもつれてひっくり返った。

「危ない!」

 優がしのぶを抱き止める形になる。

 束ねたしのぶの髪が前に流れて、優の顔をふわりとくすぐる。

 腕の中のしのぶの体の熱が、じわりと伝わる。

 ごまかすのに必死だった優は、ハプニングがあったことで、逆に我に帰った。畳の上に仰向けに倒れて、親戚とはいえ女の子を抱きしめている。思ったより、柔らかい。いいにおいがする。

 顔にかあっと血が上り、熱くなったのがわかる。

 それはしのぶも同様で、もともと赤くなっていて、これ以上はないと思っていたのに、さらに血が上る。

 ただし、しのぶの場合は我に帰るどころではなかった。

 ますます狼狽して、跳ねるように優の体の上から飛び起き、畳に頭をこすりつけるように平身低頭。大土下座である。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 この展開、前にもあったと、優がしのぶを取り成していると。

 さらに一段、しのぶの混乱がレベルを上げた。

「主様に手を上げるなど、従者としてあるまじきこと! かくなるうえは腹を切っておわびを……っ!」

 いきなりがばっとシャツのすそをまくり上げた。

 白い肌が目にまぶしい。

 つるりとしたお腹に、ちょこんとへこんだおへそがかわいい。

 そしてちょっと勢い余って、上の方までまくりすぎ。

 優はあわててその手を押さえた。

「放してください! 死なせてくださいー!」

 優の真意に気がつかないしのぶは、止められた手に、さらに力を込める。

 まず死んじゃだめだけど!

 その前に見えちゃうから!

 というように、二人がもつれるようにバタバタしていると。

「何? まだ悪だくみをしているの?」

 時子が通りかかった。

 もう、いいかげんあきらめてくれたらいいのにと、ひょいと部屋の中をのぞき込んでみた光景は。

 シャツを大きくはだけて、素肌をさらしている女の子。

 そのシャツに手をかけて、まくり上げているように見える我が息子。

「……優?」

 母の声色の変化に、優は即座に誤解を受けたことに気づいた。

「ち……ちがう! ちがうんだよ!」

 必死に弁明を始める。何しろ、声色の変化だけではなく、まとう雰囲気が剣呑なものに変わっている。悪ふざけで女の子を脱がしていたなんて、そんなふうに思われたままだったら、シャレにならない折檻が待っている。

 けれどこの誤解を解くのは、とても難しかった。となりで、時子の登場によってようやく我に返ったしのぶが、自分のやらかした失態に気づいて、恥ずかしさで顔を真っ赤にして、身体をふるわせ、うつむいたままだったからだ。しかも、今度は別の意味で「死にたい……!」と、目に涙まで浮かべている。完全に何かされちゃった様子である。

 優必死の弁解は、しのぶが何とか落ち着いて加勢してくれるまで、延々と続いた。

 そしてその事情を聞いた時子の反応は、少し意外なものだった。

「いいじゃない! しのぶちゃん、かわいいもの! きっと人気出るわよ!」

「おばさま?」

 しのぶがユーチューバ―になるという話に、びっくりするほど乗り気である。

 最初しのぶは、しのぶの天下統一作戦に反対している時子が、ちがうことを推すことによって妨害しているのではないかと身構えたのだが。

 どうもそれとは様子がちがう。「優がしなくていい」ことよりも、「しのぶがする」ことを本当に喜んでいるようなのだ。とにかく、圧がすごいのである。しのぶにぐいぐい寄せてくる。

「それで何しようって話なの? 歌? ダンス? だいじょうぶ、しのぶちゃん、運動神経いいし、ちょっと練習したらすぐうまくなるわよ! ああ、こっそり忍術使って、見ている人をおどろかすのもありよね!」

「おばさま、ちょっと、ちょっと待ってください」

 先ほど優が追いつめられていく過程そっくりに、しのぶもどんどん追い立てられていく。しかし先ほどとちがうのは、追いつめている人。しのぶとちがい、容易なことでは話をそらすことができない、押しの強さである。この場をすっかり時子に支配され、しのぶは口をはさめない。

 時子は本当に楽しそうに、話を進めていく。

「そうだ、動画を撮るなら、おばさん、メイク手伝ってあげるわよ? 小学生だからくっきりお化粧しなくてもいいけど、ちょちょっと整えるだけで、映りが全然ちがうから。そういえば、服はどうするの? しのぶちゃん、こっちに来たままだから、あんまりお洋服持ってないわよね。嫌だ、ごめんね、おばさん今まで気がつかなくて。学校も変わったし、もっとお洋服いるわよね? お買い物行って、買ってこなくちゃね。女の子の服かあ。今は子供向けのかわいいお洋服たくさんあるのよねえ。実はおばさん、女の子も欲しかったのよね。かわいい服買ってお着替えさせたりするの、あこがれだったのよ。ほら、おばさんも里で育ったから、自分の時にはそんなかわいい服、まわりで売ってなかったじゃない? 服一つ見に行くにも町まで出ないといけなかったから。だから、自分の娘ができたら、たくさん買うんだって思ってたのよねえ。そうよね、ある意味、念願の娘ができたようなものだものね。美里さんは、あんまりそういう感じじゃなかったの? うわあ、もったいない。せっかくの女の子なのに! ねえねえ、しのぶちゃん。今からお買い物に行かない? かわいいお洋服買ってあげるから。てゆうか、買わせて。おばさん、しのぶちゃんをかわいくしたくて、しょうがないの」

「えー!」

「行きましょ、行きましょ。しのぶちゃんは、どういう服が似合うかなー」

 押しの強さに流されるまま、買い物に出かけることになった。

 ショッピングモールに出かけると、時子のリクエストに応えて、しのぶのファッションショーが開催された。時子の選んだ服をしのぶは次々と試着させられる。

「わあ、かわいい、素敵よ、しのぶちゃん。ほら、優、何ぼーっとしてるの。女の子がかわいい格好していたら、ちゃんとほめてあげないと」

「え、あ、えっと、かわいいと思うよ。そのちょっとふわっとしたスカート、しのぶちゃんの雰囲気に合ってる」

「え、あ、そんな、優様、かわいいだなんて」

 しのぶの服を買うのに、なんで自分まで連れてこられたのだろうと優は首をひねっていたのだが、どうやらしのぶをほめる係だったようだ。

 そしてやはり、先ほどのように、かわいいという言葉に免疫のないしのぶが、優の言葉に赤面して身もだえしているのを、時子は満足そうに見守っていたのだった。

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