第5話 学校と許嫁と常在戦場
しのぶたちがやってきたのは、連休の前。連休が明けた今日からは、しのぶも学校に通うことになっていた。
「お待たせしました、優様!」
しのぶと時子が、一足早く玄関前に出ていた優の所にやってくる。
「じゃあ、行きましょうか」
時子が二人をうながす。ぴしっとしたスーツに身を固め、きちんとよそ行きのかっこうだ。しのぶの転校手続きをしに行くのだ。優にとって、お母さんといっしょに登校するのは目立ってちょっと恥ずかしいのだが、仕方がない。
しのぶは、いつも通りつややかな黒髪をポニーテールにして、シンプルなデザインの空色のシャツに七分丈のパンツ。何日かいっしょに暮らして、しのぶはいつもだいたいこんな感じだなと優は思った。ただ、いつもとちょっとちがう感じもする。それは……。
「眼鏡!」
しのぶは黒ぶちの眼鏡をかけていた。整った顔にその眼鏡はよく似合っていた。何かすごく頭よさそう、という頭の悪い感想を優が持っていると。
「これですか?」
眼鏡のふちを指先でくいっと押さえて、しのぶが優の方を見た。ますます頭よさそうである。
「あれ、でもしのぶちゃん、目悪かったっけ?」
この眼鏡をしているところを優は初めて見たことに気づいた。コンタクトだったのだろうか。しのぶは首を振る。
「いえ、これ、視力矯正用の眼鏡じゃないんですよ。他の人がのぞき込んだ時は、レンズの厚みを変えてそれっぽく見えるように偽装していますけど、本当はスマートグラスなんです」
「スマートグラス?」
「コンピュータのディスプレイになっている眼鏡ですね。これもうちの会社が開発した忍具なんですよ」
「なんでそんなものを?」
「ふつうの市販されているスマートグラスもネットにつないだりして使うんですが、これは卍丸とつながっているんです。ほら、さすがに卍丸を連れて教室には入れないじゃないですか。いざ事が起きた時に、これで卍丸を呼び出せるんですよ」
「え、いざ事が起きた時って……」
「常在戦場ですよ、優様。安心してください。私と卍丸で、優様には指一本ふれさせませんから」
しのぶは鼻息も荒く、ぐっと右手でにぎりこぶし。確かに、護衛として来たと言っていたけれど、戦場ってなんだろう。学校は勉強に行くんじゃないのかなと、優は思った。
「卍丸も、光学迷彩を起動して透明になって、実はおそばに控えていますので、呼べば数秒で到着しますよ」
「えっ、そうなの?」
優はきょろきょろと辺りを見渡した。ただ、さすが忍者サポート用自律型パワーアシストスーツ。気配はまったく気取らせない。あれ、でも待てよ……。
「そんな機能がついているんなら、しのぶちゃん、商店街であんなに目立つことなかったんじゃないの? 卍丸の姿を消しておけばよかったんだから」
優は素朴な疑問を伝えた。しのぶと初めて会った時、目立っていたのは卍丸の方だ。みんなはコスプレだと思っていたかもしれないが、とにかく鎧武者が町中を歩いているのが異様だったのだ。それに対するしのぶの答えは。
「えっ……あ、そうなんですけど……その……一人だと心細かったので……」
顔を赤くして小さくなっている。しっかりしているようで、どこか抜けている。これもここ何日かでわかったのだが、しのぶは若干ポンコツ風味だった。ずっと里で暮らしていたので、けっこう世間知らずなところがある。
恥ずかしさで赤くなり視線を外しているしのぶに、これ以上の追い討ちをかけないのは、優の武士の情けである。話題を変える。
「しのぶちゃんは向こうの学校に行ってたんだよね? 里の学校は人数少ないって聞いたけど」
「そうです。中学生まで合わせて、二十人しかいませんでした。こちらの学校は生徒数多いんですよね……クラスに三十人も人がいるなんて信じられません。でも私は優様を支えるのか務めですから、だいじょうぶです。がんばります!」
しのぶはまた鼻息荒く、ぐっと右手でにぎりこぶし。張り切った状態にもどった。でもちょっと優は心配だった。張り切りすぎて空回りしなければいいんだけど……。
そして、それは杞憂とはならなかった。
「服部しのぶと申します。主君である優様のお宅にお世話になっております。よろしくお願いいたします」
(いきなりやったああああ!)
優は頭を抱えた。
優と同じクラスになって、しのぶが喜んでいたのもつかの間、最初のあいさつでやらかした。ちゃんと注意しておけばよかった。
「優! 優! 主君ってあれ何? しかも優様って、お前あの子のご主人様なの?」
友達にもそうからかわれたが、まさかそれが本当だは言えない。しのぶのとなりに立っていたクラス担任、大島奈菜代先生もびっくりしている。
しのぶの第一印象もよくなかった。いや正確には、印象はよかったのだが、この場合それが裏目に出ていた。派手さがなく、見方によっては大人びた服装。凛とした顔立ちによく似合う眼鏡。落ち着いた雰囲気でていねいな言葉遣い。実際、社長令嬢で旧家のお嬢様なのだが、その「お嬢様」の口から出てきた似合いすぎている「優様」である。
クラス中に広がるざわめきに、しのぶはとまどい気味。
「は……はい、みんな静かにして! 授業始めるわよ! それじゃ服部さんの席は高橋君の後ろ……あ、眼鏡してるけど視力はだいじょうぶ? 席、後ろでも見える?」
「あ、はい、平気です」
先生は強引に話を打ち切り、クラスをしずめようとした。ざわつきはなかなか収まらなかったが、それでも一応、クラスは授業に入った。
だが、みんなが授業に集中できていないのは一目瞭然。ことあるごとに、ちらちらと後ろの席のしのぶを盗み見ている。先生の注意が何度も飛ぶ。思わぬ注目を浴びてしまって、しのぶは心細げに優の方を見るのだが、そのすがるようなうるんだ視線がまた(特に女子たちの)想像力をかき立てる。
一時間目が終わった瞬間、あっという間にしのぶの周りに人垣ができた。
優は完全に出遅れてしまい、人垣の外からはらはらしながら聞いているしかない。とにかく優は、こういうところで人垣をかき分けていくような我の強さを持っていないのだ。
「ねえねえ、服部さん、栃ノ木君の家に住んでいるってこと?」
「え、ええ、そうです」
「どんな関係なの?」
「優様と私は古くからの契りを交わした家柄で……」
「あーっ! ちょっと待ってしのぶちゃん! こっち来て!」
我の強さを持っていないはずの優だったが、しのぶがさらなる失言を重ねる気配に、あわてて人垣に飛び込んだ。しのぶを引っ張って、急いで教室の外へ連れて出た。
ふだん知っている栃ノ木君らしからぬ強引さ。これまた格好の燃料となる。二人が出ていった扉のむこうを気にしながら、女の子たちはひそひそと噂話。
「ねえ、契りって何のこと?」
「契約とか約束のことだよね」
「古くからの家って言ってたよ。家同士の約束って……」
「もしかして、婚約?」
「えっ、許嫁ってこと?」
「小学生で?」
「そんな、いくら何でも」
「でも優様って呼んでたよ?」
「えっ? じゃあ本当なの?」
きゃっきゃと大盛り上りである。そんな教室の様子を背中に感じて、優はほとほと困り果てた。
「しのぶちゃん、なんであんなことを……」
しのぶも噂をされていることには気づいていた。というより、忍びの修練を積んだしのぶの耳は、優よりもいい。みんなの話している内容も聞き取れていた。気がつけばカップル確定の流れに、大いにうろたえていた。
「すみません優様。私ったらこんな大勢の人がいるクラスは初めてなので、緊張してしまって……。どうしましょう、忍びの心得は、周囲にまぎれ目立たないことなのに……」
その心得に関しては、この町に来た時からまったく守れていない。しかしそんなことを突っ込んだら、狼狽するしのぶがますますかわいそうなので、優はとにかく優しいトーンで声をかけた。
「いきなり家のことなんて言わないで、従姉妹だって言っておけばよかったんだよ。それだって本当のことなんだから」
「そ、そうですよね」
「それにやっぱり優様もまずいよ。ふつうの小学生はそんなふうに相手を呼ばないよ」
「えっ、でも、そうしたらいったいなんてお呼びすれば……」
「ふつうに優でも優君でもいいけど」
「そんな、呼び捨てなんてできません!」
「そしたら優君で」
「えっ、ゆ……優君ですか?」
「うん、そうそう。それならふつう」
「ゆ、優君」
そう呼び直したしのぶは、顔を赤らめ口元に手を置いて、上目遣いでもじもじとしている。その様子がまた、扉の所から遠巻きにのぞいているクラスの女子たちの推測を裏付けるのだった。
いきなり最悪に目立つデビューをしてしまったと、おののくしのぶだったが、これは逆にうまく働いた。主に優の人徳(?)である。
いきなり変な女が来た、と反感を持たれなかったのは、くっつく相手の優が、さほど女子に人気がなかったため。優しいけれども優柔不断。いい人止まりの性格だからだ。そして逆に、優しくて人にゆずれる性格のため、嫌われてもいなかった。
女子たちはうきうきと、彼女たちがカップルと断定したこの二人を、温かく見守ることにしたのである。
次の時間に、優のとなりの席の女の子が手を上げて、「服部さんはまだ学校のことがよくわかっていないから、栃ノ木君のとなりがいいと思います。私が代わります」と席をゆずったほどだった。
しかし、問題はそれで終わらなかった。
「よう、栃ノ木、ちょっと待てよ」
その日の帰り、校門へ向かう途中で、優としのぶは呼び止められた。
振り返った優の顔がくもる。
そこにいたのは、三人のクラスメイト。
ただし友達とは言えない。親しいとは言えない。むしろその逆。
高岩宋俊(たかいわ・そうしゅん)とその取り巻き、秋山、金田だった。
「ようよう、なんだよ、お前ら。婚約者なんだって? 小学生で? お家が決めた間柄なの? 何時代だよ」
明らかにばかにした口調でゲラゲラと笑う。高岩はクラスの中でもひときわ体が大きく、そして性格が悪い。人にちょっかいを出す。絡む。そしてすぐに手を出す。まごうことなき嫌われ者。問題児だった。
「行こう、しのぶちゃん」
優は相手にしないように、この場を離れようとした。
しかし、それで済む相手ではない。そもそも高岩たちは、優をたまたま見かけたから絡んでいるのではない。最初からターゲットにしてついてきたのだ。
女子たちにとってみれば、優としのぶは家の決めた許嫁(誤解)という、時代錯誤だけれども、ある意味ロマンチックな、行く末を見守りたくなる新鮮カップルである。
だが、小学生男子にとってみれば、ロマンチック? 何それ美味しいの? ぐらいのものであり、はやし立てるからからいの対象だ。
そしてそのからかいは、ふだんの優に対する印象によって、友達同士のじゃれあいから、悪意のある攻撃まで幅がある。
優柔不断で、ともすれば気が弱く見える優は、高岩たちにとっては侮蔑の対象。そんなやつがクラスで目立っていれば、一発締めてやろうかというようなものである。
「なんだよ、無視すんなよ、おめー」
高岩はくるりと回りこみ、行く手をふさぎ、優の胸をドンと突いた。
対格差はかなり大きく力の差は歴然。優は後ろによろめいた。
それを見た高岩の顔に、弱いネズミをなぶり殺そうというような、嗜虐的な笑みが浮かんだ。
その時。
すっと優の前に立ったのは、しのぶ。
「しのぶちゃん、危ないよ」
「だいじょうぶですよ、優様。お任せ下さい」
「はははは、情けねえ、こいつ! 女にかばってもらってやんの!」
優はむちゃだと思った。小学生のうちは確かに男女の体格差はそんなに大きくない。さらにしのぶはすらりと背の高い方だ。でも高岩はその程度ではなく、中学生並みに大きい。体格差は一目瞭然。しかも人数でも差があるのだ。
自分がどんなにばかにされてもいい。ここは逃げないと。
しのぶにそう言おうとした時。
あざけ笑う三人の目の前から、しのぶが急に姿を消した。
優の顔に一瞬影が差す。
しのぶは頭上に飛び上がったのだ。人の視界は横に広く、上下に狭い。優は影で気がついたが、高岩たちの反応は遅れた。
しのぶは高岩の肩の上に、膝立ちのような形で着地。そのまま足を首に引っかけて高岩の背後に向かって倒れ込み、前転のようにクルリと回る。人は虚を突かれると本能的に後ずさり、後ろ重心になる。そこに子供と言えども軽くはない体重がかかるのである。
高岩は勢いづいて、もんどりうって倒れた。
他の二人はもっと簡単。高岩に大技を見舞ったのは体重差があったから。そう差がないなら、ふつうに投げ飛ばせる。しのぶの背負い投げと大外刈りが、きれいに決まる。
そして、しのぶはぽつりとつぶやく。
「卍丸」
どこからともなく、ひゅうううと、風切る飛行音がした。
ガシャーンと大地をゆるがして、卍丸が優の目前に背を向けて着地した。
すごい勢いにびっくりして、優が一歩下がったところ。
いつの間にか、しのぶが背後に立っていた。
下がる優の背中をそっと支える。
「さあ、優様、とどめを」
「はい?」
剣呑な言葉に優がうろたえていると、目の前の卍丸の背中がガチャガチャと音を立てて、観音開きに開いた。
「えっ?」
「さあ、どうぞ」
ぐいぐいと、しのぶにそこに押し込まれる。
「えっ、何? 卍丸に乗るの? 僕、動かし方知らないよ?」
抗議の声をさえぎるように、優の背後でガチャリと鎧が閉じた。卍丸と優では大きさがまったく合わないのだが、それは自動で調節する機能があるらしい。するすると卍丸が縮んで、優の体格にぴったり合うサイズになった。手、足、腰回りと、しっかりと装具が密着する。
「では参ろうか、優殿」
そう卍丸の声がして、優の体が勝手に動きはじめた。卍丸を着せられて、その卍丸が勝手に動いている状態だ。
「え? ちょっと、ちょっと、いったいどうするの?」
優がとまどっていると、卍丸は、がしゃり、がしゃりと、三人に近づく。
まず、半回転して投げ飛ばされて、ひざとおなかを地面にしたたかに打ってうめいていた高岩の、襟首をつかみ、持ち上げると。
強烈なボディーブロー一閃。
「ぐっは……」
高岩が息も絶え絶えにもだえているのを投げ捨てて、今度は秋山。そして金田。他の二人にも強烈な一撃を見舞う。
「わかりましたか。優様に狼藉を働こうなどと、今後一切思わぬことです。これでも子供相手で手加減したのです。次は容赦しません」
呼吸もままならず声を出すこともできず、うずくまる三人を前に、しのぶは仁王立ち。その表情は、恐ろしいほど冷たく、怒りがピリピリと空気を伝わってくるようだ。先ほど「優君」と呼んで赤くなってもじもじしていた子とは、まるで別人。
ただ優はその表情に、どこか見覚えがあるなと思った。
ちょっと考えて思い当たった。時子だ。お母さんが心底怒った時の、絶対に逆らってはいけない時の雰囲気だ。
血は争えないものなんだなあと、どこかのんきに優が考えていたのは、今起きたことがあまりに現実離れしていたからである。自律型パワーアシストスーツに入って、クラスの悪ガキ三人組をぶちのめすなんて、考えたこともない。
「さあ行きましょう、優様」
しのぶはそう言うと、優に道を指し示し、自分は一歩下がってついてくるのだった。
校門を出たところで、卍丸の背中が開き、優は中から解放された。その優に、しのぶは、にこやかにほほえんだ。
「おめでとうございます、優様。これであのクラスの覇権は優様に移ることとなりました。この調子で、まずあの小学校を掌握しましょう」
現実離れした事態の進行に、ついていけずにぼんやりとしていた優だったが、ようやく我を取りもどした。
「ちょっと、ちょっと待って! まずいよ、しのぶちゃん! ただケンカしただけじゃなくて、こんなのに乗って相手をぶちのめしたとなったら、武器を使ったのと同じだよ! 大人に知られたら、僕らが捕まるよ!」
あわてる優に、しのぶはにこやかな笑顔をくずさず答えた。
「だいじょうぶです、優様。周りには、卍丸は見えていません。ほら、今も、もういないでしょう?」
「え? あ、ほんとだ」
「これが光学迷彩です。実際に透明になることはできませんから、卍丸の表面に、背後の風景を映しているのです。微細な映像素子で、三百六十度全周に対してどの方向から見ても、その背後の風景が映るようにしたのが、NASUテクノロジーズの秘伝、もとい、企業秘密です。実際に卍丸の姿が見えていたのは、優様が乗り降りする短時間だけ。彼らは投げられて地面でうめいていましたし、卍丸の表面には、優様の姿を映していましたから、彼らは優様の強烈な一撃をもらったと思っているはずです」
「そ……そうなの?」
「はい。いつもばかにしていた優様に、一撃でのされたとあっては、彼らには計り知れない名折れ。おいそれと、自ら周囲に言って回るようなことはできないでしょう」
しのぶはにこやかにほほえんだまま、優の心配を一つぬぐい去って見せた。
だが、問題はもう一つ残っている。何か聞き捨てならないことを、しのぶはさらりと言っていた。
「覇権とか掌握とか言ってたけど、もしかしてこれが、天下統一?」
「もちろんでございます。まずこの小学校を手始めに周辺の地区を掌握。その後、地盤を固めてよそへと打って出る。優様伝説の始まりでございます」
「なんのヤンキー漫画なの、これ!」
しのぶは小さいころから忍びの家に育ち、山奥の里からほとんど出たことがなかったので、世間知らずでずれたところがあるとは思っていた。
しかし、事ここにおよんで、ちょっと放置できない部分がある。優は以前から気になっていたことをたずねることにした。
「しのぶちゃん、天下統一ってどうすることだと思っているの? 戦国時代じゃないんだから、武力で全国を支配するわけにはいかないよ」
「えっ?」
しのぶは真顔でおどろいた。
「そういえば……」
「そういえばじゃないよ! そこからが問題なのがびっくりだよ!」
優は頭を抱えた。
家に着く頃、しのぶは真剣に悩んでしまっていた。優の部屋で向かい合って座り、呆然とした顔で優に告げた。
「そういえば、天下を取る具体的な方法を、考えていませんでした……」
「ちょっとー」
これにはさすがの優も、声に非難の色が混じる。それを敏感に感じ取り、しのぶがあわてて優にすがり付いてきた。
「待ってください、優様! 私にチャンスを! チャンスをください!」
「なんかすごく不安になってきたよ……」
最初に聞いた時には同情した、チャンスをくださいという言葉が、ちょっと色あせて聞こえる。
那須服部家はこんな適当な目標で、何百年もやってきたのだろうか。優は腕組みをしてうーん、とうなった。
いや、そんなことはないはずだ。だってお母さんがもともとそっちの家の出身なのだ。しのぶは確かに抜けたところがあって、ちょっとポンコツ風味だということがばれてきたが、お母さんはそうじゃない。周りの大人たちには、もっとしっかりしたビジョンがあったはずだ。
しのぶは小学生のうちに送り出されたので、その辺がよくわかっていないのだろう。
そのしのぶは、ここで見捨てられたら大変だと、うんうんとうなって考えている。
「思うに、天下を取るといえば、織田信長公、豊臣秀吉公、徳川家康公……そんな位置に着くということですよね」
「将軍様なんてもういないよ」
「これを現代に当てはめると、つまり……」
そこではたとひらめいたようだった。
「……内閣総理大臣! そうですよ、天皇陛下から日本の政治を任される総理大臣は、昔で言えば征夷大将軍! 総理大臣になれば、天下統一ですよ!」
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