第39話 明日は今日より輝いて
最後のあいさつで話す内容は事前に決めていたが、それとは別に、話したいことが一つあった。
心を落ち着けて、マイクを口元へ持っていく。
「今日はありがとうございました。私がここまでこれたのも、ファンの皆さん、仲間たち、スタッフの皆さん、そして何より朱里のおかげです」
ここまではあらかじめ考えていた言葉だ。
そしてここからは、私自身の思いになる。
ぶっつけ本番だけど、言わないと後悔すると思う。
でも……これを話してしまったら、色々とまずいかもしれない。
ネットで叩かれるかもしれない。スタッフから怒られるかもしれない。色々な人に、迷惑をかけてしまうかもしれない。
それでもやっぱり、言わなきゃだめだと思った。
それが、私なりの誠意だ。
「正直、私は最初、この仕事に対してあまりいいイメージがありませんでした。声優はキャラクターの声だけ演じてればいい。キャラクターそのものとして歌って踊るなんて、おこがましい。そんな風に思っていました」
先ほどまでの盛り上がりが嘘のように、会場は静まっていた。客席が戸惑っているような雰囲気が感じられた。
やっぱり、この話はやめておくべきだろうか。一瞬、迷いがよぎる。でも話し始めてしまった。時間は巻き戻せない。
視界の端、舞台袖には浅海さんが立っていた。彼の方をちらりと見ると、視線が合う。浅海さんは私の迷いを見透かしたようにうなずいた。私はうなずき返して、話を続けた。
「そんな私の考えが少しだけ変わったのは、前回のステージのときでした」静かな会場に、私の声だけが響く。「あのときは失敗もあったけれど、それも含めていい経験でした。あのライブで、初めてステージに立ってみて、私は知ることになりました。朱里が見ている景色が、こんなに素敵なものだということを」
朱里のパーソナルカラーであるオレンジ色に染まった会場。笑顔であふれる客席で、私の歌を楽しんでくれている人たち。私が途中で歌詞を間違えてしまったときも、ファンたちは応援してくれた。
「もちろん今日も、最高の眺めでした!」
数十分前にソロ曲『Honey&Smile』を歌ったときの眺めが、脳裏にしっかりと焼き付いている。前よりも会場が大きい分、オレンジ色がどこまでも果てしなく広がっているような気がした。
「私が声優を目指したきっかけは、中学生のときに偶然観たアニメでした。私はとある人の声に救われて、今日まで生きてきました。だから、今度は私が誰かに何かを与えられればいいなって、そう思って、声優を志しました。そのはずなのに、いつの間にか声優になることが〝夢〟になっていました」
声優になることは、手段であって目的ではなかった。〝夢〟という心地よい言葉に惑わされていた私はとても未熟だったのだと、今なら痛いほどにわかる。
「少し前に、CDのリリースイベントがありました。そこで私は思い知りました。どんな形でも、声はちゃんと届くんだって。歌でも踊りでも、ラジオ番組でも、文字でも。声を出し続ければ、誰かに何かを届けられるんです」
私は、真っ直ぐに例の少年を見て言った。
彼は客席で、目を見開いて驚いた顔をしている。
「ちゃんと話せてるかな……。上手く伝わってなかったらごめんなさい。とにかく今は、朱里として歌って踊れることを、本当に嬉しく思ってますし、まだまだ未熟だけど、これからも全力で色んなことに挑戦していきたいと思ってます」
いつの間にか、私の声は濡れていた
「あれ、おかしいな。なんで私……泣いてるんだろう」
頬に、涙の感触。空いている左手の甲で拭う。
「えーっと、とにかく!」涙に負けないように、声が震えないように、お腹の底から張り上げた大きな声で。「朱里と一緒に、これからも頑張っていきたいです。こんな私でも、応援してくれますか?」
応援するよー! 好きだー! などと、サイリウムを振りまわしながらお客さんが叫ぶ。
その反応に、自然に笑顔がこぼれた。
「ありがとうございます! それでは最後に一曲だけ、聴いてください。新曲です。『
選んだ道
進み続けて
見たい景色
祈り続けて
たどり着いた
先にあった
高い高い壁
あのオーディションから八か月以上が経った。一年を過ぎるのもすぐだろう。
思えば、激動の年だった。
これで最後と決め、全力で臨んだオーディションで、瑠璃と出会った。才能に打ちのめされて、一度は声優への道を諦めた。
理想の自分になれなくって
人と比べて羨んでばっか
弱音も不安も全部こらえ
できない理由だけ探してた
報われない努力も
叶わない夢も
明日の自分の糧にして
浅海さんのスカウトで声優になった。キャラクターの声を担当するだけでなく、キャラクターとして人前で歌って踊る。私が目指していた声優とは少し違って、戸惑いも葛藤も、微かな不満もあった。
あの決意を振り返れば
そこには想いがあるから
明日は今日より輝いて
素敵な未来へ飛び込んで
見つけよう私たちの
キラメキのシンフォニー
小豆や友と出会った。思いがけない場所で、瑠璃と再会した。
声優という仕事について悩んだけれど、やっぱり答えはでなかった。
私の初めて演じるキャラクターは、霞朱里という、とても素敵な女の子だった。少しずつ、朱里のことを知っていった。今では彼女を演じられることが、たまらなく誇らしい。まだ知らない部分はあるけれど、これからもっと朱里と寄り添っていきたい。
声枯れるまで
歌い続けて
倒れ込むまで
踊り続けて
傷だらけで
迷い込んだ
暗い暗い闇
初めてのライブ。ソロ曲で歌詞を間違ってしまったけれど、仲間やファンのおかげで、最後まで歌えた。
歌うことが楽しかったし、苦しかった。ステージの上は怖かったし、温かかった。悔しくて、二度と失敗なんてしないと誓った。
するべきことがわからなくって
差し伸べられて初めて知った
勇気と希望の言葉の意味
胸の奥の想い信じてる
絶え間ない笑顔を
交わしたいキミと
世界を私に彩って
リリースイベントでは、私の声は、誰かにちゃんと届いていることを知った。
できることなら、中学生のときの自分に伝えたかった。未来のあなたは、明音からもらった勇気とか希望とか、そういったものを、他の人にしっかり渡せてるよ、って。
迷いも躊躇いも、アイドル声優の仕事に対するモヤモヤも、この日にすべて置いてきた。
本当の意味での全力で、私は走り出した。
涙拭いて顔上げれば
そこには仲間がいるから
未来は
まだ見ぬ世界へ羽ばたいて
奏でよう私たちの
トクベツなシンフォニー
そして今日のライブ。色々とあったけれど、前回よりも成長した霞朱里を見せることができたと思う。
そしてこれからも、私は歌っていくのだろう。
誰かにこの声を届けるために。
この想いが届いてほしいから
強く真っ直ぐに歌うから
キミを私の色に染めて
響かすんだ優しい声
明るい日にしていこうよ
明日は今日より輝いて
素敵な未来へ飛び込んで
見つけよう 奏でよう
私たちの
キラメキの トクベツな
シンフォニー
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