第33話 Heart Voice


 十月には雑誌のインタビューも受けた。月に一度刊行される声優専門の雑誌で、もちろん『ティンクル・シンフォニー』関連でのインタビューだ。


 しっかり受け応えができるか心配していたところに、インタビュー記事と共に写真も載せられると知らされた。不安しかないけれど、もう腹をくくるしかなかった。


 本格的な撮影のセットを前にして、最初の方は恥ずかしさと緊張でガチガチに固まっていた。しかし、カメラマンさんの口が達者で、撮影が終わるころにはリラックスして、自然と笑顔で映ることができていた。


 後日、でき上がった写真を見たときは、自分でも、あれ、私って結構いける……? なんて勘違いをしてしまいそうになった。危ない危ない……。これは素材がいいのではなく、プロのメイクさんのメイクが魔法なのと、加工技術が優れているだけだ。


 インタビューは次の日に行われた。

 演じているキャラクターと自分の共通点は? 演じるときはどんなことに気を付けている? そんな当たり障りのない質問に、私は丁寧に答えていく。


 最初は緊張のせいで言葉に詰まってしまうことが多かったけれど、インタビュアの方の柔らかい雰囲気のおかげで、私の口は徐々に滑らかに動くようになっていた。


 声優になろうと思ったきっかけはありますか? という質問をされたので、私はつい熱く語ってしまった。


「私はとあるアニメに救われて、今まで生きてきました。……実は中学生のとき、学校に行けてなかったんですけど——」


 私を救ってくれたあのアニメと声優のことを。

 常に心の中にあって、いつも私に勇気をくれる、あの台詞のことを。

 私はただ思うままに、何も包み隠さず言葉にした。


 話している間は全く意識していなかったけれど、インタビュアのお姉さんが少し引き気味になっていたような気がする。


 終わってから脳内で反省会を開く程度には、やらかしたと思う。どうかいい感じに編集されていますように、と私は願った。


 あれだけモヤモヤした思いを抱いていた、アイドル声優というものに私はなった。


 けれどもアイドル声優だって、夢と希望を与えていることに変わりはない。どちらが上だとか下だとか、優れているとか劣っているとか、そんな考え方をしていた数か月前の私は馬鹿だ。


 CDのリリースイベントに来てくれたあの少年が、私にそれを教えてくれた。

 今はこの仕事が誇りだ。胸を張って、そう言える。それは強がりなどではなく、心の底からの思いだった。


 十一月の初めに、私たちの二回目のライブがある。前回とは同様に、チケットは即売り切れ。


 最初のライブとは比べ物にならないくらい大きな会場で、あのときの十倍以上の観客が私たち四人のパフォーマンスを観に来る。


 もう一度、あの景色が見たかった。あの景色を、次は悔しさではなくて、純粋な喜びとともに心に収めたい。


 前回のライブのソロ曲で失敗したとき、客席が怖くて仕方がなかった。

 真っ直ぐに前を向けなかった私は、ただただ早く曲が終わってほしいと願っていた。自分の弱さが嫌になって、絶望した。


 けれど仲間のおかげで、私はもう一度ステージに立つことができた。そのときの景色は、とても輝いて見えた。私たちの歌と踊りで、たくさんの人たちが熱狂している。ステージに立って歌う喜びを知った。


 今度は満足のいくパフォーマンスで、あの景色を見たい。

 そうすればきっと、新しい何かを感じることができる。そんな確信にも似た予感があった。




 ライブを一週間後に控えて、私は事務所のロビーで休憩をしていた。

 ホットココアを飲みながらライブで初披露の予定の新曲を聴く。軽く目を閉じて、頭の中でダンスを踊っていた。歌詞も振り付けも完璧に暗記していたけれど、よりよいステージにするために、イメージを研ぎ澄ませる。


 脳内でビシッとターンを決めたところで、

「ここ、いいかな」

 上の方から、清涼感のある声が聞こえた。


「天月先輩!」視線を上げると、天月歩先輩が缶コーヒーを持って立っていた。「もちろんです! どうぞ」

 私はすぐさま耳からイヤホンを外し、背筋を伸ばした。


「ありがとう。それじゃ、お邪魔します」

 天月先輩は私の対面に座る。


「今日は収録ですか?」


 天月先輩はクルシンで、ラナンキュラスというユニットのリーダー、ツバキの声を担当している。


「うん。新曲のレコーディングがあったの。今回の曲も素敵だったよ」

 クルシンの楽曲は、ほぼすべてを作曲グループBeLightびらいとが担当している。


「楽しみです!」

 半年前までは名前すら知らなかったのに、私はすっかりBeLightのファンになっていた。


「愛ちゃんはもうすぐライブだよね。調子はどう?」

「まあまあです」

 私はあいまいな受け応えをする。


「今回も絶対に見に行くから。楽しみにしてる」

 先輩は前回も忙しい中、ライブに足を運んでくれた。今回も社交辞令などではなく、本当に来てくれるのだろう。


 天月先輩はクルシンだけでなく、他のアニメやゲームの仕事もある。幅広い役を演じることのできる彼女は、色々なコンテンツから引っ張りだこで忙しいはずなのに……。後輩思いの素敵な人だな、と思う。


「お忙しいのに、ありがとうございます」

「いいのいいの。私が行きたくて行くんだから。緊張は?」


「少し……してます」

 前回のライブであんな失敗をしたのだ。それで緊張とかプレッシャーがない方がどうかしている。


「まあ、そうだよね」

 私の感じている不安をすべて包み込んで、大丈夫だよ、と言ってくれているような笑顔で、天月先輩は言った。


「天月先輩も、緊張することってあるんですか?」

「そりゃあるよ。今でこそ少なくなったけど、私が愛ちゃんくらいのころなんて、失敗ばっかりだった」


「へぇ」意外だった。何でも器用にこなすイメージがあったからだ。同時に親近感もわいた。「緊張してたときって、どうしてました?」

 何か参考になるかもしれないと思い、私は尋ねてみた。


「おまじないをかけてた……かな」

「おまじない……ですか?」


「うん。座右の銘とか、自分の目標とか、そういうもの。それを思い出すの。

 愛ちゃんには、何かそういうものってある?」


「あります!」

 私は即答した。


 ——進もう。私たちの明日へ。

 私にとってのおまじないは、明音あかねのあの声だ。

 この前の雑誌のインタビューで熱く語ってしまったことを思い出す。


「なら大丈夫! ライブ、頑張ってね」

 そう言われると、本当に大丈夫な気がしてくるので不思議だ。私が単純なだけかもしれないけれど。


「はい! ありがとうございます!」

 私は元気よくお礼を言うと、天月先輩は嬉しそうに笑った。

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