第27話 True Destiny


 ソロ曲メドレーの最後は、城咲友が演じる熊貝美亜のステージ。

 笑顔を振りまきながらステージ上に登場した友に、拍手と歓声が降り注ぐ。


 彼女のソロ曲『Everyday前進』は、背中をそっと押してくれるような温かい歌だ。優しくて面倒見の良い美亜の曲としてピッタリで、友の癒し系ボイスともマッチしている。


  Everyday前に進め!

  少しずつでもいいから

  昨日よりも素敵な自分に


 彼女の穏やかな歌声を聞きつつ、私は呆然としながら待機場所へと歩いていた。その足取りは、自分でもわかるくらいにぐらついている。膝に力が入らない。倒れてしまいそうだ。血の気が引く、というのはこういうことか。


  なんでもない一日でも

  気づけば何か変わってる


  遠回りしても大丈夫

  光の強い方へ向かってく


 どうしよう。このあとにも二曲、全員で歌う曲があるのに。そこでもまた間違えたら……。


 歌の方は他の三人がいるからまだ大丈夫だとしても、ダンスを間違えてしまうかもしれない。動きが揃っていないのは意外と目立つ。


 ——またあの子だ。

 ——さっきも歌詞ミスってたよな。

 ——足手まといなんじゃ?


 そんな観客の声が聞こえてくるようで、思わず両手で耳をふさいだ。


 怖い。

 ステージに立つのが、たまらなく怖い。

 だからといって、今さら背を向けるわけにもいかない。


 致命的なミスをしたわけではない。プロでも歌詞を間違うことくらいある。頭ではわかっているけれど。不安が、恐怖が、ネガティブな感情が絡まり、ぐるぐると渦巻いて私を縛り付ける。


 ああ、私はなんてダメなのだろう。今まで一生懸命に積み上げてきたものが、音を立てて崩れ去ってしまったような、そんな気がしていた。


  さあ行こう

  私たち一緒なら

  どこまでだって歩ける


 友のゆったりした歌声を聴きながら、私は逃げ出したい衝動に駆られていた。目には涙がいっぱいにたまっていて、今にも零れ落ちてしまいそうだ。


 あと五分もしないうちに、熊貝美亜のステージは終わる。

 それまでには落ち着かなければいけないのに、呼吸は浅くなる一方だ。


  Everyday前に進め!

  少しずつでもいいから

  昨日よりも素敵な自分に


 やっぱり、私なんかがこんな大勢の人の前で歌うなんて、無理があったんだ。どうしようもなく向いていない。こんなんじゃ、三人に迷惑をかけてしまう。これから先、やっていける自信もない。どうしよう……。


 ネガティブな感情が頭の中を支配して、どうにかなってしまいそうだったそのとき。


「何ヘコんでんだ」

 強く背中を叩かれる。


「いったぁ……」

 背中をさすりながら振り向くと、そこには小豆が立っていた。彼女の真っ直ぐな視線が私を責めているように感じられて、思わず目を反らす。


「だって……」

 一度感じてしまった恐怖は、なかなかいなくなってはくれない。


「お前なぁ……」

 小豆は目を細めて、イライラしたように口を開く。罵声でも浴びせられるのかと思ったが、違った。


「ステージには四人いるんだ。だから、大丈夫だ」


「……え?」

 彼女なりに私を励ましてくれているということに遅れて気づく。一匹狼みたいなところがある小豆の言葉としては、ちょっと意外だった。


「あたしもさっき、ソロ曲を歌う前に言われたんだよ。浅海さんにな」

 小豆は少し照れたように視線を反らしながら続けた。

「浅海さんに?」


「ほら、あたしも最初、ステージで上手く話せなかったろ。それを気にしてるのを見抜かれてたらしくてさ、わざわざ話しかけてくれたんだ。喋るときには緊張しなくていいって。何かあったときは、仲間がフォローしてくれるからって」


「そんなことを……」

 たしかに、浅海さんは言いそうだ。でも、小豆が言うのはやっぱり意外だと思う。


「ああ。だから笑え」

「え?」


 だから……ってどういう意味? そう聞き返すより先に、小豆が言った。

「ったく……。自分で言ったことも覚えてねえのか。声と行動は連動すんだよ」


 ——声と行動って、私たちが思ってるよりも連動するの。

 それは、私が小豆にアドバイスしたことだった。


「だからほら、笑え」

 小豆はそう言って、なんだか不気味な顔をした。


「ちょ、待って。それ、もしかして笑顔のつもり?」

 頬が片方だけ上がっていて、目は笑っていない。というか、全体的に引きつっていて、笑顔とは程遠い。


「うるせえ。練習中なんだよ」

 今度は少しムッとした顔になった。こっちの方が百倍くらい似合っている。


「ふっ……あははははは」

 我慢できなくて、ついに私は笑ってしまった。


「笑うな! 笑え!」

「どっちよ!」

 私が笑ったのは、小豆の顔が面白かったから、というのもあるけれど、それだけではない。


 小豆が私のことを心配してくれたのが嬉しくて。

 小豆が私のアドバイスを覚えていてくれたのが嬉しくて。

 気づけば、さっきまでの恐怖はどこかへ消え去っていた。


 もう大丈夫だ。私には心強い仲間がいる。

 そもそも、観客だって味方なのだ。敵なんてどこにもいない。


 完璧だなんて、まだそこまで自信を持って言えるわけではないけれど。

 少なくとも、今ステージに立つ覚悟はできた。あとは歌うだけだ。


  プラス思考と笑顔だけあれば

  他には何もいらない


  疲れたら立ち止まって

  またゆっくり歩きだす


  Everyday前に進め!

  少しずつでもいいから

  昨日よりも素敵な自分に


「それでは最後の曲です」

 ソロ曲を歌い終え、ステージで友が息を切らしながら、それでも笑顔のまま言った。


 最後の曲というワードに反応したらしく、客席から「えー⁉」と声が聞こえる。

「ほら、出番だ。行くぞ、愛」

 小豆が言った。


「うん」

 返事をしてから、初めて名前を呼ばれたことに気づく。


 途中で瑠璃とも合流し、三人でステージへと向かう。彼女は私の方を少し心配そうに見たけれど、隣に小豆がいることに気づいて大丈夫だと思ったらしい。「さ、いきましょう」なんて最年少らしからぬ勇敢さで私たちを先導する。


 彼女に続いて私も歩を進める。光り輝くステージへ。

 定位置に立って、控えめに深呼吸。楽しそうな観客の姿が、視界いっぱいに広がった。

 再び、四人がステージ上に揃った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る