第28話 adrenaline!!
私たちの準備が整ったことを確認すると、友が口を開いた。
「それでは聴いてください! 『君と見た星座』」
客席から大きな歓声が上がる。
ユーザーの間でも評判の良い楽曲だった。バラード調で、メンバーそれぞれのソロパートのあとに全員で歌うラストサビが聴きどころだ。
星と星を結んで
君と星座を作った
間奏。四人で動きを揃えて、円を描くように動き、交差して場所を入れ替える。激しい動きこそないが、息の揃った緻密な動きが求められる。練習では失敗が多かった部分だが、なんとか上手くいった。
小さなころから僕ら
いつも一緒にいたよね
上手く言葉にできずに
喧嘩した日もあったね
そんなときは夜空を
二人でともに見上げた
背中の地面の感触
今でも覚えてるよ
素敵な歌を、私は紡いでいく。一節を、一音を大事にしながら。
小豆の力強い声が、友の温かい声が、瑠璃の透き通った声が、後ろから聴こえてくる。
夜空に輝いた 光
隣にいた 君
確かに感じた 希望
形にした 愛
星と星をつなげて
君と未来を誓った
僕と君離れても
同じ空見てるよ
世界に一つしかない
君と僕だけの星座
歌詞は間違わなかったものの、途中でダンスの振りがずれてしまった。でも、さっきみたいに焦らない。その分、笑顔と歌でカバーする。反省するのは、全部が終わってからだ。
星と星を結んで
君と星座を作った
二人距離遠くても
心は一緒にいるよ
世界に一つしかない
君と僕だけの星座
大切な星座
余韻を残して、最後の一音がすぅーっと消えていくのを待つ。
数秒の沈黙のあと、大きな拍手がわき起こる。
左右を見て目を合わせ、
「ありがとうございました!」
四人で声を揃える。
幕が下りて、ステージと客席が隔てられる。その隔たりを超えて、声が届いた。
アンコール! アンコール!
その声は徐々に大きくなっていった。
客席からの要望が、会場いっぱいにこだまする。
私たち四人は、自然に顔を見合わせて笑った。
もちろん織り込み済みで、このあとにもう一曲、スペシャルなサプライズが待っている。想定内ではあるが、アンコールをもらえるのはやはり嬉しい。
幕が再び上がって――客席が盛り上がる。
「みんなー! ありがとう! もう一曲、歌います」
私は思いっきり叫んだ。緊張や不安や失敗や疲れを、楽しさ以外の全部を吹き飛ばすように。
うおおおおおおおっ!
雄たけびのような大歓声が返ってくる。
「それでは聞いてください! 『Sing to the Light』」
おおおおっ⁉
今度の客席の反応は今までとは違い、戸惑いが見えた。それもそのはず。『Sing to the Light』はゲームでも未発表の新曲なのだから。
サプライズは大成功だ。思わず表情が緩む。
ふ、と照明が落ちて。
青の、紫の、緑の、オレンジの眩い光が、目まぐるしく回転しながら、不規則に会場内を駆け巡る。
Sing to the Light
光れ私たちの歌声
最強のメロディに乗って
Dance to the rhythm
響け私たちの歌声
最高のステージで
今までの曲の中で、最も振り付けの難しい曲だった。激しい動きに、どうしても音程がずれてしまったりもする。息継ぎのタイミングも絶妙だ。
この曲を最後に持ってくるなんて、正直バカだと思う。もう体はへとへとで、喉も枯れそうだ。
でも、楽しい。
私たちは全力で歌う。
一人ひとり違う光
誰もが持つ輝き
小さくまとまるんじゃねえ
大きな夢を叶えるため
人は生まれてきたんだ
Sing to the Light
光れ私たちの歌声
最強のメロディに乗って
Dance to the rhythm
響け私たちの歌声
最高のステージで
ファンとの一体感。楽しい。もっと歌っていたい。
疲れているはずなのに、どんどん力がわいてくるみたいだ。ランナーズハイというやつかもしれない。
さっきの失敗なんて遠い過去のことのように、私は笑顔で歌った。
不安や迷いを振り払うように、私は楽しく踊った。
けれどそれは、自分で自分が制御できていない状態だった。
霞朱里を、しっかりと演じ切れていなかった。
それに気づいたのは、曲が終わったあとだった。
終わってみれば、私の初ステージは散々だった。
ソロ曲で歌詞を間違え、どうにか歌い切ったものの、激しく凹んでしまった。精神的にもろすぎる。
もしも小豆に励ましてもらえなかったら、どうなっていたのだろう。
頼りになる仲間たちのおかげで、最終的にはもう一度ステージに立って歌うことはできていたが、楽しさに身を任せてしまい、霞朱里として歌うことができてなかった。星川愛として歌ってしまっていたような気がする。
思い返すと消えてしまいたくなる。
端的に言えば、私は落ち込んでいた。漫画だとしたら、背景に『ズーン』という太い文字が入っていることだろう。
「お邪魔しまーす」
「あ、
ライブ終了後、控え室で休憩していたところへ、私服姿の先輩が入って来る。
お洒落なチェックのシャツに足の細さを強調するような黒いパンツ。セミロングの黒髪はシンプルに一つにまとめていて、いつもより素朴な雰囲気だ。
観に来てくれるとは言っていたけれど、忙しいはずだし、社交辞令として受け取っていた。
「どうだった? 初めてのライブは」
「全然ダメでした。今まで頑張ってきたのに、どうしてあんなにできないんだろうって……。情けないです」
思わず弱音を吐いてしまう。
「うんうん。しっかり落ち込みなさい」天月先輩はどこか楽しそうに、そして昔を懐かしむように言った。「失敗したら、一度ちゃんと落ち込んで、悔しくなって。そうして人は強くなるの」
「はい。ありがとうございます。今回の失敗は次に生かします」
私は答える。
「あれ、思ったより元気そうじゃない。よかったよかった」
たしかに私は失敗したけれど、不思議と前向きな気持ちだった。
次は成長した霞朱里を見せられるように頑張ろうと思っている。
上手く歌えなかった悔しさやつらさがある一方で、楽しさも感じたからだろう。
私は今日のライブで、たくさんのことを学んだ。
そして、新しい何かをつかみかけたような気がした。
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