第24話 ナイモノバカリ


「お疲れ。初ステージ、よかったよ」

 ステージの裏の待機場所へたどり着くと、浅海さんが私たち三人に言った。


「すみません。上手く喋れなくて」

 小豆が大声とともにガバっと頭を下げる。びっくりした……。


「上田さん……」

 浅海さんも若干驚いている様子だった。


「路上ライブのときは、お客さんなんてせいぜい二十人くらいしかいなかったんです。それなのに、いきなりこんなたくさん……。あたし、びっくりしちゃって……」

 頭を下げたまま、小豆は悔しさを声ににじませながら言った。


「……美味しいな」

 小豆をじっと見つめながら、浅海さんは顎に手を当てて呟く。


「え?」

 小豆が顔を上げて驚いた表情をしている。

 私も、浅海さんの発言の意味がよくわからない。


「いいかい? 上田さん。不器用なキャラが頑張っている姿は、それだけで尊いものだ。だから焦らなくていい。上田さんのペースで頑張っていこう。もちろん、努力は必要だけどね」


「は、はいっ」

 どう反応すればいいのかわからないみたいで、とりあえず返事をしてみた。そんな感じの小豆のリアクション。少なくとも、委縮したり不安になったり、そういった様子は見られなかった。


 私は浅海さんのその考え方に感心していた。

 普通に考えればマイナスなポイントすら、強みに変えてしまう。とてもしたたかでたくましい。


 ——ゲームの外側にも、物語が必要なんだ

 この前、浅海さんに聞いた話を思い出した。


 その言葉の通り、ゲームの外側に成長の物語を作り出そうとしている。きっと浅海さんはプロデューサーであり、同時にクリエイターでもあるのだ。


  君の心を掌の上で

  ころころ転がすの


 瑠璃のソロステージはサビに差し掛かり、客席は盛り上がっていた。

 背後のスクリーンには南白菖蒲の姿。彼女たちの動きは見事なまでに一致している。


  dice

  君のことがすごく


  dice

  気になってるんだから


 ……あれ、瑠璃ってあんな歌い方だっけ。

「なんか、三か月前よりも菖蒲っぽくなってるような気がする」

 私は思わず、ポツリと呟いた。


「あ、星川さん、気づいた?」

 浅海さんがにやりと笑って言った。


「え? どういうことですか?」

「唐澤さんが南白菖蒲に似てきてるって感じたんでしょ? でもそれは、唐澤さんが南白菖蒲に近づいたんじゃないよ。んだ」


 キャラクターが……声優に近づいた?

「それって……」


「二次元の中でも、キャラクターは生きている。ストーリー性が一ミクロンでもあればね」

 浅海さんは私たちに向けて説明を始めた。こういうときの彼は、水を得た魚みたいに生き生きしている。


「ゲームを作る方としても、キャラクターを成長させる必要はある。その成長のベクトルは、演じる声優に依存することも少なくはない。ましてや、才能の塊である唐澤さんみたいな演者ならなおさらね」


「なるほど」

 私はうなずいた。納得できるような、できないような。


 キャラクターを演じるのが人間なら、キャラクターを作るのもまた、人間なのだ。どちらかが引っ張られてもおかしくはない。瑠璃演じる菖蒲の引力が強すぎて、作り手側が引き寄せられたということなのだろう。果たして、それがいいことなのかはわからないけれど。


「それでも、三か月でここまで変化があるとは思ってなかったなぁ。想定してたよりも引き寄せられて、僕もちょっと驚いてる」


 浅海さんの今の言葉は、ステージの瑠璃の姿を見た私にとって説得力があった。二次元のキャラクターは、確実に生きている。


「才能ってやつですね」

「まぁ。そうだね。紛れもなく、彼女は天才だよ。でも、天才ゆえの危うさもある」


「天才ゆえの危うさ?」

「あえて誤解を招くような表現をするけど、唐澤さんは精神的に弱いところがあると思う」


「全然そうは見えませんけど」

 むしろ逆だ。最初のあいさつといい、今ステージで歌っている姿といい、瑠璃は鋼のメンタルを持っているようにしか思えない……。


「無自覚なんだ。彼女は」

 浅海さんは心配そうな視線を瑠璃へと向ける。


「無自覚?」

 どういうことだろう。


「うん。本人はプレッシャーなんて感じてないと思っているし、周囲も同じように思っている。でも、何でもできることが義務付けられて、周りの期待に応えることが当たり前になって……。いつの間にか、追い詰められてる。意識よりも、体が先にそのことに気づく可能性もある」


「体が……先に」

 想像もつかないけれど、それはとても恐ろしいことなのではないかと思う。


「才能っていうのは、怖いんだ」浅海さんは真剣な声音で言う。「だから星川さん。ちょっと気をつけてあげてほしい」


「わかりました」

 私は力強くうなずいた。


  君の心を掌の上で

  ころころ転がすの


  dice

  君のことがすごく

  大好きなんだから


 曲が終わって、ウインクをしたまま静止する瑠璃に、黄色い声援と盛大な拍手が降り注ぐ。


「ありがとうございましたっ!」

 瑠璃が頭を下げた。


 圧巻のステージだった。直前に全員で歌うユニット曲があったとはいえ、ソロ曲のトップバッターだ。普通なら緊張するであろうその役目を、彼女は不安の色一つ見せずにやり遂げた。

 

 本当に、この子はすごい。天性の才能という言葉が浮かんだ。生まれながらにして、大勢の人の前で歌って踊ることが決まっていたみたいだ。

 浅海さんが言っていたことが、少し気がかりではあるけれど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る