第23話 Raise


「自己紹介させていただきます。まずは私から」

 前に出たまま喋る。一曲を無事に歌い終えたことで、緊張はかなり和らいでいた。


「霞朱里役の、星川ほしかわあいです。今日は私たちのデビューライブに来ていただいてありがとうございます。短い間ですが、楽しんでいっていただければと思います。よろしくお願いします!」


 最後は頭を下げながら言う。たくさんの拍手が降り注いだ。顔を上げて、私は一歩下がる。ひとまず噛まずに話すことができて安心。


 次は小豆の番だ。

「はい。えーと、上、じゃなくて……静葉しずはかなで役、の、上田小豆です。えっと……精いっぱい歌います。えー、どうか、最後まで聴いていってください!」


 小豆は途中で何度かつっかえながら話し終えた。それに、声も固かった。彼女らしくない。一歩下がった彼女をちらりとみる。脚が震えているようだった。


 歌手を目指して一人で路上ライブをするような、度胸のある女の子のはずなのに……。きっと、こんな数のお客さんを前に歌うのは初めてなのだろう。


「はい。熊貝くまがい美亜みあ役の城咲しろさき友です」

 友が一歩前へ出て、手を挙げながら自己紹介。


「ともにゃーーーん!」「世界一かわいーよーーー!」と、客席から黄色い声援が飛んできてぎょっとする。アイドル時代からの友のファンだろう。他のお客さんも驚いたような素振りを見せる。


 しかし、友は動じることなくしゃべり続ける。

「はーい。私のかわいい美亜ちゃんを、たっぷり見て、じっくり聴いて、最高の一日にしていってください! 今日はよろしくお願いします」


 前方、左右九十度くらいの範囲で顔の向きを変えながら、友は笑顔と甘い声を振り撒く。さすがに芸能活動が一番長いだけあって板についていた。一歩下がりながら、弾けるように笑って客席に手を振ることも忘れない。


 拍手が収まってきたタイミングで、最後のメンバー、唐澤からさわ瑠璃がゆっくりと前に出る。カツン、カツン、とやけに大きく聴こえた靴音が、彼女の存在感の大きさを象徴しているようだった。


 しかし――瑠璃は数秒間、無言だった。

 ちらりと見える横顔も無表情で、何を考えているのか私にはわからない。


 もしかして緊張で頭が真っ白に? どうしよう。何かサポートしなければ……。私が代わりに彼女の紹介をしようと口を開こうとする。が、瑠璃の表情は至って冷静なように見えた。


 どうする? どうすべき? 迷っている間も、時間は過ぎていく。計八秒くらいは経っただろうか。


 会場が完全に静まったその瞬間。


「――優しい心で、いざ勝負」


 何かが爆発したみたいに、会場が轟いた。間違いなく、今日一番の盛り上がりだった。


 今の瑠璃の台詞は、ゲーム中での菖蒲あやめの口癖だ。意味はよくわからないけれど、その語呂の良さと汎用性の高さから、プレイヤーがSNSなどで真似して使っているのを見かける。よくわからないところが、菖蒲のミステリアスなキャラクター性ともマッチしている。


南白みなしろ菖蒲役」ここまでは菖蒲の声で。「唐澤瑠璃です」そして声色が変わって本人の声で。「全力で行きますので、みなさん、ついてきてくれますかー⁉」


 瑠璃が客席にマイクを向けると。

 うおおおおおおっ!

 空間が割れるような雄たけびが上がった。


 その一連の流れに、鳥肌が立つ。今、自分がいる場所も忘れて。

 私よりも年下なのに。

 ステージに立つのも初めてのはずなのに。

 どうして彼女はこんなに、堂々としていられるのだろう。


 あのオーディションのことを思い出した。天性の才能。持って生まれたオーラ。何より、自分に自信があるのだろう。羨ましい。その一言に尽きる。


「それでは、続いて私たちのソロ曲を披露したいと思います」

 瑠璃が前に出たまま、高らかに宣言する。


 会場のボルテージは最高潮に達したまま。これからさらに上がっていく予感を感じさせて。


「聴いてください」静かな、だけどよく通る菖蒲の声。「『Diceき』」

 その言葉を合図に、照明が落ちる。私と小豆、そして友はステージの袖に移動する。

 軽快なイントロが流れ、瑠璃の――菖蒲の声がそこに乗る。


  君と目が合うと

  心がキュンと鳴る


  ねえこの気持ちの

  名前教えてよ


  立方体に願いを

  かけて今解き放つ

 

  ねえお願い君まで

  ちゃんと届いてよ


 瑠璃の後ろのスクリーンに、二次元の少女――南白菖蒲が映し出されていて、歌に合わせて動いていた。少し癖のある紫色の髪をゆらゆらと揺らしながら、歌詞に合わせて口を動かしている。ステージ上の瑠璃の動きとスクリーン上の菖蒲の動きは、これ以上ないくらいにシンクロしていた。


 私はよくわからなかったけれど、モーションキャプチャーなるものを使って、現実の私たちの動きをあらかじめコピーしたものらしい。私も手足に機械をつけて踊ったっけ。


 これを作るのに、いくらかかってるんだろう……なんて、余計なことを考えてしまう。


  女の子には

  色んな面がある


  振られても

  諦めないでよね

 

  最後までどの目が

  出るかわからない


 瑠璃は菖蒲の声で、歌を紡いでいく。

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