第22話 Masking Girls


 表舞台に立って、歌って踊る。

 この仕事に対するモヤモヤはまだ晴れていない。

 アイドル声優としてステージに立つことに抵抗がないわけではない。


 けれど今、私たちに与えられた役目は、観客の期待に応えること。いや、違う。期待以上のパフォーマンスをすることだ。

 そうだよね、朱里。


 スマートフォンで起動していた『ティンクル・シンフォニー』のデフォルト画面。その真ん中には私の演じる霞朱里の姿がある。彼女は笑顔で、設定された台詞を吹き出しに表示させていた。


『私が今歌える最高の歌を、届けたいんです』

 台詞はランダムに表示されるはずなのに、今日だけはゲームの中の朱里が、意思を持っているように思えた。


 私が今歌える最高の歌、か。

「愛さん、どうしたんですかー?」

 間延びした瑠璃の声が聞こえる。


「ごめん、今行く」

 そう返事をして。

「ありがとう。行ってきます」

 私は画面の中の朱里に告げると、控え室を出た。


 私たち四人は、まだ幕が下りたままのステージへと上がる。


 ビー、という音が響いた。照明が落ちて、会場が静まる。


「会場の皆さん」

「本日はお集まりいただきまして」

「ありがとうございます」

「精いっぱい頑張りますので」

「最後まで楽しんでいってください」


 録音済みの私たちの声が流れ出すと、会場がわいた。私の心臓はバクバクと音を立てて動いている。


 そして、私たちの初ステージは幕を開けた。


 学校にあるような体育館くらいの大きさで、ライブとしては比較的小規模だけど、当然のように緊張はする。お客さんは五百人いるかいないかくらい。


 観客席の隅の方に、なぜか団扇を持っている集団がいて、その団扇に大きく書かれている『城』『咲』『友』の文字から、元アイドルである友の熱心なファンだとわかる。地下アイドル時代からの追っかけだろうか。


 あれ、でも……このステージのチケットの販売の段階では、まだMASKを演じる私たちの名前は公式に発表されていなかったはずなのに。情報化社会の怖さを思い知る。いや、どちらかというと怖いのはファンの方だろうか。


 そんなことを考える余裕はまだある。大丈夫だ。私は口角を上げて、意図的に笑顔を作る。

 私たちの登場と同時に、前奏が始まる。少しだけ遅れて、幕が上がりきった。客席から大きな歓声。


 まずは一曲目『Masking Girls』。グループを象徴するような曲で、テレビCMにも使われている。ゲームのチュートリアルでプレイするのもこの曲だ。キャッチーなサウンドと観客とのコール&レスポンスが魅力的な、明るくてカッコいい楽曲。


  今日もまた朝が来て

  繰り返す日々にため息ついて

 

  昨日と同じ一日に

  うんざりしながら寝息こぼす

 

  明日もきっと変わらず

  ありきたりで普通の日常

 

  それでも未来は絶対

  輝いていたいから


 リハーサル通りの動き。リハーサル通りの歌。

 観客の歓声やスポットライトの眩しい光のせいで、自分の声や動きが客観的に判別しづらいけれど、問題はない。

 身体に染み付くほどに練習を重ねたのだ。間違える方が難しい。


  私たちいつも

  待っているの


  退屈な日々を

  塗り替える何かを


 私たちの歌に合わせて、観客がサイリウムを振る。鮮やかに彩られていて、とても綺麗だった。


 会場は間違いなく盛り上がっていた。

 楽曲はサビへ突入する。


  MASK!

  平凡な私たちを包み隠して


  CHANGE!

  特別な私たちに生まれ変わるの

 

  仮初の姿

  脱ぎ捨てたら


  時代をつかめ

  頂点目指せ

 

  声を上げて

  世界を回せ


  WE ARE MASK!


 格好良さと可憐さの同居した音色に、私たち四人の歌声が乗せられて、響く。

 人前で歌うことは、思ったより悪くないのかもしれない。このときの私は、そう思い始めていた。


  できないことなんて何もない

  この胸の熱い思いだけは手放したくない

 

  他の誰かに笑われても

  自分だけを信じて

  進め


 転調もあり、振り付けも少し特殊なCメロの部分をミスなく歌い切る。脳が冴え渡っていて、集中しているのが自分でもわかる。

 よし、このまま最後まで――。


  MASK!

  平凡な私たちを包み隠して


  CHANGE!

  特別な私たちに生まれ変わるの

 

  仮初の姿

  脱ぎ捨てたら

 

  時代をつかめ

  頂点目指せ

 

  声を上げて

  世界を回せ


  WE ARE MASK!


 余韻を残して曲が終わる。肩で息をしながら、最後の決めポーズの状態で数秒間、私たちは動きを止める。


 いつの間にか、客席からの拍手と歓声の洪水に包まれていた。それは静まらないどころか、激しさを増していく一方だ。


「『Masking Girls』聴いていただきました!」

 私は一歩前に出て言った。そこでようやく、拍手と歓声は小さくなり始めた。


「それでは改めまして」後方にいる三人とアイコンタクトを交わして。

「MASKです!」四人の声が重なると——。


 穏やかになりかけていた歓声がぶり返した。

 すごい。圧倒的な熱量を感じる。


 ゲームで声を聞いていたとはいえ、演じる私たちのことは初めて見たはずなのに……。

 作品の持つパワーの大きさを、私は改めて思い知る。

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