第21話 ONENESS


 効果的な宣伝活動によって『ティンクル・シンフォニー』は大きな話題を呼び、瞬く間にゲームの事前登録者数は五十万人を突破。MASK以外のユニットのイラスト、演じる声優も順次公開されていき、勢いは加速する。人気イラストレーターや新人気鋭の作曲家の起用も、強い追い風となっているようだった。


 私たちMASKのお披露目ライブの開催も発表された。チケットは即完売。定員が少ないとはいえ、アプリはまだリリースすらされていない。どれだけ多くの人が、このゲームに注目しているかがわかる。


 そして七月の半ば。スマートフォン用音楽リズムゲーム『ティンクル・シンフォニー』のサービスが開始され、順調なスタートダッシュを記録した。


 想定しているターゲット層の中高生が夏休みに入るタイミングだったことも、盛り上がりに拍車をかけているのかもしれない。


 スタートダッシュキャンペーンなどと銘打って、リリースから一か月以内にダウンロードしたユーザーを対象に、課金アイテムの配布も行われていた。他のアプリでもよくある手法で、これからきっと、一周年記念キャンペーンやカムバックキャンペーンなども行われるのだろう。


 基本的には無料でプレイできるため、お試し感覚でダウンロードする者も多くいた。

 スマートフォンがもはや必需品ともいえる現代。空いた時間を彩るための何かを、人々は求めている。


 きっかけは些細なことでもいい。親しい人間が遊んでいるのを見て気になったり、SNSで話題になっていたり。ちょっとやってみようかな。そんな風に、少しでも興味を持ってもらえばこちらの勝ちだ。あとはクオリティで引き込む。それだけの魅力が、このゲームにはある。


 もちろん私も実際にプレイした。とにかく楽しい。曲に合わせて画面をタップするだけなので、こんなに面白い体験ができるなんて……。


 時間を忘れてしまうほどにのめり込んでしまわないよう気をつけながら、私は『ティンクル・シンフォニー』を楽しんだ。自分の歌っている声やキャラクターを演じている声を聞くのは恥ずかしかったけれど。


 私たち、MASKを演じるキャストが発表されたのも、このタイミングだった。が、ビジュアルは公開されておらず、新人であるため、特に大きな話題にはならなかった。元アイドルである友だけは、少し話題になっていたけれど。


 勢いのあるクリエイターが手がけるキャッチーな楽曲。歌うのは魅力的なキャラクターたち。

 その中でもゲームの顔となる四人組ユニットMASKを演じるのは、無名の新人声優。脇を固めるのはベテラン声優や人気声優ばかり。


 直感的な操作と、レベルに合わせて選択できる広い難易度の幅。ブレイクする要素は完全に揃っている。

 ……っていうのは全部、浅海さんが言っていたことだ。


 ユーザーはお気に入りのキャラクターを見つけて、そのキャラクター欲しさに課金をするようになる。私たちMASKのリアルとの連動だけでなく、CDやグッズを展開する計画もすでに進んでいる。


 一年、二年単位で終了してしまうスマホゲームが多い中で、息の長いプロジェクトにしていきたいと浅海さんは言っていたが、その準備は万端みたいだ。


 株式会社『ムジカ』の宣伝費用も潤沢。テレビのコマーシャルでも放映されていて、そこには私の声も入っている。母と二人でテレビを観ているときに流れてきたこともある。私はとても気まずい思いでいたが、母は涙を流しそうになりながら、娘の活躍を喜んでいた。


 大規模なメディアミックスプロジェクト『ティンクル・シンフォニー』は、製作陣が予想していた以上に豪快なヒットを飛ばす。


 浅海さんも「休みたい。寝たい。温泉いきたい……」とこぼしていた。言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうな表情で。




 アプリのリリースから二週間後、MASKの初ライブが開催される。リリースからライブの感覚が狭すぎるような気がするけれど、鉄は熱いうちに打て、ということなのだろうか。


 七月の最後の週。雲一つない空に、太陽が燃え盛っている。そんな表現がしっくりくるような、暑い夏の日だった。


 私は、眠たい目をこすりながら控え室にいた。昨日は緊張のせいでなかなか寝付けなかったのだ。


 気分を変えようと立ち上がって、衣装のチェックをしてみる。鏡の前に立って、全身を映した。うん。特に問題はないみたい。


 私が着ているのは、オレンジ色の素敵な衣装だ。ひらひらしたフリルが付いていてとても可愛い。可愛いんだけれど、二十歳を過ぎた女性が着るのはきついんじゃないか、なんて思っていた。


 正直に言うと、着るまでにはかなり勇気が必要だったが、一度着てみるとそんなことはどうでもよくなった。


 想像していたよりも良い感じで、鏡の前で色々なポーズをとった。テンションが上がったところを浅海さんに見られて笑われた。女の子はいつまで経っても女の子なのだ。


 ちなみに、小豆は青、ともは黄緑、瑠璃るりは紫の衣装だ。色だけが異なっているが、基本的なデザインや構造は同じである。


 小豆は、椅子に座って視線を前に向けたまま微動だにしない。離れた場所からでも緊張しているのがわかる。


「ねえ。この衣装、すごく可愛くない?」

 友が話しかけてきた。いつもよりトーンが高く、キャピキャピした声だ。雰囲気もかなり違うのは、きっと衣装のせいだけではない。


「うん。似合ってると思う」

「でしょでしょ。愛ちゃんも可愛い! 今日は頑張ろうね!」

 いつもの友とはかなり違っているが、不思議と違和感はない。


 元アイドルという友の経歴が、今初めてしっくりきたような気がする。

 普段の自分ではない、アイドルの自分になって、不安や緊張に打ち勝つ。それが彼女なりのやり方なのかもしれない。


 そんな私たちとは裏腹に、瑠璃は一番いつも通りだった。スマホをいじったり鼻歌を歌ったりしている。彼女からは、みじんも気負いやプレッシャーのようなものは感じられなかった。


 リハーサルを問題なく終えて、準備は整っていた。あとは開幕を待つだけだ。

 やれるだけのことはやってきたし、完璧には程遠いけれど、この短い期間で歌もダンスも上達した。


 アイドル声優という立場での活動を、まだ受け入れられたわけではないけれど。

 今はただ、このステージにすべてを捧げることだけを考えている。


「さて、いよいよ本番です。不安もあると思うけど、今まで練習してきたことを信じて頑張ってきてください」

 浅海さんが私たち四人を集めて声をかける。


「浅海さん、部活の顧問みたいですね」

 友がそう言って、楽しそうに笑った。

 浅海さんは「そう?」とまんざらでもなさそうに言う。


「たしかに。浅海せんせ~。私頑張りますね」

 精一杯の可愛い声で私はおどけた。いつもならこんなにノリはよくないけれど、今日ばかりは別だ。軽口を叩いていないと心臓が破裂してしまうような気がする。


「生徒にからかわれてそうな先生だな。イジりがいがあるというか……」

 こわばっていた小豆の表情も少し柔らかくなる。


「ちょっ、上田うえださん……。ひどいなぁ」浅海さんが大げさに落ち込む。「でもまあ、そんな感じで肩の力を抜いてリラックスしていこう。練習でしてきたことを、そのままできれば大丈夫だから」

 なんだかんだで私たちのことを心配してくれているみたいだ。


「さあ、皆さん。本番までもう少しです。頑張りましょう!」

 まるで浅海さんの存在など初めからなかったように、瑠璃がよく通る声で言った。相変わらずマイペースな彼女の言動に、私たちは思わず笑顔になる。

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