第3章 初ライブ

第20話 未来の僕らは知ってるよ


 梅雨入りが発表され、湿った空気が気力を削ぎ取っていく六月の初め。

 ネットで発表された『ティンクル・シンフォニー』の情報には、私の予想をはるかに超える大きな反響があった。


 特に私たちが演じるMASKマスクの、現実世界との連動の部分が大きくクローズアップされた。


 ゲームに合わせ、実際に声優がガールズユニットとしてデビューする。その上、全員が新人で名前すらも未公開。コンテンツの発表の時点では、MASKの代表曲となる『Masking Girls』のサビの数秒間が流れただけだ。


 声優がキャラクターとして歌を歌うという事例は数多くあるものの、デビュー前の新人声優がゲームの核となる部分を担う。そんな前代未聞のプロジェクトということもあり、話題はたちまち広がった。口コミで。SNSで。ネットニュースで。

 きっと運営もこれを狙っていたのだろう。


 ちなみに、ゲーム中に登場するユニットは、今の時点で五組となっている。


 洗練された歌声が重なり合う三人組ユニット、Luminasルミナス


 ポップな曲を可愛く歌い上げるアイドル系の六人組ユニット、みっくすBerryべりー


 電子音を巧みに取り込んだ楽曲と、一風変わったダンスが魅力な四人組ユニット、ラナンキュラス。


 激しくダイナミックな動きで魅せる五人組ユニット、EverGreen《エバーグリーン》。


 そして、王道ボーカル&ダンスグループ。現実でもゲームとリンクしながら活動する四人組ユニット、MASK。


 また、新しいユニットの追加も決定しており、近日発表される予定だ。MASK以外のユニットのキャラクターを演じる声優の一部も公開された。ラナンキュラスのリーダー、ツバキを演じる天月あまつき先輩の名前も出た。


 私たち関係者は、すでにキャストを全て把握している。アニメでは主要キャラクターを演じるような、有名な声優も何人か参加していて、かなり豪華と言える。


 ゲームの発表を受けて興味を持ったゲーマーや声優ファンたちが、未発表の声優を予想したり、この人に演じてほしい、このキャラのビジュアルだとこの人の声が合いそう、などの意見をSNSに投稿したりする動きが見られた。


 全てを一度に公表するわけではなく、情報を小出しにしていく手法はさすがと言わざるを得ない。


 まだ公開されていない部分が多いにもかかわらず、日ごろからアニメやゲームを趣味としている層ではおおいに話題になっていた。大規模なプロジェクトであるということは十分に伝わったようで、すでにゲームのリリースを楽しみに待っているファンがたくさんいる。


 私は改めて、ものすごく大きなプロジェクトに関わってしまったのだという実感がわいてきた。気持ちが高ぶると同時に、恐ろしさも感じる。


 人気声優が多く関わっている中、新人声優である私が、このプロジェクトの中心となるキャラクターを演じるのだ。冷静に考えてみたらとんでもないことではないか。


 浅海あさみさんは「まあ、こんなもんでしょ」なんて言っていたけど、それはこの業界で色々なことを経験して、場数を踏んできた社会人だから言えることであって——。とにかく胃が痛くなる頻度が、ゲームの発表前に比べて二倍、いや、三倍くらいに増えた。




「すごいね。MASKの広告だよ」

 レッスンの帰り。駅の改札をくぐると、目の前に『ティンクル・シンフォニー』の巨大な広告が表れた。四人の女の子がそれぞれの決めポーズをとっている。その中には、私の演じるかすみ朱里しゅりもいる。


 鮮やかなキャラクタービジュアルがまぶしい。広告の真ん中には、ゲームタイトルと〝交わる輝き 響く歌声〟のキャッチコピーが目立つ赤で表記されている。


「ん、ああ。想像以上に派手に宣伝されてるな」

 小豆あずきが広告を一瞥して答える。


 帰宅時間が重なるときは、こうして駅まで一緒に歩く。何でもないような雑談を交わせる程度には、私たちの距離は近づいた。相変わらず自分にも他人にも厳しく、オブラートに包むことなくズバズバ意見を言うことが多いけど、そういったところも彼女の魅力の一つとして、MASKのメンバーには受け入れられている。


「なんてったって『ムジカ』だからね。宣伝のためのお金は惜しまないでしょ」

 私たちがMASKを演じることはまだ世間には公表されていない。声を潜めながら話す。


「でも、まだ実感がわかない」

 階段を下る人の流れに飲み込まれながら、私の右隣で小豆が呟いた。心なしか、歩調も弱まる。彼女もきっと、決して小さくはない不安を抱えているのだろう。


「私も……」

 巨大なプロジェクトの、主役とも言える四人の少女。そのうちの一人を演じるのが、この私だなんて……。


 浅海さんにスカウトされてから、あっという間に二か月が経とうとしている。

 規模の大きさをきちんと理解するのに、この期間は短すぎるし、そのことを受け止められるほど、私は器用でもない。毎日、必死に考え、悩みながら目の前のことに取り組むことだけで精いっぱいだ。


 それでも頑張れるのは、夢があるからだ。

 進もう。私たちの明日へ。

 あの日、私を暗闇から救ってくれた声は、今でも心の中に響いている。

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